過去の展覧会

  • 2016.11.22-2017.02.12
  • 所蔵作品展

MOMATコレクション

MOMAT Collection

2016年11月22日-2017年2月12日の所蔵作品展のみどころ

竹内栖鳳《飼われたる猿と兎》1908年

 MOMATコレクションにようこそ!今期のみどころをご紹介します。
 日本画作品は、保存の観点から展示期間が限られますが、とりわけ重要文化財は年に一度の公開を見逃せません。今期は11月22日~1月15日を前期、1月17日~2月12日を後期として、前期に鏑木清方《三遊亭円朝像》を4階1室「ハイライト」にて、後期に安田靫彦《黄瀬川陣》を3階10室にて展示します。「ハイライト」では、鏑木清方だけでなく、彼も参加した「金鈴社」の画家たちにもご注目ください。
 また今期は個人を特集した部屋がいくつもあります。4階3室では大正時代を代表する画家、岸田劉生を、4室では異色の日本画家、秦テルヲを特集します。また3階6室では中村研一の戦争記録画を、7室では2年前に亡くなった国際的アーティスト、河原温、9室ではアメリカを代表する写真家スティーグリッツを特集します。
 さらに、1階で開催の「endless 山田正亮の絵画」展にあわせ、3階8室では山田と同時代の画家たちによる抽象表現を集め、2階ギャラリー4で開催の「瑛九1935-1937闇の中で「レアル」をさがす」展にあわせ、4階5室では1930年代の前衛絵画を集めました。企画展と比べて見ることで、よりお楽しみいただけるはずです。

 今期も盛りだくさんのMOMATコレクション。どうぞごゆっくりお楽しみください。

作品保護のため、一部作品に展示替えがあります。

前期:2016年11月22日(火)-2017年1月15日(日)

後期:2017年1月17日(火)-2月12日(日) 

 

出品作品リストは、こちら

今会期に展示される重要文化財指定作品

 

 今会期に展示される重要文化財指定作品は以下の通りです。

  • 萬鉄五郎《裸体美人》(1912年)
  • 中村彝《エロシェンコ氏の像》(1920年)
  • 鏑木清方《三遊亭円朝像》(1930年)*2016年11月22日-2017年1月15日展示
  • 安田靫彦《黄瀬川陣》(1940/41年)*2017年1月17日-2月12日 展示

 14点の重要文化財(2点は寄託作品)についての画像と解説は、こちら

 

 

中村彝《エロシェンコ氏の像》1920年

萬鉄五郎《裸体美人》 1912年

展覧会構成

4F

1室 ハイライト
2-5室 1900s-1940s 明治の終わりから昭和のはじめまで

「眺めのよい部屋」

美術館の最上階に位置する休憩スペースには、椅子デザインの名品にかぞえられるベルトイア・チェアを設置しています。明るい窓辺で、ぜひゆったりとおくつろぎください。大きな窓からは、皇居の緑や丸の内のビル群のパノラマ・ビューをお楽しみいただけます。

「情報コーナー」

MOMATの刊行物や所蔵作品検索システムをご利用いただけます。

 

1室 ハイライト

 3,000m²に200点以上が並ぶ、所蔵作品展「MOMATコレクション」。その冒頭を飾るのは、重要文化財を含むコレクションの精華をご覧いただく「ハイライト」です。2012(平成24)年の所蔵品ギャラリーのリニューアルを機に新設したコーナーで、壁は作品を美しく際立たせる濃紺、床はガラスケースの映り込みをなくし、作品だけに集中していただけるよう、艶消しの黒を選んでいます。
  今期の日本画は、大正期の研究団体、金鈴社に属した吉川霊華、結城素明、平福百穂、鏑木清方の作品です。おめでたい雰囲気の平福百穂《丹鶴青瀾(たんかくせいらん)》や、期間限定で1月15日まで展示される重要文化財の鏑木清方《三遊亭円朝像》をお見逃しなく! 洋画は、ともに「日本的油絵」の創造に取り組んだ安井曽太郎と梅原龍三郎の比較や、イメージの断片をモンタージュ風に再構成した野田英夫と松本竣介の違いを、それぞれお楽しみください。

 

アンリ・ルソー 《第22回アンデパンダン展に参加するよう芸術家達を導く自由の女神》1905-06年

関根正二《三星(さんせい) 》1919年

松本竣介《黒い花》1940年

2室 「新か、旧か?」

萬鉄五郎《太陽の麦畑》1913年頃

 何であれ、ものごとの最初を特定するのは難しい。MOMATの真ん中のMはモダン、つまり近代です。近代美術の始まりとは、いつなのでしょうか?ここに並ぶ作品の約半分は、1907年に始まった官設の「文部省美術展覧会(文展)」に出品されたものです。この文展開設を日本の近代美術の始まりとする考え方があります(異論もあります)。
 そして近代とは「常に前衛(アヴァンギャルド)であれ」ということをモットーとする時代です。つまり直近の過去は否定し、乗り越えるべき旧いものになります。設立当初は歓迎された文展ですが、まもなくすると硬直したアカデミズムの牙城として、新しい世代の批判対象になります。残り半分の作品は、そんな文展の在り方とは異なる道を進もうとした作家によるものです。
 これらの作品が制作されてから100年ほど経った現在の私たちには、やはり新しいものが旧いものより素晴らしく映るのでしょうか?それとも、新しいものにはない素晴らしさを、旧いものに見出すのでしょうか?

 

3室 響き合う劉生

 日本の近代美術を代表する画家のひとりである岸田劉生(1891-1929)。彼の作品の楽しみ方のひとつは、じっくりと見比べてみることです。
 たとえば一年違いの自画像。色彩やタッチやサインが違います。1914(大正3)年の方が渋い男に見えるのは陰影のつけ方のせいでしょう。日付から、この絵は娘の麗子が生れる前日に完成したことがわかります(ちなみに1913年の方は結婚から約4カ月経った頃の絵)。
 医師である古屋(こや)君を描いた作品では、水彩画と油彩画とで人物の印象が異なります。油彩画では手に草(カヤツリグサ)を持たされていますが、違いはそれだけではないはず。見比べているうちに、髪型や左目のまぶた、顔の角度も微妙に変わっていることに気づくでしょう。
 「草」は他の絵の中にも見られます。たとえば5歳の麗子が手に持っているのは、赤まんま(犬蓼:いぬたで)という植物。古屋君とは持ち方が違いますが、どちらが大人っぽい持ち方に見えるでしょうか。壺の絵の中にも草は見られ、紋様としての草とサインとを見比べてみると、形がさりげなく響き合っていることに気づきます。

 

岸田劉生《壺の上に林檎が載って在る 》1916年

岸田劉生《麗子肖像 (麗子五歳之像) 》1918年

岸田劉生《古屋君の肖像 (草持てる男の肖像) 》1916年

4室 秦テルヲ

秦テルヲ《月光》1916年頃

 今回4室で紹介するのは、秦テルヲ(1887-1945)が1916(大正5)年頃に描いたペン画です。2012(平成24)年に収蔵しましたが、11点全部(と自画像)をまとめて紹介するのは今回が初めてです。
 この時期、テルヲは暗くて陰惨な絵ばかりを描いていました。吉原などの遊郭や、私娼窟に取材した、たとえば《血の池》(1919年、京都国立近代美術館蔵)といった作品等です。それが日本画(日本画絵具で描かれた絵画)だったから、なおさらテルヲは異端視されました。彼が描いたものの異様さはここに並べたペン画にも十分にうかがうことができます。
 ところで、世紀末のヨーロッパにはオーブリー・ビアズリー(1872-98)など退廃的なムードをもつ芸術が生まれました。テルヲも一時それにかぶれていたと言われます。しかし一方で、彼は熱い人間愛の人でもありました。テルヲをよく知る人たちは口を揃えて、彼の陰惨な絵画の奥には弱き者への慈愛と社会への批判がひそんでいたと語っています。

 

5室 1930年代の前衛絵画

三岸好太郎《雲の上を飛ぶ蝶》1934年

 2階ギャラリー4で開催する「瑛九1935-1937闇の中で『レアル』を探す」に関連して、同時代の日本の前衛絵画の状況をご紹介します。
  瑛九が画壇にデビューした1936(昭和11)年当時、日本ではシュルレアリスムと抽象絵画が、いわゆる「前衛(アヴァンギャルド)」として、若い画家たちの関心を集めていました。理知的な構成による抽象絵画と、逆に人間の理性の力が及ばないところに非合理の美を見つけ出そうとしたシュルレアリスム。両者は正反対の芸術運動のように見えますが、1930年代という、機械文明が発達するとともに戦争への不安が増大していった時代においては、これらはともに芸術家にとって切実なテーマでした。瑛九もまた、これら両方の運動に関心を持ちつつ、時代のリアリティを独自の方法でつかみ取ろうと模索していたといえるでしょう。瑛九は友人にあてた手紙の中で、古賀春江や三岸好太郎への興味を語っています。一方で、長谷川三郎、村井正誠、小野里利信ら抽象画家と親しく交流し、ともに自由美術家協会を結成しました。

 

3F

6-8室 1940年代-1960年代 昭和のはじめから中ごろまで
9室 写真・映像
10室 日本画
建物を思う部屋

 

6室 中村研一の戦争記録画

中村研一《コタ・バル》1942年

 中村研一(1895-1967)は福岡県に生まれ、東京美術学校(現在の東京藝術大学)卒業後は1923-28年にパリに学んだ画家です。堅実な写実描写により、都会的な風俗の人物群像を得意としました。第二次大戦中は、妻の父親が海軍少将だったこともあり、積極的に戦争記録画の制作へと関わっていきます。
 《マレー沖海戦》や《珊瑚海海戦》では、戦艦や戦闘機といった機械が主役となり、広大な風景の中に一種のスペクタクルとして描かれていますが、一方で《コタ・バル》や《タサファロング》では兵士たちの緊張感にみちた群像表現が追求されています。いずれも、現地でのスケッチ、兵士からの聞き取り、アトリエでの兵士をモデルとした写生などをもとに大画面が構成されています。《コタ・バル》が敵の視点からの日本軍の進撃を描いたものであることからもわかるように、画家は目にした光景そのままを描写するのではなく、劇的な効果を高めるための演出を巧みに施しているのです。

 

7室 生存の状況と信号

 「浴室」シリーズは、河原温が20歳頃の初期作です。タイル貼りの浴室で、登場人物が増えたり減ったり入れ替わりながら、何の脈絡も、始まりも終わりもなく進行するこの大量殺人劇を見て、カフカの『変身』を思い出した人も多いのではないでしょうか。ある朝、目が覚めたら気味のわるい毒虫に変身してしまっていたザムザ氏が、みずからの運命を嘆くでも呪うでもなく日常的な出来事のごとく受け入れたように、「浴室」の男女も、惨劇の最中にあって顔色ひとつ変えません。人間の生死のいわれなさ(事実性)をあぶり出すためには、河原もカフカも、ふつうの意味でのリアリズムから離れて、擬似SF的な舞台設定なり、マンガ的な描法が必要だったのでしょう。生存の事実性に主題をしぼる点では、河原が1966(昭和41)年に開始した長大な連作「日付絵画」も同じです。それらは、何年何月何日に作者が生存していたという事実情報だけを、これまでも、これからも、未来永劫に送りつづけるのです。

 

8室 一本の直線からはじまる

堂本尚郎 《連続の溶解 64-10 》1964年

 かつて絵画とは、「地」のうえに「図」を描いたもの――ちょうど空間のなかに物が在るように――のことでした。第二次大戦後、この通念を破ったのが、画面を端から端まで突っ切る水平線や垂直線です。
 線や矩形のユニットが無機的かつ「無際限」に反復するストライプやグリッドの構造は、「無限」の宇宙といった言いまわしのもつ詩的な響きとは無縁でしょう。とはいえ、そういった冷徹な構造の制約下でも、絵画はじゅうぶんに成立しうることを、一群の作品は示しています。眼が慣れると幽かに浮かび上がってくる2色の色彩の構造性(ラインハート)、マスキングテープを使わずにフリーハンドで塗られた無数の形の微細なムラや揺れ(オノサトトシノブ)、規則的パターンのわずかな破れや変調(辰野登恵子、沢居曜子)、水流にも似た水平のストロークのねじれや緩急(岩本拓郎)など。それらを観ていると、みずからの視覚が生き生きと揺り動かされる感じがしないでしょうか。 

 

9室 特集 アルフレッド・スティーグリッツ

アルフレッド・スティーグリッツ 《ジョージア・オキーフ: ある肖像-手と指貫》1919年

 「アルフレッド・スティーグリッツは、芸術としての写真表現の確立に重要な役割を果たしたアメリカの写真家です。
 ドイツで写真化学と「ピクトリアリズム(絵画的)」と呼ばれる当時流行の写真表現を学んだスティーグリッツは、帰国後の1902年、ニューヨークを拠点に、全米の優れた写真家たちと「フォト・セセッション(写真分離派)」を結成、また雑誌の発行やギャラリーの運営を通じ、芸術としての写真の発展に尽力しました。
 初期作品で彼は、都市の路上に画趣あふれる光景を見出し、その一瞬を完璧な構図で捉えることで、写真ならではの表現を目指しています。ネガやプリントに手を加えず、ストレートに世界を切り取る方法は、やがて、被写体と写真家の内面、さらには写真を見る人の感性までを等価に結ぶ「イクィヴァレント(等価)」の美学へと発展していきます。
 当館は開館後間もない1953年に、未亡人であった画家ジョージア・オキーフより、スティーグリッツ作品を受贈しました。スティーグリッツ没後70年にあたり、そのオキーフ寄贈作品を中心に、初期から晩年に至る仕事を紹介します。

 

10室 絵になるサムライ

菊池契月《供燈(くとう) 》1910年

 歴史学者の黒板勝美(1874-1946)は、1914(大正3)年に刊行した『義経伝』(東京文会堂書店)のなかで、武士道の権化として3人の名前を挙げています。南朝の後醍醐天皇に忠誠を尽くした楠木正成、元寇をはね返した北条時宗、家のために獅子奮迅の働きをした源義経です。黒板が武士道の「忠君」、「護国」、「孝道」をそれぞれ象徴すると述べたこの3人は、一方で近代日本画に繰り返し描かれたサムライたちでもありました。
 そもそも、歴史画はそのスタートの時点から、時代の価値観と倫理観を体現し、国民教育の一翼を担うことが期待されたジャンルでした。近代の日本画家がそのこととどう折り合いをつけて主題を選択し、造形したか。コレクションから軍記物語を描いた作品を中心に紹介します。
 手前のコーナーはガラッとかわって、酉年の新年にちなみ、さまざまな種類の鳥を描いた日本画を集めました。稗田一穂《奇異鳥》に描かれるのはニュージーランドの飛べない鳥、キーウィです。

 

2F

11–12室 1970s-2010s 昭和の終わりから今日まで

 *ギャラリー4(13室)

瑛九1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす

 

11室 スペシャルなアルミニウム

菅木志雄 《止空散様》 2004年

 アルミニウムは自然界では化合物として存在しているのが特徴です。その存在が、電気化学的に分離することで確認されたのは1807年のこと。1887年にはボーキサイトを原料とする製造法が確立します。
 日本での製錬開始は1934年。軽くて強く、でも柔らかさもあって加工しやすいその素材は、軍需産業を中心に用いられるようになりました。戦後は日用品にも多く利用されるようになり、1955年には1円硬貨の材料に選ばれ完全に日常化します。
 1960年代以降の、物質性を問おうとする芸術の動向の中で、アルミニウムは、ステンレスやプラスチックとともに新しい素材としてしばしば選ばれました。ですが、合金であるステンレスや高分子化合物であるプラスチックと、化合物から人工的に分離してできるアルミニウムは、物質の在り方として全く異なるはず。そこでここでは、アルミニウムを主な素材とした作品を3点ご紹介します。

 

12室 代表か超越か

大竹伸朗 《網膜(ワイヤー・ホライズン、タンジェ)》 1990-93年

 1970年代以降の絵画を、各時代を代表する作品によってご紹介します。
 70年代は李禹煥と斎藤義重。李は60年代末から70年代初頭にかけて日本のアートシーンで重要な動向だった「もの派」を、理論と実践双方において牽引したアーティスト。多摩美術大学の教授であった斎藤は、菅木志雄や関根信夫など若き「もの派」たちに大きな影響を与えました。
 80年代は大竹伸朗。イラストレーションやデザインの手法や感性を大胆にとりこんだ大竹は、日比野克彦などとともに時代のアイコン的存在となります。
 90年代は奈良美智。宗教美術や絵本など視覚芸術のみならず、ロックやパンクなど音楽の精神性もとりこんだその作品は、見る者との間に強い共感を(あるいは逆に拒否反応を)生じさせる点で、絵画の可能性をさらに切り開いたとも言えます。
 もちろん時代精神を超越して生れる作品もあります。たとえば、祈りにも等しい日々の行為の蓄積の果てに生まれる村上友晴の真っ黒な絵画は、そのひとつです。

 

イベント


MOMATガイドスタッフによる所蔵品ガイド

休館日を除く毎日

日程: 2016年11月22日(火)~2017年2月12日(日)
時間: 14:00-15:00(※イベント開催日には時間を変更する場合があります)
場所: 所蔵品ギャラリー(1Fエントランス集合)

所蔵品ギャラリーでは毎日、作品解説が行われています。
当館のボランティア「MOMATガイドスタッフ」が、参加者のみなさまと会場をまわり、数点の作品を一緒に鑑賞しながら、作品についての理解を深められるようにお手伝いします。
作品とテーマは、ガイド前に1階エントランスに掲示されます。
約40名のガイドスタッフそれぞれ、作品とテーマが異なりますので、何度参加されてもお楽しみいただけます。

*「MOMATガイドスタッフ」のページもあわせてご覧ください。
*「教育普及室ブログ」でも様子を写真付きで詳しく紹介しています。


MOMATガイドスタッフによるハイライト・ツアー

日程:    2016年12月4日(日)
                   2017年2月5日(日)

時間:    11:00-12:00
場所:    所蔵品ギャラリー(4Fエレベーター前集合)

近代日本の美術の流れをたどりつつ、所蔵作品展「MOMATコレクション」の見どころを押さえたい方に。MOMATガイドスタッフが、参加者の皆様とともに4階から2階までをまわり、代表的な所蔵作品を、やさしく解説します。


キュレーター・トーク

日 程  : 2016年1126日(土)
担当研究員: 保坂健二朗
テーマ  : アートと素材
時 間  : 14:00-14:50
場 所  : 所蔵品ギャラリー(1階ロビー集合)

日 程  : 2016年1216日(金)
担当研究員: 中村麗子
テーマ  : 線に注目!近代の日本画
時 間  : 18:30~19:20
場 所  : 所蔵品ギャラリー(4階エレベーターホール)

日 程  : 2017年113日(金)
担当研究員: 大谷省吾
テーマ  : 1930年代後半の日本の前衛アートシーン
時 間  : 18:30~19:20
場 所  : 所蔵品ギャラリー(4階第5室集合)

過去のテーマはこちら


  

会場:
東京国立近代美術館本館所蔵品ギャラリー(4F-2F)
会期:
2016年11月22日(火)-2017年2月12日(日)
前期:2016年11月22日(火)-2017年1月15日(日) 後期:2017年1月17日(火)-2月12日(日)
開館時間:
10:00-17:00(金曜日、土曜日は10:00-20:00)
※入館時間は閉館30分前まで
休室日:
月曜日[ただし1月2日(月)、1月9日(月・祝)は開館]、1月10日(火)、および年末年始(12月28日~2017年1月1日)→月間カレンダーもご参照ください。
観覧料:
一般 430円(220円)
大学生 130円(70円)

※( )内は20名以上の団体料金。いずれも消費税込。
※高校生以下および18歳未満、65歳以上、障害者手帳をお持ちの方とその付添者1名は無料。
※それぞれ入館の際、学生証、運転免許証等の年齢の分かるもの、障害者手帳等をご提示ください。
※お得な観覧券「MOMATパスポート」でご観覧いただけます。
キャンパスメンバーズ加入校の学生・教職員は学生証または教職員証の提示でご観覧いただけます。
「友の会MOMATサポーターズ」「賛助会MOMATメンバーズ」会員の方は、会員証のご提示でご観覧いただけます。

※本展の観覧料で、当日に限り、「瑛九1935-1937 闇の中で『レアル』をさがす」(2F、ギャラリー4)もご観覧いただけます。
「MOMAT支援サークル」のパートナー企業の皆様は、社員証のご提示でご観覧いただけます。(同伴者1名迄。シルバー会員は本人のみ)
無料観覧日:
12 月4日(日)、1月2日(月)、2月5日(日)
主催:
東京国立近代美術館

 

出品リスト

所蔵作品展「MOMATコレクション」(4-2F)のご案内

9室「写真・映像」

9室「写真・映像」*

10室 「日本画」*

「眺めのよい部屋」*

「眺めのよい部屋」*

 「MOMATコレクション」展は、日本画、洋画、版画、水彩・素描、写真など美術の各分野にわたる12,500点(うち重要文化財14点、寄託作品2点を含む)を超える充実した所蔵作品から、会期ごとに約200点をセレクトし、20世紀初頭から今日に至る約100年間の日本の近代美術のながれを海外作品も交えてご紹介する、国内最大規模のコレクション展示です。

 ギャラリー内は、2012年のリニューアルによって、12の部屋が集合したスペースに生まれ変わりました。その1から12室までを番号順にすすむと1900年頃から現在に至る美術のながれをたどることができます。そして、そのいくつかは「ハイライト」、「日本画」という特別な部屋、あるいは特集展示のための部屋となって、視点を変えた展示を行っています。

 「好きな部屋から見る」、「気になる特集だけ見る」あるいは「じっくり時間の流れを追って見る」など、それぞれの鑑賞プランに合わせてお楽しみください。

 

 


展示替えについて

年間4~5回程度大きく作品を入れ替えています(会期によっては、さらに日本画を中心とした一部展示替があります)。

展覧会構成はこちらをご覧ください。 


このページ内の会場風景はすべて撮影時のものであり、現在の展示と同じとは限りません。
*印:いずれもphoto: 木奥恵三

 

所蔵品ギャラリーについて

 「MOMATコレクション」では12(不定期で13)の展示室と2つの休憩スペースが3つのフロアに展開し、2Fテラス付近や前庭にも屋外彫刻展示を行っています。マップの水色のゾーンが「MOMATコレクション」です。4Fには休憩スペース「眺めのよい部屋」を併設しています。

所蔵作品展「MOMATコレクション」の会場入口は4Fです。1Fエントランスホールからエレベーターもしくは階段をご利用のうえ、4Fまでお上がりください。

音声ガイドのご案内-コレクションをもっと身近に、もっと楽しく!

 所蔵作品展「MOMATコレクション」では、解説を聴きながら、所蔵品ギャラリーを巡ることができます。

 作品のいろいろな面が見えてくる、そんな発見がいっぱいの音声ガイドです。ぜひご利用ください。

  • 1F受付にて貸出・返却
  • ご利用料金:300円