1999年10月5日(火)− 12月11日(土)
東京国立近代美術館フィルムセンター展示室
|
本展会期中に下記の会場でも石内都氏の個展が開催されます。
石内都は1947年に生まれ、多摩美術大学で染織を学んだ後、 70年代半ばに写真と取り組み始めました。 街や建物に視線を向けた初期の作品は高く評価され、 79年にはシリーズ「アパートメント」で女性としては初めて、 第4回木村伊兵衛写真賞を受賞しています。
1980年代末から90年代を通して、石内の仕事は、 自分と同年生まれの女性の手足を写した「1・9・4・7」など、 人間の身体の表面を接写する一連の作品を中心に展開してきました。 同い年の同性の手足というモチーフから始まったこの仕事は、 しだいに年齢や性別を越えて対象を広げて行き、 その過程で石内は傷痕というテーマに出会います。 今回の展覧会は、 「SCARS」と題されるこの傷痕のシリーズの新作をはじめとする90年代の作品を中心に、 初期の作品も含めて構成されます。
街や建物を被写体としていた初期の作品でも、石内の写真には、 その場に残る人間の「生」の記憶や痕跡といったものが色濃く捉えられていました。 人間の身体の表面である皮膚も、 その人の「生」を反映してさまざまな表情を見せます。 傷痕はそうした身体の表面にあってとりわけ特別な、 時間や記憶の結節点ともいうべきものです。写真家はその特別な意味、 そこにある時間の重みを真摯に受けとめ、 丁寧に写真というもうひとつの表面に移しかえていきます。 モノクロームの写真の表面に移しかえられた傷痕は、 個としての人の上に起きた出来事の痕跡であることを超えた何かとして、 それを観る私たちの前に現れます。
「SCARS」を中心に、初期の作品も含めて構成される今回の展覧会は、 人間の「生」の記憶や痕跡、そしてそこに流れた時間を、 さまざまなかたちで写真の表面に移しかえてきた石内都の写真の本質とその魅力とを、 直接、モノクロームの印画紙から感じ取るまたとない機会となるものです。
| 《絶唱・横須賀ストーリー》1976-77 |
| 《互楽荘》1987 |
| 《Bay Side Courts》1988-89 |
| 《EMクラブ》1990 |
| 《1・9・4・7》1988-89 |
| 《1899》1990 |
| 《1906》1991-93 |
| 《SCARS》1991-99 |
| 1947 | 群馬県に生まれる |
| 1953 | 横須賀に家族と移る |
| 1970 | 多摩美術大学デザイン科織りコース中退 |
| 1975 | 写真を始める |
| 1979 | 第4回木村伊兵衛写真賞 (シリーズ「アパートメント」に対して) |
| 1999 | 第11回写真の会賞(「AIR」展に対して) 第15回東川賞国内作家賞 (「1・9・4・7」から 「SCARS」に至る作家活動に対して) 現在、東京都在住 |
| 『アパート』写真通信社1979 |
| 『絶唱・横須賀ストーリー』写真通信社1978 |
| 『連夜の街』アサヒソノラマ 1981 |
| 『水道橋・東京歯科大学』一世出版 1981 |
| 『1・9・4・7』 I.P.C. 1990 |
| 『モノクローム』筑摩書房1993 |
| 『1906・to the skin』河出書房新社1994 |
| 『手・足・肉・体』(文・伊藤比呂美)筑摩書房1995 |
| 『さわるChromosome XY』新潮社1995 |
| 『YOKOSUKA AGAIN 1980-1990』蒼穹舎1998 |
| *1996年より写真誌 『main《マン》』を楢橋朝子と共同で刊行 (現在8号まで) |