展覧会

開催予定 企画展

竹久夢二 時代を創る表現者

会期

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会場

東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー

展覧会概要

竹久夢二(1884–1934)は、画家、詩人、ジャーナリスト、デザイナー、イラストレーターなど、いくつもの顔をもつ表現者として、明治の終わりから昭和のはじめにかけて活躍しました。「夢二式」と呼ばれた女性像や、レトロモダンなデザインによって、大正ロマンを象徴する人物として知られています。

青春の感傷や郷愁、江戸情緒と異国趣味、都会の洗練への憧れが描き出された抒情あふれる作品は、雑誌や絵葉書、展覧会などを通して人々の共感を呼び、一世を風靡します。また、暮しを彩る日用雑貨のデザイン、子どものための本や雑誌作り、流行歌「宵待草」の作詩、関東大震災の記録など、時代をリードする仕事により、続く世代にも大きな影響を与えました。幅広いジャンルで活躍した夢二は、アートとメディアを横断した先駆的なクリエイターと言えるでしょう。

本展覧会は、夢二の最高傑作と名高い《黒船屋》をはじめ、日本画や油彩画、木版画、スケッチ、多種多様なデザイン、スクラップブックなど、全国の夢二コレクションから約500点の作品や資料を集めることで、その多岐にわたる仕事に迫ります。「美術」という枠を超えて、時代を捉え、流行を生み、人々に愛された表現者、夢二にご注目ください。

《黒船屋》 1919(大正8)年
竹久夢二伊香保記念館
晩年の夢二 竹久夢二伊香保記念館

見どころ

1 最高傑作《黒船屋》、約40年ぶりに東京へ 

夢二の最高傑作と名高い《黒船屋》。黄八丈の着物をまとい、黒猫を腕に抱いて、「黒船屋」と書かれた木箱に腰かけた女性のイメージには、日本の浮世絵と西洋の近代絵画のエッセンスがみごとに融合されています。黄色と黒のコントラストに加えて、襟のオレンジや帯のグリーン、袖と裾からのぞく襦袢のピンクと紫など、夢二のモダンな色彩感覚が光ります。また、江戸時代には、黒猫を飼うと結核が治ると信じられていたことから、制作当時、結核を患っていた恋人の彦乃を想って描いた作品と思われます。本作品を所蔵する竹久夢二伊香保記念館の協力により、約40年ぶりに東京で公開されます。

《黒船屋》(部分) 1919(大正8)年 竹久夢二伊香保記念館

2 全国の夢二コレクションが集結! 

竹久夢二伊香保記念館、夢二郷土美術館、金沢湯涌夢二館、竹久夢二美術館、千代田区(龍星閣竹久夢二コレクション)といった全国の夢二コレクションから、夢二の代表作や知られざる名作をはじめ、約500点の作品や資料が集結! また円熟期の日本画である《黒船屋》や《秋のいこい》《九連環》などが勢ぞろいする大変貴重な機会です。絵画だけでなくデザインや資料も交えて夢二の全貌に迫る、夢二展の決定版にご期待ください。

《秋のいこい》 1920(大正9)年 夢二郷土美術館 

3 レトロモダンな夢二のデザインを一挙紹介 

本の装幀、雑誌や楽譜の表紙、ポスターなどのグラフィックデザインから、千代紙、絵封筒、手拭い、浴衣、半襟などの日用雑貨や、ファッションのデザインまで、夢二のデザインの仕事を余すところなく紹介します。大正時代の人々を魅了したレトロモダンなデザインは、100 年以上経った今も色褪せない魅力を放っています。

千代紙「桜草」(港屋版) 1914–1916(大正3–5)年 竹久夢二伊香保記念館
『婦人グラフ』第3巻第5号(国際情報社) 1926(大正15)年5月1日 竹久夢二伊香保記念館

 

章立て・主な展示作品

1章 夢二式のはじまり

岡山県出身の竹久夢二(本名・茂次郎)は、1901(明治34)年、17歳になる夏に上京、苦学しながらの投書家時代を経て新聞や雑誌のために絵や文章を手がけるようになります。日常のなにげない情景を掬い上げる新鮮な視点と、大ぶりな筆使いの素朴な絵の親しみやすさが人々の共感を呼び、明治時代末期から大正時代初期にかけて、夢二の仕事は雑誌や詩画集、絵葉書などを通じてたちまち人気を博しました。細身の体つきで黒目やまつげの強調された大きな目を持つ独特の女性像は「夢二式」と称され、従来の浮世絵系の挿絵とは異なる、近代的な美意識を反映したものとして若い人々の支持を得ました。

【前期展示】《草に憩う女》 大正初期 静岡市美術館
【前期展示】『夢二画集 春の巻』(洛陽堂) 1911(明治44)年 [1909年初版]千代田区(龍星閣竹久夢二コレクション)
《無題》 『直言』第2巻第20号(直行社)1905(明治38)年 6月18日 金沢湯涌夢二館

2章 夢二式のデザイン 

夢二は、千代紙、便箋や封筒、手拭いやうちわ、浴衣や半襟、書籍や楽譜などのデザインによって、人々の暮らしを美しく豊かにすることを提案しました。国内外の美術雑誌を参照して古今東西の美術や工芸のイメージを取り入れながら、植物や幾何学などを鮮やかな色彩で大胆に配置することにより、それまでにない斬新なデザインを次々と生み出します。夢二のデザインした品々は、1914(大正3)年に日本橋に開店した「港屋絵草紙店」や、大阪の「柳屋」で売り出され、人気を博します。美術家が自らの作品を商品化して販売するという画期的な試みであった港屋には、恩地孝四郎や東郷青児ら若き芸術家や作家も集いました。

《港屋絵草紙店(港屋版)》 1914(大正3)年 金沢湯涌夢二館
半襟図案原画[赤い実と小鳥] 1914–1916(大正3–5)年 竹久夢二伊香保記念館
【前期展示】セノオ楽譜 No. 106『待宵草』 1921(大正10)年[1918年 初版] 千代田区(龍星閣竹久夢二コレクション)

3章 レトロモダンの創出 

懐かしくて新しいものは、いつの時代も人々をも惹きつけてやみません。とりわけ急速に近代化が進んだ明治末期から大正時代にかけて、次第に遠のきつつある江戸時代への追憶や、まだ見ぬ異国の文化への憧憬が、人々の情緒の基調をなしました。この時代に絵かきと物書きの道へと進んだ夢二は、古く過ぎ去りゆくものと、新しく渡来してくるもの、いずれにも心を動かし、それらを矛盾なく自己の表現の中で統一してゆきます。レトロモダンという新しい価値の創出、そこにこそ、夢二があれほどまでに大衆の人気を得た理由があるのではないでしょうか。

【前期展示】《猪苗代の秋》1923(大正12)年頃 竹久夢二美術館
【前期展示】《嵐狭の春》 1923(大正12)年頃 竹久夢二美術館
《九連環》1918(大正7)年 個人蔵

4章 生活の美の理想郷を求めて 

関東大震災は東京の街を灰と化し、夢二人気も終焉に向かいます。そんな中、夢二は自ら設計した自宅兼アトリエである「少年山荘」で取り組んだ創作人形の分野で新風を起こす一方、群馬県の榛名(はるな)の自然に心を寄せ、生活と結びついた芸術への関心から、「榛名山美術研究所」を構想します。それは、身近な自然や手仕事を尊ぶ姿勢に根ざしつつ、社会生活の変化をとらえる尖鋭的な視点から生まれたものでした。研究所の開設は産業美術の視察を目的とする外遊のために延期され、帰国後も実現には至りませんでしたが、この理想郷の夢が叶っていたならば、時代を表す活動の一つとなったでしょう。

《榛名山賦》 1931(昭和6)年 竹久夢二伊香保記念館
《立田姫》 1931(昭和6)年 夢二郷土美術館
《震災スケッチ 築地三一教会》 1923(大正12)年 竹久夢二伊香保記念館 

5章 着物と洋服のモダンガール 

関東大震災からの復興が進んだ大正末期から昭和初期にかけて、都市に花開いた大衆文化を享受し、新しいファッションに身を包んだ「モダンガール」たちが登場します。かつて「夢二式」の女性像で一世を風靡した夢二は、移り行く時代の中で、洋服を着用し、髪を短く切り揃え、西洋風の装身具を身に着けた女性や、流行のウェーブヘアで着物をモダンに着こなす女性たちの姿を描き出しました。雑誌やポスターを中心に、夢二が生み出した着物と洋服のモダンガールで、展覧会を締めくくります。

『若草』第1巻第1号(宝文館) 1925(大正14)年10月1日 竹久夢二伊香保記念館

 

《四季の女》 1929(昭和4)年 朝日町立ふるさと美術館

開催概要

会場

東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー 

会期

2026年10月23日(金)~2027年1月11日(月・祝)

[前期]2026年10月23日(金)~11月23日(月・祝)
[後期]2026年11月25日(水)~2027年1月11日(月・祝)
キャプションに前期後期の記載がない作品は通期展示。

休館日

月曜日(ただし11月23日、1月11日は開館)、11月24日、年末年始(12月28日~1月1日)

開館時間

10:00 –17:00(金曜・土曜は10:00 –20:00) ※入館は閉館の30 分前まで

主催

東京国立近代美術館、毎日新聞社

協賛

DNP大日本印刷、JR東日本

巡回情報

静岡市美術館(2027年1月23日–3月28日)
富山県美術館(2027年4月24日– 6月13日予定)
大阪中之島美術館(2028 年予定) 

お問合せ

050-5541-8600(ハローダイヤル)

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