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(前篇からの続き)
聞き手:中村麗子(企画課主任研究員)
構成:杉崎友哉(企画課研究補佐員)
2026年3月19日
清晨堂にて
さまざまな筆を使い分けていた観山
―――観山が使っていた筆(図1)の特徴と、その筆が使われたと思われる作品について教えてください。

日本画用の筆として革新的なものが削用(さくよう)で、この時代の筆のハイライトといえます。観山の師・橋本雅邦と得應たちが交流してできた線描筆で、現在の日本画制作でも一般的に使用されています。芯にはコシのある狸やイタチ等の毛を使い、周りには絵具含みの良い山羊毛や馬胴毛をたっぷり巻きます。力強く、息の長い線が引けるという特徴があります。雅邦が、長い線が引けるように大きな筆の毛先を自ら切って調整していたことから、わざわざ切らなくてもそうなるように毛組(けぐみ、筆の形のデザインのこと)してできた筆と伝わっています。削って用いていた筆が元なので「削用」と名付けられました。観山の「芳崖用筆」とある筆も、削ったと思われる跡が見られます(図2)。

観山の絵のなかで、この削用と関連がありそうな作品としては、《線》(展覧会出品番号1.1.15〜18、以下cat.no.と表記)や《闍維(じゃい)》(cat.no.1.1.29)など。《魔障》(cat.no.1.3.09)(図3)では、建物の真っ直ぐな線にコシのある削用と面相等が使われていると思います。

削用と天然則妙(てんねんそくみょう)は現在の美大受験で最も多く使われている筆です。先日は海外のタトゥースタジオから削用の注文を受けました。タトゥーのモチーフは般若や不動等日本的なものも多く、削用を使うと、西洋の筆ではできないような息の長く均一で力強い線描が描けるはずなので、評判が良いのも合点がいきます。
穂が長くて線が柔らかい付立(つけたて)筆は《草花図》(cat.no.1.2.04)などに使われていそうですね。連筆(れんぴつ)(図1)は、雅邦が刷毛とは違った塗り心地の面塗り、ぼかしができるような筆をと希望したことからできたもので、観山の作品でもグラデーションをつける際に使われていたと思われます。刷毛はどちらかといえば直線的で、幅も広いからいっぺんに塗れますが、連筆の場合は、例えば人物の肌等を曲線的に塗るときとか、速く筆を動かす必要があるときに使われるという違いがあります。
《不動尊》(cat.no.1.4.19)(図4)には、不動や脇侍の姿を形作る、削用等による力強い線描に加えて、連筆等によるぼかし、付立筆、大きな書筆等による大胆で動的な筆づかいが見られます。

一方で、《竹の子》(cat.no.1.4.27)の線は、細い面相等で描かれているように見えますが、絶筆ともなれば体力のうえで持ち替えるのも大変でしょうし、観山の技術力なら削用で細く調整して描くこともできたと考えられます。
日本画筆の現在
―――観山の使っていた筆が、現代の日本画家の筆と大きく変わっていないということでしたが、そのなかでも違いはありますか。
日本画は岩絵具で描くので筆が摩耗して減ってしまうのですが、今と比較して観山は粒子の粗い絵具を使っていないかと思われます。当時、支持体は絹本が主流で、岩絵具も粒子の細かいものを薄塗りで使うことが多かったのですが、時代が下ると日本画の変遷とともに描き方も変わっていきました。私の祖父の時代は長流(ちょうりゅう)のような穂先の長い筆が主流でしたが、現在注文は当時の10分の1もありません。付立筆も、今の日本画の描き方とは結びつかなくなってきているのが現状です。逆に連筆はかつてあまり需要がなかったのが、今は毎月作っても在庫がなくなるぐらいです。しっかりと地を塗ることができる連筆や刷毛、細かく描ける面相や線描筆が現在はよく使われています。
―――最後に、観山の筆をとおして阿部さんがお考えになる、日本画筆のこれからについてお聞かせください。
観山たちの時代に作られた削用や連筆、絵刷毛、他にもさまざまな筆が令和の今も使用されています。先人たちの革新的な試みが新たな伝統を生み出してきたことの意義を改めて感じました。基本的に作家さんが描きたいものや、やりたい表現に伴って筆や道具は生み出されるはずなので、その道具が今に至るまできちんと存在していることには理由がある。先人が本当に欲しいものを真剣に考えて開発したからこそ、今でも通用するのだと思います。
近年では海外の作家の間でも日本画筆の品質が少しずつ知られるようになり、使って頂く機会も増えてきたように感じます。さまざまな実利的なテクノロジーが発展してゆく現代において、観山のような100年以上前の先人たちが人生を懸けて描いた作品、それを支えた道具が実は思った以上に本質的な意味を持っていて、それが時代も国境も越えて現在も生き続けていることにロマンを感じました。
―――貴重なお話をありがとうございました。
(完)
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