東京国立近代美術館フィルムセンター
National Film Center
The National Museum of Modern Art, Tokyo

大ホール上映作品

発掘された映画たち2003

Cinema: Lost and Found 2003

上映スケジュール

 上映企画「発掘された映画たち」は、フィルムセンターの日頃の収集・復元・保存事業の成果を集中的にお見せする機会となっています。今回は、ロシアのゴスフィルモフォンドで発見された日本映画と、その他さまざまな事情で収集・復元が可能となった作品とを併せ、これまでより大幅に規模を拡大して開催いたします。

 中でも伊藤大輔監督、月形龍之介主演の『斬人斬馬剣』(1929年)の発見については、昨年秋の発表以来、大きな反響をいただき、従来の復元方法による成果はすでにフィルムセンター7階展示室における「展覧会 映画遺産」でも一部ビデオ公開されております。今回上映するプリントは、アムステルダムの復元専門ラボに依頼し、フィルムセンターとしては初めてデジタル復元を試みたものです。なお、月形龍之介の主演作として他に2本、新たに発見された作品を加えました。

 ゴスフィルモフォンドから日本映画を収集するに至った経緯については、「発掘された映画たち2001」のNFCカレンダー、NFCニューズレター(11号、20号、22号、35号)等をご参照ください。今回のプログラムでは、五所平之助監督の『新雪』(1942年)、『五重塔』(1944年)がそれぞれまとまった形でご覧いただけるほか、ごく一部分ではありますが、稲垣浩監督の『海を渡る祭禮』(1941年)を上映いたします。2001年に上映した『狼火は上海に揚る』(1944年)と併せ、稲垣浩の再発見を促す力となることを願ってやみません。また、やはり2001年に「ゴス版」として上映した『姿三四郎』は、東宝株式会社のご協力により、新たに発見された部分を従来版に挿入して最長版を作成することができました。

 文化・記録映画、ニュース映画については今後継続して収集する予定ですが、今回は「満洲国」関連の映像を中心に一部を上映いたします。

■(監)=監督・演出 (製)=製作 (原)=原作 (脚)=脚本・脚色・潤色 (撮)=撮影 (美)=美術・設計・舞台設計 (音)=音楽・選曲効果 (編)=編集 (出)=出演

■本特集には不完全なプリントが含まれています。

■記載した上映分数は、当日のものと多少異なることがあります。

★=ゴスフィルモフォンドで発見された作品

A-1 5/27(火)3:00pm 6/13(金)7:00pm 6/29(日)1:00pm
斬人斬馬剣(26分・18fps・35mm・白黒・無声・部分)

多くの映画ファン、研究者が長くその出現を待ち望んだ、日本映画史の伝説が甦る。『斬人斬馬剣(ざんじんざんばけん)』はいわゆる傾向映画の先駆的な作品として高い名声を誇りながら、フィルムが現存しない幻の作品であった。「普通作品の20倍」の予算をかけ、大ロケーション撮影を敢行した大作で、1992年にフィルムセンターにおいて復元公開された『忠次旅日記』(1927年)と同様、伊藤大輔監督の代表作である。東京都在住のアマチュア映画作家、寺澤敬一氏にご寄贈いただいた9.5mmフィルムは、家庭用映写機パテ・ベビーのためのダイジェスト版で、オリジナルの2割強に相当する。キズや彎曲など、素材の劣化が激しかったことから、アムステルダムの復元専門ラボに依頼し、今回の上映が実現した。フィルムセンター初のデジタル復元である。具体的な工程は、(1)ウェット液によるキズ消し処理を施しながら、9.5mm素材を直接スキャンしてデジタル・データに変換し、(2)映画復元専用のソフトウェアを用い、隣り合うコマとの差を利用してキズ消し、位置ずれ補正、フリッカー除去などを行ない、(3)再度35mmネガ・フィルムに出力し、そこから35mmポジプリントを作成する、という方法である。ただし、長時間同じ場所に出つづける大きなキズについては今回の手法では修復が難しいため、このバージョンもひとつの途中経過であることをお断りしておく(復元作業:ハーゲフィルム映画保存社)。

‘29(松竹キネマ京都)(監)(原)(脚)伊藤大輔(撮)唐澤弘光(出)月形龍之介、天野刃一、伊藤みはる、関操、石井貫治、市川傳之助、岡崎晴夫、中根竜太郎、浅間昇子

御誂治郎吉格子(59分・24fps・35mm・白黒・無声・不完全)

大阪で『御誂治郎吉格子(おあつらえじろきちこうし)』の35mm可燃性フィルムが発見されたのが1975年。『丹下左膳 第1篇』(1933年)、『忠次旅日記』、『長恨』(1926年)、そして今回の『斬人斬馬剣』の発見がこれに続いた。伊藤大輔の再発見・再評価の過程はまさにここから始まったのである。今回上映するのは従来所蔵していたプリントよりもオリジナルに近い素材から起こしたニュープリントで、長さは同じである(協力:京都文化博物館 プリント作業:IMAGICAウェスト)。

‘31(日活京都)(監)(脚)伊藤大輔(原)吉川英治(撮)唐澤弘光(出)大河内傳次郎、伏見直江、伏見信子、高瀬寛太、山口佐喜雄、山本禮三郎、高勢実乗

A-2 5/27(火)7:00pm 6/12(木)3:00pm 6/28(土)4:00pm
★海援隊快挙(61分・16fps・35mm・白黒・無声・不完全)

監督の志波西果が1933年4月に興した朝日映画連盟は、わずかに2作を数えるのみのきわめて短命なプロダクション。この直前に志波が参加していた日本映画株式会社(やはり2作で解散)が新設した多摩川撮影所を拠点とした。『奥州旅路の朝霧』『海援隊快挙』のいずれにも、当時フリーだった月形龍之介が主演している。月形と志波は、いずれも自身のプロダクションを興しては解散し、多くの会社を渡り歩いたが、月形が主役も脇役もこなす演技派俳優として息の長いキャリアを重ねたのとは対照的に、志波は太秦発声で数本手がけたトーキーになじめず、まだサイレントを製作していた全勝キネマに移って間もなく映画界を去ることとなった。戦後、テレビ映画の演出等で一時復活している。

‘33(朝日映画連盟)(監)(脚)志波西果(撮)大井幸三(出)月形龍之介、結城重三郎、浮田勝三郎、斯波快輔、中山介二郎、有村志朗、金子弘、細田又三郎、大仲半次郎、伊田兼美、桜井京子、若山京子

★國定忠治 信州子守唄(19分・35mm・白黒・部分)

マキノ正博が、マキノ・トーキーの旗揚げ祝いに伊藤大輔に貰った「忠次旅日記 信州血笑篇」のシナリオを、そのまま使ってトーキーで撮ったと述懐しているもの。残されているのは主に、勘太郎(野津操)を託しに忠治(月形龍之介)が壁安左衛門(浅野進二郎)を訪ねる場面だが、オリジナルとのあまりの一致に驚かされる。「優れたる部分は原作の力を思はしめ、劣れる部分は脚色の不備を思はしめた」ものの、「マキノ・トーキーとしては創立以来の最佳作」(村上忠久)であったという。マキノ・トーキーの数少ない現存作品として貴重であるのみならず、『忠次旅日記』のオリジナル・シナリオが失われているいま、その欠落を補完する資料としても興味深い。

‘36(マキノ・トーキー製作所) (監)(脚)マキノ正博(原)伊藤大輔(脚)千々喬一(撮)藤井春美(出)月形龍之介、澤村國太郎、葉山純之輔、水原洋一、岩見柳水、松村圭之介、野津潔

A-3 5/28(水)3:00pm 6/12(木)7:00pm 6/29(日)4:00pm
★晴れ行く空(40分・18fps・35mm・白黒・無声)

前半は、子供に送金するべき金を指輪に使ってしまうような放埓な妻が「活動女優を憧れて鎌田(ママ)撮影所に採用され」るという楽屋オチで、実際の蒲田撮影所の風景やロケーション撮影の様子を見ることができる。妻が突如改心した後、夫は世話になった爺やに即時年金を買ってやり、「戦争で手柄を立てて帰った者と同じやうに」してやると、爺やはすでに終身保険に入っているという展開で、逓信省簡易保険局の「保険・年金思想普及」用映画としての二つの使命を果たしている。なお、監督の赤穂春雄は当時蒲田撮影所長の城戸四郎である。

‘27(松竹キネマ蒲田)(監)赤穂春雄(原)簡易保険局(脚)吉田百助(撮)越智健治(出)石山龍嗣、松井潤子、小藤田正一、戸田辨流、二葉かほる、木村健次(児)、斎藤達雄

★親(35分・24fps・35mm・白黒・無声)

やはり簡易保険局の「保険思想普及」用映画で、貧しさのために娘を捨てた父が、臨終の床で、娘のために掛けておいた簡易保険を渡すという結末。高尾光子主演、水島あやめ脚本で多作された松竹蒲田の「少女もの」の一篇でもあり、同種のものとしては斎藤寅次郎監督の『明け行く空』(1929年)が、そして本作も16mmの短縮版が国内に現存している(マツダ映画社)。監督として清水宏のほか、小津安二郎の師匠として有名な大久保忠素の名前も現れるが、明らかに書体の異なる字幕がここに挿入された理由は不明である。

‘28(松竹キネマ蒲田)(監)清水宏、大久保忠素(原)簡易保険局(脚)水島あやめ(撮)杉本正次郎(出)新井淳、高松榮子、高尾光子、水島亮太郎、堺一二、三浦時江、青山万里子、河原侃二、西野龍子

A-4 5/28(水)7:00pm 6/13(金)3:00pm 6/28(土)1:00pm
黄金の彈丸(79分・18fps・35mm・染色・無声)

日本大学を出て東亜甲陽に入社した印南弘の初監督作。こののち主に帝国キネマ、新興キネマで西洋趣味の現代劇を多く手がけた。スター女優で夫人の桂珠子とともに日活多摩川に移籍した後、早逝した。プラネット映画資料図書館で保管されていたのは染色フィルムで、不燃化にあたってはカラーのネガおよびポジを使用している。電灯をつけると画面の色が変わるといった演出が目を引く(協力:プラネット映画資料図書館 復元作業:IMAGICAウェスト)。

‘27(東亜キネマ)(監)印南弘(原)ヘルマン・ランドン(脚)竹井諒(撮)小野平一郎(美)島田棟助(出)宮島健一、一木突破、大岩栄二郎、千種百合子、中村園枝、島田富美郎、月岡正美

A-5 5/29(木)3:00pm 6/15(日)1:00pm 7/2(水)7:00pm
★天保泥絵草紙(59分・18fps・35mm・白黒・無声・不完全)

直次郎(明石緑郎)と恋仲の三千歳花魁(松枝鶴子)を金ずくで身請けしようとする御大尽、金子市之丞(尾上紋十郎)は実は大盗人で、さらに三千歳の実の兄――。三者の関係に河内山宗俊(嵐璃徳)がからむ物語は歌舞伎に材を採ったものだが、1924年の『金子市之丞』と金子や河内山の配役まで同じ。多作でありながら残存作品のきわめて少ない帝キネの、反復再生産の構造が垣間見られて興味深い。大衆の絶大な人気を獲得していた市川百々之助や明石緑郎主演の帝キネ時代劇はこの頃には飽きられはじめ、昭和の金融恐慌ともあいまって経営は極度に逼迫していた。この翌年には松竹系列に吸収され、新設の長瀬撮影所を拠点に現代劇の製作に重点を移すことになる。

‘28(帝国キネマ)(監)山下秀一(脚)上島量(撮)塚越成治(出)明石緑郎、阪東豊昇、松枝鶴子、尾上紋十郎、嵐璃徳

深夜の銃声(20分・24fps・35mm・白黒・無声)

神田区警察署犯罪防止会による「一斉非常警報機」のPR映画。前半は主人の留守宅に兇漢が忍び込むフィルム・ノワール的な展開で、大都の中心的なスタッフによる堅実な描写力を垣間見せるが、後半は「通報は一刻も早く」というメッセージに、警察署関係者に対するサービス・カット的な映像が加わる。大都の製作・公開リストには記録がなく、巡回映写に使われたと思われる。なお主演の久野あかねは松山宗三郎=小崎政房(A-11参照)の夫人、藤間林太郎はタレントの藤田まことの父である(協力:川喜多記念映画文化財団 復元作業:IMAGICA)。

‘37頃(大都映画)(監)吉村操(原)(脚)荒井弥太(撮)永貞二郎、篠崎茂、藤木正夫(出)藤間林太郎、久野あかね、大岡怪童、廣田義一、石井光、高村栄一、山吹徳二郎、大曽根猛、金井守

A-6 5/29(木)7:00pm 6/14(土)4:00pm 7/1(火)3:00pm
一天を照す(95分・18fps・35mm・白黒・無声)

永平寺を開き、曹洞宗の始祖となった道元の伝記映画。15歳にして京都建仁寺の栄西に入門、求法のため明全和尚と宋へ渡り、帰朝後も在俗のための説法を続けながら永平寺を開山、建長5年(1253年)に入滅するまでを描く。文献によっては「道元禅師」「豪僧道元」の題も存在し、オリジナルの長さも10巻、7巻など諸説がある。帝国キネマ長瀬撮影所の作品であり「新興キネマ太秦撮影所」のタイトルは後に加えられたと考えられる。2000年に大阪府松原市の原田智恵子氏より寄贈された16mmフィルムより35mmブローアップ・ネガを作成し、そこから複製したプリントを上映(復元作業:IMAGICA大阪映像センター[現IMAGICAウェスト])。

‘30(帝国キネマ)(監)(脚)佐藤樹一路(原)中村吉蔵(撮)古林潤(美)平塚不倒(出)嵐璃徳、実川延笑、尾上松二郎、片岡童十郎、水上龍太郎、管家靜子、東良之助、林誠太郎、青木芳義、花柳あやめ、園千枝子、尾崎靜子、巴蝶子、若柳みどり

A-7 5/30(金)3:00pm 6/15(日)4:00pm 7/1(火)7:00pm
★嬉しい娘(43分・24fps・35mm・白黒・無声)

17歳にしてすでに日活時代劇部のトップ女優となっていた山田五十鈴の、数少ない現代劇の1本であり、現存する最初期の作品。こののち間もなく彼女は第一映画に移り、『浪華悲歌』や『祇園の姉妹』(ともに1936年)など主に溝口作品でその才能を大きく花開かせることになる。簡易保険局の「被保険者保健思想の涵養」用映画であるが、脚本の小國英雄、監督の千葉泰樹とも終始軽快なタッチで宣伝臭を払拭している。なおタイトルは「私の社長」とする文献も多い。16mm版は国内に存在するが、本プリントはきわめて状態の良い35mmである。

‘34(日活京都)(監)(脚)千葉泰樹(原)(脚)小国英雄(撮)三浦光雄(出)山田五十鈴、村田知栄子、山本嘉一、杉狂兒、稲田(澤村)春子、関時男、中村寿郎、山本冬郷、花野園子、上村敏子

★巡禮やくざ(40分・35mm・白黒・不完全)

恨みもない相手を斬ってしまった追分の卯太郎(原健作)は、妻のおすみ(香住佐代子)と子を妻恋の留三(尾上菊太郎)に託して草鞋を履く。二人の不義の疑いが晴れたときすでにおすみは病に死し、留三は斬られていた。卯太郎は堅気となることを誓い、巡礼姿で再び旅に出る――。「沓掛時次郎」を下敷きにした添え物的な小品ではあるが、戦前日本映画の心臓部でありながら残存数の少ない日活京都作品に、新たな一本が加わった。

‘38(日活京都)(監)菅沼完二(脚)丹波土佐(原)原巖(撮)中田節三(音)高橋虎之助(出)尾上菊太郎、原健作、香住佐代子、瀬川路三郎、仁禮功太郎、清水照子、旗桃太郎、香川良介、大崎史郎、藤川三之祐、長田仁宏、志馬英夫、小松みどり

A-8 5/30(金)7:00pm 6/14(土)1:00pm 7/2(水)3:00pm
旅鴉お妻やくざ(53分・35mm・白黒)

太秦発声は、1933年にトーキー用の貸しスタジオとしてJ.O.スタジオを設立した大沢商会の大沢善夫が、日活の池永浩久を迎えて興した製作会社。主に日活との提携により約40本の映画を製作した。1936年からの約2年間は逆に日活を委任経営していた時期もあり、とりわけ山中貞雄監督の『河内山宗俊』(1936年)によって歴史にその名を残している。竹中労の著作等によってその名を知られながら作品がほとんど現存しない古海卓二の監督作にして、『忠次旅日記』『御誂治郎吉格子』のヒロイン、伏見直江の主演作(協力:川喜多記念映画文化財団 復元作業:IMAGICA)。

‘34(太秦発声映画) (監)古海卓二(原)(脚)太秦発声文芸部(撮)河崎喜久三(出)伏見直江、今大路薫、浅間昇子、山田好郎、大倉文男、澤村勇、尾上蝶二郎、上田吉二郎

★芝浜の革財布(32分・35mm・白黒・部分)

古典落語の人情噺「芝浜」をベースにした一篇で、魚屋を演じる巨漢田村邦男のコミカルな芝居が楽しめる。手に入れた大金を、あれは夢だと女房(松浦築枝)に言いくるめられ、改心するストーリーは落語を踏襲しているが、落ちていた財布を拾うのではなく、泥棒(根岸監督が演じる)の盗んだ金が手元に入ってくる設定は映画のオリジナルである。製作のマキノ・トーキー製作所は自宅を使って録音技術を研究したマキノ正博が、マキノ映画の再興を期して1935年に設立した会社だが、1年半の活動の末に解散している。

‘36(マキノ・トーキー製作所)(監)根岸東一郎(原)(脚)桐島雄吉(撮)大森伊八(音)橘宗一(出)田村邦男、松浦築枝、大内照子、根岸東一郎、廣田昂、林誠太郎、岩見柳水、芥川龍造

A-9 5/31(土)1:00pm 6/18(水)7:00pm 7/3(木)3:00pm
★松平外記(30分・35mm・白黒・部分)

江戸城中で起きた刃傷沙汰を基にした講談「千代田の刃傷」を映画化したもの。父・意次の権威を笠に着て、無道のふるまいで市井に嫌われた田沼意知(浅野進二郎)と、取り巻き安西伊賀之介(団徳麿)。潔白であった旗本松平外記(げき)(沢村国太郎)は、意知や安西の執拗な迫害を受けるが、ついには堪忍袋の緒を切って復讐に至る。前半が大きく欠けており、外記とお八重(山縣直代)との結婚や、外記が額に傷を負わされたシーンなどは残されていない。

‘36(マキノ・トーキー製作所)(監)松田定次(原)(脚)比佐芳武(撮)大塚周一(音)佐藤富房(出)澤村國太郎、山縣直代、浅野進二郎、團徳麿、志村喬

★加賀見山(51分・35mm・白黒・不完全)

加賀百万石の相続問題を背景に、女同士の対決で知られる芝居「加賀見山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)」の映画化。藩の忠臣佐上兵庫と中老の尾上(松浦築枝)は桜姫を後継ぎにしようとしていたが、それを妨害しようと大槻伝右衛門と局の岩藤(原駒子)は楓姫を擁立して、藩の実権を握ろうとする。尾上は度重なる岩藤の仕打ちに耐えられず自害を選ぶ。不完全版ではあるが、結末の女ばかりの乱闘シーンは残されており、悪役岩藤と尾上の敵討ちを誓ったお初(マキノ智子)との闘いが見所になっている。

‘36(マキノ・トーキー製作所) (監)根岸東一郎(原)立春大吉(脚)玉江竜二(撮)大森伊八、西本良生(出)原駒子、松浦築枝、マキノ智子、浅野進二郎、葉山純之輔、光岡龍三郎、團徳麿、マキノ博子、達美洋子、宮古世里江、大内照子、里見良子、一條桂子、川島圓子、池澤笑子、吉田禮子

A-10 5/31(土)4:00pm 6/17(火)7:00pm 7/4(金)3:00pm
★金鑛(65分・35mm・白黒・不完全)

溝口健二の傑作群で知られながらも2年で解散した第一映画社の珍しい一本。舞台はゴールド・ラッシュに浮かされた山奥の村。採掘会社との曖昧な契約を当てにして、娘のお澄(歌川絹枝)を酌婦に売ってまで山を買った父(高堂国典)は、その山が無価値だと知らされ絶望する。お澄の恋人だった村の青年健(夏川大二郎)は、黄金に目が眩んだ村人たちを諭そうとするが、そんな健にお澄の妹おまち(大倉千代子)が思いを寄せる…。公開当時の76分より短いが、物語はほぼ追うことができる。

‘36(第一映画社)(監)寺門靜吉(原)額田六福(脚)高柳春雄(撮)竹野治夫(美)久光五郎、堀口庄太郎(出)夏川大二郎、高堂國典、歌川絹枝、大倉千代子、寺島貢、芝田新、浅香新八郎、原譲介、葛木香一、小泉嘉輔、松本和夫、安川悦子

A-11 6/1(日)1:00pm 6/17(火)3:00pm 7/3(木)7:00pm
雲助出世街道(47分・24fps・35mm・白黒・無声・不完全)

千葉県松戸市の岩淵弘氏が保管しておられた可燃性フィルムは、戦地慰問のための巡回映写に使われていたという。全6巻のうち冒頭の2巻、駕屋の権十(松山宗三郎)と太助(大乗寺八郎)が酒場の女・お蔦(水川八重子)に出会う場面などが欠落している。主演の松山宗三郎は、帝キネ、マキノなどの俳優を経てムーラン・ルージュの劇作家となった小崎政房が、再び大都の二枚目スターとして俳優復帰した時の名。小崎は戦後も映画、軽演劇で脚本、演出を手がけ名を馳せた。結城重三郎名義で出演している『海援隊快挙』(A-2)とともに、俳優時代の彼の姿を物語る数少ない残存作品である(復元作業:育映社)。

‘38(大都映画) (監)大伴龍三(原)(脚)木村実(撮)下村晴夫(出)松山宗三郎、大乗寺八郎、水川八重子、久松玉城、天野幸子、東條猛、大岡怪童、伊達正、大瀬恵二郎、横山文彦

★海を渡る祭禮(24分・35mm・白黒・部分)

『宮本武蔵』の連作で意気軒昂だった稲垣浩監督が、5年ぶりに三村伸太郎のオリジナル脚本に正対した意欲作で、小津の『戸田家の兄妹』が第1位に選ばれた昭和16年度の日本映画雑誌協会映画賞で第8位となった(稲垣としては同じ年に『江戸最後の日』も第5位にランクされた)。港町の祭礼を荒らす無頼な“馬芸(うまげい)”の悪漢たちに立ち向かう剣客の浪人(戸上城太郎)、彼を慕う宿「朝の屋」の女中(市川春代)、彼らを取り巻くさまざまな芸人達が練達の技で描かれていたはずだが、残念ながらロシアから返還されて今回上映されるものは公開時全長92分の25%弱しかない。それでも、遠方から近づいてくる馬の群れ、宿の屋根瓦の上で廻る風力計、浜辺に躍る神輿などのカットは、これが傑作であった可能性を十分に示している。

‘41(日活京都)(監)稲垣浩(脚)三村伸太郎(撮)石本秀雄(音)西梧郎(出)市川春代、月宮乙女、戸上城太郎、香川良介、志村喬、上田吉二郎

A-12 6/1(日)4:00pm 6/18(水)3:00pm 7/4(金)7:00pm
★國民の誓 Das heilige Ziel(72分・35mm・白黒・不完全)

欧州スキー界の権威と彼に見出された二人の日本人青年スキーヤー。オリンピック必勝を誓った彼らが苦難を克服する姿を通して、国際友愛と犠牲的精神の尊さを説く。『新しき土』(1937年)や『東洋平和の道』(1938年)などとならび戦中に話題を呼んだいわゆる「国際映画」の一つで、ドイツ映画の輸入業者であった国光映画が松竹大船撮影所との提携で製作した作品。アーノルト・ファンクの『モンブランの王者』『SOS氷山』で知られるスキーヤーのゼップ・リスト、キャメラマンのリヒャルト・アングストを招き、監督には『愛染かつら』(1938年)の野村浩将が当たっている。今回見つかったのはオリジナル100分のうち72分で後半が大きく欠落しているが、作品の雰囲気を十分に伝えている。独語字幕版(ドイツ語の会話には日本語字幕がつきません)。

‘38(国光映画) (監)野村浩將(原)(撮)リヒャルト・アングスト(脚)ヴォルフガング・バギェ、野田高梧(美)濱田辰雄(音)山田耕筰(出)ゼップ・リスト、佐野周二、高杉早苗、広瀬徹、槇芙佐子、上山草人、大山健二、山内光、吉川満子、磯野秋雄、青木富夫

A-13 6/3(火)3:00pm 6/20(金)7:00pm 7/6(日)1:00pm
冬の宿(87分・35mm・白黒)

同時代の純文学を原作とする豊田四郎得意の「文芸物」の一本。主演の勝見庸太郎は、元は松竹蒲田のスター、1926年に勝見プロを興してからはマキノと提携し、監督、脚本、主演に腕を振るった多才の人である。1929年にマキノ省三が他界すると、翌年にはマキノとの提携を解消、勝見プロも解散した。勝見プロで育てられ、東京発声の企画脚本部長となっていた八田尚之のはからいで、本作『冬の宿』は勝見にとって8年ぶりの出演作となり、落ちぶれてもなお見栄を張る中年男の悲哀を全身で演じている。救いのない日常を耐える妻にこれが映画初出演となるムーラン・ルージュの水町庸子が、彼がほのかな想いを寄せるタイピストに原節子が扮し、さらに彼らを冷めた視線で観察する大学生に北澤彪を配して、重量感のある一篇となっている。『女學生記』とともに長らく原版の所在不明となっていたものだが、今回可燃性原版が発見されて上映が可能となった(協力:東宝・川喜多記念映画文化財団 プリント作業:IMAGICA)。

‘38(東京発声映画製作所)(監)豊田四郎(原)阿部知二(脚)八田尚之(撮)小倉金彌(美)進藤誠吾 (音)中川栄三、津川圭一(出)勝見庸太郎、水町庸子、原節子、北沢彪、林文夫、藤輪欣司、林文夫、島絵美子、堀川浪之助、押本映治、伊志井正也、田辺若男、伊田芳美、平陽光、青野瓢吉、南部邦彦、一木禮司、原田耕一郎

A-14 6/3(火)7:00pm 6/19(木)3:00pm 7/5(土)4:00pm
女學生記(76分・35mm・白黒)

東京発声は松竹蒲田で40本余りを監督した重宗和伸(務)が、豊田四郎や阿部豊を監督に迎えて1935年に興した独立プロ。多摩川撮影所を拠点に、1942年に東宝に吸収されるまで『小島の春』(1940年)をはじめとする良心作を積極的に製作した。重宗自身も監督を手がけているが、本作の監督、村田武雄は重宗の義弟である。長い教師経験を生かした細川武子の原作に従って、女学生たちのありのままの姿を映し出そうとする村田の手腕は十全に発揮され、谷間小百合、矢口陽子、高峰秀子といった若い女優たちを生き生きと輝かせている。一方で同時代の批評(大塚恭一)は修学旅行の「ふしだらな場面」や「勤労作業の場面の力のなさ」に憤っており、製作者に対する業界内部からの圧力を感じさせて興味深い(協力:東宝・川喜多記念映画文化財団 プリント作業:IMAGICA)。

‘41(東京発声映画製作所)(監)村田武雄(原)細川武子(脚)鈴木紀子(撮)吉田勝亮(音)津川圭一(美)園真(出)谷間小百合、戸川弓子、矢口陽子、櫻路陽子、永岡志津子、河野糸子、高峰秀子、御舟京子、山田五十鈴、御橋公、林千歳、川田昌子、戸部零子、生方賢一郎、正宗新九郎、伊藤薫、下田猛、長浜藤夫、英百合子、藤輪欣司、加藤照子

A-15 6/4(水)3:00pm 6/19(木)7:00pm 7/6(日)4:00pm
★姿三四郎(91分・35mm・白黒・最長版)

2001年に上映された「ゴス版」プリントを、国内版と照合して作成した最長版。1943年封切時のオリジナル版(97分)は、1944年の再公開にあたり79分に短縮され、その際に切除された部分のネガが散逸していた。今回の復元により、三四郎(藤田進)と檜垣(月形龍之介)が出会う前後の場面、小夜(轟夕起子)が檜垣に言い寄られてはねつける場面など、合わせて12分ほどが復活した。ゴス版から復元したのは、日常的な描写や男女の恋愛感情を扱った部分が多く、再公開にあたってはより時局に適合する形への編集を強いられていたことがうかがわれる。映写によってついた傷が多く焼き込まれているため、画調の差によって一見して判別されるだろう(協力:東宝 復元作業:東京現像所)。

‘43(東宝)(監)(脚)黒澤明(原)富田常雄(撮)三村明(音)鈴木静一(美)戸塚正夫(出)藤田進、大河内傳次郎、轟夕起子、月形龍之介、志村喬、花井蘭子、青山杉作、菅井一郎、小杉義男、高堂國典、瀬川路三郎、河野秋武、清川荘司、三田國夫

A-16 6/4(水)7:00pm 6/20(金)3:00pm 7/5(土)1:00pm
★暁の路(52分・24fps・35mm・白黒・無声)

大学を出ても就職口がみつからず、母(歌川八重子)の心配を想って焦る息子(浅田健二)。亡夫の遺した郵便年金があるから何の心配もないのだと母が息子を諭した後は、就職も隣家の娘との恋愛も、すべての問題が一気に解決し、明るい未来が出現する。当時の新興キネマはサウンド版が中心で、トーキーも増えはじめていたが、本作はほぼ最後のサイレント作品。

‘35(新興キネマ東京)(監)(脚)清涼卓明(原)簡易保険局(撮)藤井清(美)伊藤熹朔(出)淺田健二、歌川八重子、森山保、山縣直代

夢見る娘(34分・35mm・白黒・部分・不完全)

養父母に何不自由なく育てられながら、実の母を探し求めずにいられない娘の心と、それを諌める母の言葉が涙を誘う、新興キネマ十八番の母物である。オリジナルは58分であるが本プリントも物語はまとまっており、短縮再編集版と思われる。新興キネマの作品は、1960年代末から順次返還を受けた米国接収映画の中に相当数が含まれており、フィルムセンターの重要なコレクションとなっている。2001年に公開した『北極光』(1941年)につづき、最末期の作品をもう1本加えることができた(復元作業:IMAGICA)。

‘40(新興キネマ東京) (監)沼波功雄(原)(脚)小出英男(撮)松尾芳楠(音)伊藤宣二(出)逢初夢子、浦辺粂子、山口勇、堀川浪之助、歌川八重子、新島康夫、大友荘之介、生方荘兒

A-17 6/5(木)3:00pm 6/22(日)1:00pm 7/9(水)7:00pm
八處女(やをとめ)の歌(60分・35mm・白黒・不完全)

新興キネマが日活、大都と統合し、大映となって間もない時期の作品。新興キネマ出身者を中心に、日活出身の見明凡太郎や大都出身の大岡怪童が加わっている。大阪・天満市場の没落した漬物屋の娘、お若(眞山くみ子)は、父(見明凡太郎)と兄(加賀邦男)の苦境を慮って芸者に身を落とす決意を固め、天神祭で御輿の先駆をする「八処女」に加わる――。小石栄一は衣笠貞之助の『狂った一頁』の助監督から映画界に入り、マキノ、松竹、右太プロ、千恵プロなどを渡り歩き、戦後は大映の母物や、東映の「魚河岸の石松」シリーズ、美空ひばり物まで手がけた幅広いキャリアの持ち主である。

‘42(大映東京) (監)小石栄一、古野栄作(原)長谷川幸延(脚)笠原良三、斉藤江(撮)高橋通夫(美)五所福之助(音)横田昌久(出)眞山くみ子、加賀邦男、見明凡太郎、立松晃、村瀬幸子

A-18 6/5(木)7:00pm 6/21(土)4:00pm 7/8(火)3:00pm
★誓ひの港(66分・35mm・白黒)

横浜の港に近い居酒屋兼便利屋の気のいい主人、隆三(河村黎吉)。イギリス人に人間扱いされないインド人たちの心に彼ら一家の親切は深く沁み、店は彼らが夜毎飲み、歌い踊る溜まり場となる。ところが店を「印度人の店」として大改造した途端、日英経済断交のため彼らは日本を去ることになる――。英国の犠牲者としてのインド人に反英感情を吐露させ、「インドの独立を実現してくれるのは日本人だ」と言わせることで、戦意高揚の国策映画たろうとしているが、日本人を褒めたたえるインド人役は、メーキャップをしているとはいえ斎藤達雄、徳大寺伸、日守新一といった松竹のお馴染みの面々。ワンセットの撮影環境が生み出す閉塞感も作用して、このうえない珍品となっている。

‘41(松竹大船)(監)大庭秀雄(原)神崎武雄(脚)森本薫(撮)寺尾清(音)朝比奈昇(出)河村黎吉、東山千栄子、三浦光子、岡村文子、山田好一、徳大寺伸、斎藤達雄、日守新一

A-19 6/6(金)3:00pm 6/22(日)4:00pm 7/8(火)7:00pm
★第五列の恐怖(70分・35mm・白黒・不完全)

航空機会社に社員として潜入し、技師森本(伊沢一郎)の開発している新型エンジンの報告書を入手しようとするスパイ「YZ7号」(轟夕起子)。その背後には、貿易商の仮面をかぶったペインタース(高田弘)のスパイ組織があり、寺田中尉(永田靖)らはその壊滅を狙う。報告書の強奪に失敗した一味は、最後の手段としてエンジンの秘密を発表する席上に時限爆弾をしかけた…。本作は、後の『重慶から來た男』(1943年)などの国策スパイ映画で知られる山本弘之の作品で、映画統制によって新会社大映に統合される前の、日活多摩川撮影所名義の最終作としても貴重。当時は酷評もあったが、国民の防諜観念を向上させたとして憲兵司令官より感謝状も授与されたという。

‘42(日活多摩川) (監)山本弘之(原)(脚)北村勉(撮)内納滸、糸田頼一(美)仲美喜雄(音)飯田景應(出)轟夕起子、中田弘二、永田靖、見明凡太郎、伊澤一郎、國分ミサヲ、村田宏壽、潮萬太郎、水島道太郎、北龍二、吉井莞象、斎藤紫香、渥美君子、若原初子、町田博子、文野朋子、江原良子

A-20 6/6(金)7:00pm 6/21(土)1:00pm 7/9(水)3:00pm
★男の意気(70分・35mm・白黒)

大スター、名優らが数多く出演する松竹大船の戦中作品で、監督昇進後間もない中村登の演出は正に正攻法。隅田川へ通じる堀割一帯に江戸から続いて軒を連ねる回漕問屋の老舗、丸八回漕店の当主半造(坂本武)は、競合する山岩に押されて商勢の翳りに苦戦中であったが、大陸から戻った次男謙次(上原謙)は、父のやり方を諌め、幼馴染み千代(木暮実千代)らの手を借りつつ家業の刷新を計り、妹を気の染まぬ縁談から守り、さらには姉(川崎弘子)と駆け落ちして店を出た良吉(徳大寺伸)を仲間に引き入れて、大顧客丸菱から受注した荷揚げの大商いを成功させる。脚本(オリジナル)には、監督に加えて吉村公三郎と木下恵介も参加している。河村黎吉の演技もいつもながらに見物。

‘42(松竹大船)(監)(脚)中村登(脚)吉村公三郎、木下惠介(撮)齋藤正夫(美)江坂實(音)古関裕而(出)上原謙、木暮実千代、坂本武、徳大寺伸、朝霧鏡子、川崎弘子、藤野秀夫、大山健二、河村黎吉、日守新一、小林十九二、藤野秀夫、近衛敏明、川名輝、大原英子、西村青児、河原侃二、久保田勝己、縣秀介、伊東光一、野上潤、島村俊雄、大坂志郎

A-21 6/7(土)1:00pm 6/25(水)7:00pm 7/10(木)3:00pm
★新雪(74分・35mm・白黒・不完全)

『木石』(1940年)を最後に松竹を退いた五所平之助が創立間もない大映に入社して監督した最初の作品。東京第二撮影所(多摩川)で製作されたことから、五所にとっては旧日活多摩川系スタッフとの共同作業となった。原作は朝日新聞に連載された藤澤桓夫の同名小説。進歩的な教育理念を持つ国民学校の訓導と勝気な女医の恋と青春を爽やかに描き、大映‘現代劇’の存在感を印象付けることに貢献したばかりか、事実上大映の「最初のヒット作」(「大映十年史」)として記録されることとなった。大都映画のスターだった水島道太郎が第一線の地位を獲得し、宝塚出身の月丘夢路が一躍有望な映画女優として注目を集めたことでも名高い。今回発見されたのはオリジナル124分のうちの74分である。

‘42(大映) (監)五所平之助(原)藤澤桓夫(脚)館岡謙之助(撮)岡野薫(美)今井高一(音)久保田公平(出)水島道太郎、月丘夢路、高山右衛門、美鳩まり、武田サダ、白川博、久野あかね、井染四郎、國分みさを、山口勇、浦辺粂子、矢田稔、近松里子、小林直樹、見明凡太郎、吉井莞象、齋藤紫香、石黒達也、水原洋一、小杉光史、冬木映彦、若原初子

A-22 6/7(土)4:00pm 6/24(火)7:00pm 7/11(金)3:00pm
★五重塔(64分・35mm・白黒)

幸田露伴の中篇小説を原作に、五重塔建立までの工匠の敢闘と協力の精神を描いたもので、五所平之助監督にとって『新雪』以来2年ぶりの、そして大映での最後の作品となった。『新雪』とともに戦中の業績をたどるうえで貴重である。これまで国内に現存するプリント(米議会図書館からの返還フィルム)は37分の不完全版であったが、ロシア・ゴスフィルモフォンドでほぼ全長に近い素材が発見された。溝口健二『残菊物語』(1939年)のコンビ、花柳章太郎と森赫子をはじめとする新生新派がユニット出演し、美術考証に木村荘八を招いた大作であったが、完成作品の長さは「決戦非常措置に基く興行刷新実施要綱」の制限「劇映画二千米以下」に沿ったものである。

‘44(大映) (監)五所平之助(原)幸田露伴(脚)川口松太郎(撮)相坂操一(美)仲美喜夫(音)斎藤一郎(出)花柳章太郎、森赫子、柳永二郎、逢初夢子、大矢市次郎、伊志井寛、村田正雄、山口正夫、松宮慶次郎、瀬戸英一、春木喜好、島章、花田皓夫

A-23 6/8(日)1:00pm 6/24(火)3:00pm 7/10(木)7:00pm
★護る影(62分・35mm・白黒・不完全)

嵐寛寿郎の当たり役「むっつり右門」の一篇で、乾分の「おしゃべり伝六」には原健作が扮している。伝六は、浅草で興行を張る曲芸一座の太夫お夏(大河三鈴)と意気投合するが、折しも伊豆守の隠密たちが凶刃に倒れる連続事件があり、犯人を追った伝六は捕われてしまう。そこで曲芸一座が怪しいとにらんだ右門が登場する。伊藤大輔に私淑し、その門下からデビューした西原孝の最後の監督作品で、クレジットには伊藤の名も見える。全体としてはむしろ伝六の悲恋物語の趣が強い。なお、国内には短縮版マスター・ポジが存在する。

‘43(大映京都)(監)西原孝(原)佐々木味津三(脚)伊藤大輔、毛利喜久男(撮)竹野治夫(音)佐藤顯雄(美)上里義三(出)嵐寛寿郎、原健作、山口勇、寺島貢、香川良介、葛木香一、嵐徳三郎、高山廣子、大河三鈴、田中千代子、伊庭駿三郎、原聖四郎

愛の道標 妊娠調節を中心として(21分・35mm・白黒)

戦後、長篇映画の監督業を辞した西原孝は教育映画の世界に転じた。本作は、復興期の人口増加を背景に、受胎調節の意義と避妊法を解説した社会教育映画。フィルムが発見されたのは沖縄の那覇市で、本土との間に貿易の手段がなかった米軍占領初期に、密貿易の形で沖縄に流入した通称「闇フィルム」と推測される。性描写はほとんどないが、別の「煽情的な場面」を挿入して東京の盛り場で非合法的に上映されたという雑誌記事もあり、当時はこうした作品も興味本位の鑑賞に利用されていたことが分かる(復元作業:育映社)。

‘50(大阪映画人集団)(監)竹島豊(製)西原孝(脚)長尾政明(撮)木村久次郎(美)岡軌介

A-24 6/8(日)4:00pm 6/25(水)3:00pm 7/11(金)7:00pm
★朝日は輝く(25分・18fps・35mm・白黒・無声・部分)

大阪朝日新聞社が創刊50周年記念として日活に製作を委託した宣伝映画。溝口健二と伊奈精一の共同監督とされている。残存部分は公開時の約4分の1で、劇映画的な部分を除いて、より純粋な宣伝用に再編集した版と思われ、入江たか子や沢蘭子の出演場面は残されていない。船舶「オーロラ号」の火災に際しての、飛行機やモーターボートによる海上取材、オートバイへの原稿受け渡しなどが活劇調で描かれ、社内での活字拾い、校正、紙型・鉛版の作成、輪転機による印刷、配達と、新聞の作られる過程もくまなくたどられている。

‘29(大阪朝日新聞社=日活京都)(監)溝口健二、伊奈精一(脚)木村千疋男(撮)横田達之(出)中野英治、村田宏寿

★北鮮の羊は語る(15分・35mm・白黒・無声)

オーストラリアから朝鮮半島北部の牧場にやってきた羊たちが、長い道中の出来事を一人称で語り始める。日本の「緬羊國策」に沿った牧羊のPR映画で、朝鮮総督府が企画した作品としても貴重な発見である。

‘34(朝鮮総督府)

日本の映画作り Movie Making in Japan(8分・24fps・35mm・白黒)

アカデミー賞で知られるアメリカ映画芸術科学アカデミーが、1934年に日本の映画界を調査した記録。トーキー技術の発達状況が主要なテーマで、京都の松竹、日活、新興、J.O.の各スタジオを訪問するとともに、無声映画『おせん』(石田民三監督)や『霧笛』(村田実監督)の撮影にも立ち会っている。プリントは、1997年にアカデミー・フィルム・アーカイヴのマイケル・フレンド所長(当時)より寄贈されたプリントから複製したもの。アメリカ映画の日本語吹き替えの実験が試みられているのも興味深い(プリント作業:育映社)。

‘34(アメリカ映画芸術科学アカデミー)(出)大河内傳次郎、鈴木澄子、志賀暁子

サンフランシスコ万国博のジャパン・デー Japan Day at San Francisco World’s Fair(17分・35mm・カラー)

少数の試作品を除き、戦前の日本では35mmのカラー・フィルムはいまだ実用に至っていなかった。このフィルムはシネカラー・プロセス(A-27参照)によるもので、可燃性フィルムの形で返還された米国接収映画の1本だが、国内で不燃性フィルムに複製した際に音と映像が別個に処理されていたため、今回複数の素材から35mmの完全なプリントを作成した(復元作業:育映社)。

‘39(ニッポン・アンド・アメリカ社)(監)伊藤道郎(撮)ジェームズ・R・パーマー(出)大辻司郎

A-25 6/10(火)3:00pm 6/27(金)7:00pm 7/13(日)1:00pm
★日本(39分・24fps・35mm・白黒・無声)

東京各地の風景や地方の名勝、工業や海軍の活動を総合的に収めた、資料的な価値も高いフィルム。各テーマを代表する映像が手際よく並んでいることから、文化映画などを製作する際に利便のよいストック・ショット集の趣もある。これ自体完全な作品であるという確証はなく、完成時期も明らかではないが、浅草の劇場街を彩るポスターの映画題名からは1934年頃の撮影と推測され、また事後的な付け足しと思われる日本軍北平(北京)入城(1937年)関連のショットもある。

‘34頃(大阪毎日新聞社=東京日日新聞社)

鴨緑江大水力發電工事(45分・35mm・白黒)

旧満州と朝鮮との国境を流れる鴨緑江(おうりょくこう)で、1937年に開始された巨大ダム工事を記録した映画。本土にはない大河でのダム建設は日本の送電技術を著しく発展させたが、冬期に多数の死者を出した苛酷な労働環境でも知られる。撮影規模も大きく、キャメラの入れない水中シーン等で使われるアニメーションも巧みな表現を見せる。上映プリントは、2000年に大阪府松原市の原田智恵子氏より寄贈された16mmフィルムよりブローアップしたもの。製作会社のクレジットはないが、寄贈時のフィルム缶のラベル表記より確定した(復元作業:IMAGICA大阪映像センター[現IMAGICAウェスト])。

‘40(山口シネマ)(編)熊野稔(撮)影澤清

A-26 6/10(火)7:00pm 6/26(木)3:00pm 7/12(土)4:00pm
満州記録映画集(計60分)

1932年3月1日、王道楽土をスローガンに中国東北部に建国された満州国(34年3月1日には帝政に移行)。在満日本人による満州青年同盟などを中心に、建国直後の7月に結成された満州国協和会(36年より満州帝国協和会と呼称)は当初、軍閥専制を廃して王道の実践を謳い、共産主義の打倒と資本主義による独占の排除、そして民族協和と日満親善を掲げて活動を開始した。しかし、結成当時はいまだ続いていた反満抗日運動に対して宣撫工作と社会事業に重点を置いた活動を行なっていた協和会も、関東軍、日系官吏、そして満州重工業を初めとする特殊会社の三位一体による満州国の日本植民地化が進行するにつれてその性格を変え、政府と一体化した政治組織体となり、これがひいては近衛新体制における大政翼賛会のモデルとして日本に輸入されることとなる。協和会では、結成当初より教化宣伝の目的で映画班を組織して巡回上映を行なうとともに、中央事務局では自ら撮影も行なっていた。本プログラムでは、この協和会と満州映画協会(満映)によって製作された協和会に関する記録映画やニュース映画を中心に、全国の分会代表が参集した連合協議会や満州事変(柳条湖事件)を記念する行事などを通して、建国後五年間の満州の表情を見ていく。首都として大改造された新京(長春)の広大な町並みや壮麗な構えの関東軍司令部の建物、そして関東憲兵隊司令官当時の東条英機や後にノモンハン事件で失脚した植田謙吉関東軍司令官などの姿も垣間見ることができる。

★第二回建国記念大会運動会[仮題](14分・24fps・35mm・白黒・無声・不完全)

‘33(松竹キネマ)(監修)満洲國情報處

★全國聯合協議會(7分・24fps・35mm・白黒・無声)

‘35(満州国協和会)

★挙國一心(8分・24fps・35mm・白黒・無声・不完全)

‘36(満州帝国協和会)

★協和映画時報 九・一五 九・一八記念特輯號(13分・24fps・35mm・白黒・無声・不完全)

‘36(満州帝国協和会)

★康徳四年度全國聯合協議會[仮題](7分・24fps・35mm・白黒・無声・不完全)

‘37(満州帝国協和会)

★康徳五年度全國聯合協議會(11分・24fps・35mm・白黒・無声・不完全)

‘38(満州映画協会)(企画指導)満洲帝國協和會

A-27 6/11(水)3:00pm 6/26(木)7:00pm 7/13(日)4:00pm
★ツエッペリン エル.ゼット127号 日本訪問 〜第二報〜(16分・18fps・35mm・白黒・無声)

1929年8月、ドイツの大型飛行船ツェッペリン号が来日した際の記録。このイベントについては既に文部省製作の『世界一周飛行 ツェッペリン伯号』(藪下泰司撮影)が知られるが、こちらの作品では来日祝賀行事の撮影にも重点が置かれ、小泉又次郎逓信大臣(現首相の尊父)、幣原喜重郎外務大臣、堀切善次郎東京市長などの重要人物が認められる。また、日本初の定期発行のニュース映画、『松竹ニュース 眼の新聞』のスタート(1930年)前に松竹蒲田撮影所が行っていたニュース報道としても大きな価値を持つ。祝賀会には大谷竹次郎社長の姿も見られ、この映画の製作が会社ぐるみの特別なものであったことをうかがわせる。

‘29(松竹キネマ蒲田)

★『長門』の叔父さん(17分・24fps・35mm・白黒・無声)

世界七大戦艦の一つに数えられた巨艦「長門」の構造や機能、水兵の職務を、乗組員の「叔父さん」が子供たちに語りかける形で解説したもの。横浜シネマ商会(現ヨコシネディーアイエー)が製作した短篇文化映画のシリーズ「アテナ・ライブラリー」の第68篇で、同シリーズを率いた青地忠三が監修にあたっている。実際に「長門」にキャメラを持ち込んだ点でも貴重だろう。

‘33(横浜シネマ商会) (監修)青地忠三(撮)飯田光治

李王垠殿下大阪偕行社小学校御訪問[仮題](4分・35mm・パートカラー)

日本統治下の朝鮮で李王家を継承し、日本の陸軍中将となった李王垠(ぎん)が、子息の通学していた小学校の活動を視察した際の記録。偕行社は陸軍師団の将校の親睦会である。注目すべきは全体4分強のうち2分弱がカラーとなっていることで、クレジットにある「大日本天然色映画株式会社」が用いていたこの色彩システムはアメリカで開発されたマルチカラー。フィルムベースの両面に乳剤が塗られた独特の2色式システムで、シネカラー・プロセスの前段階とされる。なおカラー撮影のテストと思われる、内容と関係のないショットも含まれている(復元作業:東映化学工業[現東映ラボ・テック])。

‘40(大日本天然色映画)

陸軍豫科士官學校行幸御記録(8分・35mm・白黒)

1943年12月9日、埼玉県朝霞の陸軍予科士官学校(現陸上自衛隊朝霞駐屯地)を天皇が訪問した際の記録。劇場公開を前提とせず、純粋な記録として製作されたフィルムの発見は非常に珍しい。なお、このうち数ショットは下の『將校生徒の手記』に使用されており、製作会社の枠を越えて映像がやりとりされていたことが分かる。それは逆に、この行事の撮影は日本映画社の独占的な権利だったことも証明している(復元作業:東映化学工業[現東映ラボ・テック])。

‘43(日本映画社)

將校生徒の手記 陸軍豫科士官學校(36分・35mm・白黒)

陸軍予科士官学校における講義、軍事教練、日常生活を多面的に捉えた文化映画。太平洋戦争末期の文化映画は残存数が少ないため貴重である。以上3作品は、東京杉並区の光森一誠氏宅で長年可燃性フィルムの形で保管されていたが、2000年に同氏より寄贈を受けた後、フィルムセンターが不燃化復元を行ったものである。光森氏の尊父は同校の中隊長であり、また同氏自身も生徒の一人として本作に出演している(復元作業:東映化学工業[現東映ラボ・テック])。

‘44(理研科学映画) (監)東隆史(脚)若山一夫(撮)竹内光男、篠原菊治

A-28 6/11(水)7:00pm 6/27(金)3:00pm 7/12(土)1:00pm
白老アイヌの生活(38分・16fps・35mm・染色・無声・英語版)

北海道の白老(しらおい)アイヌ民族博物館学芸員、児玉マリ氏が保管されていた可燃性プリントからの復元。北海道帝国大学農学部の動物学者、八田三郎教授が1925年に記録した映像で、1926年に東京で開催された汎太平洋学術会議で公開された。集落に新たに掘られた用水供給用の井戸での女性たちの水くみや、荷物の運搬、男女古老の挨拶、アツシ織りの様子、結婚の儀礼、病気の治療、葬式、熊送り、サケ漁などを記録している。当時すでにアイヌの文化変容は急激に進んでおり、日常からは消えようとしているアイヌの生活ぶりを再現したものだという(復元作業:育映社)。

‘25(HORIUCHI CO.) (監)八田三郎

新潟縣魚沼川の悲惨事 四つの魂(46分・20fps・35mm・染色・無声)

学校で、家庭で「責任観念」を教え込まれた模範的な姉妹が、川に落ちた妹を助けるため次々に落ちて四人ことごとく溺死するという「美談」を、再現をまじえつつ劇化したもの。おそらく巡回映写用の作品で、修身の教材等に使われたと思われるが、キャメラを意識する素人の子供の表情が奇妙に生々しく、強烈な印象を残す。森要は吉沢商店からMパテー商会、松竹、帝キネなどを遍歴した日本映画草創期の監督で、フィルムセンターでは文部省映画『公衆作法 東京見物』(1926年)を保存しているのみである。母親役の御園艶子は、デビュー間もない高勢實乗が1917年にともに出奔した新劇女優(のちに結婚)で、本作出演後に早逝している(協力:プラネット映画資料図書館 復元作業:IMAGICAウェスト)。

‘25(東京映画月報社)(監)森要(脚)長里清(撮)岩藤隆之(出)染谷定之助、御園艶子、中沢照子、芦屋すヾ子、坂井すみ子、白石まき子、中村嘉子

彌次喜多 米の安塚名所巡り(5分・16fps・35mm・白黒・無声)

新潟県安塚(やすづか)村(現安塚町)で保存されていた可燃性プリントからの復元。「御当地映画」の小品ながらコミカルな時代劇仕立てとなっており、安塚の名所が美しい映像で甦る。都市部での興行記録を軸に編まれる映画史の表面には現れにくい類いのフィルムだが、『彌次喜多 長鐡沿線名所巡り』なるものも同時に内務省検閲を受けており(今のところ所在不明)、全国各地に埋もれているだろう映画遺産の奥の深さが予感される。(復元作業:IMAGICA)

‘36 (製)小倉猛夫