会場
10:00-17:00 (金曜日は10:00-20:00)
(入館は閉館30分前まで)
月曜日(11月3日と24日は開館し、11月4日と25日休館)
一般 850(600)円/大学生 450(250)円
*( )内は20名以上の団体料金。いずれも消費税込。
高校生および18歳未満、障害者手帳をお持ちの方とその付添者1名は無料。
入館当日に限り、「小松誠」展と所蔵作品展「近代日本の美術」も
ご観覧いただけます。
無料観覧日:11月3日(月・文化の日)
ザ・テラスホテルズ株式会社、オリオンビール株式会社
近代以降、様々な出自の表現者を創作へと駆り立ててきた沖縄
沖縄と交差したそれぞれの想像力の軌跡を通して
表現の源泉としての、この地の可能性を探ります
異質な要素がそこで出会い、沸き立ち、衝突し、創造の契機となる交差点としての場所。沖縄には、このような人と人、人と土地を結びつける不思議な磁場があります。だが、その磁場を生み出しているのは、豊かな自然や文化、そして沖縄の人々の魅力だけではないはずです。近代以降の沖縄が経験した受苦の歴史が織り成す深い陰影もまた、人々の感受性を震わせ、沖縄の過去と現在に対峙することを、さらには日本と沖縄の関係を見つめ直すことを求めてくるのではないでしょうか。
こうした沖縄の光と影の強烈なコントラストは、数多くの画家、写真家、映像作家などの表現者を創作へと駆り立ててきました。「沖縄・プリズム 1872-2008」展は、これまでの「沖縄」展の多くが琉球王朝期の工芸を回顧するものであったのとは異なり、近代という時代のうねりの中で、この地から誕生した、そして現在生成しつつある造形芸術を検証する初めての試みです。表現する主体として、沖縄出身の作家と本土から沖縄に向かった作家を織り交ぜながら、「外からの視点」と「内側の視点」の違いを意識しつつ、個々の作家の想像力の軌跡を辿ります。
絵画、版画、写真、映画、工芸等、様々なジャンルの作家34名それぞれの「沖縄」が乱反射する展示を通して、沖縄という場所の意味と潜在力を問い、この地から発信される未来の創造活動へと繋げていくことを目指します。
沖縄と東京の美術館二館による連動企画
■沖縄と本土の対話
この展覧会は、昨秋オープンした沖縄県立美術館の開館記念展「沖縄文化の軌跡 1872-2007」(2007年11月-2008年2月)に連動するものと位置づけられています。同じ時代を扱いながらも、沖縄と本土それぞれの視点で構成された二つの展覧会の内容は、当然のごとく異なります。いわば展覧会を通した両者の対話の試みといえるでしょう。
■沖縄の「現在」に向き合う
沖縄を主題にした展覧会は数多く開催されてきましたが、そのほとんどが琉球王朝期の美術工芸を扱ったものでした。なぜ沖縄の「過去」ではなく「現在」に注目しないのでしょうか。この展覧会では、沖縄が経験した近・現代の苛酷な現実と、それを映し出す表現との関係を検証します。
■沖縄イメージの変遷とその更新
主として本土のマス・メディアや観光的な視線によって作り上げられた「青い海」「癒しの島」などステレオタイプな沖縄のイメージ。この展覧会で扱われる絵画や映像は、こうしたイメージの生産に関与しているのか、それとも抵抗を試みているのか。その可能性と限界を見きわめながら、既存の沖縄像を突き崩し、新たな視角から沖縄の複雑な現実に切り込むことを目指します。
第1章 異国趣味(エキゾティシズム)と郷愁(ノスタルジア) 1872-1945
琉球藩設置(1872年)、廃藩置県(1879年)によって、日本の版図に編入された沖縄は、言葉や風俗、文化を含めた本土への同化を余儀なくされる一方で、異質な文化を有する他者として認識されていました。しかし、1920年代から30年代になると、本土と沖縄の知識人(芸術家)の交流が盛んになり、その文化の特殊性が称揚されたばかりか、既に失われた日本古来の姿を沖縄に見る言説も登場し、沖縄への関心が一気に高まります。
第1章では、この時代に沖縄がどのように表現されたのかを絵画、写真等を通じて検証することで、日本との不均衡な関係の中で沖縄に付加された意味、すなわち空間的な距離に依拠するエキゾティシズムと、時間的な隔たりが生み出すノスタルジアが綯い交ぜになっていく過程が明らかになるでしょう。国土を視野に収めようとする為政者の眼差しを反映した山本芳翠の風景画、ゴーギャンの影響が見られる菊池契月の《南波照間》、そして異文化としての「沖縄」の記号を散りばめた藤田嗣治《孫》などを取り上げます。
山本芳翠、冨田溪仙、菊池契月、鳥海青児、藤田嗣治、前田藤四郎、木村伊兵衛、柳宗悦
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【左】菊池契月 《南波照間》 1928年 京都市美術館蔵
【右】鳥海青児 《沖縄風景》 1940年 平塚市美術館蔵
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第2章 「同化」と「異化」のはざま 1945-1975
沖縄戦によって壊滅的な被害を受けた沖縄は、1952年の対日平和条約と日米安保条約の発効によって米軍政下に置かれ、まもなく「極東の要石」としての軍事基地化を強いられます。こうした米統治に対する辛抱強い抵抗の積み重ねは、やがて60年代になると「復帰運動」の大きなうねりを生み出し、72年5月15日の施政権返還に結実します。しかし、日本への「復帰」は、期待されていた基地問題を解決するものではなく、75年の沖縄国際海洋博覧会開催に象徴されるような本土資本の流入をもたらし、新たな「日本化」の波を引き寄せることになりました。
第2章では、安谷屋正義をはじめとする戦後の沖縄の作家が、自己の立脚点から、沖縄の困難な現実に対峙していったことが明らかになります。また、「復帰運動」の盛り上がりとともに本土ジャーナリズムの注目が集まった60年代後半以降は、メディアに流布する沖縄イメージに抗うかのように、沖縄出身の作家と本土出身の作家が、緊張感あふれる相互交渉の末に優れた映像表現を生み出した時期でした。外部の目として挑発者の役割を果たした岡本太郎、東松照明、そして沖縄の比嘉康雄、平良孝七、高嶺剛など。これらの映像群に共通する視点は、日本復帰という再度の「同化」が叫ばれた時代において、沖縄を「異質性」のもとに捉え直し、その思想的可能性を深化させていったことにあるでしょう。
安次嶺金正、安谷屋正義、安次富長昭、儀間比呂志、岡本太郎、東松照明、平良孝七、森口豁、高嶺剛
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【左】安谷屋正義 《塔》 1958年 沖縄県立博物館・美術館
【右】儀間比呂志 《略奪の日の記録》 1960年 佐喜眞美術館蔵
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【左】岡本太郎 《竹富島》 1959年 沖縄県立博物館・美術館
【右】平良孝七 《『パイヌカジ』より 75.11 多良間島》 1975年 名護市蔵
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第3章 「沖縄」の喚起力
第1章、第2章が、その時代において登場した沖縄の表現を、歴史的、社会的な文脈の中で理解しようとしたのに対して、第3章では「沖縄」という場所の意味と可能性を、時間・空間的な枠組みを取り払って、より開放的な視点から探っていきます。絵画、映像、工芸といったジャンルを超えて、「象徴としての身体」「超越的なものへの通路」「暴力の記憶とその分有」「移民」などの主題のもとに緩やかに作品は関係づけられます。作家の選択に関しても、その出自のみならず、沖縄在住か否か、あるいは復帰運動を経験した世代か復帰後世代かなど、多様な視点を織り交ぜることにしました。それぞれの作家の想像力が切り出した複数の「沖縄」に向き合うことで、この場所から広がる豊かな創造の水脈が見えてくるはずです。
國吉清尚、石川真生、平敷兼七、知花均、宮城明、粟国久直、圓井義典、阪田清子、伊志嶺隆、波多野哲朗、掛川源一郎、比嘉康雄、比嘉豊光、上原美智子、与那覇大智、山城知佳子、照屋勇賢
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【左】國吉清尚 《酒壷》 1998年 個人蔵 (写真:怡土鉄夫)
【右】山城知佳子 《アーサ女》 2008年 個人蔵
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