開催中の展覧会

  • 2020.2.26 - 6.14 10.11
  • 企画展

ピーター・ドイグ展

Peter Doig

《ガストホーフ・ツァ・ムルデンタールシュペレ》2000-02年 シカゴ美術館蔵
©Peter Doig. The Art Institute of Chicago, Gift of Nancy Lauter McDougal and Alfred L. McDougal, 2003. 433.
All rights reserved, DACS & JASPAR 2019 C3006




イギリスが誇る現代の「画家の中の画家」、日本初個展

ピーター・ドイグ(1959-)は、ロマンティックかつミステリアスな風景を描く画家です。今日、世界で最も重要なアーティストのひとりと言われています。

彼は、ゴーギャン、ゴッホ、マティス、ムンクといった近代画家の作品の構図やモチーフ、映画のワンシーンや広告グラフィック、自らが暮らしたカナダやトリニダード・トバゴの風景など、多様なイメージを組み合わせて絵画を制作してきました。

私たちが彼の作品に不思議と魅せられるのは、どこかで見たことのあるようなイメージを用いながらも、全く見たことのない世界を見せてくれるからだと言えるでしょう。

本展は、ピーター・ドイグの初期作から最新作までを紹介する待望の日本初個展です。絵画から広がる想像の旅へみなさんをお連れします。

 

 

 

ピーター・ドイグとは

1959年、スコットランドのエジンバラ生まれ。カリブ海の島国トリニダード・トバゴとカナダで育ち、1990年、ロンドンのチェルシー・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインで修士号を取得。1994年、ターナー賞にノミネート。2002年よりポート・オブ・スペイン(トリニダード・トバゴ)に拠点を移す。

テート(ロンドン)、パリ市立近代美術館、スコットランド国立美術館(エジンバラ)、バイエラー財団(バーゼル)、分離派会館(ウィーン)など、世界的に有名な美術館で個展を開催。

同世代、後続世代のアーティストに多大な影響を与え、過去の巨匠になぞらえて、しばしば「画家の中の画家」と評されている。

 

 

 

【期間限定公開!】ピーター・ドイグ展カタログ(の、一部)

臨時休館中にも、ぜひ本展について思いを馳せていただきたい!と、本展カタログより、小説家の小野正嗣さんの書き下ろしエッセイと本展企画者の桝田主任研究員の論考を特別公開しています。

【※公開期間:6月11日(木)15:00まで】

ピーター・ドイグに近づく(あるいは遠ざかる?)ための5つの断章/小野正嗣

東京でピーター・ドイグについて想像する/桝田倫広

*公開は終了しました。

 

 

*詳細等は都合により変更される場合がございますので、
最新情報は随時、特設ページをご確認ください。

 

 

ピーター・ドイグ トークイベント

 

会期中にピーター・ドイグが来日!
本展の図録にエッセイを寄せている小説家の小野正嗣さんをゲストに迎え、
作家本人による貴重なトークイベントを開催します。

◆ 開催日時:2020年3月1日(日)13:30~15:00
※新型コロナウイルス感染症予防対策のため、中止いたしました。

ゲスト:小野正嗣(小説家)

 

会場:東京国立近代美術館 地下1階講堂(開場は開演30分前)
要整理券(当日10:00より1階受付で配布。先着130名様)
聴講無料、要観覧券(半券可)

 

 

 

会場:
東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
会期:
2020年2月26日(水)~6月14日(日) 10月11日(日)*会期延長
開館時間:
10:00-17:00 *入館は閉館30分前まで
※当面の間、金曜・土曜の夜間開館は行いません
休館日:
月曜日[ただし8月10日、9月21日は開館]、8月11日(火)、9月23日(水)
※臨時休館期間:2月29日~6月11日
チケット:
【日時指定チケットの導入について】
新型コロナウイルス感染症予防対策のため、 入館には事前にチケットのご購入が必要となりました。

こちら から日時指定チケットをご購入ください。
※チケット料金のほか、各種手数料がかかります。
※会場でも当日券を販売しておりますが、会場の混雑状況に応じて入場をお待ちいただく場合があります。
※既にチケットをご購入いただいている方、観覧料無料対象の方(中学生以下、障がい者手帳をお持ちの方とその付添者1名、招待券をお持ちの方等)は開館時間中、原則いつでも入場可能ですが、会場の混雑状況に応じてお待ちいただく場合がございます。

観覧料:

【観覧料】 *( )内は、前売券料金または20名以上の団体料金
⼀般  1,700(1,500)
大学生 1,100(900)
高校生 600(400)
*いずれも消費税込。
*中学生以下および障がい者手帳をお持ちの方とその付添者(1名)は無料。
*本展の観覧料で入館当日に限り、同時開催の所蔵作品展「MOMATコレクション」(4-2F)、コレクションによる⼩企画「北脇昇 ⼀粒の種に宇宙を視る」(2F ギャラリー4)もご覧いただけます。


【大学生・高校生無料期間】
8⽉1⽇(土)〜8⽉30⽇(⽇)は、⼤学⽣・高校生の本展覧会観覧料が無料となります。*⼊場時に、学⽣証の提⽰が必要となります。


※各種スペシャルチケット、前売券は販売終了いたしました。いずれのチケットも、会期中いつでもご使用いただけます。
※購⼊済みチケットの払い戻しについては、こちらをご覧ください。


【スペシャルチケット】 *チケットぴあのみでの販売
1■早割チケット 1,000 円
当日券 ⼀般1,700円より、700円も安いお得なチケット!
入場対象期間=2020年2月26日(水)~3月8 日(日)

販売期間=2019年12月3日(火)10:00~12月20日(金)23:59
販売場所=チケットぴあ(Pコード:658–082)https://w.pia.jp/t/peterdoig

2■ペアチケット 2,000円
2枚セットの購入で当日券 ⼀般1,700円より、1,400円もお得に!
販売期間=2019年12月14日(土)10:00~2020年2月25日(火)23:59
販売場所=チケットぴあ(Pコード:685–083)
*入場券2枚セットでの販売。1人で2回の使用も可能。

3■音声ガイド付きチケット 2,000円
音声ガイドをお得に楽しめるチケット!
販売期間=2019年12月14日(土)10:00~2020年2月25日(火)23:59
販売場所=チケットぴあ(Pコード:685–084)
*音声ガイドの当日貸出料金は税込600円。

【前売券】
⼀般  1,500円
大学生 900円
高校生 400円
販売期間=2019年12月21日(土)~2020年2月25日(火)
販売場所=・東京国立近代美術館 ・美術展ナビチケットアプリ=Apple StoreまたはGoogle Playで「美術展ナビ」と検索 ・チケットぴあ(Pコード:685–081):セブン-イレブン(マルチコピー機)、チケットぴあのお店およびウェブサイト ・ローソンチケット(Lコード:35821):ローソン・ミニストップ(ロッピー)、ローソンチケットウェブサイト ・イープラス=ファミリーマート(ファミポート)、イープラスウェブサイト

*グッズ付きチケットも発売予定です。
情報が決まり次第、展覧会特設ウェブサイトなどで順次発表いたします。


主催:
東京国立近代美術館、読売新聞社、ぴあ
特別協賛:
ジョージ・エコノム・コレクション|マイケル ヴェルナー ギャラリー、ニューヨーク/ロンドン
協賛:
⼤⽇本印刷
協力:
ヤゲオ財団、台湾|ライトアンドリヒト株式会社


美術館へのアクセス:
東京メトロ東西線竹橋駅 1b出口より徒歩3分
〒102-8322 千代田区北の丸公園3-1
詳しくはアクセスマップをご参照ください。
特設サイト:
https://peterdoig-2020.jp

プレスリリース

出品作品リスト

 

本展は,政府による
美術品補償制度の適用を
受けています。

#01
没入する眼差し、再訪する絵画──「ピーター・ドイグ」展を見て
吉村真(美術史研究者)

ピーター・ドイグ《ブロッター》 1993年、油彩・キャンバス、249×199 cm、リバプール国立美術館 ウォーカー・アート・ギャラリー蔵 ©Peter Doig. National Museums Liverpool, Walker Art Gallery, Presented by the John Moores Family Trust 1993. All rights reserved, DACS & JASPAR 2019 C3120

 たとえば《ブロッター》(1993年)の巨大な画面を前にした際に受ける感覚をいかに述べ得るだろう。雪深い森のなかの、おそらく薄く氷の張った池の端に青い防寒着姿の人物がひとり、足元の波紋を見つめて立ち尽くしている。その情景は画面に近寄っても印象派絵画のように筆触へと分解されず、はっきり認識できるままだが、どこか遠いものと感じてしまう。画面中央の人物の小ささと前景の広い水面が、眼差しとのあいだに埋めることのできない隔たりを生んでいるからである。一方で眼差しは人物の足元の波紋とともに拡散してゆき、白やピンクの絵具の塊がオールオーヴァーに点在する画面を縦横に滑走し、後景の森に前景の水面とひとしい近さを知覚してもいる。あるいは、われわれは展示室で画面の物理的実在を前にしながらも、あの人物とともに雪と朝陽ないし夕陽の反射光に包まれているとさえ言えようか。この経験をわたしたちは知っている。

 「ピーター・ドイグ」展の最初のセクションを一巡して気づかされたのは、彼の1990年代の絵画の実物は、奇妙なことにも、再現された情景という様相においては印刷図版やピクセル画像以上にヴァーチャル(仮想的)に見えることだ。注視していると鑑賞者の意識の方がその場から遊離してしまう。けれどもゲルハルト・リヒターの「オイル・オン・フォト」のような、再現的イメージと現にそこにある絵具が別々のレイヤーになっている作品とは異なって、物質とイメージはきわめて薄い厚みのなかで凝縮されている。《のまれる》(1990年)や《エコー湖》(1998年)などに繰り返し描かれる水面は、われわれの眼差しが弾かれつつも吸い込まれる薄い厚みとしての画面のメタファーである。

 ドイグは画業初期からモダニズムがキッチュと切り捨てた平凡で多様な文化に対する好みを隠さず、自分で撮った写真に加えて広告や絵葉書、「13日の金曜日」といった映画にイメージの源泉を求めてきた。それは画家の言葉によれば、アートワールドのエリート主義に対する冷笑的態度であり、また彼個人の経験だけでなく、一般化された記憶を喚起するためでもあったが、重要なのはしばしばそうしたイメージからオールオーヴァーに飛散する絵具や水平の帯状の構図分割といった、モダニズムが抽象絵画の特徴とみなした造形語彙が抽き出され、見る者の空間知覚と時間感覚を宙吊りにする手段へ転化されていることである。「絵画はあなたをいろいろな場所に連れていくことができる」[1]とドイグは言うが、まさに彼の絵を見てわれわれは幼年期の夢や彼が過ごしたカナダやトリニダード・トバゴの風景、いつか見たかもしれない映画のシーンなどを訪れる。またモダニズムとキッチュ、抽象と再現が分かれる前の二十世紀初頭の絵画──ムンク、ボナール、マティス、ホッパーにカナダのデイヴィッド・ミルンの作品、あるいはドイグ本人は知らなかったであろう本展会場の上階に展示されている日本近代洋画など──をも想起させられ、そこに胚胎されている未来の美術史を想像するよう誘われるのだ。詳述する余裕はないが本展の後半に窺えるように、ドイグ自身もある絵から次の絵へ導かれるように再訪の旅を続けており、ドイグの絵画とは鑑賞者のみならず作家をも連れて潜在性の領野を再訪する媒体=乗り物であると言えよう。

 しかしながら、現代における絵画の可能性と絵画を見る喜びに捧げられた本展は開幕の直後に災難に見舞われた。言うまでもなく新型コロナウィルス対策のための臨時休館であるが、今回のパンデミックを瞬く間にもたらしたのはイギリス、カナダ、トリニダード・トバゴと大西洋を横断しながら制作し、展示をおこなってきたドイグの芸術を支える条件、つまり地球規模での人と物の移動と交流の活発化に他ならない。そのことを知ったうえで、なお一刻も早い展示の再オープンと、さまざまな人たちがその絵が肯定している多文化の混淆性を受け入れて、絵の前で言葉を交わせる日が来ることを願ってやまない。

 

[1] 「ピーター・ドイグとアンガス・クックの対話」2013年、桝田倫広、吉村真訳、「ピーター・ドイグ」展図録、東京国立近代美術館、2020年、187頁。

編集部註:この記事は臨時休館中の2020年4月24日に掲載しました。

 

#02
開かれた絵画空間
横山由季子(金沢21世紀美術館 学芸員)

 絵画作品を分析する際にしばしば使われる「絵画空間」という言葉は、現実の空間とは異なる、カンヴァス上に描かれた空間を意味する。西洋絵画の歴史において、画面の奥に消失点を設ける遠近法は、現実とは切り離された、内部で完結した絵画空間を生み出してきた。しかし近代以降、絵画は奥行きと表面の戯れを通じて、絵画の前に立つ私たちの知覚に直接訴えかける、開かれた空間へと変貌する。そして絵画の近代化は、「絵画」という表現形式が西洋、とりわけフランスから世界各地に伝播していくタイミングとほぼ時を同じくしていた。もともと西洋における絵画の近代化も、非西欧圏の視覚文化を取り込むことで成し遂げられたものであり、絵画は近代以降、世界のあちこちに元来存在していた視覚のモードや新たな視覚表現と融合しながら、多様な展開を続けている、と見ることもできよう。
 1959年にスコットランドで生まれ、トリニダード・トバゴ、カナダ、ロンドンといった様々な文化圏で視覚経験を養い、やがて絵画を志すようになったピーター・ドイグは、近代以降の絵画の可能性を探求している画家の一人である。とりわけドイグの絵画に見られるモティーフと筆触のあいだの揺らぎ、並置された面による平面性/奥行きの暗示、脱中心化された構図、そして人物の足が描かれないといった要素は、絵画空間がこちら側に向かって開かれているという印象を見る者に与える。また、ドイグの絵画作品における絵具のにじみや垂れ、残された複数の線、同じモティーフの反復は、描かれた時間へと私たちを誘う。そのように空間と時間が緊密に織り込まれた絵画作品を、現実の空間に配置すること、それは画家にとって制作に次ぐ創造的な行為であるはずだ。実際に、本展の展示プランも、企画者の桝田倫広研究員と、ドイグ本人によって綿密に練られたものであるという。
 本展の会場は、大画面のスケールを体感できるよう、非常にゆったりとした展示構成になっていた。部屋は大きく分けて4つ。1部屋目と2部屋目の前半が第1章「森の奥へ」。2部屋目の後半と3部屋目が第2章「海辺で」、そして最後の細長い部屋が第3章「スタジオのなかで──コミュニティとしてのスタジオフィルムクラブ」という非常にシンプルな構成である。「森」と「海辺」という主題は、それぞれカナダとロンドン(1986–2002年)、トリニダード・トバゴ(2002年–)を拠点とした制作時期にも対応している。通常であれば章ごとに部屋を区切ることが多いが、章解説の設置された壁を境に、各章が緩やかにつながることで、主題や制作時期を超えたドイグの探求の一貫性と変遷が可視化されていたように思う。そして各壁面に掛けられた絵画は、制作年順ではなく、隣同士、あるいは向かいあう作品の主題や色彩、構図が響きあうように配置されていた。

 第1章の手前の壁に展示された、雪をモティーフにした2点の作品《ブロッター》と《スキージャケット》では、雪であり絵具でもある白が印象的だが、空間を撹乱するようなこの白は、同じ部屋の壁を覆う、カヌーをモティーフにした一連の作品にも現れている。続く部屋では、《若い豆農家》《ロードハウス》《コンクリート・キャビンⅡ》といった、手前に遮蔽物を置くことで近さと遠さを往還するような作品が並ぶ。それ以降は、比較的薄塗りで、絵具のにじみやかすれ、垂れといった偶発的な要素が残る作品が増えてゆく。

第1章 会場風景  撮影:木奥惠三

 第2章に入ると、それまでの夢幻的な色彩から、島国を舞台にした鮮やかな色彩へと様変わりする。第2章の冒頭に置かれた《ラペイルーズの壁》や《赤いボート(想像の少年たち)》、《ペリカン(スタッグ)》に描かれた人物たちはどこか所在無さげで、現実と非現実の境をたゆたっているかのようだ。そして《ピンポン》で人物と背景のあいだに現れたグリッド構造は、続く部屋の《馬と騎手》や《花の家(そこで会いましょう)》でも繰り返されるが、矩形の位置がややずらされ、その隙間から背景がのぞくことで、画面の前後関係が反転するような、より複雑な空間となっている。

第2章 会場風景  撮影:木奥惠三

 最後の細長い部屋は第3章に捧げられており、ドイグが友人と始めた映画の上映会のためのポスターがずらりと並ぶ。それぞれの映画のワンシーンが切り取られているものがほとんどで、絵画制作にあたってドイグが時に映画を参照していたことを考えると、ラフな筆致で描かれたこれらのポスターからも、ドイグがものを見る視点が浮かび上がってきた。

第3章 会場風景  撮影:木奥惠三

 絵画作品32点とポスター40点という出品点数は決して多いとは言えないが、ドイグの画業の変遷を示す厳選された作品群と、考え抜かれた作品の配置によって、ドイグの絵画空間を十全に体感することのできる個展が実現していた。そして新型コロナウイルスの感染拡大防止のため延期を余儀なくされた本展のウェブサイトでは、展覧会場の3DVRも公開された。[link]それはもちろん自身の身体で会場を歩き、作品の前に立つ経験とは異なる。しかし、床や天井を含めて360度見渡せるヴァーチャル空間のなかで、絵画に近づき、その筆触が見えるほどに拡大することができるこのメディアは、記録としてはすでに十分な情報を含んでいる。そして今後VR体験のためのデバイスが普及し、VR空間と私たちの身体感覚がリンクするようになれば、それは様々な事情で展覧会場に足を運べない人々にとって、鑑賞の新たな手段となる可能性を秘めているだろう。

 

#03
絵画の理由──ピーター・ドイグ展に寄せて
天野知香(お茶の水女子大学 教授)

 西欧美術の歴史を振り返れば、絵画という表現形式の可能性はすでに汲み尽くされたと感じられるのも無理はないだろう。1970年代以降ヴィデオやパフォーマンスをはじめ多様な表現媒体が登場し、旧来の作り手や美術のあり方自体が問い直された。確かに80年代、90年代において、こうした状況に対する一種の反動として「絵画の復権」と呼ばれる動きが内外で見られた一方で、90年代以降、もはや「もの」としての作品を介すのではなく、行為を通して観客との関係性を生み出し、社会的に関わるアートのあり方が、ますます不安定さを増す世界の状況の中で注目されてゆく。
 こうした中、ピーター・ドイグの日本で最初の充実した展覧会が東京国立近代美術館で開かれた。ここで見るドイグの作品は、これまで絵画の歴史において積み重ねられてきた多様な可能性を捉え直しながら、今なぜ絵画でなければならないのか、という問いかけを正面から受け止めようとしているように思われる。

 セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン 、ボナール、マティス、ムンク、ベーコン、ニューマン等々、過去の絵画の多様な要素の参照は、本展の非常に充実したカタログでも適切に言及されている。会場を見渡せば、例えば《夜のスタジオ(スタジオフィルムとラケット・クラブ)》(2015年)[図1]の塗り重ねられた床の赤の下層から覗く色彩の線はマティスの《赤いアトリエ》(1911年)imageを想起させ、《ポート・オブ・スペインの雨(ホワイトオーク)》(2015年)の半ばかき消されたような人物は同じマティスの《カスバの門》(1912–13年)を思わせる。しかしそれらは大文字の「様式」の語りからしばしばこぼれ落ちてきた絵画の要素であり、主題や様式の観点から語られる絵画史において十分に意識化されてこなかった可能性を、改めて具体化する試みであるとも言える。

図1 ピーター・ドイグ《夜のスタジオ(スタジオフィルムとラケット・クラブ)》2015年、油彩・キャンバス、296×200cm、個人蔵 ©Peter Doig. All rights reserved, DACS & JASPAR 2019 C3120

 別の意味でもドイグは絵画の歴史を喚起する。トリニダードを描くドイグをゴーギャンに重ね合わせることは、植民地主義の歴史とそれに伴う眼差しの問題を問うことと不可分である。《赤いボート(想像の少年たち)》(2004年)で、エキゾティックな南国の風景に浮かぶ船の中の少年たちは、一様に褐色の肌をして、背中を丸め、こちらを見る眼差しも定かではない。その弱々しく所在無げな姿は、ゴーギャンがタヒチの若い男性たちを、男性的な活力を感じさせない、いわば女性化した姿で描いたことを想起させる。しかしまた一方で《ペリカン(スタッグ)》(2003年)において、トリニダードで見たペリカンを殺す男を、ロンドンで見つけた、トリニダードにかつて移民として来ていた南インドの漁師の絵葉書を元に描いたとするなら、暴力的な行為の主体は植民地の労働者であり、タイトルのビール「スタッグ」のマッチョなイメージと結びつくと同時に、画面中央の青白い絵具/光に照らされたその相貌は「白く」見える。ドイグにしばしば見られる、一つのポーズをいくつかの作品で反復すること自体ゴーギャンのやり方を想起させるが、象徴的な言語とみなされるゴーギャンのポーズに対して、ドイグの人物の身振りはしばしばその作品の中で特定の意味を失っていわば 情念定型 パトスフォルメル として継承される。そこには確かに植民地をめぐる歴史の意識があると同時に、複数の地域の人々や肌の色、時代のイメージは錯綜しながら変容し、多様な意味に開かれてドイグの絵画に内包される。
 トリニダードにおけるマチエールの変化は、それまでの彼の作品よりも絵画の物質としての厚みを感じさせないが、そのマチエールは薄塗りであるかどうかに関わらず複雑で重層的であり、やはり彼の絵画の核をなしている。

 ドイグの絵画は写真や既存のイメージを含めどちらかと言えば平凡な現実のイメージを元に、制作のプロセスの中で複雑なマチエール=物質性を紡ぎ出しながらそこに変容をもたらし、現実と夢や記憶、具象と抽象の境界を揺るがして、見る者それぞれに様々な物語や意味を喚起する。それは極めて個人的な行為でありながら、社会や時代、歴史とつながる具体的なイメージに突き動かされることで今を生きる現実に開かれている。その画面は、レッシングを借りて言えば、語りの時間を意味深い永遠の一瞬に凝縮する「ラオコオン」が体現する絵画のあり方を実現すると言えるかもしれない。しかしそれは一つの物語的な表現を担う絵画の回帰ではなく、あるいはまた、映像や文学の逸話性から自律するグリーンバーグの言うモダニズムのラオコオンでもない。それはいわば、イメージから喚起されるいくつもの多義的な語りや意味や記憶を、制作のプロセスが展開される時間性を通じて非言語的な物質=マチエールへと織り合わせて見る者の多様な眼差しへと開く、いっそう新たなるラオコオンとしての絵画である。
 そして、そのようなあり方を通して、ドイグは今もなお、絵画の魅力と可能性を切り開き続けることができると示している。

 

#04
画面の手前で
松浦寿夫(画家/批評家)

 画家が自らの偏愛する画家について語るとき、話題の対象となる画家について以上に、必ずしも意図したわけでもなく、自分の制作についての思考を開示してしまうことは頻繁に起こりうることだ。たとえば、2006年にパリ市立近代美術館で開催されたボナール展のカタログに収録されたハンス・オブリストによるインタヴューで、ピーター・ドイグもまた、ピエール・ボナールについて語るとき、ほとんど自らの制作の場面で展開する思考を暗黙のうちに示しているかのようだ。この短くも充実したインタヴューで、実際、冒頭からドイグはボナールの作品がたえず自分の発想の源泉となっていること、また自分が彼の影響下にあることを認めたうえで、「自分自身の作品について考えるとき、私はしばしばボナールの作品を見ます」と語っている。いまなお、美術史の記述の体系のなかに位置づけがたく、それゆえに、批評的な抗争の場で毀誉褒貶とともに奇妙な役割を背負わされることが多いにもかかわらず、その作品の射程を正確に踏査されたわけでもないながら、自分の作品が西暦2000年の若い画家たちに届くことを夢見ていたボナールにとって、この率直な告白はささやかであるにしても明確な礼讃でありえているはずだ。

図1 ピエール・ボナール《南フランスのテラス》1925年頃、油彩・キャンバス、68.5×73cm、グレナ財団蔵

 ここで、ごく簡潔にドイグがボナールの作品に注目した点を列挙すれば、扇情的な主題を扱わず、自らの生にとって身近な主題を扱うこと、技量をこれ見よがしに誇示しないこと、ある種の開放性を備え、完成/未完成の判断が困難であること、事前の計画なしに断片的に画布に介入することによって、時間の経過を積層化し、現在の知覚と記憶の領域とを同時に組み込む点などをあげることができる。そして、この開放性のために、観者は画面に巻き込まれるように参加することを強いられる点を指摘している[1]。この点で、ボナールの作品に関していえば、その画面の一貫した構成原理は、画布の奥に展開する空間の創設以上に、画布の手前の空間、つまり、画布と観者との間の空間をいかに組織するかという点に集約されるが、ドイグもまた、この同じ手前の空間の編成を異なった仕組みで遂行しているとはいえないだろうか[2]
 ごく端的にいえば、ドイグの場合、それは、マネならびにそれ以後の絵画に顕在化するように、画面の前景を遮蔽する仕組みである。たとえば、初期の《ロードハウス》(1991年)に顕著なように、水面、陸地、空という3つの領域に画面が分割される構成の作品においてさえ、この3つの領域は画面の奥へと視線を誘導することなく、3つの立ち上がった領域の様相のもとに視線を画面に留めさせる、つまり、視線を遮蔽する一種の壁として立ち上がる。また、《オーリンMKIV Part 2》(1995–96年)のように広大な空の領域を備えながらも、こちら側に向かってジャンプする人物の存在によって、空の空間も同時に手前側に引き寄せられる印象を与え、その結果として中景にいたる道を暗示する緑色の色帯も奥に進む以上に立ち上がって見えてくるだろう。このような前景へと視線を誘導する要素の存在は頻出するが、《ピンポン》(2006–08年)にいたると、遮蔽物それ自体の表示が際立つことになる。そして、《ポート・オブ・スペインの雨(ホワイトオーク)》(2015年)の場合も、単に建築物のみならず、左端の灯台へと向かう道もほとんど直立する様相を呈してはいないだろうか。

図2 ピーター・ドイグ《スキージャケット》1994年、油彩・キャンバス、295×351cm、テート蔵 ©Peter Doig. All rights reserved, DACS & JASPAR 2019 C3120

 ところで、この手前の空間の組織化という点と同時に、知覚作用における遅さの組織化という点でもドイグはボナールと課題を共有しているが、後者が周縁視的な領域の活用と抽象的な領域の拡張によってこの課題を遂行するとすれば、ドイグの場合、物質的な次元での小さな細部と縮小化された構成要素(たとえば、《スキージャケット》(1994年)[図2]の無数の人々など)との分散性に依拠している。ときに知覚の識閾下の要素の分散性が画面の統合的な知覚を凌駕するかのようであり、この点で、出発点にある写真画像は大きく変形されることになる[3]。この作用への明晰な注目を、本展カタログに収録された「ピーター・ドイグ―20の質問」でのローラ・オーウェンスの発言に見いだすことができるだろう。自作が成功したと感じるのは、出発点にあるイメージを絵具による介入によって崩壊させる(disintegrate)ままにしておくときになのか、それとも「自覚的に保存しようとする感情的な質ないし物語的なもの」を体現できたときになのかというこの二者択一的な問いにドイグは正面から回答することを回避しているが、オーウェンスの期待する答えはおそらく前者であるだろう。そして、最後に、「抽象的なものは出発点である」というボナールのメモの一節を引用しておこう。それが何であれ、この出発点を長い制作の過程で脱統合化(disintegration)していく作業こそが、シンコペーション化された時間という新たな知覚経験の領域を開示していくことになるだろう。

 

[1] 紙面の関係で今回は展開する余裕はないが、ドイグは指示的な情報なしに、その人物に関して知りたいことのすべてを知ることができる点をボナールに見出し、このような性質を自らの作品においても実現したいと述べている。また、ボナールの作品を見続けると胸が張り裂けそうなメランコリーを感じるとも指摘している。

[2] この点に関しては、筆者の「さあ、過飽和なテーブルにどうぞ!」(『ピエール・ボナール展』図録、国立新美術館、2018年)を参照していただきたい。

[3] 『アンフォルム』(1997年)の「非常に遅い(Very Slow)」という項目で、イヴ=アラン・ボワは、極端な遅さがフロイト的な〈不気味なもの〉を喚起する点を指摘している。

 

#05
錯綜と連想──ピクチャレスクから見たドイグ
近藤亮介(美術批評家・東京大学 助教)

 《若い豆農家》(1991年)の枝葉と柵、《コンクリート・キャビンⅡ》(1992年)の木立、《スキージャケット》(1994年)の雪。ピーター・ドイグの絵を初めて見たとき私を魅了したのは、何の変哲もない事象が画面手前で大胆に繰り広げられることで顕在化する近代絵画の両義性──自己の内面世界と絵画の物質性──だった。ところが、本展で近作から感じられたのは、自在な筆致にもまして、ロマン主義に先行する美的範疇「ピクチャレスク」との親和性である。

図1 ピクチャレスクな風景式庭園
Thomas Hearne, A Picturesque Landscape Garden, from Richard Payne Knight, The Landscape (London, 1795).

 一般的に「絵画のような」と訳される「ピクチャレスク」は元々、動的なスケッチ風の描写に相応しい対象の性質を示す用語だった[1]。最初の実践者ウィリアム・ギルピン(1724–1804年)がピクチャレスクの主要因と見なしたゴツゴツした岩や角張った牛に備わる「粗さ」は、その典型である[2]。一方、理論派の郷紳ユーヴデイル・プライス(1747–1829年)は、ピクチャレスクな快の源泉の一つに「錯綜」を挙げる。錯綜とは「 」を表し、「突然の隆起や、不意の砕けた様式で互いに交差する線」に起因する[3]。こうしてピクチャレスクの焦点は、個別の対象から諸対象の関係性へシフトした。

図2 プライス家の地所「フォクスレー」の風景
Thomas Gainsborough, Beech Trees at Foxley, Herefordshire, with Yazor Church in the Distance, 1760.
Whitworth Art Gallery, The University of Manchester

 平凡なモチーフを凝視に価する対象へと変えたドイグの初期作品に認められる効果は、この錯綜と類似する。しかし、ドイグとピクチャレスクとの関係は、表面的な視覚効果にとどまらず、彼が関心を抱く「知覚のプロセス」にも見出される[4]。ここで重要なのは感覚と知覚の差異だ。プライスの隣人にして 好事家 ディレッタント のリチャード・ペイン・ナイト(1751–1824年)は、「知覚は精神の作用である。それに反して、感覚は感官への印象である」と述べ、イギリス経験論から発した観念連合主義をピクチャレスクへ適用した[5]。美的判断は、客体のもたらす普遍的な感覚ではなく、主体の感情や記憶を含めた知覚に基づくと考えたからである。絵画が「ある光景の生々しさと頭のなかのなにかとのあいだにあるイメージをどうにかして描こうとする仕方で現れる」というドイグ自身の発言は、まさしくナイトの見方と一致する[6]

 この点に関連して、美術批評家ロザリンド・クラウスは、ジョンソン辞典増補版(1801年)が掲げるピクチャレスクの定義の一つ「 特異点 シンギュラリティ 」に注目し、19世紀初頭までは特異なもの(=オリジナル)と公式的・反復的なもの(=コピー)が相補関係にあったと指摘する。風景の特異性とは、ある土地の静的・不変的な特徴ではなく、「あらゆる瞬間に風景が浮かび上がらせるイメージと、それらの 光景 ピクチュア が〔主体の〕想像力の中に記入される仕方の函数なのである」[7]。ピクチャレスクという美的快の根底には常に、複数性と単一性や、制作と享受とのあいだの揺らぎ、すなわち連想がある。ドイグの場合、その連想は、しばしば現実風景から複製媒体へ、複製媒体から絵画へ、絵画から観者へと、三重にも増幅されている。

図3 ピーター・ドイグ《馬と騎手》2014年、油彩・キャンバス、240×360cm、個人蔵 ©Peter Doig. All rights reserved, DACS & JASPAR 2019 C3120

 要するに、ピクチャレスクは特権階級だけが発見できる対象の性質や配置ではなく、どんな「見る」主体にも存する。なるほどピクチャレスクが前提とする「 絵画 ピクチュア 」は上流階級的な教養に規定されていたが、ドイグが扱う「 画像 イメージ 」は明確な規範を持たない。彼の絵画においては、誰もが知る名画も、グローバルに流通する広告も、近所で撮られたスナップも、現代の視覚文化よろしく並列関係にある。ただし、そこでは種々の画像が一つに統合されているため、観者は媒体の形式や画像の情報に囚われず、見る行為そのものと向き合うように促される。ドイグは、現代美術界を賑わす思弁的実在論などおかまいなしに、知覚する人間を徹底的に探究しているのだ。こうして絵画は、私たちの無数の観念に連なって半永久的に新しい物語を紡ぎ続ける。

 

[1] Richard Payne Knight, An Analytical Inquiry into the Principles of Taste, 2nd ed. (London: Payne, 1805), pp. 148–150.

[2] William Gilpin, Three Essays: on Picturesque Beauty; on Picturesque Travel; and on Sketching Landscape: to which is Added a Poem, on Landscape Painting, 2nd ed. (London: Blamire, 1794), pp. 6, 16–20.

[3] Uvedale Price, An Essay on the Picturesque, as Compared with the Sublime and the Beautiful; and, on the Use of Studying Pictures, for the Purpose of Improving Real Landscape, New ed. (London: J. Robson, 1796), pp. 26, 60–61.

[4] リチャード・シフ(吉田侑李、桝田倫広訳)「漂流」、『ピーター・ドイグ』図録、東京国立近代美術館、2020年、176–177頁。

[5] Richard Payne Knight, The Landscape, A Didactic Poem. In Three Books. Addressed to Uvedale Price, Esq., 2nd ed. (London: G. Nicol, 1795), p. 19.

[6] マシュー・ヒッグス(桝田倫広、吉村真訳)「ピーター・ドイグ──20の質問(2001年)」、『ピーター・ドイグ』図録、東京国立近代美術館、2020年、209頁。

[7] Rosalind E. Krauss, The Originality of the Avant-Garde and Other Modernist Myths (Cambridge: The MIT Press, 1985), p. 164.〔ロザリンド・E・クラウス(小西信之訳)「アヴァンギャルドのオリジナリティ」、『オリジナリティと反復』、リブロポート、1994年、132頁〕

#06
レンズの秩序と絵具の論理のはざまで
松下哲也(近現代美術史家)

 《ピーター・ドイグの作品はきわめて映像的であると同時に絵画的でもある。これは多くの論者によってすでに指摘されていることだ。だが、作家本人は以下のように語っている。

 「人はよくわたしの絵を見て映画の特定のシーンや本のある一節を思い出すと言いますが、わたしはそれらとは完全に異なるものだと考えています。(中略)自分自身の絵について言えば(中略)それは不可避的に物質性と関わっています。それらはまったくもって非言語的なのです。」 [1]

 このドイグの見解は、時間芸術と空間芸術の対比によって諸芸術の特性を明確化しようとする18世紀ドイツの文筆家レッシングのアプローチの延長線上にある。西洋では伝統的に「絵は黙せる詩、詩は語る絵」という芸術観が信奉されてきた。美術と文学は互いによく似た姉妹のような芸術だというのである。それもあって、西洋では長らく物語の1シーンを描く物語画こそがもっとも権威ある絵画ジャンルであるとされてきた。ところが、レッシングは『ラオコーン』(1766年)の中で、視覚芸術は何らかの静止した物体を空間に設置する空間芸術であり、文学や舞台など作品自体に時間の流れが必要な時間芸術とは明確に区別されるべきだと論じたのである。たとえ鑑賞者が画面の中のイメージに何らかの物語を感じ取ったとしても、絵画は静止した物体でしかない。ドイグの発言はこの点に自覚的である。
 このインタビューの中で、ドイグは自作を物語画の一種には位置づけておらず、むしろ非言語的な物質性とイメージの関連性を押し出している。しかし、それでも私たちは彼の作品から映画的な要素を見いだしてしまう。それが物語や言語ではないというのなら、彼の作品のどこが映画的なのだろうか。

図1 ピーター・ドイグ《花の家(そこで会いましょう)》2007–09年、油彩・キャンバス、300×200cm、ニューヨーク近代美術館蔵 ©Peter Doig. All rights reserved, DACS & JASPAR 2019 C3120

 それは遠近法である。たとえば《花の家(そこで会いましょう)》[図1]のフラットな構成は、望遠レンズで撮影された映像に見られる圧縮効果(離れている被写体同士の距離が縮んで見える現象)に酷似している。また、ブロック塀とレンガまたはタイルの壁を抽象化したと思われる長方形のモティーフは、中望遠〜望遠域のレンズでそれらの対象を撮影することで得られる幾何学的な形態によく似ている。たとえば、ドイグとチェ・ラヴレスが主催する映画上映会「スタジオフィルムクラブ」の告知用ドローイング群の中に見られる小津安二郎の「東京物語」[図2]は、中望遠域のレンズを用いて戦後の日本家屋が持つ水平垂直の形態を幾何学的に構成した画面で有名だ。小津の場合、画面を構成する長方形のモティーフは障子やガラス戸だが、ドイグの場合はそれがレンガやブロックになるのである。

図2 ピーター・ドイグ《東京物語》2004年、油彩・紙、73×57.5cm、ヴィーホフ・コレクション蔵 ©Peter Doig. All rights reserved, DACS & JASPAR 2019 C3120

 中望遠以上のレンズを使うので、対象と距離を取らなければ、このような映像は撮影できない。同様に、鑑賞者が絵から離れなければ、ドイグが言うところの「物質」つまり絵具が具象的なイメージに見えることもない。絵画では、物理的な絵具の層とイメージ上の奥行きの反転がしばしば起きる。たとえば、下地に近い層に塗られた絵具がもっとも手前にあるように見え、逆に厚く盛られた絵具の頂点が奥まって見えることがある。現代絵画ではこのような逆転現象を意図的に操作することが多い。そしてドイグの絵画は、空間を切り取るカメラの位置と鑑賞者の位置がちょうど対応しているように感じさせるのだ。
 レンズの秩序に絵具の論理を合流させること。これこそがドイグの絵画が持つ空間性の特徴に他ならない。

 

[1] マシュー・ヒッグス(桝田倫広、吉村真訳)「ピーター・ドイグ──20の質問(2001年)」『ピーター・ドイグ』図録、東京国立近代美術館、2020年、207頁。

 

#07
東独具象絵画とドイグ
大浦周(埼玉県立近代美術館 学芸員)

 本稿執筆にあたり、企画者から示されたテーマは「戦後東ドイツの具象画家たちとドイグとの比較」である。ドイグと同時代を並走する画家としてまず思いあたるのは、ネオ・ラオホ(1960年–)であろうか。2000年代半ばに国際的な注目を集めた「新ライプツィヒ派」と呼ばれる具象絵画の一群を代表する画家である。
 ラオホの絵画は謎めいている。視覚的には多くの手がかりを与えてくれるにもかかわらず、それがひとつの答えに結実しない。思わせぶりな身振りとは裏腹に無表情の人物、特定の職業に結びつく衣装、自国の絵画的伝統に連なる風景、そして明らかに象徴的な関連性を持つオブジェ。ラオホはこれらの要素を画面の中で積み上げていくが、それらがパズルのピースのように噛み合い、特定の主題が浮上することはない。

「私は絵の中心につながるような痕跡を置くことができますが、そこにたどり着くと、それが拡散して別の枝に入っていくのがわかります。私はナンセンスな絵を描かないようにしているし、一方で、ある種の批判的な意図を持って、物語性のある絵を描かないようにしています。」 [1]

 ラオホが自作を語ることばと、写真や映画などイメージの出所は詳らかにされているにもかかわらず、完成した絵画にはそれぞれの文脈が重層的に腹蔵され単一の意味に収斂することのないドイグの作品とは、どこか響き合う。

 旧東ドイツの政権は、社会主義リアリズム、すなわち理想の社会像を描く啓蒙的な写実絵画を自国の画家たちに強制したが、その制約下においても、表現主義や新即物主義といった戦前のアヴァンギャルドの様式を引き継ぎつつ、イデオロギー的戒律を逃れた新しい具象表現をめざす取り組みがなされた。ライプツィヒのアカデミーで絵画教育の規範となっていたのは、マックス・ベックマン、ローヴィス・コリント、オットー・ディックスらの作品であったとラオホは回想している。なかでも彼はベックマンに対する共感をたびたび口にするが、それは、寓意的に描きながら象徴的なメッセージを曖昧なまま提示する方法においてである。ラオホが重視するのは、ベックマンが「絵を部分的に他の人に説明してもらい、絵画的な宇宙の迷宮の中に他の人を送り込むことに大きな喜びを感じていた」という点なのであり、それがラオホ自身の安易な解釈を許さない画面へとつながっている[2]
 このことは、80年代のニュー・ペインティングにおいて影響源のひとつとなった国際的なベックマン受容と呼応しているかに見えて、実際にはそれとは異なる回路を通じてベックマンが参照されてきたことを示唆するように思われる。国外の同時代的動向から切り離され、あるいはそれを知り得たとしても反応することが憚られた旧東ドイツの特殊な状況下において、ベックマンは長く具象絵画の規範であり続け、そこでは独自の受容史が編まれていたはずだ。ラオホの複雑な絵画はその遺産の自覚的継承の先にある。[image link]

 80年代にベックマンの影響を受けたことにたびたび言及するドイグが、こうした分裂的な受容の様相をどれだけ意識していたかは寡聞にして知らない。しかし、ロンドンに絵画の復権を知らしめた「絵画における新しい精神(A New Spirit in Painting)」展でペンクやバゼリッツら東ドイツから西側に移った画家の作品が展示され、翌82年からは東ドイツの絵画を初めてまとまった形で紹介した「時代の比較(Zeitvergleich)」展が西ドイツ6都市を巡回するなど、鉄のカーテンの向こうで異なる具象絵画の系譜が展開していたことを、ドイグは知り得たはずである。

図2 ピーター・ドイグ《天の川》1989–90年、油彩・キャンバス、152×204cm、作家蔵 ©Peter Doig. All rights reserved, DACS & JASPAR 2019 C3120

 このことが、ロンドンを離れカナダに戻ったドイグが彼の地の近代絵画に目を向けたことに、些かなりとも関係してはいないか。絵画において「すべてが有効、あるいは有効かもしれない」[3]と思わせられる状況のもとで、敢えてカナダ以外ではほとんど知られていなかった造形イディオムを自作に導入したこと。その選択の背景に、それまで不可視だった具象絵画の系統と展開を目撃した衝撃を見出そうとするのは、はたして考えすぎだろうか。

 

[1] “Neo Rauch’s Creature Discomforts,” ELEPHANT Issue 30 [Spring 2017], p.136

[2] “Holger Broeker im Gespräch mit Rauch im Goethe-Institut Prag, 10. Mai 2007”
  eigen-art.com/files/nr-gespraechprg.pdf

[3] 「ピーター・ドイグ パリナ・モガダッシによる対談(2011年)」、『ピーター・ドイグ』図録、東京国立近代美術館、2020年、195頁。

 

 

#08
内なるスタジオ
梅津庸一(美術家)

 ピーター・ドイグを語るのは容易ではない。例えば《エコー湖》(1998年)[図1]では引用元である映画「13日の金曜日」の他にデビット・ミルン、ニューマン、ボナール、ムンクなど言及すべき参照項が無数にあることに戸惑うだろう。さらにドイグの作品は時期によって絵画様式が異なる上に、作品が別の作家の作品と過度にネットワークを結んでいるため画家の全体像を捉えるのが難しい。もちろん、先行する美術作品や映画をはじめとする視覚文化のリソースに依拠しない作家など存在しない。ドイグの作品は一見、オーガニックで絵画を描く喜びに満ちているように見える。しかし、いわゆる天性の才能や絵画制作における表現主義的な意味での即興性と決断力によって作品が作られているとは言い難い。優れた画家であることは間違いないが、彼は自身の凡庸さ、平凡さと向き合い、人一倍葛藤し続けてきた画家なのではないか。このことがドイグを語ることを難しくしていると言えないだろうか。

図1 ピーター・ドイグ《エコー湖》1998年、油彩・キャンバス、230.5×360.5cm、テート蔵 ©Peter Doig. All rights reserved, DACS & JASPAR 2019 C3120

 どういうことか。ドイグ作品の構造だけを抜き出せば、つぎはぎだらけのモンタージュのようだと言える。ドイグ作品に登場するモチーフの形態は家であれ、人物であれ全てがぎこちなく、スナップ写真や絵葉書や映画のワンシーンなどの元ネタに準拠しているし、作例によってはまるで転写したように元ネタの形態とフォルムが一緒である。ドローイングを経由させることで多少、デフォルメを加えることはあるものの、ドイグ作品に登場するモチーフには伝統的な画家のような卓越したデッサンによる肉付けや、キュビスムのようなひとつの形式に基づいた還元は見られない。わたしはドイグのスタジオを覗いたことがないが、ドイグ作品にはあたかもプロジェクターでキャンバスに投影したイメージを筆でなぞったり、型紙を使って描いたりしたような形が散見される。あるいは、それらのアウトラインに拘束されながらも、わざと稚拙な形に歪めたりもしている。キャンバス上で「正解の形」に至るまで何度も修正したような痕跡は見受けられず、試行錯誤の痕跡があったとしても、それはわざと「マーキング」のように残されているに過ぎない。そもそもドイグにとっての「正解」は、どんなにドイグが様々な絵画様式を取り入れていようとも、近代の画家たちとは根本的に異なる。例えば再現性のある描画パートとニューマンの「ジップ」に由来する水平の帯のパートの界面は、通常であれば齟齬をきたすだろう。ドイグの作品の中では本来であれば無関係であるはずのものたちが唐突に出会う。にもかかわらず、ちぐはぐな印象を受けない。またドイグは描くことによって得られる手応えを常に疑っているように思える。確かな参照元があるからこそ描画の結果を逆算し、絵具の物質性をよく吟味し、各パートの表面の質感や肌理を徹底的に編集し尽くすことを可能にしている。例えばそれは白の絵具の使い方からも明らかだろう。上層の絵具のベースを担う、噴霧される、キャンバスの目に染み入るように滴る、厚ぼったく斑状に塗るなど、絵具の白をたんに「色」ではなく物質として捉えているのだ。ドイグ作品における肌理はイメージ以上に多様であり、美術に限らないあらゆる視覚文化の蓄積と経験の厚みを感じずにはいられない。つまりドイグはどんなに凡庸な構図でも、キメラのようにちぐはぐなモンタージュでも、絵画らしいフレーバーをたっぷりと付与することで「ひとつのピクチュア」として統合してしまう。ドイグは絵画の世界にどっぷりと浸かっていると同時に、絵画が成立するための諸条件をかなり突き放した地点から捉えている。絵画に没入する自分とそれを俯瞰するメタ視点が絡み合っている。

図2 ピーター・ドイグ《ロードハウス》1991年、油彩・キャンバス、200×250cm、ヤゲオ財団コレクション、台湾 ©Peter Doig. All rights reserved, DACS & JASPAR 2019 C3120

 ところで、90年代初めのあまりにも見どころの多い画面に比べると近作はあっさりして見えるかもしれないが、物質感の差異を小さくすることで一見ノーマルな絵画に見せかけることに成功している。それはドイグの絵画を見るまなざしの精度がより高まっていることを意味する。初期作品のような圧倒的な手数と情報量、そして過剰とも言える絵具づかいといった特徴は見られなくなったが、近作は初期作品と同等かそれ以上の解像度を有している。ドイグをドイグたらしめているのは天然の描く才能ではなく、常に冷静に自身の持ち物と外部からのデータベースとを調合し、「絵心」自体をカスタマイズできる「内なるスタジオ」なのだ。抽象的な言い方になるが、ドイグの絵画群は、今も生成中の大きな「スタジオ」の絵の中の画中画たちを自在に切り分けたものだと思える。だからこそ、それらはキャンバスの矩形に規定されないし、複数の絵画が一枚の絵をシェアするようなドイグの絵画世界を可能にしているのだ。