イケムラレイコ SIDE B | Leiko Ikemura: Side B

Introduction

「イケムラレイコ」とは誰なのか。
画家でしょうか? でも彼女は彫刻をつくりますし、ドローイングや水彩を独立した作品としてたくさん制作してもいます。
それだけではありません。彼女は詩を書きます。また、文学を愛し、ドイツ語圏で出版された松尾芭蕉や大江健三郎の本などに挿絵を寄せてもいます。ちなみに、ヨーロッパでの生活の方が日本でのそれを上回る彼女は、日本語のほかに、ドイツ語、スペイン語、英語を解します。いわゆるクアドリリンガルですね。
瞑想的な作品で知られていますが、彼女自身はとてもアクティヴです。ベルリン芸術大学で、そう多くはない女性の教授陣のひとりとして長く務めていますし、東日本大震災の後では、ベルリンを代表するアートスペースで、東日本を思うための展覧会を開催するために、文字通り奔走しました。(Fukushima and the Consequence, KW Institute for Contemporary Art in Berlin, 09 June - 17 July, 2011)
正直言って、そんな彼女の多面性を、展覧会という限られた空間で紹介するのは困難です。そこでSide B(B面、懐かしい!)と題したこの特別サイトをつくり、小説家、写真家、詩人、コラムニストなど、様々なジャンルの方に、様々な形でご寄稿いただくことにしました。なお、ほとんどの方が、今回イケムラさんとは初対面になります。また、「うつりゆくもの」をコンセプトとする展覧会としては、展示案がどのようにうつりかわってきたのかも、ちょっとだけご紹介したいと思います。

保坂健二朗
本展キュレーター

Profile: イケムラレイコとは?

このページを印刷する Tweetする Facebookで「いいね!」

イケムラレイコは、三重県津市に生まれました。1970-72年大阪外国語大学でスペイン語を学んだ後、72年スペインに渡り、セビリヤ美術大学(元The Royal Academy of Fine Arts of Saint Isabel of Hungary of Sevilla)で学びます。1979年スイス、チューリヒに。1983年ドイツ、ニュルンベルクに移り、その後、ケルンへ。現在はベルリンとケルンの二箇所を拠点に活動しています。また、国立であるベルリン芸術大学(UdK)の教授も務めています。

美術館での主な個展に、1983年ボン・クンストフェライン(ドイツ)、87-88年バーゼル現代美術館、99年ハガティ美術館(ミルウォーキー、アメリカ)、2000年豊田市美術館、01年ローザンヌ州立美術館(スイス)、02年リヒテンシュタイン美術館、04年レックリングハウゼン・クンストハレ(ドイツ)、05年聖コロンバ教会ケルン大司教区美術館(ドイツ)、06年ヴァンジ彫刻庭園美術館(三島)、08年アラーハイリゲン美術館(スイス)、10年アルンスベルク美術館(ドイツ)などがあります。

このように、イケムラレイコは、ドイツとスイスと日本を中心に着実な活動を続けてきました。その活動の評価は最近増す一方で、2008年にはアウグスト・マッケ賞を受賞し、2013年にはカールスルーエ(ドイツ)の公立美術館での個展が予定されています。

イケムラレイコの作品は、絵画、彫刻、ドローイングと多岐に渡ります。絵画では西洋文化を象徴する油彩を用いながら、キャンバス地をいかした非常に薄塗の作品を制作しており、そこには西洋的感覚と東洋的感覚とに橋を架けようとする作家の意志を感じることができるでしょう。彫刻(彫塑)でも、テラコッタ(粘土を素焼きしてできる)を用いながら「うつわ」的に「うつろ」をはらむように制作する点に、同様の意志を感じることができるでしょう。


Born in Tsu, Mie Prefecture, Ikemura moved to Spain in 1972. There, she studied at the Royal Academy of Fine Arts of Saint Isabel of Hungary of Sevilla. She then moved to Switzerland before eventually settling in Germany. Currently based in Berlin and Cologne, she also works as a professor at the Berlin University of the Arts.

Major solo exhibitions of her work have been held at the Bonner Kunstverein (Germany) in 1983, the Museum of Contemporary Art, Basel in 1987-88, the Haggerty Museum of Art (Milwaukee, USA) in 1999, the Toyota Municipal Museum of Art in 2000, the Cantonal Museum of Fine Art, Lausanne (Switzerland) in 2001, the Kunstmuseum Liechtenstein in 2002, the Kunsthalle Recklinghausen (Germany) in 2004, the Kolumba Art Museum of the Archdiocese of Cologne (Germany) in 2005, The Vangi Sculpture Garden Museum (Mishima, Japan) in 2006, the Museum zu Allerheiligen Schaffhausen (Switzerland) in 2008, and the Sauerland-Museum (Arnsberg, Germany) in 2010.




[Lying in redorange]
《lying in redorange》 2008年 東京ステーションギャラリー
lying in redorange, 2008, Tokyo Station Gallery
[よるのうみ]
《よるのうみ》 2003-2004年 ヴァンジ彫刻庭園美術館
Yoru no umi, 2003-2004, The Vangi Sculpture Garden Museum
[〈樹の愛〉より]
〈樹の愛〉より 2007年 東京国立近代美術館
From the series Tree Love, 2007, The National Museum of Modern Art, Tokyo
[黒いミコ]
《黒いミコ》 1994年 国立国際美術館
Black Miko, 1994, The National Museum of Art, Osaka

Photo: 写真家・川内倫子が捉えたイケムラレイコの姿

Photo document

カタログ用の撮影のため、レイコさんのふたつのアトリエ、ケルンとベルリンを訪れました。
毎日いろいろな話をしました。作品をつくり続けること、女性としての生き方、異国で生活をするということ。
あっというまの10日間でしたが、彼女と共有した時間は、わたしにとって、かけがえのない大切な宝物となりました。
レイコさんが無心で作品と向かい合っている姿はほんとうに美しかった。
自分のこれからの人生でなにか困難な出来事にぶつかったとき、きっとその姿を何度も思い出すんだろうと思います。

川内倫子

[0]
[1]
[2]
[3]
[4]
[5]
[6]
[7]
[8]
[9]
[10]
[11]
×閉じる
Photo by Rinko Kawauchi

Special: 特別対談 イケムラレイコ×小説家・川上弘美「食べること、描くこと、書くこと」

このページを印刷する Tweetする Facebookで「いいね!」

長年海外で暮らしているイケムラレイコさんが、その美しい日本語に魅了されたという川上弘美さんの小説。
絵画と小説という異なるメディアを使いながら、イケムラさんと川上さんはともに女性やうつろな世界を表現しています。
まるで長年の友人のような雰囲気で対談するなかで見えてきた、ふたりの共通点とは──。

[ポートレイト1]

美しい日本語を再発見する

── イケムラさんが、川上さんの本に出会ったきっかけは?
イケムラレイコ(以下 イケムラ)「キレイな日本語に飢えていた時、学芸員の保坂さんに川上さんの作品をおすすめされて、『蛇を踏む』『神様』『溺レる』を読みました。今はちょうど『真鶴』を読んでいます。長年ヨーロッパに住んでいると日本語をだんだん忘れていくので原始的なひらがなに魅かれるのですが、川上さんの作品を読んでひらがなの美しさを再発見しました。また川上さんの作品は万葉と現代を繋ぐような感覚があり、その世界観にとても共感したんです。そしてもうひとつ、共通点をみつけました。それは“食べること”です(笑)」
川上弘美(以下 川上)「それは嬉しい共通点ですね(笑)」
イケムラ 「食べることは“生”と“性”に深く関わっていると私は考えているので、川上さんの小説の中に出てくる食べるシーンにとても刺激を受けました」
川上 「私が今回の展示でことに印象的だった作品は、木を描いたドローイング《樹の愛》です。食べることは “大地のものが体に入ってくる”という感覚が私にはあり、そのイメージと重なりました。こんな勝手な見方をしていいのかわかりませんが」
イケムラ 「いえ、自由に見ていただいていいんです。先日、横尾忠則さんと対談させていただいた時も、いろんな見方ができることは素晴らしいとおっしゃってくださいました」
川上 「イケムラさんの作品はいろんなものに見えるんですよね。頭にキャベツが生えているような彫刻は、うさぎにも見えるし全く別のものにも見えます。横尾さんのおっしゃる通り、いろんな風に見えるということはとても魅力的です。イケムラさんはこういった作品をどのような気持ちで作るのでしょうか。例えば、私が短編小説を書く時は“こういうストーリーを書きたい”ではなく、全体を通して“こんな雰囲気を表したい”というところから始まります。“さみしい感じ”とか“さみしくて嬉しい感じ”とか」
イケムラ 「私も少し似ていて、何かコンセプトがあってそれを写すというやり方ではないですね。色彩の基調などビジョンはあるのですが、制作していく中で発展していきます」
川上 「書き始めると最初の文章は決まるのですが、次に何が出てくるかはわからないんです。具体的なことをお聞きしてもいいですか? この横たわる少女の彫刻《ひざまずいて(目に身をあずけながら)》はどのように作るのでしょう」
イケムラ 「彫刻の場合はトーンではなく、体の感覚が大事です。例えば、さみしいという気持ちの時の体の動きをイメージし、幼い頃やったように丸くなって、その姿をデッサンするんです。でも作っていく中で、どんどん変化していくんですよ」
川上 「では、このスカートの部分も途中で形が変わったのですね」
イケムラ 「作りながら“スカートではなく花みたいに見えて面白いな”と思い、じゃあ花にしよう、花びらにしようと次々に変化します。スカートの中を掘っていく途中で、だんだんイヤらしい行為だなと感じたり(笑)」
川上 「あの穴は掘ってできたのですね(笑)。中がどうなっているか気になったので、すべての彫刻の後ろに回って見てしまいました」
イケムラ 「穴というものは、うつろで怖く、いやらしい。いろんな思いがあります。川上さんの作品にも性的なことが入ってくるのですが、ヘンリー・ミラーのようにギトギトとは書かず、するりとかわすように書く。その俳句的な余韻にドキッとさせられます」
川上 「それは男と女の違いもあるのかもしれませんね。自分の中にある女性的な部分をよく見てみると、成熟した女性のものよりも、もっと小さい頃の性的なものを強く感じることがあって、それはイケムラさんの作品にも感じました。とはいえ、30代40代と進むにつれて、作品は変化していきますよね。イケムラさんは意識的に変化させたのではなく、自然と変わってきたように見えます」
イケムラ 「私の場合はやはり住んでいる所と言語、パートナーの影響が大きかったですね。蛇が脱皮を繰り返すように、その都度違うものができてくる。かといって、全く別のものかというとそうではないんですが」
川上 「はい。もともとの本体は一つなんですね」
イケムラ 「そうなんです。だから、少し形は変わっても同じなんですよね。進化しているようで後退していたり、非常につらい時期もありました。すべて作品に現れています。80年代、私はファイターだったんです。絶対にひとりで何でもやる!と言って、ギャラリストと喧嘩したり(笑)。それからしばらくして、闘争だけではないということや自分自身について学び、だんだんと変わっていったのですが。その頃の作品は気恥ずかしいけれど、懐かしくもあります」
川上 「その時の社会の状況というものが、小説には無意識にあらわれてしまうものだと思うのですが、絵にも影響しますか?」
イケムラ 「あると思います。とはいえ、スペインに住んでいた時の作品にスペインの特別な何かが出てくるのではなく、生活の基調みたいなものが反映されているのかなと」
川上 「社会からの影響を考えると、今だと震災の影響がありますよね。そのことを直接書くというのではなくて“日本全体がなんだか不安だ”という社会的無意識が、自分を通して濾過して出てくるような気がするんです。あえて書こうとしなくても、いやおうなくにじみ出てきてしまう」
イケムラ 「“濾過する”というのは素敵な言葉ですね。じーっと見ながら吸収し、それが骨や血になっていく。創作にはとても大切なことだと思います」
川上 「政治のような大きな話ではなく、家事をしたり、スーパーマーケットに行って物を買う時、店員さんや周りのお客さんがどんな雰囲気なのか、そういう身近なところから感じるんです。だから、私は生活をしないと小説が書けないんです」
イケムラ 「それはひとつの強さですよね。ある点から見れば、リスクがあるわけです。川上さんの作品は文学的ではない言い回しを用い、言葉を削ることでなめらかに洗練されている。けれど、わざとさはない。それは生活が根底にあり、食べることがシンボル的に登場するからだと思います」

[ポートレイト2]

食べる悦びがもたらす幸福な時間

川上 「イケムラさんは、料理をなさるんですか?」
イケムラ 「私はあまり上手ではないです。食べることのほうが上手かな(笑)」
川上 「私も書くことより読むことのほうが上手です(笑)。展覧会などでさまざまな場所にいらっしゃると、きっといろいろなものを食べられるんだろうなあ」
── ドイツのアトリエに学芸員が行った時には、イケムラさんお手製の「お蕎麦のペペロンチーノ」を振る舞われたとか。
イケムラ 「まずガーリックを薄く切り、いいオリーブオイルでさーっと炒めて、アルデンテで茹でたお蕎麦を入れるんです。細かく切っておいた唐辛子を入れてピリッとさせたり、たまにはオクラやズッキーニも一緒に入れて。ささっとできるんですよ。全部で5分もかからない」
川上 「えー早い! お蕎麦はかなりアルデンテですね(笑)」
イケムラ 「置いておくとだんだんやわらかくなるから、ちょうどいいんです。仕上げにチェリートマトを切って、パッと入れて。色味がとてもキレイなんですよ。正直、あまり料理は得意じゃないのですが、私のパートナーが料理上手で。だから、さっとできる前菜を作ることが多いかな。川上さんは料理をされるんですよね?」
川上 「私は夕ご飯を食べてお酒を飲むために生きているので(笑)。夜は仕事をしないんです」
イケムラ 「最近、私も夜は仕事をしなくなりました。正直、一人でアトリエにいるのは辛いんです。集中するために電話はいやよといいながら、かかってくると“誰だったの?”とか聞いたりして(笑)。そんなことをしているうちに、時間がなくなってきて焦るんです」
川上 「時間がないというのは、締め切りがあるんですか?」
イケムラ 「一日の中で仕事をする時間というのがあって、その時間をきちんとやらないと、すみませんという気持ちになるんです」
川上 「わかります。私はそれを “お酒が美味しくなくなる”と呼んでいます(笑)。仕事をしないでお酒を飲んでも美味しくないんですよね」
イケムラ 「そうそう。若い頃は真夜中にアトリエに帰ってきて、朝3縲鰀4時まで仕事をしていました。今は遅くても9時くらいまでで、夜ご飯は結構遅いんです。食べるときのお酒は美味しくて…両方があると楽しいじゃないですか。でも飲むと仕事をしたくなくなるので、お腹が空いているのを我慢して仕事をがんばる。やっと終わって、近所のレストランでお酒とご飯をいただく。それが一日のご褒美です」
川上 「いいですねぇ。私は朝6時に起きて、仕事を始めるのは8時くらいなのですが、寝そべって本を読んだり考えたり。端から見れば何もやっていないように見えるかもしれませんけれど(笑)。それから少し書いて昼は軽くすませ、午後もまた仕事をして、夕方になると料理を始めるんです。夕ご飯を食べながら“あー今日も仕事をしてよかった”と思いながら飲みます」
イケムラ 「食べることはいい意味での土着ですよね。大地と繋がるというか。ドイツ語では“Erde”という言葉があります。地面から体が繋がっている」
川上 「私は人と喋りながら食べていると普通の量なのですが、ひとりだと沢山食べてしまうんです。イケムラさんは、食べること自体が大事ですか? それとも、誰かと一緒に食べることのほうが重要ですか?」
イケムラ 「ひとりで食べることもありますが、その時は食べることの行為を通じて癒される気がします。誰かと食べるときは、それこそ大地と繋がっている気がしますね。一緒に食べることで、他の人間と繋がる絆が作られるのだと思います。私はきちんとワイン用意し、前菜からフルコースをいただきたいんです。しかも毎日3回やりたくて(笑)。だから、男のアーティストで毎日8時間も何も食べずに描いているんだよと聞くと、私とはだいぶ違うなと思います」
川上 「書いているとお腹が空きますよね。そういう人は、脳にブドウ糖が足りなくならないのかな(笑)」
── イケムラさんは、描いた後は頭が疲れるのですか? それとも体が疲れますか?
イケムラ 「どうでしょう。頭はそんなに疲れないかな」
川上 「私も頭は疲れないですね。目は疲れますし、体がこわばって腰も痛いんですけど。もちろん、頭で考えている時期もあるのですが(笑)」
イケムラ 「始めの見通しがない状態は、とても頭を使いますよね。これでいいのかと考え直したり」
川上 「一度書き始めてしまうと、後は体で書いている感じです。イケムラさんはどうですか?」
イケムラ 「何かに動かされて描いているというか、自分だけの力ではないんですよね。先程の“濾過する”という言葉のように、何かが自分の中を通って出てくるようなイメージです」
川上 「体にある昔の記憶だったり体験したことが、自然に書かせてくれる。でも、私は全然スッとは出てはこなくて。文字はいくらでも書き直せますが、絵は描き直せないですよね?」
イケムラ 「ドローイングはほとんど描き直しません。絵の場合はかなりレイヤーを使うので、例えば《真珠の女》という絵の中には50枚分くらいの表情の変化があります。そのうつり変わりから、最初は思ってもいなかったような絵が出てくるんですよ」
川上 「何度も手を加える場合と、すぐ出来上がる場合とがあると思うのですが、どちらがいいのですか?」
イケムラ 「短編を書くことと長編を書くことが違うように、両方とも魅力があります。ある意味、絵には終わりがないんです。また、私は完成度が高いものが好きではなく、不安でどこか揺らいでいるような部分が自分の中にあるので、辛いのですがその状態で終わらせることが大事なんです」

[ポートレイト3]

変化を受け入れ、先へ進む

川上 「学芸員の方から、イケムラさんが作品のタイトルを直前に変えたとお聞きしたのですが、すごく共感しました。小説だと最初に雑誌で発表して、単行本になる時にまた手を入れるんです。それだけならまだしも、私は単行本から文庫本になる時にも、さらに手を加えてしまう。自分の書いたものが完成しているとはとても思えなくて、どんどん変えてしまうんです。でもまだ、その変化を楽しむというところにまでは至っていないのですが。イケムラさんは楽しんでやっていますよね?」
イケムラ 「むしろ周りに迷惑をかけている感じがあります(笑)。美術館のキュレーターはもちろん、身近な人もきちんとスケジュールを立てられないから。でも本当のことを言うと、作品は自然に変わる時と、自信が無くて変える時があるんですよね」
川上 「私はどんどん変えているうちにわからなくなって、もう止めた!ってなってしまう時があります」
イケムラ 「結局、一番最初のほうがよかったじゃん!ってね(笑)。でも、試行錯誤しながらも堪えて、いいものができる時ってやはりありますよね。川上さんは、緻密なところと力を抜いているところのバランスはどうやってとっているのですか?」
川上 「緻密なところはほとんどないんですよ。しょうがなく後から刈り取ったり膨らましたり、調節するんです。いや、小説の話はやめましょうよ(笑)」
イケムラ 「いえいえ、絵とすごく比例していて面白いので、聞かせてほしいんです」
川上 「では小説の話でいうと、私は書いたものを発表するようになってからまだ15縲鰀6年で、まだまだ書けるものが少ないと感じています。最初は短編ばかり書いていたので、長編を書いてみようとするとまだ長編を書くほどの“筋肉”がない。少し“筋肉”がついてきたなと思ったので長編を書いてみると、だんだん書けるようになったんです。でも、もしかするともう少し経ってから書いたほうがいいのかなと思ったり。絵でも同じような感覚はありますか?」
イケムラ 「確かにあります。絵を始めた頃、周りの人たちにドローイングがいいねと褒められることが多かったんです。でも“絵はまだまだね”と」
川上 「私も短編は褒められても“長編はまだまだ”ってよく言われました(笑)」
イケムラ 「そう言われると“今に見てろよ!”って思ったりね(笑)。でも自分にも思うところがあったので、どこがダメなんだろうと研究をしました。いわゆる大作と呼ばれるものは体力が必要で、ピカソのように体力をつけなければと悩んだり。でも絵を描くことは人生と繋がっているので、30才でできなくてもいいのだと、もっと長い目で見るようにしたんです。ある時期チャレンジをして、3メートルくらいもあるかなり大きなキャンバスを描いたのですが、まだまだイラスト的でもっとマチエルを追求しなければいけないと壁にぶつかって。その頃、生活やいろんなことにも破れていました。私は誰と一緒にいるかがとても重要なのですが、その時のパートナーとともにお互いが苦しかった。それで精神的なことの大事さに気がつき、山にこもって制作を始めました。愛や性について根本的に考えさせられました。それが転機だったと思います」
川上 「年譜で見ると、その頃は山にこもっていたとありますが、自然と向きあっていたことと性的なものについての向きあい方を考えることは、つながっていたのでしょうか?」
イケムラ 「そうですね。海はやはりエロスに近いですよね。山はどちらかというとそれを避けるような感じがあります。その両方を行き来していたのかもしれません。『真鶴』にはその両方が描かれていますよね」
川上 「『真鶴』は一緒にいられなかった男の人との話です。きっと、男の人とのかつての関係が反映されてはいるのでしょうが、それが具体的にどの男の人かは、本人にもわからないんです」
イケムラ 「それは気になるところですが、聞きませんよ(笑)」
川上 「もう10年くらいしたら、はっとわかるのかも(笑)」
イケムラ 「その生々しさがいいところですよね。情で生きた事があるのかなとチラリと思わせる。すべてが虚構であったらつまらないです」
川上 「虚構なんですけど、どうしようもなく自分が出ているんです」
イケムラ 「実際に体の重ね方だったり、性を短い文章で書く表現には舌を巻きました」
── イケムラさんは川上さんの句集『機嫌のいい犬』を読んで連句を書かれたそうですね。
イケムラ 「はい。私は以前から俳句を作っていたのですが、あとがきに“俳句は敬遠されているけれど、この本を読んで連句のようにまた人が俳句を作ってくれるといい”ということが書いてあって。本に直接書いていいか迷ったのですが、つらつらと今日の朝4時頃まで書いていたんですよ」
川上 「わぁ、すごく嬉しいです。私は絵を描けないからお返しができないのですが(笑)。俳句は、五・七・五はあるのですが、決まりがあるようで自由でもある」
イケムラ 「その自由さが、俳句のいいところですよね。実は私は、18才くらいまで文学少女で本ばかり読んでいました。海外に出てからはそれほど読まなくなったのですが、幼い頃は小説を書きたいと思った事もあり、言葉への執着はあるんです」
川上 「イケムラさんの絵と言葉は、互いがつながっているという印象をもちました。AなのかBなのかではなく、A+BでCにいく。ひとつの見え方ではなく多面的で、かすかに風を感じるような印象を受けました」
イケムラ 「イメージと言葉はかなり緊張感があるので、どちらかになってしまいます。日本語の美しさは意識していて、言葉を書きたいという気持ちもありますが、まだまだ絵や彫刻、イメージを作っていきたいと思っています」
川上 「新作に山水画がありましたが、そこにいくのか!という驚きがあり、すごく面白いと思いました。展覧会を見る前に、以前に出された作品集を見ていたのですが、それはすべて少し前のイケムラさんの作品なのだと気づきました。ずっと最初から繋がりながら、また新たな蛇の殻がでてくる。そして今後どうなっていくのか、とても楽しみです」

プロフィール
川上弘美(かわかみ・ひろみ)

1958年、東京生まれ。1994年にデビュー作『神様』(中央公論社)で第1回パスカル短編文学新人賞受賞。96年『蛇を踏む』(文藝春秋)で第115回芥川賞、99年『神様』でBunkamuraドゥマゴ文学賞、紫式部文学賞を受賞。2000年には『溺レル』(文藝春秋)で第11回伊藤整文学賞、第39回女流文学賞、2001年『センセイの鞄』(平凡社)で第37回谷崎潤一郎賞を受賞、2007年に『真鶴』(文藝春秋)で芸術選奨文部科学大臣賞。
窶ィ著書に『龍宮』(文藝春秋)、『光ってみえるもの、あれは』(中央公論新社)、『ニシノユキヒコの恋と冒険』(新潮社)、句集『機嫌のいい犬』(集英社)など多数。

写真:木奥恵三

[《愛の樹》より]
《樹の愛》より 2007年 東京国立近代美術館
[ひざまずいて(目に身をあずけながら)]
《ひざまずいて(目に身をあずけながら)》 1997年
作家蔵 photo: Jochen Littkemann

[真珠の女]
《真珠の女》 2010-2011年
作家蔵 photo: Jochen Littkemann
[山水]
《山水》 2011年
作家蔵 photo: Jochen Littkemann

[機嫌のいい犬]
イケムラさんが新たに俳句を書き込んだ、川上さんの句集「機嫌のいい犬」(集英社)

Special: 詩人、蜂飼耳がみた、イケムラレイコの存在と無

このページを印刷する Tweetする Facebookで「いいね!」

中原中也賞を受賞するなど、現代詩界で注目を集める詩人・蜂飼耳さん。
本展覧会をご覧になり、新たに詩を書き下ろしてくださいました。
蜂飼さんの紡ぐ繊細な言葉から、イケムラレイコのうつろな世界を堪能できるはずです。

まばたきのあいだにも/蜂飼耳

そのとき ゆるゆると
まぶたを持ち上げる山や谷
はじまりも終わりも
ない かもしれない
「こっちがみえる?」
「よくみえるよ、いまのところ」
かたちを変えながら
血管のなかを走っていく
みえない速度で溶けゆく山々が
耳かたむける ねむたげに
「こっちがみえる?」
「……」
驚愕と恐怖の記憶に
あたらしいゆりかご与えれば
はじめての場所
そのやさしさに慣れることは
できない かもしれない
山々の繁殖 流れる
沈んでは起きあがる
くんだばかりの水をのむ
ひとつになりたい眺めが流れる

そんなふうに身を投げ出したのは
大地をいつくしむ気持ちから
眠りをなつかしむ気持ちから
このからだが一時的な風景なら
わたしは彼女は彼女たちはわたしたちは
もっと遠くへいく

かなしみやよろこびを折りたたみ胸に
抱えているのは 時がきたら放つため
折れなかった翼のように
飛びたたせるため

流木にも似たからだは
いつか 火に くべられる
引き裂かれもするし まとまりもする
わたしは彼女は彼女たちはわたしたちは

細胞のたえまない地殻変動を
記録しては消していく
ためらうことはない
大地の胸に胸をあわせる

黒を見ることができない
見たと思えたためしがない
生まれてくるとき脱ぎ捨てた衣に
その気配は近くて

すべての人の庭に咲こうとしている
ほとんど見えない花が
めしべとおしべを闘わせる
そこへ行くには這う方が速いので
二足歩行など放りだす

重力の楽譜を弾こうとするなら
蛇の言葉を取りもどす
すり傷を見ない
土のにおい
黒は光と親しいだろうか
黒が闇と 親しいなら

嘆きはしない 進んでいく
とおい水が燃えてゆれて
喜ぶのでもない 顔の向く方角へ
なにひとつ決めることもなく進んでいく
待っているものなどいなくても

あなたは生えていたし吸い上げていた
風の言い分にうなずいては
脳の城をふとらせた
楽しいことばかりではないけれど
楽しむことも知っている

いつまでも同じページにたたずむように
いつまでもあなたは生えているはず
そんな思いこみの上にも
降りそそぐ黄金色の雨

いつも少しずつ あなたは立ち去っている
あなたは立ち去っている
わたしは立ち去っている
わたしたちは立ち去っている
ここに いるままで
こうして いる ままで
現在を置き去りにして
立ち去りつづけている

動いていないのにそれが海だと
わかるのはなぜだろう
だれもいないまま
あらゆる顔を映している
だれもが含まれているのに
だれもに近いわけではない
顔なきものの鼓動 波
空からはがれ落ちるたびに
新しくなる水平線 波
(いつまでも、こうしていたいような)
(いつでも、いなくなりたいような)
海は両目から流れこみ
からだの底に
どこにもない潮騒を響かせる
消えながら生まれる

曇天 晴天 山水 草木
うつろうものを うつろう指先 うつろう筆で
つかのま とらえることの よろこび かなしみ
うつろうかたち うつろう線 うつろう色を
うつろいゆくものたちが受け取るときに
めぐり めぐりゆく風景が
息ひそめて 細胞を通過する
欠けているから あるいは 過剰なので
削るために もしくは 満たすために
めぐり めぐりつづけ やむことがない
岩のおもてへ押し出される顔
やわらかな樹木の転身
海やがて雲そして雨 川 海また雲
ふたたび雨 雨 まばたきのあいだにも
(しずくが世界を閉じこめて)
(しずくから世界を解放し)
ここにいるままで 知らないうちに
こうしているままで 流転の音楽
その音色に身を ゆだねている

プロフィール
蜂飼耳(はちかい・みみ)

[ポートレイト]

1974年、神奈川県生まれ。詩集に『いまにもうるおっていく陣地』(紫陽社・第5回中原中也賞)、『食うものは食われる夜』(思潮社・第56回芸術選奨新人賞)、『隠す葉』(思潮社)など。小説に『紅水晶』(講談社)、『転身』(集英社)。エッセイ集に『孔雀の羽の目がみてる』(白水社)、『秘密のおこない』(毎日新聞社)など。童話に『のろのろひつじとせかせかひつじ』(理論社)。絵本に『うきわねこ』(絵・牧野千穂・ブロンズ新社)、『イワンのむすこ』(絵・ささめやゆき・ハモニカブックス)などがある。

[展示風景 第4室]
「イケムラレイコ うつりゆくもの」展会場 第4室「横たわる人物像」撮影:木奥恵三
[展示風景 第6室]
「イケムラレイコ うつりゆくもの」展会場 第6室「うみのけしき」撮影:木奥恵三

Special: 文筆家、山崎まどかが読み解く、イケムラレイコの少女性

このページを印刷する Tweetする Facebookで「いいね!」

イケムラレイコの作品に登場する「少女」というモチーフ。
イケムラさんにとって、「少女」とはどのような意味を持っているのでしょうか。
女性誌や映画雑誌で「少女性」「ガーリー文化」について執筆してきた
文筆家・コラムニストの山崎まどかさんが、イケムラ作品を読み解きます。

自由は、少女の形をしている/文:山崎まどか

 暗闇の世界でぼうっと発光する「少女の形をした何か」。
 それはワンピースのようなものを身につけている。そして腹這いになってかろうじて地上に留まっているかのように見える。重さも、感触もない。人間の手でつかまえることは出来ない。すぐにふわふわと浮いて、クラゲが海をたゆたっていくかのように、今ある世界から逸脱していってしまいそうだ。彼女を包む暗闇は、夜のようにも見えるし、深海のようにも見える。
 地上を離れ、「少女の形をした何か」は境界線を超えて、闇の中をどこまでも漂っていく。旅立つという意志はそこにない。目的地もなく、何かに抗うという姿勢もない。「少女の形をした何か」は本来ならば目があるべきところに両手を突き刺している。何かを見ること、向かう先を自分で決めるのを拒否しているかのようだ。その消極的ともいえる意志の表れによって、「少女の形をした何か」がまったくの無機物ではないことが認められる。「少女の形をした何か」の今の姿、透明にゆらめき、絶えず変化し、流されていく姿勢は、彼女が自ら選びとったものなのである。この「少女の形をした何か」は、アーティスト、イケムラレイコの作品の中に見られるモチーフである。
 初めてイケムラレイコさんの絵画を見た時、自分を今ここにつなぎ止めている何かが断ち切られたかのような、不思議な感覚を覚えた。胃の中で蝶が飛び回っているような気分になって、落ち着かなかった。不安と果てしない自由への予兆に心が震えるようだ。生まれたばかりで、何の束縛もないような。あるいは死んで、あらゆるものから解き放たれたような。何かと拮抗するのではなく、ただするすると境界線を越えていく、影のような、雲のような「少女の形をした何か」に、何者にも支配されない魂の本質を私は見ているのかもしれない。
 現在、イケムラさんはドイツを拠点に活躍している。彼女は大阪外国大学で学んだ後にスペインに渡り、そこからスイス、現在暮らすケルンとベルリンに移り住んでいった。イケムラさんのアーティストの軌跡とも重なるその足跡に、空中に浮かび、軽々と境界線を超えていく「少女の形をした何か」が重なる。学生運動の名残が残る日本の大学から脱出して、どこにも属さないエトランゼとして生きる軽やかさ。
 しかし、属さないことは、外部の影響を受けずに孤独を守ることとは違う。彼女は長いキャリアの中で、移り住んできた国や都市の文化や風土、精神にインスパイアされて、作風を変化させてきた。複数の外国語を喋る彼女は、どの言語も自分としては完全に操っているとはいえず、言葉によって自分も変化するという。
 更に、日本にいる時から自分は「異邦人」だと感じていたとイケムラさんは言う。よく、周囲と合わせられない人のことをその場から「浮いている」というが、この言葉は「異邦人」の本質をよく表していると思う。ゆらゆらと揺らめきながら形を変えて、浮遊し続ける「少女の形をした何か」は、イケムラさんの精神の形なのかもしれない。
 空中に浮かぶ少女、というと、イケムラさんと同じようにドイツに暮らす日本人の表現者である多和田葉子さんの小説『聖女伝説』が思い浮かぶ。「聖女」になる宿命を背負った少女の物語である。主人公は「聖女」にまつわるあらゆるクリシェ、あらゆる不幸や罠を拒否し、(わたしは落下傘です)と言って建物から飛び降りる。彼女は最後、地上に落下するすれすれで止まる。彼女は「浮く」のである。「浮く」ということは、少女によって救済でもあるのだ。
 イケムラレイコさんの描いたもの、造ったものを直接的に「少女」ではなく、「少女の形をした何か」と私が呼ぶのは、その「少女」が「少女」であることからも自由であるように見えるからだ。
 同じモチーフの立体作品を見てみれば、ほら、「少女の形をした何か」は、風をはらんでふくらむスカートの下からその頭の中にいたるまで空っぽだ。彼女は実体を持たないかげろうであり、かつては少女の肉体を持っていた幽霊であり、ただ空中を舞う光の粒なのだ。「日本人であることのアイデンティティからも自由でいたい」という芸術家らしい表現だと思う。彼女の立体作品は再生可能な素材によって作られている。「少女の形をした何か」は、自然に返り、何度もメタモルフォーゼを重ねることが出来るのだ。彼女が描く世界の中では、うつろっていくことこそが不変であり、普遍なのだろうか。
 自分は「芸術家というよりは媒体だと思うことがある」というイケムラさんの言葉について考えると、この中ががらんどうになっている「少女の形をした何か」は、器だと考えることも出来る。この「少女」は個人ではなく、様々なインスピレーションや自然の声を満たして、初めてきちんとした形を取る無形の器、つまり無意識の世界や超自然と人を結びつける巫女なのである。「聖女」と言ってもいいのかもしれない。「少女」でありながら「少女」を超えた存在なのだ。しかし巫女である以上、それは「少女」の形をしていなくてはならないのである。
 巫女は人間ではなく何かを伝える「媒体」だから、様々なものに姿を変えていく。イケムラさんの「少女の形をした何か」も姿が一定している訳ではない。その同じモチーフで、様々な顔がある。漂いながら、絶えず変化していく。自分を変えてしまおうとする世界に対して自分を守ることによって「少女」であろうとするよりも、むしろ自分を明け渡し、少女のような、少女でないような、何者でもない、ただ浮遊するものになっていく。世界に対して開いた内部は空っぽだが、そのうつろは不思議と不可侵な、守られた場所のようにみえる。透明な光がそこにある。
 空っぽであることは、「無」がそこに存在するということだ。「存在と無」という言葉は、イケムラさんのインタビューの中にも出てくる。少女の形をした器の中には「無」が在るのだ。相反する真実によって、「少女の形をした何か」の不思議さは更なる光を放つ。「少女の形をした何か」は矛盾を抱えている。彼女は意志や思考といったものは持たないが、無意識の力はある。「無意識」というものが、そこには「在る」のだ。実体はないが、そこに「在る」ということは、このはかなげな「少女の形をした何か」に大きな力を与えている。

プロフィール
山崎まどか(やまさき・まどか)

[ポートレイト] Photo: Vda inc. (amanagroup)

1970年、東京生まれ。文筆家・コラムニスト。清泉女子大学卒業。大学在学中からライターとして活動を始め、雑誌『オリーブ』での連載をきっかけに、ガーリーカルチャーを牽引するコラムニストとして活躍。現在は女性誌、映画雑誌、カルチャー誌など幅広く手がけている。著書に『女子映画スタイル』(講談社)、『乙女日和』、『イノセントガールズ』(ともにアスペクト)、共著『ハイスクール U.S.A』(国書刊行会)などがある。
ウェブサイト「ROMANTIC AU GO! GO!」http://romanticaugogo.blogspot.com/

[横たわる少女]
《横たわる少女》 1997年 東京国立近代美術館
Reclining Girl, 1997, The National Museum of Modern Art, Tokyo
[ひざまずいて(目に身をあずけながら)]
《ひざまずいて(目に身をあずけながら)》 1997年 作家蔵
Squatting (Leaning on the Eyes), 1997, Collection of the artist
photo: Jochen Littkemann
[〈樹の愛〉より]
《横たわる少女》 1997/2006年 ヴァンジ彫刻庭園美術館
Lying, 1997/2006, The Vangi Sculpture Garden Museum

Talk: 女性として、アーティストとして、海外で生きる理由

このページを印刷する Tweetする Facebookで「いいね!」

2011年5月、イケムラさんは、ネブラスカ州のオマハに位置する友人のスタジオへと向かう途中、ニューヨークに立ち寄り、John Yau氏とEve Aschheim氏のふたりが住むアパートを訪れました。
Yau氏は、詩人にして批評家、イケムラさんについての散文を発表したこともあります。Aschheim氏は画家。ドローイングを創作の中心のひとつに据えていたり、プリンストンのような歴史ある大学で美術を教えていたりするなど、イケムラさんとの共通点が少なくありません。
クリエイターである三人の会話は、イケムラさんのスペイン時代についての質問から始まります。やがて、イケムラさんの作品の特徴のひとつである「少女」という存在について、そして女性のアーティストとして生きることについてと、話題は広がっていきました。

*この鼎談の日本語訳(抄訳)は、追ってアップいたします。



Leiko Ikemura, John Yau and Eve Aschheim in the apartment in Midtown Manhattan
on Thursday, May 19, 2011.

SPAIN

Eve Aschheim: Welcome Leiko!
You came from Berlin. You must be one of the only Japanese women artists from your generation in Berlin or even in the whole of Germany.
What would your opportunities have been in Japan, had you stayed there, as a woman artist?
Leiko Ikemura: I don't know, because I left Japan much earlier. I studied language in the university in Japan, but interrupted my studies to go to Spain.
Eve Aschheim: How old were you when you went to Spain?
Leiko Ikemura: Twenty-one. I started to study art in the academy in Sevilla. At that time I was not only the only Japanese, but also the only foreigner.
It was during Franco's time, so it was difficult to move around much…
Eve Aschheim: Why did you go to Spain?
Leiko Ikemura: Well, that's a good question. I was fascinated with the culture and the language, and I thought that we ambitious Japanese had to leave the country to achieve something.
Japan, after the Second World War, was becoming Americanized, without really knowing the Western culture we were imitating. And Japan struggles with low confidence in our own culture and tradition. We could not see an original Picasso, an original Matisse, or an original Velazquez. I really wanted to see the works as someone who lived among them, and not only experience them through books.
John Yau: Did you study poetry and literature in Spain 窶錀 because you know Spanish poetry quite well.
Leiko Ikemura: Garcia Lorca was important, for example.
Italy was the center of culture, so Spain is a little bit apart. Spain is always not in the middle. Therefore, they have their own languages, which are unique. Even now, I'm very impressed when I go to Madrid; the Prado is one of the most beautiful museums.
John Yau: And it's really very different than going to the Louvre; Spanish painting is more somber.
Leiko Ikemura: Yes, somber. For me, the Louvre is also a demonstration of thievery and power, what they had taken. What's your impression, Eve?
Eve Aschheim: Well, one thing I see in the Spanish painting is the dark interiors that I also see in your work 窶錀 black backgrounds, and a certain kind of light. Some of your paintings feel like night paintings, or twilight.
John Yau: And moody.
Leiko Ikemura: Or a sense of melancholy.
Maybe I'm influenced by Spanish paintings I had looked at during that time; Picasso was still contemporary. And Spanish culture was cut because of Franco, so the young generation in the 70s, didn't know that a very important movement was starting in Germany, with Fluxus and Arte Povera, and artists like Beuys and Kounellis and company.
So we did not know much in Spain about what was happening in Germany, but it was also interesting to work in this atmosphere of 窶錀 how can I say 窶錀 seclusion.
John Yau: One that is separated.
Leiko Ikemura: Yes, separated. It's like Spain is never, ever going to be Europe; they say the peninsula is the beginning of Africa.
Eve Aschheim: Moorish culture.
Leiko Ikemura: Yes, Arabian culture, and in this case, it was cut off, not only geographically, also by time. So, between my childhood and maturation is a kind of initiation as an artist. You also need to develop as a person.
For that, Spain was good because I was not functioning at all. When you come from a different culture… I didn't know the language, the social structure. It was a special space.
Eve Aschheim: When you're an outsider… both literally and figuratively, you don't have to fit in.
Leiko Ikemura: They didn't expect anything of me. And so that time was dreamlike…
But then after seven years in Spain, I went to Switzerland, and then to Germany. Once I was in Switzerland I started to become aware of what was happening in the art world because I saw shows of contemporary art for the first time.
Eve Aschheim: What was the reason you moved to Switzerland?
Leiko Ikemura: I was involved with someone who lived there. Also, I wanted to be financially independent as a woman; it's very important to me. One couldn't get work as a foreigner in Spain. I went to Switzerland to find a job, like teaching.

LINE and UNCONSCIOUS

Eve Aschheim: Can you talk about the difference between the three media: drawing, painting, and sculpture? What's the relationship between them for you?
Leiko Ikemura: Sometimes I have difficulty with painting, but I'm still fascinated by it.
So when I couldn't continue working, instead of struggling, I made drawings as a way to explore. I forget everything and I am able to begin to get more deeply involved. This is often possible for me in drawings.
Eve Aschheim: There is an indeterminacy of the forms in your drawing, where they are not namable and function as more than one thing.
They seem very dreamlike.
Leiko Ikemura: I think they create their own visual world and also are parallel to my life at the time, very immediate and also a bit naive.
Eve Aschheim: Yes. One thing that strikes me is this symbolic power of these images. I mean they feel in some ways almost archaic. The symbolic power of the forms that you choose, simple but profound forms.
Leiko Ikemura: Something archaic?
Eve Aschheim: Some of them are like talismans, power objects or voodoo dolls.
Leiko Ikemura: Oh, I never thought about that.
Eve Aschheim: But these watercolors are interesting because they're deceptively simple, and they look simple, but then you see that the figure dissolves into light, and into other shapes 窶錀 somehow you let it become all these other forms. And I'm wondering, are you interested in the unconscious?
Leiko Ikemura: Very much.
Eve Aschheim: Did you read Jung?
Leiko Ikemura: Jung, Neumann and Eliade were important for me.
In the 90s, I started to explore the unconscious form as an origin of life. The primal power of unconsciousness…

FORMS BETWEEN or GIRLS

John Yau: A lot of your forms are between one thing and another. They can be a head, a body and an object, and you can't nail it down and say, oh, this is what it is.
At the same time, in your paintings, in your paintings of the girls, you feel like you can't quite know what the figure is thinking.
Eve Aschheim: You can't access it.
Leiko Ikemura: My intention was to make pre-adolescent female figures from my particular perspective. My painting is not a projection of the female ideal as done previously by men, but somehow opposing, and showing an interior life.
And then I remember my childhood. We had these difficulties as girls, before we grew up and entered into society and then learned codes of behavior, how to deal with the world.
I think this moment is very fragile.
Eve Aschheim: Pre-puberty.
But that's a moment when girls are actually more powerful before they get socialized to figure out about boys and how to be.
They're free in a certain way that later they become less free and more self-conscious.
Leiko Ikemura: Yes.
Eve Aschheim: You know, and it's interesting, they seem to have that kind of innocence.
Leiko Ikemura: They still have that innocence, becoming a pre-sexual, pre-gendered moment.
A pre-defined being. I don't think that we are born as a woman or a man. There is a biological condition, but then there is also educational and social conditioning.
And this certain period of our development, this remote yet important period of our experience that we are going through, is a delicate but beautiful time. I record this and use it as a motif. It's a kind of a possibility, like a gateway. I get into, once again, losing my self and transforming this situation…
Eve Aschheim: Asian women are seen in the West to some extent as more exotic, more docile. So how did that affect you…?
Leiko Ikemura: Well, I was against that kind of expectation. I think it's also one of the reasons that I left Japan because it was just so strong there. I couldn't free myself from this atmosphere. Now, I think less so, because the women there are stronger now.
There is a difference between the woman artists who came from Japan in the generation before me, and me. For example Yoko Ono and Yayoi Kusama. It was a completely different situation for them. For example when Kusama came to New York it was the time of Happenings.

OUTSIDER / WOMEN ARTISTS

Eve Aschheim: Well Yoko Ono and Yayoi Kusama became part of a scene that got a lot of attention and became historically important.
Leiko Ikemura: Very much. It's a completely different situation in my case. I had to fight alone and that's the first question that Eve asked, which was very interesting because nobody asked me before.
Eve Aschheim: Nobody in Germany asked you?
Leiko Ikemura: No.
Eve Aschheim: You've been interviewed before, but perhaps the interviewers lacked an understanding of the perspective of the foreigner, the outsider.
John Yau: And there has never been a scene that you can be identified with. You've always been a singular figure, rather than part of a group, such as Yoko Ono and Fluxus.
Leiko Ikemura: I started out like this; since then I have become more connected. So I can't say I'm completely an outsider. Early on, however, I was on the periphery of a movement in Germany that was still very male, you know.
Eve Aschheim: The women artists in Germany complain about sexism.
Leiko Ikemura: I also remember when I started teaching in the university in Berlin, in 1991, there was not a single woman painter in the profession.
John Yau: Yes, that's right. I think Maria Lassnig is the first woman to teach painting in any German-speaking university and that's not until 1980.
Leiko Ikemura: And it was also in Austria, not in Germany. She was already 60 years old or so. You could hardly find any women teaching in the university, and least in painting. If you found someone, she was maybe in media or installation. When I came to teach at the university in Berlin in ‘91, Rebecca Horn had also just started. There were also very few woman exhibiting in German museums. The German painters were Baselitz, Kiefer, Richter, etc: powerful men. I also made large paintings in the 80s as challenge against this man's world.
Eve Aschheim: Who were your friends, your close painter friends or other friends through the 80s?
Leiko Ikemura: In the 80s, I met artists of the Junge Wilden, the Muhlheim Freiheit group, German abstract painters, as well as Swiss and Austrian artists in Cologne.
Eve Aschheim: So who did you talk to about your work?
Leiko Ikemura: That's a good question, Eve. We were all younger then; we visited each other quite frequently and made exchanges. It was not only artists visiting studios but also critics, collectors and gallerists. Cologne at that time was an international center for contemporary art.
Eve Aschheim: Are you also looking around at other women artists? There have been a number of women artists trying to deal with issues of how women are depicted, inventing their own mythology: June Leaf, Dana Schutz, Katherine Bradford, Mary Frank, Judith Linhares, Nicole Eisenman, Amy Sillman.
Leiko Ikemura: I like June Leaf's work very much. I would like to know more about the other artists you mentioned. Modersohn-Becker is an early figure of this kind. I've admired her work. Meret Oppenheim afterwards. And Maria Lassnig was remarkable. Even more, I am impressed by Alice Neel.
Eve Aschheim: Louise Bourgeois?
Leiko Ikemura: And of course, Louise Bourgeois. Eva Hesse and Atsuko Tanaka were also very important to me in the 90s.
John Yau: Right. But Maria Lassnig for instance is not known in America. She's barely known.
Eve Aschheim: There was a big divide between Germany and the US; after the war, rarely did German artists show here. It's different now, changing.
In your sculpture of the girl with her hands poking in her eyes and mouth there is a consumption that seems almost metaphysical…
Leiko Ikemura: That's true. I think Janine Antoni is interesting in a related way: consumption, but also self-destruction. It is somehow assault-like.
You know, painting with her hair…
Eve Aschheim: Eyelashes too, yes.
Leiko Ikemura: I also appreciate how artists like Ana Mendieta, Valie Export, Susan Rothenberg, Kiki Smith and Nancy Spero engage the body.

LANDSCAPE

Eve Aschheim: Your recent seascape paintings that we saw in Berlin, they seemed like a like a lost paradise.
Leiko Ikemura: The time of the beginning.
John Yau: An elemental world made up of animals, water and people.
Eve Aschheim: They had an ashy quality, smoky and misty, but also ashy. It wasn't optical. It was visceral and volcanic. So you go from the girls who are pre-culture, to the beginnings of culture. I was thinking about memory and if you dream in black and white or in color.
Leiko Ikemura: I daydream a lot and it's obviously meditative in color. It's visionary 窶錀 in this way I create space beyond reality, like a landscape of my inner world, a landscape that is a distant memory at the same time.
John Yau: There are also some references to wars in the paintings of the ships and the planes, that you must have seen images of in Japan.
Leiko Ikemura: Yes, even before my birth, there is a collective memory of war. It´s timeless, and it's a primal image.

Process: 展覧会ができるまで

このページを印刷する Tweetする Facebookで「いいね!」

8月17日から21日までの5日間、イケムラさんは、会場デザインをしてくれた建築家のフィリップと毎日美術館にやってきて、展示をしていきました。「5cm上げてみて……うーん、ちょっと下げてみて」。美術作品というのは不思議なもので、少し高さが違うだけで全然見え方が違います。しかもイケムラさんの場合、(私たちの目線と密接な関係にある)地平線/水平線が描かれている作品が少なくないので、なおのこと「変わる」のです。細部にまでこだわった展示の雰囲気を、ちょっとだけご紹介します。
撮影:木奥恵三

2011/8/17

[写真1]
ドローイングのシリーズ「樹の愛」を並べて、順番を決める

2011/8/18

[写真2]
第4室、「横たわる人物像」の数々が置かれる部屋にて
[写真3]
写真作品の位置を調整する
[写真4]
会場で流れる音楽を担当した蓮沼執太さんと、イメージを話し合う

2011/8/19

[写真5]
第11室にて、会場をデザインしたフィリップ・フォン・マットさんと位置を検討
[写真6]
まずは床に置いて、試行錯誤をする
[写真7]
考えた位置に実際に掲げて、シミュレーションを行う

Topics

2011.10.17 インタビュー

「美術手帖」2011年11月号
10月17日発売(美術出版社)

[書影]
2011.9.29 インタビュー

「SPUR」2011年11月号
9月23日発売(集英社)

美術ライター、白坂ゆりさんによるインタビュー。
イケムラさんの作品から読み解いた「うつろ」「宇宙」などのキーワードが登場します。

[書影]
2011.9.29 インタビュー

「.fatale」
対談・イケムラレイコ × 横尾忠則「何ものにも見えるものたち」

2011年9月20日掲載

美術館に足を運び、現代作家の作品を見るのは久しぶりだという横尾さんと、学生時代から横尾さんに憧れていたというイケムラさん。初対面とは思えない意気投合したふたりの貴重な対談です。

[キャプチャ]
2011.9.29 雑誌

「Hanako」No.1003 2011年9月8日発売(マガジンハウス)

2011.9.29 新聞

「毎日新聞」2011年9月8日夕刊 アートの風:9月

「朝日新聞」2011年9月21日

2011.9.7 更新

SOUNDを更新しました。

蓮沼執太が手がける展覧会場の音楽がサイト上でも聴けるようになりました。
右上にある「SOUND」をONにしてお楽しみください。

2011.9.7 インタビュー

「クロワッサンプレミアム」2011年10月号
8月20日発売(マガジンハウス)

ベルリンにあるアトリエの現地取材とインタビューが2ページにわたり掲載されています。絵筆やパレット、ベルリンの自宅の写真などドイツでの暮らしぶりも紹介。
イケムラ作品のキーワードである「少女性」についても語られています。

[書影]
2011.9.7 インタビュー

「BRUTUS」no.177・2011年9月15日号
9月1日発売(マガジンハウス)

「フクヘン。」ブログでおなじみ美術ジャーナリスト、鈴木芳雄氏によるインタビュー。常に「旅」とともにあった現在までの活動の変遷について書かれています。
アトリエに置かれていた彫刻作品のマケットなど、制作風景も垣間みる事ができます。

[書影]
2011.9.7 テレビ

NHK「日曜美術館」アートシーン(インタビュー+会場風景)
2011年9月11日放送予定

2011.9.7 雑誌

「FIGARO Japon」2011年10月号 8月20日発売(阪急コミュニケーションズ)

「美術手帖」2011年9月号 8月17日発売(美術出版社)

「art_icle」2011年9月号 8月25発売(タグボート)

2011.9.7 WEB

「フクヘン。」展覧会レポート

「青い日記帳」展覧会レポート

「Paul Klee」 イケムラレイコのコメント 

「OPENERS」ベルリンでの震災展について

「VOGUE Japan NET」展覧会紹介

閲覧環境について

推奨ブラウザ

■ Internet Explorer 7 以上
■ Firefox 3.6 以上
■ Safari 5 以上
■ Chrome 12 以上

当ウェブサイトは下記の標準に基づいて作成されています。
■ XHTML 1.0 Transitional
■ CSS2

その他閲覧に必要な条件

コンテンツすべてをご覧いただくには、JavaScript/CSSが利用可能な設定であることが必要です。
また、一部ページに効果音を使用しています。こちらの再生には最新版のAdobe Flashプラグインが必要です。

著作権について

当サイトで提供するすべての制作物及びコンテンツ(画像・文章・情報など)に関する著作権は、特に記載がない場合、東京国立近代美術館が保有します。当サイトで提供するすべてのコンテンツ等について、当館の許可なく複製・転用・販売といった二次利用をすることをかたく禁じます。

クレジット

ウェブディレクション : 加藤賢策(東京ピストル)
システム構築 : SETENV
編集:服部円
音楽:蓮沼執太|Shuta Hasunuma
企画:東京国立近代美術館
制作・運営:柴原聡子、保坂健二朗(東京国立近代美術館)
協力:集英社 すばる編集部