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  • 2022.3.18 - 5.8
  • 企画展

没後50年 鏑木清方展

Kaburaki Kiyokata: A Retrospective

なんでもない一瞬が、なによりも美しい。

左から:鏑木清方《浜町河岸》1930(昭和5)年 《築地明石町》1927(昭和2)年 《新富町》1930(昭和5)年 ©Nemoto Akio

鏑木清方(1878-1972)の代表作として知られ、長きにわたり所在不明だった《築地明石町》(1927年)と、合わせて三部作となる《新富町》《浜町河岸》(どちらも1930年)は、2018年に再発見され、翌年に当館のコレクションに加わりました。この三部作をはじめとする109件の日本画作品で構成する清方の大規模な回顧展です。

浮世絵系の挿絵画家からスタートした清方は、その出自を常に意識しながら、晩年に至るまで、庶民の暮らしや文学、芸能のなかに作品の主題を求め続けました。本展覧会では、そうした清方の関心の「変わらなさ」に注目し、いくつかのテーマに分けて作品を並列的に紹介してゆきます。関東大震災と太平洋戦争を経て、人々の生活も心情も変わっていくなか、あえて不変を貫いた清方の信念と作品は、震災を経験しコロナ禍にあえぐいまの私たちに強く響くことでしょう。

 

作品保護のため、会期中一部展展示替えがあります。詳細は作品リストをご確認ください。

 

開催概要

会場:
東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
会期:
2022年3月18日(金)~5月8日(日)
休館日:
月曜[ただし3月21日、28日、5月2日は開館]、3月22日(火)
開場時間:
9:30-17:00(金・土曜は9:30-20:00)
4/29(金・祝)~5/8(日)は9:30-20:00で開場いたします
*入館は閉館30分前まで
*本展会期中に限り9:30開館(ただし「MOMATコレクション」、コレクションによる小企画「新収蔵&特別公開|ピエール・ボナール《プロヴァンス風景》」は10:00開場)
チケット:
チケットの詳細・購入方法は展覧会公式サイトをご確認ください。
観覧料:
一般  1,800円(1,600円)
大学生 1,200円(1,000円)
高校生  700円(500円)
*( )内は20名以上の団体料金。いずれも消費税込。
*中学生以下、障害者手帳をお持ちの方とその付添者(1名)は無料。それぞれ入館の際、学生証等の年齢のわかるもの、障害者手帳等をご提示ください。
*キャンパスメンバーズ加入校の学生・教職員は、学生証・職員証の提示により団体料金でご鑑賞いただけます。
*本展の観覧料で入館当日に限り、所蔵作品展「MOMATコレクション」(4-2F)、コレクションによる小企画「新収蔵&特別公開|ピエール・ボナール《プロヴァンス風景》」(2F ギャラリー4)もご覧いただけます。
主催:
東京国立近代美術館、毎日新聞社、NHK、NHKプロモーション
協賛:
損害保険ジャパン、DNP大日本印刷
美術館へのアクセス:
東京メトロ東西線竹橋駅 1b出口より徒歩3分
〒102-8322 千代田区北の丸公園3-1
詳しくはアクセスマップをご参照ください。


カタログ

「没後50年 鏑木清方展」公式図録
OPAC

価格:2,800円(税込み)
仕様:判型A4変形判(290×225mm)、並製本、コデックス装
総頁数:312ページ
言語:日本語、英語(一部)

【目次】

「鏑木清方 生活を描いた画家」鶴見香織

図版
第一章 木挽町紫陽花舎・東京下町にて(明治)
第二章 本郷龍岡町・金沢遊心庵にて(大正)
第三章 牛込矢来町夜蕾亭にて(昭和戦前)
第四章 鎌倉、終の棲家にて(昭和戦後)

「歿後五十年を迎えた清方との想い出」根本章雄
「清方を巡る人々、出会いと制作」今西彩子
「清方さんと京都」小倉実子

出品目録・解説 小倉実子・鶴見香織編
鏑木清方 年譜 今西彩子編
鏑木清方の絵をすみずみまで味わうためのブックガイド 長名大地編
出品作品一覧

レビュー

とけあう美人像「鏑木清方展」 吉井大門(横浜市歴史博物館学芸員)

 鏑木清方(1878–1972)の描く美人画には、詩情豊かな自然や風俗のなかに溶け合うかのように女性像が描かれる。本展では、鏑木清方の描く嗜好と思考を抽出し、新たな側面の提示を試みる展示構成となっていた。つまり、鏑木清方の画業を編年的に編み、その変遷に特化したものではなく、第1章「生活をえがく」・第2章「物語をえがく」・第3章「小さくえがく」といったように清方という人物を語る際にしばしば象徴的となるワードが各章タイトルに付されはするものの、俯瞰的には画業を体系的にみつつも、本展趣旨にもあるように「美人画には当てはまらない多様な仕事」を、つまり画家のまなざしを浮き彫りにするものであった。それを象徴するように明治29(1896)年の《初冬の雨》と約60年後の《十一月の雨》ではじまる構成は、季節と生活との係りが画家にとって関心を寄せ重要な働きを示していたという裏付けともなり、展示意図が伝わるものであった[図1]。

図1 会場風景
右:鏑木清方《初冬の雨》明治29(1896)年
左:鏑木清方《十一月の雨》昭和30(1955)年、上原美術館蔵

こうした回顧展は時として記憶に溶け込んでいた物事を呼び起こしてくれるものであり、美術雑誌『藝術』1には以下のような記事が掲載されている。

今回大根河岸の三周氏は、故三遊亭圓朝より譲受けた百物語百幅を、圓朝の菩提寺なる谷中の全生庵に寄附した。その中には菊池容齋、渡邊省亭、松本楓湖、大蘇芳年、柴田是眞などの名手がある。また圓朝と尾上五代目とは親善であった関係から、久保田米仙の小坂部と、鏑木清方の百物語の二幅を、尾上梅幸に贈ることになり、さて一月少々幽霊を持込む話であるから、梅幸にまづ縁起を担ぐや否やと照会すると、そんな事は少しも気にしない、貰へるものなら貰ひたいとあって、物すごい画ママ全生庵と尾上家に納まった。

 大根河岸の三周氏は、図録において今西彩子氏がふれているとおり、幕末から明治にかけての噺家・三遊亭円朝を後援した三河屋三周こと藤浦周吉である。円朝は、清方の父・條野採菊との交友、そして清方を挿絵画家への道へと後押ししてくれたことでもよく知られている。譲り受けた百物語百幅と記される幽霊画は、容斎、省亭、楓湖、芳年、是真とあることからも今、全生庵が所蔵する幽霊画・三遊亭円朝コレクションである。この幽霊画コレクションは、円朝自身の交友範囲を中心に形成されたものといわれ、円朝没後の大正11(1922)年12月22日に藤浦家から全生庵に寄贈されたことがわかっている2。続いて記事は、円朝と交流が深かった尾上五代目(五代尾上菊五郎)との関係から尾上梅幸に(ここでいう梅幸は六代目と思われる)米仙の小坂部と清方の百物語の二幅を贈ったという。梅幸の養父にあたる五代尾上菊五郎は、円朝から幽霊画コレクションを借りるといった交流の深さを示すやり取りも遺され(早稲田大学演劇博物館蔵)こうした間柄に起因するものであろう。はたして、記事からは実際に贈られたところまで確実に確認できず、尾上家に実際に収まったのだろうか。

図2 会場風景 撮影:木奥惠三
右から2番目:鏑木清方《幽霊》明治39(1906)年、全生庵蔵

 円朝の幽霊画は、7回忌を記念した明治39(1906)年に全生庵で展示され、その中から「七怪奇絵葉書」と題され絵葉書が発行されている。記事にいう米仙の小坂部は小坂部姫であろう。絵葉書もそのイメージを彷彿とさせるものである3。同様に清方の百物語は、行灯の明かりに浮かび上がる女性が平伏す様な姿勢で顔をみせず、盃台に載せた茶碗を差し出し、艶麗な雰囲気を醸し出す本展出品の《幽霊》と同定できるだろう[図2]。物語を多く絵画化した清方は本展にも出品される《幽霊図扇面》や「卯月の潤色」を画題とした《朧駕籠》など幽霊をモチーフとした作品をいくつか描いている。清方は円朝とは親身の間柄で円朝の後援者藤浦家とも親しい付き合いであったことを考えると7回忌にちなみ、同家から制作依頼されたということだろうか。時代はややずれるが、清方は明治42(1909)年、柏舎書楼から刊行された泉鏡花による序文にはじまる『怪談会』に話を寄せ、装丁も手掛けている。発行の経緯は不明であるが鏡花に深くかかわる人たちが集まり、明治41(1908)年6月20日発会の「鏡花会」に係る人物が『怪談会』には多いという。そして清方は「鏡花会」に第2回から名を連ね、『怪談会』刊行まで鏡花を中心とする何らかの怪談会が開かれていたとも考えられている4。清方と鏡花との係りは、明治34(1901)年8月以降で、その後、鏡花作品の挿絵や装丁を手掛けていくので怪談譚から幽霊画というつながりも制作を依頼するうえで、乖離はなかったのだろう。

 

1 『藝術』1巻2号、藝術通信社、大正12(1923)年2月5日

2 安村敏信「全生庵の幽霊画コレクション」『幽霊名画集』普及版、全生庵、1999年7月1日

3 「七怪奇絵葉書」は『幽霊画集〈普及版〉全生庵蔵・三遊亭圓朝コレクション』(ぺりかん社、1995年7月10日)に挿図として掲載され確認することができる。

4 東雅夫「おばけと鏡花と春陽堂」『泉鏡花(怪談会)全集 影印』東雅夫編、春陽堂書店、2020年5月11日

  穴倉玉日「“鏡花会”とその周辺」『泉鏡花怪談全集』同前