過去の展覧会

  • 2022.3.18- 2022.5.8
  • 所蔵作品展

MOMATコレクション

MOMAT Collection

2022年3月18日-2022年5月8日の所蔵作品展のみどころ

池田龍雄《怒りの海》1953年

 MOMATコレクションにようこそ!今年も、千鳥ヶ淵の桜が美しい季節を迎えます。これにあわせて、3階10室では重要文化財の川合玉堂《行く春》をはじめ、桜を描いた名作が、みなさんをお迎えします。
 そのほか、3階7室と8室では、「白い漫画、黒い漫画」と題して、1950年代から60年代にかけての絵画と漫画との関係に焦点をあてます。ときに社会を風刺し、ときに大衆文化を表すために、画家たちがみせた漫画へのさまざまなアプローチをご紹介します。
 2階のギャラリー4では、コレクションによる小企画「新収蔵&特別公開|ピエール・ボナール《プロヴァンス風景》」を開催します。当館では昨年、ボナールの《プロヴァンス風景》(1932年)を新たに収蔵しました。輝かしい色彩に満ちたこの作品を日本で初めて公開するとともに、ボナールと日本の近現代美術との関係をいくつかの切り口から紹介します。
 今期も盛りだくさんのMOMATコレクション。どうぞごゆっくりお楽しみください。

 

出品作品リストは、こちら (PDF)

今会期に展示される重要文化財指定作品

■今会期に展示される重要文化財指定作品は以下の通りです。

  • 原田直次郎《騎龍観音》1890年 寄託作品|1室ハイライト
  • 和田三造《南風》1907年|2室
  • 川合玉堂《行く春》1916年|10室
  • 中村彝《エロシェンコ氏の像》1920年|3室

 これらの重要文化財(1点は寄託作品)についての画像と解説は、こちら

展覧会構成

4F

1室 ハイライト
2-5室 1900s-1940s 明治の終わりから昭和のはじめまで

「眺めのよい部屋」

美術館の最上階に位置する休憩スペースには、椅子デザインの名品にかぞえられるベルトイア・チェアを設置しています。明るい窓辺で、ぜひゆったりとおくつろぎください。大きな窓からは、皇居の緑や丸の内のビル群のパノラマ・ビューをお楽しみいただけます。

「情報コーナー」

※MOMATの刊行物や所蔵作品検索システムは、現在ご利用いただけません。

 

1室 ハイライト 初年度購入作品を中心に

土田麦僊 《舞妓林泉》1924年

 ふだんは重要文化財を中心に、当館を代表するような作品を展示している「ハイライト」ですが、今回はやや趣向を変えてみました。当館は今年の12月に開館70周年を迎えますので、年度初めの今回は、開館当初を振り返り、開館初年度に収蔵した作品を中心にご紹介いたします。もちろんこの中にも、日本画では土田麦僊の《舞妓林泉》(1924年)、洋画では安井曽太郎の《金蓉》(1934年)などの傑作が含まれています。
 その他、おなじみの原田直次郎《騎龍観音》(1890年、護国寺より寄託、重要文化財)、10室で開催されている「春まつり」に関連して、さまざまな花が開く中に女性を配した川崎小虎の屏風《萌出づる春》(1925年)、1階で開催の鏑木清方展に関連して、清方の弟子にあたる伊東深水と山川秀峰の作品もご紹介します。伊東深水《清方先生寿像》(1951年)は、当館が開館する前の年に描かれたものです。

2室 1907年、前と後

黒田清輝 《落葉》1891年

 国立の近代美術館なのに、なぜ「日本近代洋画の父」とも言われる作家(黒田清輝や浅井忠)の作品が常に展示されていないのか?このような疑問を持たれる方もいるかもしれません。これは、日本初の国主催の展覧会(官展)であるところの文部省美術展覧会(文展)が創始された1907年を、日本美術の時代的な区切りとみなし、東京国立博物館との間で作品の管理換え(すみ分け)を行ったことによります。東京国立博物館は原則として1907年以前、東京国立近代美術館は1907年以後の作品を扱うこととしたわけです。国の機関として、この基準はもっともらしいようにも思えますが、「日本近代美術のはじまりを1907年ときっぱり決めてよいのか」「前近代とも近代とも区別しがたい、過渡期の作品も比較、検証することなしに近代美術史を編集し、更新することはできないのではないか」、こうした問題意識から、現在では収集の方針を見直しています。

3室 自分を見つめる/ 他人を見つめる

椿 貞雄 《腕鎮を持てる自画像 》1917年

 昨年度、当館では新たに椿貞雄の《腕鎮を持てる自画像》(1917年)を収蔵しました。彼は、岸田劉生を中心として1916(大正5)年に結成された草土社に参加し、ものの存在の核心に迫ろうと細密描写を進めました。この自画像にも、その特徴がよく表れています。
 この時期は椿だけでなく、多くの画家が自画像を描きました。この部屋では岸田劉生や木村荘八ら草土社の画家、その周辺にいた大沢鉦一郎や宮脇晴、フランスでルノワールに学んだ梅原龍三郎、また日本にとどまりながら、ルノワールやレンブラントに憧れた中村彝らの自画像も、あわせて紹介します。梅原龍三郎の描く《ナルシス》に象徴的に見られるように、自画像という形式は画家たちに「自我」を発見することを促したように思われます。そしてひとたび「自我」を強く意識した画家たちは、自己と他者との関係をも、厳しく捉え直そうとしたのではないでしょうか。劉生は自らの娘を、一種の聖性をおびた存在のように描き、関根正二は彼自身と、姉と、恋人とを並べ、それをオリオン座の三星になぞらえました。

4室 マックス・ペヒシュタイン 版画集『われらの父』(1921年)

マックス・ペヒシュタイン 《版画集「われらの父」より 4.御国がきますように。みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように》1921年

 ペヒシュタインは、ドイツ表現主義の重要な一翼「ブリュッケ(橋派)」(1905年結成)に関わりの深い画家です。『われらの父』は、祈りの模範としてイエスが弟子に教えたとされる「主の祈り(主祷文)」(マタイによる福音書6:9–13、ルカによる福音書11:2–4)を一葉ごとに配分し、言葉とイメージを組み合わせた木版画集です。神に祈るひたむきな心と威厳にあふれる力強い神の存在が象徴的に表現され、装飾的才能に長けていたペヒシュタインの画風をよく示しています。1914(大正3)年に西太平洋を旅し、幻想的な雰囲気の漂う原始林や鮮やかな色彩、荒削りな素朴さに刺激を受けたことが、堅固な構成力と強い表現力につながっています。
 こうした宗教的な題材を扱った版画の制作には、第一次世界大戦や1917年のロシア革命後の時代背景が深く関わっています。大戦前の危機意識を反映した不安や苦悩に満ちたそれとは異なる、戦後の荒廃の経験後に見出した簡潔かつ力強い表現。伝統的な宗教画の枠を借用しながらも、新たな表現へと変貌を遂げています。

5室 「こども」の発見

古賀春江《月花》1926年

 近代美術史は、ある面において、芸術家たちが様々な「異文化」を取り入れながら新たな表現を模索してきた歴史でもあります。芸術家にとって最も身近な「異文化」として、「こども」の存在が挙げられるでしょう。「こども」には、無邪気さ、社会の規則や制約から自由な存在といったイメージがしばしば投影されます。たとえばシュルレアリスムにおいては、従来の芸術における約束事から自由になろうと、「こども」の絵に加え、夢や無意識、壁の落書き、はては幻覚まで、様々な手段やモチーフが参照されました。こうした動きは、精神科医が患者のドローイングなどを「作品」として収集、記録したり、フランスの芸術家ジャン・デュビュッフェ(1901–85)が『文化的芸術よりも好ましいアール・ブリュット』(1945年)の中で「アール・ブリュット」(生の芸術)という概念を提唱したりといった動きとも並行しています。

3F

6-8室 1940年代-1960年代 昭和のはじめから中ごろまで
9室 写真・映像
10室 日本画
建物を思う部屋(ソル・ルウィット《ウォールドローイング#769》

 

6室 日本画と戦争

川端龍子《輸送船団海南島出発》1944年頃

 日中戦争から太平洋戦争にかけて、画家たちはさまざまなかたちで戦時体制への協力を求められました。陸海軍の委嘱による作戦記録画の制作が代表的なものですが、陰影による立体感や奥行きの表現に適した油彩画と比べて、平面的かつ装飾的な表現を持ち味とする日本画は、戦闘場面の迫真的描写には不向きでした。その中で、吉岡堅二や福田豊四郎ら、比較的若手で、戦前から日本画の新しい表現に取り組んでいた画家たちは、日本画の画材による戦争の表現を模索しました。
 日本画家たちはまた、作品を売ってその収益を軍に献納することでも戦争に協力しました。当館には、1942年に開かれた軍用機献納作品展の出品作品184点が収蔵されており、今回はその中から5点をご紹介します。作戦記録画を描いた吉岡、福田、そして山口蓬春らは、こちらでは伝統的な花鳥画を描いています。なお1階の鏑木清方展で展示されている《初東風》(3/18-4/10までの展示)も、同じ献納展の出品作です。一見したところ戦争とは無関係のようですが、時代背景に思いを馳せると、作品はまた別の表情をもって見えてくるでしょう。

7室 白い漫画、黒い漫画(1)

間所紗織《女(B)》1955年

 この章の題は、美術評論家の瀧口修造が新聞に発表した文章の題から拝借しました。瀧口は、戦後出版ブームの波に乗ったジャーナリズムにおける漫画を「大量需要の気晴らしに乗っている」と評し、「白い漫画」と名付けます。すなわち、風刺の力が弱いのだと。対して、彼が「黒い漫画」と命名したのが同時代の絵画でした。じっさい当時の画壇では社会や人間という主題が浮上し、ダークで戯画的な表現が台頭していました。瀧口は、「風刺画」という一つのジャンルが形成されて主流の美術史から切り離された経緯を念頭に、芸術が本来備えている社会批評の力が戦後美術の動向の中に現れ出ていることに期待を寄せたのです。風刺に着目して「絵画の大きな運命を考え」よ、と述べた瀧口の視点を導きにして、この部屋では主に1950年代の風刺的な作品を見て行きます。

8室 白い漫画、黒い漫画(2)

『真鍋博漫画集 食民地ニッポン』1957年

 河原温は、自由と普遍を求める抽象絵画と、時事問題を説明的に描き出す「テーマ絵画」という1950年代に盛り上がった二つの潮流を対比させ、その双方を打破する道を説いています(「抽象絵画とテーマ絵画の限界で」『アトリエ』1956年2月号)。そのうえで、社会に参加しつつ、人間の意識を開放するために河原が見出したのが、大量印刷という方法と空想的な図像の組み合わせでした。河原をはじめこの時代の多くの作家がモノクロームによる戯画的表現を試み、絵画と漫画は急速に接近します。しかし60年代に入り、コマ漫画を中心とする子供向けの週刊漫画誌が大流行すると、両者は袂を分かつことになりました。表現上の要請から自ずと絵画と漫画の形式が類似した50年代とは異なり、60年代には独自に発展した漫画を、大衆文化の象徴として絵画が借用する作例が多く見られるようになります。「漫画っぽさ」の理由が、変わったのです。

9室 郷津雅夫 「ハリーズ・バー」

 「ハリーズ・バー」はニューヨーク、マンハッタン南部のバワリー通りにある一軒のバーを撮影した連作です。
 ある夏の晩、撮影の仕事の帰り路、通りに面したバーの窓辺に一人の客がぽつんと座る様子に目を留めた郷津は、その光景にカメラを向けました。その後、彼は折に触れて、このバーの窓辺の光景を記録していきます。窓辺の同じ席に、さまざまな男たちが入れ替わり現れ、それぞれに物思いにふけるように静かにたたずんでいる。約5年にわたって撮影された20点の連作は、まるで一軒のバーを舞台にした群像劇のようです。
 郷津雅夫は1971(昭和46)年に渡米し、今日までニューヨークを拠点に活動しているアーティストです。渡米後間もないころ、チャイナタウンで窓辺にたたずむ住民の姿を撮影したことをきっかけに、窓辺の人々を撮影した「窓」の連作が生まれます。「ハリーズ・バー」もまた窓辺を舞台とする作品。窓というモティーフは後に、解体される建物の窓そのものをとりはずし、別の場所で組み立て直す立体作品へと展開します。

10室 春まつり

菊池芳文 《小雨ふる吉野 》1914年(左隻)

 毎年恒例の「美術館の春まつり」。奥のスペースでは、川合玉堂《行く春》(重要文化財)、跡見玉枝《桜花図巻》、菊池芳文《小雨ふる吉野》などが一堂に会します。《行く春》には長瀞の春の光景が描かれていますが、水辺の桜が散りいそぐ風情は、美術館からほど近い千鳥ヶ淵とも通じ合います。跡見玉枝の《桜花図巻》に描かれるのはさまざまな種類の桜たち。全25図に40種類を超える希少な桜が描かれています。このなかには、しだれ桜、うこん桜、おおしま桜といった、当館から千鳥ヶ淵方面に向かう紀伊国坂に沿って、次々に開花時期を迎える桜たちも含まれています。さらに陶磁器、漆工、竹工、染織とバラエティに富んだ工芸作品も今回の見どころの一つです。剣持勇のラタン・スツールや清家清の移動式畳に腰かけて、作品のなかに広がる春をゆったりとお楽しみください。
 手前のスペースでは、日本画の画材を用いて制作する画家による1990年代以降の作品を展示します。特に梅や桜をモチーフに選びながら、自身と自然との関係性を追求した作品などをご紹介します。

 

▶「美術館の春まつり」公式サイトはこちら

2F

11–12室 1970s-2010s 昭和の終わりから今日まで

 *ギャラリー4(13室)

コレクションによる小企画「新収蔵&特別公開|ピエール・ボナール《プロヴァンス風景》」

 

 

11室 いのちのかたち

 ここに集められたのは、植物、水(海)、人間たちとその活動、そしてそれらの間で取り交わされるいろいろな対話の断片を、様々な媒体によって形として定着しようとする美術家たちの豊かな試みの成果です。これらの作品はみな人間とその周りを取り囲む世界との関係のあり方を掘り下げようとしているのでしょう。植物や水は、その関係の導き手のようにしてしばしばそこに現れてきます。なんということもない人間像、ただの街角、ただの草地なのですが、作家と素材との周到な協働の結果、みる者は知らず知らずのうちにどこか別の地点へといざなわれていきます。
 作品が作家の私的な表現を超え出して、多くの人に訴える力を持つことができるようになるのはなぜでしょう。人物や情景を描き出して見せながら、それに加えて、ちょっと大げさに言えば、いのちのおおもとに潜む大きななにかを垣間見せるような力を帯びた作品に、人は魅了されるのではないでしょうか。そこにこそ、長く続いてきた美術という営みの真価があり、今日においてもそれは変わることがありません。

12室 いのちのかたち

 ただ人間や植物や風景が描かれていると読み取られるだけでは、そこになにかを感じることはできません。作品の強い力は、そのイメージがなんらかの物質的基盤によってしっかりと支えられているからこそ生じるのです。絵画が描かれるキャンバスや紙は植物繊維からなり、油彩画は動物質の膠で亜麻布を目止めし、地塗りもした上に、植物種子由来の油で溶かれた顔料で描かれます。樹木を彫り込む、金属を型に流し込などが彫刻の方法であり、写真は、動物由来のゼラチンと感光性物質の組み合わせによりイメージを物質として定着させます。素材にはみな独自の特性、持ち味があり、それを熟知し最大限に引き出そうとする作家の労働こそが、作品世界の奥行きを生み出すのです。生物と無生物に由来するあれこれのものたちをシャッフルし結び合わせるなかから、いわば天地の再創造のようにして作品はかろうじて出来上がります。素材の微妙な組み立てが首尾よく運んだ時、その時にだけ、素材の息吹が作品の強さを支え、充実した存在感とともに、いのちのかたちは出現するのです。

ここでは、MOMATコレクションに展示中の「新しいコレクション」を紹介します。

村上早《かくす》2016年 MURAKAMI Saki, Cover, 2016

村上早《かくす》2016年

令和2年度に当館は、村上さきの大型版画4点(購入2点、寄贈2点)を収蔵いたしました。そのうち《カフカ》(2014年)と《かくす》(2016年)の2点が、2022年3月18日から5月8日まで、所蔵作品展「MOMATコレクション」に展示されています。
 版画は、美術館での展示が増えたことなども影響し、1980年代以降、大画面の作品も制作されるようになりましたが、一方で依然として求心的で繊細、緻密な作品も多いジャンルです。村上早は作品収蔵時にまだ20代という若手版画家ですが、その大きな作品は、他の現代美術と一緒に展示しても耐えうる力強さを備え、版表現の新たな展開を期待させるものとして、注目を集めてきました。
 群馬県高崎市の動物病院を営む家庭に生まれた村上は、先天性の心臓病のため、4歳の時に手術を受けたことがあります。幼少期に受けた心臓手術や生死が隣り合わせの実家の動物病院における日常の記憶が大きく関わりながら、自身の心の傷と重ね合わせるかのように、村上は版に「傷」をつける銅版画制作へと向かい、意識的にその特性と向かい合いながら表現の可能性を追究してきました。恐怖や不安、苦痛、生と死などとの結びつきを感じさせるその表現は、私的な体験を出発点としながらも個人的な記憶を超えて、心やいのちといった根源的な問題にも深く関わっています。
 《かくす》は銅版に散布した松脂の粉末の上から、直接腐蝕液を筆につけて描くスピットバイトという技法や色版も加え、線描や面の表現に拡がりを見せ始めた2016年の作品。一見すると、さわやかな青色が目を引く、空と天使が描かれた作品にも見えますが、よく見ると青いかたまり(ブルーシート)からは、克明に描かれた鳥の脚が突き出ていて、何も描かれていない人物の顔は、画面の縁で断ち切られています。ブルーシートに包まれた隠されたものと、羽をかかえてその場から立ち去ろうとする人物。単純化されたフォルムと太くて強い筆線による印象的な画面に描かれているのは、意味ありげで心穏やかならぬ、つかみどころのない場面です。
 恐怖や不安にさらされた不穏さと繊細で傷つきやすい心のゆらぎが共存しながら、どこか夢か寓話の一場面のような幻想性も感じさせる村上早の作品は、見る者の想像力をさまざまに掻き立てます。

       (美術課研究員 都築千重子/『現代の眼』637号)

※ 本作品は、所蔵作品展「MOMATコレクション」12室 にて展示中。(~5/8まで)

舟越桂《森へ行く日》1984年 FUNAKOSHI Katsura, The Day I Go to the Forest, 1984

舟越桂(1951–)
《森へ行く日》
1984年
木、彩色、大理石、ゴムチューブ
79.0×49.0×24.0 cm
令和2年度購入
撮影:大谷一郎

 例えばここに、中原佑介編著『80年代美術100のかたち INAXギャラリー+中原佑介』(INAX、1991年)という書籍があります。評論家の眼を通して同時代の様々なアーティストを継続的に紹介した1980年代の記録ですが、見返すと直截な人体彫刻は一切現れません(ついでに言えば人物を描いた絵画も、そして女性作家も稀です)。それどころか50年代頃まで遡っても、いわゆる現代美術の中で人体彫刻が脚光を浴びることはほとんどなかったと言っていいでしょう。一種のトレンドとして歴史を語ることには注意を要しますが、80年代中頃の舟越桂の登場というトピックは大きなインパクトを持っていました。
 彩色の木彫、粗めに残された彫り跡、等身大より一回り小さい着衣の人物、大理石による玉眼、へその下までの半身像、木材とは異なる素材との組み合わせ、細い鉄製の台座、そして文学的なタイトル。本作は90年代半ばまでの作者の典型的な特徴を備え、ヴェネチア・ビエンナーレ(88年)、「アゲインスト・ネイチャー」展(89–91年)や主要な個展に出品されてきた代表作です。
 舟越の作品は伝統的な木彫の刷新として迎え入れられるとともに、何よりも、言葉を強く喚起しました。彼の彫像に対する過去の言説を遡ると、いわば象徴主義と呼び得るほどに比喩を駆使した詩的な言葉で埋め尽くされ、またその作品は数々の小説の装丁に採用されてもきました。何がこんなに言葉を、あるいは詩情を誘うのでしょうか。
 タイトルの文学性(本作のタイトルは舟越の最初の作品集の題名でもありました)以外に造形として気付かされるのは、玉眼の配置です。ふたつの黒目はわずかに水平をずらして外向きに開き、視線の焦点は追い切れません。前に立ってもこちらと目が合わないこの特徴に加えて、手首や腰以下の関節が見えないことが抑制された暗示的な動きを生み、何かをほのめかしながら沈思黙考しているような印象を与えます。そこから見る者もまた沈思黙考に導かれ、内面的な物語を紡いでいくのでしょう。あえて比喩を使えば、鏡のような作品であるわけです。
 この像に特定のモデルはなく、肩から胸にかけて張り付いた特徴的なゴムチューブは、もともとデッサンのこの部分に描いていた「つやと粘り気のある黒い帯状のもの」を実際に表したものであったといいます[1]。実在的なリアリティよりもデッサンの発想を優先するそのような制作理念もまた、こちらの空想を触発する詩的な印象と造形に結び付いているに違いありません。

(美術課主任研究員 成相肇 /『現代の眼』636号)

 

※ 本作品は、所蔵作品展「MOMATコレクション」12室 にて展示中。(~5/8まで)

[註]

1 「舟越桂 私の中にある泉」カタログ、渋谷区立松濤美術館、2020年、p.117

浅見貴子《梅に楓図》2009年 AZAMI Takako, Plum and Maple Trees, 2009

浅見貴子(1964-)
《梅に楓図》
2009年
墨、顔料、紙
高さ265.0、幅200.0
平成30年度購入

 浅見貴子の《梅に楓図》は、平成30(2018)年度の新収蔵作品です。浅見は2018年「第7回東山魁夷記念 日経日本画大賞展」で大賞を受賞するなど、新しい日本画の可能性を切り拓いた画家として注目されてきました。
 多摩美術大学在学中ににじみ止めのドーサ引きで失敗した1988年の経験を機に、様々な試行の末、1990年代末に紙の裏側から描き、点々が効いた画風にたどりついた浅見。墨は普通に表側から重ねると鈍い墨色になるのに対し、裏から描くと重なった部分からおもてに新鮮な墨色だけが出るので、活き活きとした印象になると作家はいいます。裏から描くと最初に描いたところが表面に真っ先ににじみ出てくるため、近距離の印象の強いものから先に描くことになります。筆をスライドしつつ止めて墨をおもてに染み出させて打たれた点描に、複雑に筆線が交差して折り重なり、空気や光や葉のざわめきなども含みながら、空間の拡がりや積層的な奥行きを感じさせるその画面は、直接的な樹木の再現をはるかに超えつつも、写生時の印象もはらみ続けています。描き直しも効かず、墨の濃淡やにじみを巧みにコントロールする力量も必要ですが、作家本人ですら、完全におもてにどう現れるかは予測できないといい、逆にそうした偶然性や意外性が生む大胆な表現の展開も作品の魅力になっています。
 《梅に楓図》は1年間のアメリカ留学から帰国後、天井高と奥行きのあるアトリエに戻り、縦構図が描きたくなった浅見が、自宅の庭の梅の老木と新芽の出始めたばかりの低い楓の木を描いた作品。陽光を浴びながら、梅の木と手前の楓の枝が複雑に交差し合い、光が錯綜するさまが描かれ、横方向に筆をスライドさせながら打った白く丸い点々が特徴的な作品です。作家の光や白への意識も強く感じられるこの作品の技法面について、作家はこう説明しています。「白抜き部分は墨点や墨の黒い枝と同じく裏側から、樹脂膠で溶いた胡粉とアクリル系のドーサ液を混ぜたモノで描いています。ドーサ液だけでも良いのですが、ドーサだけだと乾くと透明になってしまうので、少し胡粉を入れています。作品を描き終えると(地の部分と白抜きの線の差が無くなるようにするためと、墨色がよりはっきりするように思うので)画面の裏側全体に胡粉を塗っています」。
 点と筆線の絡み合いの粗密が生動感を生み、内に凝縮する力と外へと拡散する力をあわせもつ、《梅に楓図》のエネルギッシュな画面は、空気や光や枝のざわめきを活き活きと表現し、まさに水墨画の新しい可能性を感じさせるにふさわしい作品といえましょう。

(美術課主任研究員 都築千重子/『現代の眼』635号)

※ 本作品は、所蔵作品展「MOMATコレクション」10室 にて展示中。(~5/8まで)

イベント

オンラインギャラリートーク|
中林和雄(前副館長、2021年度末で定年退職)が最後のキュレーションを担当した 所蔵作品展「MOMATコレクション」11室12室の展示「いのちのかたち」について話します。展示と合わせてお楽しみください。

連載企画 :研究員の本棚 #2 |中林和雄インタビューも是非お読みください。


※簡易的な撮影なので、画面が暗いです。ご了承ください。 トーク内に出てくる作品で、映像に映らないものもございます。作品は、展示会場でじっくりご覧ください。


 

新型コロナウィルス感染症の感染拡大防止の観点から、当面の間、すべての講演会などの対面のプログラムを中止しております。

代わりに、YouTube公式チャンネルにて、「オンライン・キュレータートーク」を配信しております。所蔵作品を約3分ほどの短い動画でご紹介しておりますので、こちらからご覧ください。

会場:
東京国立近代美術館本館所蔵品ギャラリー(4F-2F)
会期:
2022年3月18日(金)-2022年5月8日(日)
開館時間:
10:00-17:00(金・土曜は10:00-20:00)
4/29(金・祝)~5/8(日)は20:00まで開館いたします
*入館は閉館30分前まで *「没後50年 鏑木清方展」は9:30開場
休室日:
月曜日[2022 年3月21 日、28日、5月2日は開館]、3月22日[火]
 →月間カレンダーもご参照ください。 
チケット:
会場では当日券を販売しています。
会場の混雑状況によって、当日券ご購入の列にお並びいただいたり、入場をお待ちいただく場合がありますので、オンラインでの事前のご予約・ご購入をお薦めいたします。

こちらから来館日時をご予約いただけます。
※お電話でのご予約はお受けしておりません。
※障害者手帳をお持ちの方は係員までお声がけください。(予約不要)
※観覧無料対象の方(65歳以上、高校生以下、無料観覧券をお持ちの方等)についても、上記より来館日時をご予約いただけます。

観覧料:
一般 500円 (400円)
大学生 250円 (200円)
※( )内は20名以上の団体料金。いずれも消費税込。
5時から割引(金曜・土曜):
一般 300円 
大学生150円
※高校生以下および18歳未満、65歳以上、「MOMATパスポート」をお持ちの方、障害者手帳をお持ちの方とその付添者(1名)は無料。入館の際に、学生証、運転免許証等の年齢の分かるもの、障害者手帳等をご提示ください。
キャンパスメンバーズ加入校の学生・教職員は学生証または教職員証の提示でご観覧いただけます。
「友の会MOMATサポーターズ」「賛助会MOMATメンバーズ」会員の方は、会員証のご提示でご観覧いただけます。

「MOMAT支援サークル」のパートナー企業の皆様は、社員証のご提示でご観覧いただけます。(同伴者1名迄。シルバー会員は本人のみ)

作品リストプレスリリース
主催:
東京国立近代美術館

所蔵作品展「MOMATコレクション」(4-2F)のご案内

9室「写真・映像」

9室「写真・映像」*

10室 「日本画」*

「眺めのよい部屋」*

「眺めのよい部屋」*

 「MOMATコレクション」展は、日本画、洋画、版画、水彩・素描、写真など美術の各分野にわたる13,000点(うち重要文化財15点、寄託作品2点を含む)を超える充実した所蔵作品から、会期ごとに約200点をセレクトし、20世紀初頭から今日に至る約100年間の日本の近代美術のながれを海外作品も交えてご紹介する、国内最大規模のコレクション展示です。最近は工芸館で管理する工芸作品も登場させるようになっています。
ギャラリー内は、2012年のリニューアルによって、12の部屋からなるスペースに生まれ変わりました。その1室から12室までを番号順にすすむと、1900年頃から現在に至る美術のながれをたどることができます。そして、そのうちのいくつかは「ハイライト」、「日本画」という特別な部屋、あるいは特集展示のための部屋となって、視点を変えた展示を行っています。
「好きな部屋から見る」、「気になる特集だけ見る」あるいは「じっくり時間の流れを追って見る」など、それぞれの鑑賞プランに合わせてお楽しみください。


展示替えについて

年間数回大きく作品を入れ替えています(会期によっては、さらに日本画を中心とした一部展示替があります)。

このページ内の会場風景はすべて撮影時のものであり、現在の展示と同じとは限りません。
*印:いずれもphoto: 木奥恵三

 

所蔵品ギャラリーについて

 「MOMATコレクション」では12(不定期で13)の展示室と2つの休憩スペースが3つのフロアに展開し、2Fテラス付近や前庭にも屋外彫刻展示を行っています。マップの水色のゾーンが「MOMATコレクション」です。4Fには休憩スペース「眺めのよい部屋」を併設しています。

所蔵作品展「MOMATコレクション」の会場入口は4Fです。1Fエントランスホールからエレベーターもしくは階段をご利用のうえ、4Fまでお上がりください。

作品解説アプリ カタログポケット