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教育普及 現代の眼 オンライン版 「工芸とであう」鑑賞システムの試み

今井陽子 (工芸課主任研究員)

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国立工芸館 エントランス風景
撮影:太田拓実

東京の北の丸公園から石川県金沢市に移転した新生・工芸館。ガラス張りのエントランスから入ると正面にそびえ立つ金子潤の《Untitled (13-09-04)》がパワフルにお出迎えします。通路を左に進み、アーチを2つ潜り抜けるといよいよ展覧会場!ですがその手前、木造エリアの一部を、私たちは「工芸とであう」と名付け、所蔵作品を高精細デジタル画像でご紹介することにしました。工芸館へようこそ。そして工芸観へようこそ。そんな気持ちをこめたスペースです。

3台設置した70V型8Kタッチモニターのうち、2台は2D鑑賞システムに使用。大小さまざまな図柄の丸がシャボン玉のように左から右へと漂っていきます。

2D鑑賞システム 展開イメージ

試しに丸の1つに触れてみましょう。即座に作品ページが展開し、画像と解説をご覧いただけます。画像は1作品につき2~3点ずつご用意。右下の虫眼鏡アイコンを押すとドーーンと拡大し、映しだされる作品の細部に目を奪われます。たとえば縮緬の微妙な凹凸まできっちり区分された染めの領域と陰影の効果。たとえば被きせガラスで形成した表層に潤む物質と光の協調。たとえば架台を掴む鷹の爪の鋭さや無機質な金属とは思えない生々しさ。それらはすべて作家が巡らしたに違いない造形思考の軌跡であり、鑑賞する皆さんが作品と対面した時に直感した意識のクローズアップともなればと期待しています。

さて、残る1台のモニターには3D鑑賞システムを搭載しました。「別の角度からも作品を見たい」というご要望に少しでもお応えすべく開発されたものです。“正面”の反対側なら展示の工夫でいけそうですが、器物の“底”、これはなかなか難しい。実際、茶碗などの底面は古より継承された情報を含むもの。それを見どころの1つとしてきた歴史もあり、「鏡を使っては?」というご意見もいただきます。しかし工芸館が収集・展示の対象としている個人作家の仕事では、一方で作品を成立させる諸要素と自己との距離を測りなおし、フラットな地平にスクッと立って見せたいとする傾向も顕著です。美観の一言に収まりきらない作り手の想いと情報の並列とを秤にかけるのは容易くありません。

そこで当システムでは、仮想現実ならではの物理的制約に縛られない環境の設定を試みました。利用者自身が角度も拡大も無段階に条件を整えるアクションは、能動的な姿勢の促進にも繋がりそうです。
2つのシステムを置いたこのスペースが、工芸と向き合う終着ではなく出発点となるためにはどう機能させるべきか。「鑑賞」のキーワードを旗印に、技術とヴィジョンの両面から今後も検討し続けていきたいと思います。

(『現代の眼』635号)

3D鑑賞システム 撮影:太田拓実

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