過去の展覧会

  • 2015.5.26 - 9.13
  • 企画展

事物-1970年代の日本の写真と美術を考えるキーワード

コレクションを中心とした小企画

Things: Rethinking Japanese Photography and Art in 1970s

Primarily from the Museum Collection

高梨豊 《「町」より 神田 千代田区淡路町二ノ八 加島屋酒店》1977年 東京国立近代美術館

展示構成

 1970年代、日本の写真界において「事物」がキーワードとして浮上します。60年代末、既成の写真美学に異議申し立てをした写真家中平卓馬は、70年代に入って「アレ・ブレ・ボケ」と称されたそれまでの方法を自己批判し、写真の記録性に立ち返る「植物図鑑」的な写真へと舵を切ります。その転換の過程で、中平はくりかえし事物と写真の関係に注目しています。
 ここでいう「事物」とは、レンズの向こうに現れる世界の具体的なあり方のことです。そして事物について考えることは、世界に向かい合う写真家の立ち位置への問い、言いかえれば、主体としての「人間」と、客体としての「世界」という関係の構図を、根本的に考え直すことへとつながっていきます。実はこうした思考の展開は、「もの派」など同時代の美術家たちが向かい合っていた課題とも、文脈を共有していたようです。
この展覧会では、中平に加え、当時、同じく事物と写真をめぐるユニークな思考を重ねていた大辻清司の仕事を軸に、同時代の美術も視野に入れながら、事物と写真をめぐる当時の状況を考えます。

1.事物との遭遇

中平卓馬《「サーキュレーション―日付、場所、行為」より》
1971年

 1970年5月、東京都美術館で「第10回日本国際美術展(東京ビエンナーレ) 人間と物質」が開催されます。同展は、のちに「もの派」と呼ばれることになる作家たちの問題意識を、アルテ・ポーヴェラやコンセプチュアリズムなど、海外の同時代美術と同じ文脈に位置づけた先見的な試みでした。「もの派」とその周辺の若い美術家たちは、絵画や彫刻といった表現形式や、絵具など美術のための素材を使うことを前提とせず、むしろ日常における「もの=事物」の存在に注目し、そこから新たな表現のあり方を探ろうとしていました。
 この展覧会の会場記録写真の一部を担当したのが大辻清司、またカタログの表紙に写真を提供したのが中平卓馬でした。彼らはそれぞれに、70年代に入って、事物と写真の関係をめぐって思考と実践を重ねていきます。その契機のひとつとして、事物(もの)をめぐる美術家たちのさまざまな試みとの遭遇があったのです。

2.アジェとエヴァンズ

ウジェーヌ・アジェ《「20 Photographs by Eugène Atget」より 廃品回収業者たちの小屋》1912年

 ウジェーヌ・アジェとウォーカー・エヴァンズ、いずれも20世紀前半、近代的な写真表現が成立していく過程で大きな役割を果たした写真家です。
 アジェは世紀転換期のパリ市街をくまなく歩き回り、近代化によって失われていく古い街並や建物を、旧式の大型カメラで記録しました。エヴァンズは1930年代、大恐慌時代のアメリカで農村救済のためのドキュメンタリー写真のプロジェクトに起用されたにもかかわらず、一見メッセージの不明瞭な、それでいて画面の中のさまざまな事物が、静かに存在感を示す、多義的な写真を撮影しました。
 中平卓馬は、70年代に入って、それまでのスナップショットによる「アレ・ブレ・ボケ」と称されたスタイルを否定し、事物をきちんと捉える「植物図鑑」的な写真を標榜するにあたって、アジェとエヴァンズの写真に大いに触発されました。

3.町と村

須田一政《「風姿花伝」より 静岡・天城湯ヶ野》1971年

 1970年代半ば、「事物」というキーワードを意識的にとりいれ、新たな方法論を模索したのが高梨豊です。彼は〈東京人〉(1966)や、写真集『都市へ』(1974)などの作品では、35mmカメラによるスナップショットで、急速に変化する高度経済成長期の都市の風景に向かい合ってきました。しかし70年代半ば、時代の速度が変化したことを感じると、高梨は都市に対するアプローチを転換します。〈町〉は、東京の古い街並が残る界隈を訪ね、三脚に据えた大型カメラによる、緻密な事物の記録を試みた作品です。
同じ頃、北井一夫の〈村へ〉や須田一政の〈風姿花伝〉のように、地方の暮らしやそれをとりまく風景に目を向けるいくつかの作品が現れます。しかしそこでは時代、社会、あるいは都市と地方といった枠組みや問題意識は後退し、まずは写真家が、眼の前に存在する事物といかなる関係を結ぶのかという課題が前景化しています。

4.実験と決闘

大辻清司《まるめて玉になったメモ用紙》1975年

 1975年、『アサヒカメラ』に連載された「大辻清司実験室」。連載冒頭「つねづね頭の中で検討していた写真についての考え方と、実際に私が撮る写真との間に違いがあるのか、ないのか、それを確かめてみたい」と記した大辻は、まず「写真に写るのはモノ自体の姿なのであって、それっ切りなのだ」ということの確認から、実験に着手。しかし一筋縄ではいかない写真の奥深さへと、その思索は展開していきます。
 76年、同じく『アサヒカメラ』に、篠山紀信の写真と中平卓馬の文章による「決闘写真論」が連載されます。翌年刊行された同題の単行書には、中平によるアジェ論、エヴァンズ論も収録されました。アジェ、エヴァンズ、そして篠山の写真との対峙を経て、中平は『なぜ、植物図鑑か』での模索をふりかえり、「要するに予断を捨て、判断を停止して、まっすぐに事物をみつめよという簡単なことだった」と、連載の最終回に記します。

5.もの・単体・予兆

高松次郎《木の単体》1971年 Ⓒ Estate of Jiro Takamatsu / Courtesy of Yumiko Chiba Associates

 「事物から存在へ」、これは1969年、美術出版社が公募した芸術評論賞において佳作となった李禹煥の論文の表題です。彼は当時、人間の認識の外で、厳然と存在する世界のあり方に関心を向け、それといかに出会うかを問い、「もの派」を理論的に主導していくことになります。同じ頃、世界の認識をめぐる思考実験ともいうべき独自の制作を重ねていた高松次郎や、世界と触れ合う接触面における皮膚感覚のようなものに関心を抱いた榎倉康二といった美術家たちが、それぞれの思索や制作の手がかりとして、さまざまな方法で向かい合ったのが、「事物」でした。
 その模索は、人間中心の世界像を疑い、ありのままの世界、ありのままの事物を捉える方法としての写真の使い方を探ろうとした中平卓馬の当時の問題意識と、文脈を共有していたようです。

キュレータートーク

増田玲(本展企画者・当館主任研究員)

2015 年6 月27 日(土) 11:00-
2015 年7 月24 日(金) 18:00-

場所:ギャラリー4
*申込不要、要観覧券



会場:
ギャラリー4
会期:
5月26日(火)~9月13日(日)
開館時間:
10:00-17:00 (金曜日は10:00-20:00)
※入館は閉館30分前まで
休室日:
:月曜日[ただし、7月20日(月・祝)は開館]、7月21日(火)
観覧料:
一般 430円 (220円)
大学生 130円 (70円)
*高校生以下および18歳未満、65歳以上、「MOMATパスポート」をお持ちの方、友の会・賛助会会員、キャンパスメンバーズ、障害者手帳をお持ちの方とその付添者(1名)は無料。
*それぞれ入館の際、学生証、運転免許証等の年齢の分かるもの、会員証、障害者手帳等をご提示ください。
*( )内は20名以上の団体料金。いずれも消費税込。
※お得な観覧券「MOMATパスポート」でご覧いただけます。
キャンパスメンバーズ加入校の学生・教職員は学生証または教職員証の提示により無料でご覧いただけます。
*本展の観覧料で、入館当日に限り、所蔵作品展「MOMATコレクション」(所蔵品ギャラリー、4-2F)と工芸館所蔵作品展もご観覧いただけます。
無料観覧日:
6月7日(日)、7月5日(日)、8月2日(日)、9月6日(日)
主催:
東京国立近代美術館