Special: 詩人、蜂飼耳がみた、イケムラレイコの存在と無

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中原中也賞を受賞するなど、現代詩界で注目を集める詩人・蜂飼耳さん。
本展覧会をご覧になり、新たに詩を書き下ろしてくださいました。
蜂飼さんの紡ぐ繊細な言葉から、イケムラレイコのうつろな世界を堪能できるはずです。

まばたきのあいだにも/蜂飼耳


そのとき ゆるゆると
まぶたを持ち上げる山や谷
はじまりも終わりも
ない かもしれない
「こっちがみえる?」
「よくみえるよ、いまのところ」
かたちを変えながら
血管のなかを走っていく
みえない速度で溶けゆく山々が
耳かたむける ねむたげに
「こっちがみえる?」
「……」
驚愕と恐怖の記憶に
あたらしいゆりかご与えれば
はじめての場所
そのやさしさに慣れることは
できない かもしれない
山々の繁殖 流れる
沈んでは起きあがる
くんだばかりの水をのむ
ひとつになりたい眺めが流れる

そんなふうに身を投げ出したのは
大地をいつくしむ気持ちから
眠りをなつかしむ気持ちから
このからだが一時的な風景なら
わたしは彼女は彼女たちはわたしたちは
もっと遠くへいく

かなしみやよろこびを折りたたみ胸に
抱えているのは 時がきたら放つため
折れなかった翼のように
飛びたたせるため

流木にも似たからだは
いつか 火に くべられる
引き裂かれもするし まとまりもする
わたしは彼女は彼女たちはわたしたちは

細胞のたえまない地殻変動を
記録しては消していく
ためらうことはない
大地の胸に胸をあわせる

黒を見ることができない
見たと思えたためしがない
生まれてくるとき脱ぎ捨てた衣に
その気配は近くて

すべての人の庭に咲こうとしている
ほとんど見えない花が
めしべとおしべを闘わせる
そこへ行くには這う方が速いので
二足歩行など放りだす

重力の楽譜を弾こうとするなら
蛇の言葉を取りもどす
すり傷を見ない
土のにおい
黒は光と親しいだろうか
黒が闇と 親しいなら

嘆きはしない 進んでいく
とおい水が燃えてゆれて
喜ぶのでもない 顔の向く方角へ
なにひとつ決めることもなく進んでいく
待っているものなどいなくても

あなたは生えていたし吸い上げていた
風の言い分にうなずいては
脳の城をふとらせた
楽しいことばかりではないけれど
楽しむことも知っている

いつまでも同じページにたたずむように
いつまでもあなたは生えているはず
そんな思いこみの上にも
降りそそぐ黄金色の雨

いつも少しずつ あなたは立ち去っている
あなたは立ち去っている
わたしは立ち去っている
わたしたちは立ち去っている
ここに いるままで
こうして いる ままで
現在を置き去りにして
立ち去りつづけている

動いていないのにそれが海だと
わかるのはなぜだろう
だれもいないまま
あらゆる顔を映している
だれもが含まれているのに
だれもに近いわけではない
顔なきものの鼓動 波
空からはがれ落ちるたびに
新しくなる水平線 波
(いつまでも、こうしていたいような)
(いつでも、いなくなりたいような)
海は両目から流れこみ
からだの底に
どこにもない潮騒を響かせる
消えながら生まれる

曇天 晴天 山水 草木
うつろうものを うつろう指先 うつろう筆で
つかのま とらえることの よろこび かなしみ
うつろうかたち うつろう線 うつろう色を
うつろいゆくものたちが受け取るときに
めぐり めぐりゆく風景が
息ひそめて 細胞を通過する
欠けているから あるいは 過剰なので
削るために もしくは 満たすために
めぐり めぐりつづけ やむことがない
岩のおもてへ押し出される顔
やわらかな樹木の転身
海やがて雲そして雨 川 海また雲
ふたたび雨 雨 まばたきのあいだにも
(しずくが世界を閉じこめて)
(しずくから世界を解放し)
ここにいるままで 知らないうちに
こうしているままで 流転の音楽
その音色に身を ゆだねている

プロフィール
蜂飼耳(はちかい・みみ)

[ポートレイト]

1974年、神奈川県生まれ。詩集に『いまにもうるおっていく陣地』(紫陽社・第5回中原中也賞)、『食うものは食われる夜』(思潮社・第56回芸術選奨新人賞)、『隠す葉』(思潮社)など。小説に『紅水晶』(講談社)、『転身』(集英社)。エッセイ集に『孔雀の羽の目がみてる』(白水社)、『秘密のおこない』(毎日新聞社)など。童話に『のろのろひつじとせかせかひつじ』(理論社)。絵本に『うきわねこ』(絵・牧野千穂・ブロンズ新社)、『イワンのむすこ』(絵・ささめやゆき・ハモニカブックス)などがある。

[展示風景 第4室]
「イケムラレイコ うつりゆくもの」展会場 第4室「横たわる人物像」撮影:木奥恵三
[展示風景 第6室]
「イケムラレイコ うつりゆくもの」展会場 第6室「うみのけしき」撮影:木奥恵三