号 (年月) | 記事 | 著者 | 頁 |
1 (1999.3) | 特集: イメージとテキスト |
| <まえがき>「イカロスの飛翔」に寄せて | 小佐野重利 | p.4-7 |
| デトロイトの《書斎の聖ヒエロニムス》をめぐる心性史および受容史的な考察(<特集>イメージとテキスト) | 小佐野重利 | p.8-32 |
| レア・シルウィアの水瓶とアエネーアースの盾(<特集>イメージとテキスト) | 京谷啓徳 | p.33-48 |
| ルーベンス作《戦争の惨禍》(<特集>イメージとテキスト) | 中村俊春 | p.49-82 |
| ジョヴァン・ピエトロ・ベッローリの絵画記述(<特集>イメージとテキスト) | オスカー・ベッチマン/平川佳代(翻訳) | p.83-100 |
| 失われた絵画とサロン批評(<特集>イメージとテキスト) | 三浦篤 | p.101-124 |
| 消えた「烏」と「麦畑」(<特集>イメージとテキスト) | 圀府寺 司 | p.125-140 |
| イメージとテキスト:物語絵画と解釈の問題(<特集>イメージとテキスト) | 加藤哲弘 | p.141-154 |
| <研究紹介>Pro lection pictura est? グレゴリウス1世、イメージ、テキスト(<特集>イメージとテキスト) | 木俣元一 | p.155-163 |
| テクストのなかのイメージ、あるいはエクフラシスをめぐる文献研究(<特集>イメージとテキスト) | 秋山聰 | p.164-176 |
| <書評>Meyer Schapiro ”Words, Script, and Pictures : Semiotics of Visual Language”(<特集>イメージとテキスト) | 木俣元一 | p.177-181 |
| <展覧会評>ベルガモ、「ロレンツォ・ロット」展 | 宮下規久朗 | p.182-186 |
| <展覧会評> ホルバイン生誕500年記念「デューラー、ホルバイン、グリューネヴァルト」展「ホルバインの大使たち」展を見て | 佐藤直樹 | p.187-190 |
| <展覧会評> 「ジャクソン・ポロック」展 | 富井玲子 | p.191-194 |
| 統一ドイツの新名所「絵画館」 | 尾関幸 | p.195-197 |
| 編集委員あとがき | 中村俊春 | p.198-198 |
| 執筆者紹介 | | p.199-199 |
2 (1999.9) | 特集: 美術アカデミー = Art academies | | |  |
| <まえがき>アカデミー/アカデミック/ペヴスナー(<特集>美術アカデミー) | 森雅彦 | p.4-7 |
| アカデミア・デル・ディセーニヨの理念と現実 : 形成期の素描アカデミーをめぐって(<特集>美術アカデミー) | 森雅彦 | p.8-25 |
| カーレル・ファン・マンデルのポリティーク : <アカデミー>と絵画の栄光への戦略(<特集>美術アカデミー) | 尾崎彰宏 | p.26-43 |
| 17世紀スペインの絵画アカデミー(<特集>美術アカデミー) | ジョナサン・ブラウン/岡田裕成(訳) | p.44-52 |
| 王立絵画彫刻アカデミー : その制度と歴史(<特集>美術アカデミー) | 栗田秀法 | p.53-71 |
| ベルリン王立美術アカデミーの歴史(<特集>美術アカデミー) | 尾関幸 | p.72-91 |
| ロイヤル・アカデミー設立とその基本的理念について(<特集>美術アカデミー) | 宮崎直子 | p.92-110 |
| 19世紀フランスの美術アカデミーと美術行政 : 1863年の制度改革を中心に(<特集>美術アカデミー) | 三浦篤 | p.111-129 |
| <原典資料紹介>フィレンツェ素描アカデミー条項規定集(1563年1月)(<特集>美術アカデミー) | 森雅彦(解題・訳) | p.130-138 |
| <原典資料紹介> マドリードの素描アカデミー設立のための趣意書・会規案(1624年)(<特集>美術アカデミー) | 岡田裕成(解題・訳) | p.139-145 |
| <原典資料紹介> シャルル・ル・ブラン『感情表現に関する講演』(<特集>美術アカデミー) | 小佐野重利(解題・監修)/アカデミー古文献研究会(訳) | p.146-161 |
| <原典資料紹介> 風景画の制作 : ヨアヒム・フォン・ザントラルトの『ドイツのアカデミー』より(<特集>美術アカデミー) | 中村俊春(解題・訳) | p.162-170 |
| 美術アカデミー文献リストと解題 | | p.171-183 |
| 美術アカデミー関連年表 | | p.184-198 |
| <書評>Paul Duro The Academy and the Limits of Painting in Seventeenth-Century France (<特集>美術アカデミー) | 島本浣 | p.199-203 |
| <書評> Amaury-Duval L'Atelier d'Ingres : presente et annote par Daniel Ternois(<特集>美術アカデミー) | 阿部成樹 | p.204-208 |
| <展覧会評> 「呪われた王の時代の美術 : フィリップ美王とその息子たち」展 | 駒田亜紀子 | p.209-213 |
| <展覧会評> 「デッラ・ロッビア一族と施釉彫刻の<新たな芸術展覧会>」展 | 松原知生 | p.214-218 |
| <展覧会評> 「ギュスターヴ・モロー」展 | 喜多崎親 | p.219-223 |
| Article Abstracts | | p.224-225 |
| 編集委員あとがき | 三浦篤 | p.226-226 |
| 執筆者紹介 | | p.227-227 |
3 (2000.3) | 特集: イメージの中のイメージ = Images within images | | |  |
| <まえがき> 自身について語るイメージ(<特集>イメージの中のイメージ) | 木俣元一 | p.4-7 |
| 絵の中の絵(<特集>イメージの中のイメージ) | アンドレ・シャステル/木俣元一(監修)/三浦篤(監修)/画中研究会(訳) | p.8-33 |
| シャルトル大聖堂のステンドグラスにおける聖像と偶像(<特集>イメージの中のイメージ) | 木俣元一 | p.34-58 |
| 「ヴェネツィアは他の土地とは異なった方法で作られた」: 14世紀から20世紀までのヨーロッパの文学・美術にみられる「ヴェネツィア神話」(<特集>イメージの中のイメージ) | リオネッロ・プッピ/京谷啓徳(訳) | p.59-74 |
| 「芸術家としての神」から「神としての芸術家」へ : 芸術家による自己イメージの形成をめぐって(<特集>イメージの中のイメージ) | 秋山聰 | p.75-92 |
| フィレンツェ・ヴァザーリ邸に描かれた古代芸術家伝説(<特集>イメージの中のイメージ) | 越川倫明 | p.93-111 |
| タブローの中のイメージ : 16・17世紀シエナにおける「絵画タベルナークルム」の展開(<特集>イメージの中のイメージ) | 松原知生 | p.112-125 |
| フェルメールの画中画の用い方 : 新たなるアプローチ(<特集>イメージの中のイメージ) | グレゴール・J.M.ヴェーバー/小林頼子(訳・解題) | p.126-139 |
| シュルレアリスムと画中画 : マックス・エルンストを中心に(<特集>イメージの中のイメージ) | 村上博哉 | p.140-158 |
| <書評> Michael Camille, The Gothic Idol : Ideology and Image-Making in Medieval Art(<特集>イメージの中のイメージ) | 黒岩三恵 | p.159-164 |
| <書評> Pierre Georgel, Anne-Marie Lecoq La Peinture dans la Peinture(<特集>イメージの中のイメージ) | 三浦篤 | p.165-170 |
| <書評> Victor I.Stoichita, The Self-Aware Image : An Insight into Early Modern Meta-Painting (<特集>イメージの中のイメージ) | 中村俊春 | p.171-177 |
| 文献リストと解題(<特集>イメージの中のイメージ) | | p.178-189 |
| <展覧会評> 「プッサンとラファエッロ −借用と創造の秘密ー」展 | 新畑泰秀 | p.190-195 |
| <展覧会評> 「ピエトロ・ダ・コルトーナ」展 | 浦上雅司 | p.196-200 |
| <展覧会評> 「ドーミエ」展 | 村山紀子 | p.201-206 |
| Article Abstracts | | p.207-208 |
| 編集委員あとがき | 越川倫明 | p.209-209 |
| 執筆者紹介 | | p.210-210 |
4 (2000.9) | 特集: 美術史とユダヤ = Art history and the Jew | | |  |
| <まえがき> 封印を解く : 今なぜ「美術史とユダヤ」か(<特集>美術史とユダヤ) | 圀府寺司 | p.4-11 |
| ヴァールブルクとベレンソン : テキストとコンテキストのユダヤ的性格(<特集>美術史とユダヤ) | 加藤哲弘 | p.12-29 |
| パノフスキーのメランコリア(<特集>美術史とユダヤ) | キース・モクシー/尾崎彰宏(訳・解題) | p.30-44 |
| 封印された野望 : ベラスケス 平民から貴族へ(<特集>美術史とユダヤ) | 大高保二郎 | p.45-65 |
| マラーノの絵画 : カミーユ・ピサロの「サンサシオン」(<特集>美術史とユダヤ) | 有木宏二 | p.66-83 |
| エコール・フランセvsエコール・ド・パリ : 大戦間期のパリにおけるユダヤ人芸術家の地位をめぐる論争(<特集>美術史とユダヤ) | ロミー・ゴラン/田中正之(翻訳・解題) | p.84-96 |
| 収集と集合的記憶 : ドイツ表現主義美術と近代ユダヤ・アイデンティティ(<特集>美術史とユダヤ) | ロビン・ライゼンフェルト/池田祐子(訳) | p.97-110 |
| ハンス・ルードヴィヒ・コーン・ヤッフェ : 「教養」からデ・ステイルの<エチカ>へ(<特集>美術史とユダヤ) | 圀府寺司 | p.111-132 |
| <研究ノート> ユダヤ美術とユダヤ研究(<特集>美術史とユダヤ) | ジョゼフ・グットマン/吉松実花(訳) | p.133-145 |
| <研究ノート> 西欧中世キリスト教美術におけるユダヤ教徒の図像的表象 : 「ユダヤの帽子」の解釈について(<特集>美術史とユダヤ) | 木俣元一 | p.146-150 |
| <研究ノート> ポーランド近代美術におけるユダヤ的アイデンティティ(<特集>美術史とユダヤ) | イエジ・マリノフスキー/加須屋明子(訳) | p.151-159 |
| <研究ノート> ユダヤ人としてのクレメント・グリーンバーグ(<特集>美術史とユダヤ) | 川田都樹子 | p.160-165 |
| <書評> Linda Nochlin and Tamar Garb, The Jew in the Text : Modernity and the Construction of Identity Catherine M. Soussloff, Jewish Identity in Modern Art History (<特集>美術史とユダヤ) | 田中正之 | p.166-170 |
| <テキスト集> 語るユダヤ人、語られるユダヤ美術 : ユダヤと美術に関するテキスト集(20世紀編)(<特集>美術史とユダヤ) | 竹口浩司(編著) | p.171-186 |
| 文献リストと解題 | | p.187-200 |
| <展覧会評> 「エル・グレコ −アイデンティティと変容 : クレタ、イタリア、スペイン−」展 | 松井美智子 | p.201-205 |
| <展覧会評> 「記憶された身体 −アビ・ヴァールブルクのイメージの宝庫−」展 | | p.206-210 |
| Article Abstracts | | p.211-212 |
| 編集委員あとがき | 加藤哲弘 | p.213-213 |
| 執筆者紹介 | | p.214-214 |
5 (2001.3) | 特集: 美術と身体表現 = Art and the gesturing body | | |  |
| <座談会> 身体表現 −特集にちなむ (<特集>美術と身体表現) | 高階秀爾/佐々木健一/小佐野重利 | p.4-13 |
| 古代美術における瞑想、逡巡、後悔の図像(<特集>美術と身体表現) | サルヴァトーレ・セッティス/石井元章(翻訳) | p.14-36 |
| 若者がサテュロスになるとき(<特集>美術と身体表現) | マリーア・ルイーザ・カトーニ/日向太郎(翻訳) | p.37-49 |
| 絵画にみる身ぶり解釈の有効性もしくは限界 : 中世末から近世ハ初めまでの世俗描写を中心に(<特集>美術と身体表現) | 小佐野重利 | p.50-76 |
| カラヴァッジオの身振り −表出から象徴へ(<特集>美術と身体表現) | 宮下規久朗 | p.77-92 |
| 俳優の演技 : J.J.エンゲルにおける身ぶりの考察(<特集>美術と身体表現) | マリヴォンヌ・セゾン/三浦篤(解題・翻訳)/中田宏明(翻訳) | p.93-102 |
| アリアドネ・ポースとウォルプタス(<特集>美術と身体表現) | 田中正之 | p.103-123 |
| フェルメールが約350年前に捉えた女性の身振り(<特集>美術と身体表現) | 山田憲政 | p.124-135 |
| <原典資料紹介> ジョヴァンニ・ボニファッチョ『身振りの術』(<特集>美術と身体表現) | 片山英男(翻訳・解題) | p.136-147 |
| <原典資料紹介> グリエル・エブレーオ『舞踊の技と実践』(<特集>美術と身体表現) | 浦、一章(翻訳・解題) | p.148-159 |
| <書評> Richrad Brilliant, Gesture and Rank in Roman Art : The Use of Gestures to Denote Status in Roman Sculpture and Coinage <特集>美術と身体表現) | 芳賀京子 | p.160-163 |
| <書評> Daniel Arasse, Le sujet dans le tableau : Essais d'iconographie analytique<特集>美術と身体表現) | 森雅彦 | p.164-177 |
| <書評> Harry Berger jr., Fictions of the Pose: Rembrandt against the Italian Renaissance(<特集>美術と身体表現) | 深谷訓子 | p.178-184 |
| 文献リストと解題(<特集>美術と身体表現) | 宮下規久朗/中田宏明 | p.185-194 |
| <展覧会評> 「ラファエル・コラン」展 | 荒屋鋪透 | p.195-199 |
| <展覧会評> 「ラファエロとローマの古典様式 1515-1527年」展 | 平川佳世 | p.200-204 |
| <展覧会評> 「フェルメールとその時代」展/レンブラント、フェルメールとその時代」展 | 小林頼子 | p.205-209 |
| Article Abstracts | | p.210-211 |
| 編集委員あとがき | 小佐野重利/三浦篤 | p.212-212 |
6 (2001.10) | 特集: イコノクラスム = Iconoclasm | | |  |
| <まえがき> イコノクラスム : イメージをめぐる闘争(<特集>イコノクラスム) | 圀府寺司 | p.4-7 |
| イスタンブール、アギア・ソフィア聖堂のナルテックス・モザイク(<特集>イコノクラスム) | 浅野和生 | p.8-21 |
| 聖ニコラウス像を罰するユダヤ教徒 : 1200年前後のカトリック教会におけるポレミカルな図像(<特集>イコノクラスム) | 木俣元一 | p.22-34 |
| 美しく、白い壁 : ドイツ宗教改革のイコノクラスム(<特集>イコノクラスム) | 元木幸一 | p.35-50 |
| 隠された神 : 16世紀ネーデルランドにおける画像と禁令(<特集>イコノクラスム) | ディヴィッド・フリードバーグ/中村俊春(解題)/深谷訓子(翻訳)/若林雅哉(翻訳) | p.51-76 |
| フランス革命期のヴァンダリスム : 国王像の破壊を中心に(<特集>イコノクラスム) | 矢野陽子 | p.77-93 |
| カール・アインシュタインとその一部の読者 : 国家社会主義(ナチス)における『20世紀の芸術』の受容について(<特集>イコノクラスム) | ウヴェ・フレックナー/池田祐子(翻訳・解題) | p.94-109 |
| 現代美術とイコノクラスム(<特集>イコノクラスム) | ダリオ・ガンボーニ/三浦篤(解題・監修)/飛嶋隆信(翻訳)/近藤學(翻訳) | p.110-139 |
| <研究ノート> 聖ベルナルドゥスと初期シトー会の言説における「聖像論争」(<特集>イコノクラスム) | 駒田亜紀子 | p.140-145 |
| <研究ノート> 芸術破壊とフランスの美術史家、ルイ・レオ著 『ヴァンダリスムの歴史』の余白に(<特集>イコノクラスム) | 藤原貞朗 | p.146-153 |
| <原典資料紹介> 『カロリング文書』(Livri Carolini)(<特集>イコノクラスム) | 秋山学(翻訳・解題) | p.154-161 |
| <書評> Hans Belting, Bild und Kult : Eine Geschichte des Bildes vor dem Zeitalter der Kunst(<特集>イコノクラスム) | 益田朋幸 | p.162-166 |
| <書評> Richrad. I Cohen, Jewish Icons : Art and Society in Modern Europe Kalman P. Bland, The Artless Jew : Medieval and Modern Affirmations and Denials of the Visual (<特集>イコノクラスム) | 圀府寺司 | p.167-170 |
| イコノクラスム 文献リストと解題 (<特集>イコノクラスム) | 駒田亜紀子 | p.171-184 |
| イコノクラスム :「中世のイメージの生と死」展 | 小林久見子 | p.185-191 |
| <展覧会評> 「フォーヴィスムあるいは『火の試練』−ヨーロッパにおけるモデルニテの爆発−」展 「マチスのモロッコ」展 | 田中容子 | p.192-196 |
| <エディターへの手紙> 美術史的主張と非美術史的展覧会 | 幸福輝 | p.197-199 |
| Article Abstracts | | p.200-201 |
| 編集委員あとがき | 木俣元一 | p.202-202 |
| 執筆者紹介 | | p.203-204 |
7 (2002.5) | 特集: 美術とパラゴーネ = Art and the Paragone | | |  |
| <まえがき> パラゴーネをめぐる雑記(<特集>美術とパラゴーネ) | 中村俊春 | p.4-7 |
| イメージとテクスト :パラゴーネ(<特集>美術とパラゴーネ) | フランシス・エイムス=ルイス/秋山聰(訳) | p.8-23 |
| デユーラー作《ランタヴアー祭壇画》をめぐって : ニュルンベルクにおける画家と彫刻家(<特集>美術とパラゴーネ) | 平川佳世 | p.24-41 |
| スペインにおけるパラゴーネ :エル・グレコとパチエーコの場合(<特集>美術とパラゴーネ) | 松原典子 | p.42-56 |
| ルーベンスの古代彫刻への視線とアンニバレ・カラッチとの接点(<特集>美術とパラゴーネ) | 中村俊春 | p.57-75 |
| 18世紀イギリスにおける芸術の位階とその消滅 : ウィリアム・ブレイクとut pictura poesis(<特集>美術とパラゴーネ) | 鈴木雅之 | p.76-89 |
| エドゥアール・マネにおける写真と絵画(<特集>美術とパラゴーネ) | 三浦篤 | p.90-107 |
| <研究ノート> 絵画の危機、彫刻の優位 : 1940年代末のクレメント・グリンバーグ(<特集>美術とパラゴーネ) | 近藤學 | p.108-114 |
| <原典資料紹介> ベルニーニとパラゴーネ : シャントルーの 『日記』抄訳(<特集>美術とパラゴーネ) | 吉田朋子(翻訳・解題) | p.115-132 |
| <原典資料紹介> ベネデッド・ヴァルキ《彫刻あるいは絵画の、いずれがより高貴なりや》(第二の論議)(<特集>美術とパラゴーネ) | 小佐野重利(翻訳・解題) | p.133-150 |
| <書評> Salvatore Settis, Laocoonte. Fama e stile(<特集>美術とパラゴーネ) | 芳賀京子 | p.151-158 |
| <書評> Deborah Parker, Bronzino : Renaissance Painter as Poet(<特集>美術とパラゴーネ) | 森雅彦 | p.159-168 |
| <書評> Michele Hannoosh, Painting and the 《Journal》 of Eugene Delacroix(<特集>美術とパラゴーネ) | 坂上桂子 | p.169-173 |
| パラゴーネ文献リストと解題(<特集>美術とパラゴーネ) | 金原由紀子 | p.174-184 |
| <展覧会評> 「カラヴァッジョとローマの天才 1592-1623」展 | 若山映子 | p.185-191 |
| <展覧会評> 「ヘリット・ダウ(1613-1675)」展 | 青野純子 | p.192-196 |
| <展覧会評> 「ルノワール : 異端児から巨匠への道 1870-1892」展 | 大森達次 | p.197-201 |
| Article Abstracts | | p.202-203 |
| 編集委員あとがき | 秋山聰/小佐野重利 | p.204-204 |
| 執筆者紹介 | | p.205-206 |
8 (2002.11) | 特集: アート・コレクション = Art collections | | |  |
| <まえがき> コレクショニズムに関するノート(<特集>アート・コレクション) | 加藤哲弘/森雅彦 | p.4-5 |
| <講演>ヴェネツィア美術と17、18世紀におけるイギリスのコレクター(<特集>アート・コレクション) | フランシス・ハスケル/伊藤拓真(翻訳)/小佐野重利(解説) | p.6-20 |
| 古代ローマの個人彫刻コレクション:アシニウス・ポリオの「モヌメンタ」(<特集>アート・コレクション) | 芳賀京子 | p.21-38 |
| レンブラントのコレクション:観念の体系から歴史のまなざしへ(<特集>アート・コレクション) | 尾崎彰宏 | p.39-60 |
| カッシアーノ・ダル・ポッツォと「紙の博物館(Museo cartaceo)」(<特集>アート・コレクション) | 浦上雅司 | p.61-81 |
| レオポルド・デ・メディチ、バルディヌッチと素描コレクション : 美術史コレクションの形成をめぐって(<特集>アート・コレクション) | 森雅彦 | p.82-115 |
| 18世紀のパリにおけるコレクション術 : 絵画・画商・市場(<特集>アート・コレクション) | 島本浣 | p.116-138 |
| 画商たちの「イメージ」戦略 : レオン・ゴシェ(1825-1907)とエッチング挿絵入り競売カタログ(<特集>アート・コレクション) | 陳岡めぐみ | p.139-157 |
| 成立期の美術史学とコレクション :フィオリロの場合(<特集>アート・コレクション) | 加藤哲弘 | p.158-170 |
| <研究ノート>サント=シャペルのコレクション(<特集>アート・コレクション) | 木俣元一 | p.171-176 |
| <研究ノート> レスタ、ルーベンス、ファン・ディーペンベーク(<特集>アート・コレクション) | 中村俊春 | p.177-182 |
| <原典資料紹介> シャルルマーニュの「遺言」 : カロリング・ルネサンスの中の皇帝コレクション(<特集>アート・コレクション) | 小澤実(翻訳・解題) | p.183-191 |
| <原典資料紹介> マルカントニオ・ミキエル『美術品消息』(1521-43)(<特集>アート・コレクション) | 芳野明(抄訳・註解)/池田亨(抄訳・註解)/越川倫明(抄訳・註解・解題) | p.192-215 |
| <原典資料紹介> フェデリコ・ボッロメーオ「美術館」(抄)(<特集>アート・コレクション) | 安達薫(翻訳)/森雅彦(解題) | p.216-235 |
| <書評> Jonathan Brown,Kings & connoisseurs : Collecting Art in Seventeenth-Century Europe (<特集>アート・コレクション) | 岡田裕成 | p.236-241 |
| アート・コレクション文献リストと解題 (<特集>アート・コレクション) | 岡田裕成/加藤哲弘/森雅彦 | p.242-255 |
| <展覧会評> 「サンドロ・ボッティチェッリ −『神曲』の画家」展 | 石澤靖典 | p.256-260 |
| <ART・NEWS>複製作品の効用:ファクシミリによるセーヘルス版画展と大塚国際美術館を例に | 寺門臨太郎/小佐野重利 | p.261-268 |
| Article Abstracts | | p.269-270 |
| 編集委員あとがき | 加藤哲弘/森雅彦 | p.271-271 |
| 執筆者紹介 | | p.272-273 |
9 (2003.5) | 特集: パレルゴン : 美術における付随的なもの = Parergon : Annexes in Art | | |  |
| <まえがき> 美術史とパレルゴン : 境界と枠組みの思考(<特集>パレルゴン : 美術における付随的なもの) | 三浦篤 | p.4-7 |
| <インタビュー> ジャン=クロード・レーベンシュテインに聞く(<特集>パレルゴン) | 三浦篤(聞き手)/森元庸介(トランスクリプション・翻訳) | p.8-21 |
| 絵のなかの文字 : 視覚言語の記号学(<特集>パレルゴン) | メイヤー・シャピロ/木俣元一(翻訳・解題) | p.22-46 |
| 台座考 : ルネサンスから現代へ、あるいは現代からルネサンスへ(<特集>パレルゴン) | 遠山公一 | p.47-63 |
| 表象の枠組みと枠のいくつかの形象(<特集>パレルゴン) | ルイ・マラン/栗田秀法(翻訳・解題) | p.64-80 |
| 絵画におけるタイトル誕生とカタログ、そして画集 : 18〜19世紀前半のフランスを例として(<特集>パレルゴン) | 島本浣 | p.81-100 |
| 絵画の脱構築 : マネの《草上の昼食》とパレルゴン(<特集>パレルゴン) | 三浦篤 | p.101-125 |
| マチスと「絵画」の他者(<特集>パレルゴン) | 天野知香 | p.126-149 |
| <研究ノート>署名論に関するノート : 近世における画像空間への侵犯を中心に(<特集>パレルゴン) | 森雅彦 | p.150-160 |
| <原典資料紹介>パレルゴンに関する言説 : プリニウスからデリダまで(<特集>パレルゴン) | | p.161-165 |
| <書評> Daniel Arasse, Le Detail : Pour une Histoire rapprochee de la Peinture(<特集>パレルゴン) | 小池寿子 | p.166-171 |
| <書評> Jean-Claude Lebensztejn, Annexes l'oeuvre d'art | 松尾新一郎 | p.172-176 |
| <書評> Henry Keazor, Poussins Parerga : Quellen, Entwicklung und Bedeutung der Kleinekompositionen in den Gemalden Nicolas Poussins(<特集>パレルゴン) | 栗田秀法 | p.177-182 |
| <書評> Georges Didi-Huberman, Devant le temps : Histoire de l'art et anachronisme des images(<特集>パレルゴン) | 森元庸介 | p.183-189 |
| <書評> Victor I. Stoichita, A Short History of the Shadow(<特集>パレルゴン) | 宮下誠 | p.190-198 |
| パレルゴン文献リストと解題(<特集>パレルゴン) | 木俣元一/栗田秀法/三浦篤 | p.199-209 |
| <展覧会評> 「諸芸術の競合 デューラーからドーミエの彫刻と絵画」展 | 尾関幸 | p.210-214 |
| <展覧会評> 「シュルレアリスム革命」展 | 田中正之 | p.215-220 |
| Article Abstracts | | p.221-222 |
| 編集委員あとがき | 木俣元一 | p.223-223 |
| 執筆者紹介 | | p.224-225 |
10 (2003.5) | 特集: 展覧会と展示 = Exhibitions and public displays | | |  |
| <まえがき>芸術家--展覧会--公衆(<特集>展覧会と展示)
| 中村俊春
| p.4-8 |
| 如何にしていとも気高き帝国の聖遺物が呈示されたのか : ニュルンベルクにおける帝国宝物の展観(<特集>展覧会と展示)
| 秋山聰 | p.9-35 |
| アンシャン・レジーム下の「サロン」(<特集>展覧会と展示)
| 吉田朋子 | p.36-51 |
| ファン・ゴッホ展覧会史 : 作品移動、市場、メディアから見た美術研究への序論(<特集>展覧会と展示) | 圀府寺司 | p.52-63 |
| 「20世紀の源泉」 : 西欧の学際的な近代芸術観序論(<特集>展覧会と展示) | ペルスュイ・サンドラ/飛嶋隆信(翻訳)
| p.64-93 |
| 展覧会の政治学 : ミニマル・アートをめぐる3つの展覧会(<特集>展覧会と展示)
| 尾崎信一郎 | p.94-107 |
| <研究ノート>15、16世紀の南ネーデルラントにおける絵画市場の成立と作品展示(<特集>展覧会と展示) | 平川佳世 | p.108-120 |
| <研究ノート>「第三の場」 : 17世紀イタリアにおける美術展覧会(展示)についての覚え書き(<特集>展覧会と展示) | 高橋健一
| p.121-129 |
| <研究ノート>ジョン・シングルトン・コプリーと同時代的歴史画 : マーケティング戦略としての展覧会(<特集>展覧会と展示) | 中村俊春 | p.130-144 |
| <研究ノート>棲み分ける美術館・展覧会 : 1920-30年代パリの美術館展示にみるフランスの美術の内と外(<特集>展覧会と展示) | 藤原貞朗
| p.145-152 |
| <書評>Tag Gronberg, Designs on Modernity: Exhibiting the City in 1920s Paris(<特集>展覧会と展示) | 千葉真智子 | p.153-157 |
| <書評>Mary Anne Staniszewsky, The Power of Display: A History of Exhibition Installations at the Museum of Modern Art(<特集>展覧会と展示)
| 鷲田めるろ | p.158-164 |
| <資料>文献リストと解題(<特集>展覧会と展示)
| 平川佳世(編)
| p.165-179 |
| <展覧会評>「ゴンザーガ家 神々しきギャラリー」展(マントヴァ、2002年)
| 松下真記
| p.180-187 |
| <展覧会評>「バーネット・ニューマン」展(フィラデルフィア、2002年/ロンドン、2002年)
| 加治屋健司
| p.188-194 |
| 論文英文レジュメ | | p.195 |
| 編集委員あとがき
| 圀府寺司
| p.196 |
| 執筆者紹介 | | p.197 |
11 (2003.5) | 特集: オリジナリティと複製 = Originality and reproduction
| | |  |
| 複製の復権 : オリジナリティ神話を超えて(<特集>オリジナリティと複製)
| 加藤哲弘
| p.8-11 |
| コピー作品における彫刻家の独創と注文主の創意 : アルカメネス作のヘルマ柱の場合(<特集>オリジナリティと複製)
| 芳賀京子 | p.12-28 |
| コピーからコピーへ : 中世末期ヨーロッパ北方の複製文化(<特集>オリジナリティと複製)
| 元木幸一 | p.29-49 |
| ルーヴル美術館の模写画家たち : 1850年から1870年まで(<特集>オリジナリティと複製) | レフセオドア/福間美由紀(翻訳)/三浦篤(解題)
| p.50-65 |
| 反復のパラドックス : アド・ラインハートとアンディ・ウォーホル(<特集>オリジナリティと複製)
| 池上裕子
| p.66-86 |
| <研究ノート>キリストのイコンにおけるイメージと刻印(<特集> オリジナリティと複製)
| 木俣元一 | p.87-93 |
| <研究ノート>複製品にどのように聖性が宿りうるのか : グーテンベルクと鏡付き巡礼記念バッジをめぐって(<特集>オリジナリティと複製)
| 秋山聰 | p.94-107 |
| <研究ノート>ハンブルグのファクシミリ論争とパノフスキー : 美術史研究と複製技術(<特集>オリジナリティと複製) | 加藤哲弘
| p.108-117 |
| <研究ノート>反復としてのオリジナリティ : ロザリンド・クラウスを起点とするいくつかの考察(<特集>オリジナリティと複製)
| 小西信之 | p.118-125 |
| <原典資料紹介>古代における複製とオリジナルの意義(<特集>オリジナリティと複製) | 小佐野重利/芳賀京子(解題・翻訳)
| p.126-131 |
| <原典資料紹介>イタリアのルネサンス期の複製について(<特集> オリジナリティと複製) | 小佐野重利(解題・翻訳)
| p.131-143 |
| <原典資料紹介>ルーベンス工房と模写のマーケティング(<特集> オリジナリティと複製)
| 中村俊春(解釈・注釈)/平川佳世(翻訳)
| p.144-166 |
| <原典資料紹介>ロジェ・ド・ピール「完全なる絵画の概念」(<特集>オリジナリティと複製) | 杉山奈生子(解題)/フランス美術文献研究会(翻訳)
| p.167-187 |
| <原典資料紹介>19世紀フランスの芸術辞典における「コピー」(<特集>オリジナリティと複製)
| 陳岡めぐみ(解題・翻訳)
| p.188-199 |
| <書評>David Landau and Peter Parshall The Renaissance Print 1470-1550(<特集>オリジナリティと複製)
| 渡辺晋輔
| p.200-207 |
| 森雅彦 | p.208-215 |
| <書評>Roland Mortier L'Originalite: une nouvelle categorie esthetique au siecle des Lumieres(<特集>オリジナリティと複製)
| 阿部成樹 | p.216-222 |
| <資料>文献リストと解題(<特集>オリジナリティと複製)
| 秋山聰(編)
| p.223-237 |
| ジローナの《天地創造の刺繍布》再考 : 「聖十字架発見譚」の役割と意義について | 金沢百枝
| p.239-258 |
| <展覧会評>「マティス ピカソ」展(テート・モダン/グラン・パレ/MoMAクィーンズ、2002-03年)
| 近藤學
| p.259-265 |
| 編集委員あとがき
| 秋山聰
| p.267 |
| 執筆者紹介
|
| p.268-269 |
|
|
|