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4人の画家:佐伯祐三 前田寛治 村上華岳 広島晃甫

シリーズ展の第2回目となる本展では、日本画家・洋画家2人ずつを取り上げ展観した。洋画では、佐伯(1898‒1928)のパリ風景にみられるフォーヴィスム、前田(1896‒1930)の描く人物に表れたレアリスムが、日本画では、華岳(1888‒1939)の深みのある瞑想的な山々、晃甫(新太郎)(1889‒1951)の装飾性に富む甘美な画面が、大正から昭和前期に続く近代日本絵画史上の諸問題に、それぞれ独自の表現からアプローチしているのがわかる。 開催概要 東京国立近代美術館 1954年10月1日‒11月7日(33日間) 12,271人(1日平均372人) 25.9×18.2cm(20)p 120点 佐伯祐三 広島晃甫(新太郎) 前田寛治 村上華岳/4人

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国吉康雄遺作展

永くアメリカにあって活躍し、特に哀歓にあふれた生活描写に人気を集め、生前ホイットニー美術館で回顧展を開くなどめざましい業績をあげた国吉康雄(1889‒1953)。本展はもともと画家の生前から毎日新聞社とともに企画が進められていたが、惜しくも遺作展となった。未亡人サラ・マゾ女史の協力を得て、42点の代表的な油彩に素描22点と版画12点を加え、その画業を回顧した。なお、この展覧会は新聞社との最初の共催展である。 開催概要 東京国立近代美術館 1954年3月20日‒4月25日(32日間) 25,847人(1日平均808人) 毎日新聞社 21×15.2cm(1),17,(20),7p 76点

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第27回ヴェニス・ビエンナーレ国際美術展:出品作品国内展示

日本はヴェネツィア・ビエンナーレに1952年の第26回展から公式参加したが、その際には画壇の大家を中心に総花的に作家が選ばれたため国際的反響を得ることができなかった。2度目の参加となる第27回展では土方定一が代表となり、出品作家は画壇の長老である坂本繁二郎と、前衛の先端をゆく岡本太郎の2名に絞り込まれた。ビエンナーレに先立ち、国際文化振興会と共催で出品作を含む各作家十数点を陳列し、国内の観衆に披露した。 開催概要 東京国立近代美術館 1954年3月12日‒3月16日(5日間) 3,921人(1日平均784人) 国際文化振興会 28点 岡本太郎 坂本繁二郎/2人

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日本近代美術展:近代絵画の回顧と展望

開館第1回展として、明治以降のわが国の日本画・洋画を回顧し、あわせて開館当時の状況を展望する2部構成の展覧会を開催した。これは世界的な視点に立って世界と日本の近代美術のさまざまな問題を捉え、わが国の美術が果たさなければならない課題を見定めることで、将来への示唆を与えようとする当館の展覧会活動の基本的姿勢を示すものであった。当館はこれ以後、動的な美術館として、積極的に企画展を開催することになる。 開催概要 東京国立近代美術館 1952年12月1日‒1月25日(47日間) 48,199人(1日平均1,026人) 18.2×13.0cm(144)p. 184点 124人

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刊行物

東京国立近代美術館では、種々の出版物を刊行しています。 図書・展覧会カタログ・雑誌 以下のリンクからそれぞれの刊行物を探すことができます。 現代の眼 東京国立近代美術館、東京国立近代美術館工芸館で開催される展覧会の特集記事や所蔵作品の解説、作家によるエッセイや、美術館の教育普及活動などを載せた美術館ニュース『現代の眼』は、1954年の創刊以来634号まで刊行してまいりました。当初はモノクロ8ページの月刊でスタートしましたが、1996年4月より部分カラー16ページの隔月刊へと移行。2013年の600号の節目を機に、オールカラー化しレイアウトを一新しました。その後2017年4月より季刊化。そして2020年より、より多くの方にご覧いただけるよう電子ジャーナルとして生まれ変わりました。 研究紀要 東京国立近代美術館は1987年より『研究紀要』を発行しています。当館アートライブラリのほか、全国の主要大学、研究機関でご覧いただくことができます。また、11号以降は東京国立近代美術館リポジトリでも公開されています。 活動報告 これまでの東京国立近代美術館の活動をまとめた報告書です。東京国立近代美術館リポジトリより、全文PDFをご覧いただけます。 概要 東京国立近代美術館の概要です。東京国立近代美術館リポジトリより、全文PDFをご覧いただけます。

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「ミュージアムで謎解きを ミュージアムラリー2025」開催(期間:8月6日(水)~9月28日(日))

国立・都立のミュージアムと東京メトロが合同で実施する「ミュージアムで謎解きを ミュージアムラリー2025」に、東京国立近代美術館も参加いたします。 本ラリーは、ストーリーを読み進めながら8つのミュージアムをめぐって謎を解く、体験型アートエンターテインメントです。全ての謎をクリアした方には抽選で素敵なプレゼントもご用意しています。また、各参加ミュージアムは週末を中心にナイトミュージアムを実施いたします。 お仕事帰りや夏休みのレジャーとして、各ミュージアムを気軽に訪れてみてはいかがでしょうか。 詳細:「ミュージアムで謎解きを ミュージアムラリー2025」特設サイト

ぬいぐるみお泊り会2025 夏のお泊り会

ぬいぐるみお泊り会は、こどもたちが大切にしているぬいぐるみが代理で美術館に宿泊し、作品を鑑賞したり、館で過ごしたりすることで、こどもたちに美術館やアートに親しんでもらうための取り組みです。  数日間ぬいぐるみをお預かりし、MOMATコレクション展示室で作品といっしょに写真撮影を行います。フォトグラファーの撮影した写真をアルバムにしてお渡しいたします(後日郵送)。  今年は夏と秋に会期を分け、お泊り会を2回実施します。抽選は、夏・秋それぞれについて行います。夏のお泊り会に当選した方は、秋のお泊り会へはご応募いただけません(重複して当選することはありません)。概要、注意事項をよくご確認のうえ、ご応募ください。  撮影:永井文仁 概要 8月1日(金)から8月10日(日)まで(最大) 1歳以上および中学生以下のお子様がお持ちのぬいぐるみ 20体 税込1,000円(フォトアルバム代、送料を含む) 7月7日(月)より受付を開始。7月21日(月)申込〆切。 最新情報は当ページにてお知らせいたします。応募者多数の場合は抽選を行います 注意事項: ぬいぐるみは親などの代理の方がお持ちいただいても構いません。宅配便・郵送等での受取りはいたしません。 お預かりしたぬいぐるみは、美術館受付でお返しいたします。必ず直接引き取りにお越しください。  ぬいぐるみは、1歳以上および中学生以下のお子様お一人につき一体に限ります。  兄弟姉妹でご応募の場合、合わせて1件としてご応募ください。  ぬいぐるみの形状、種類等は問いません。(キャラクター商品も可)  ぬいぐるみの大きさは、最大寸10センチ以上100センチ以内とします。  お子様が数日間ぬいぐるみと離れても問題ないか、あらかじめご確認ください。  当選した方は、下記のスケジュールにて、美術館1階受付で直接ぬいぐるみの引き渡しをお願いいたします。ご都合の良い日の開館時間中にお越しください。  ぬいぐるみお持ち込み ぬいぐるみお返し夏のお泊り会日程 8月1日(金)~8月3日(日) 8月5日(火)~8月10日(日) お持ち込み/お返し場所:美術館1階受付 ※開館時間…日曜日~木曜日 10:00-17:00、金曜日・土曜日 10:00-20:00  撮影した写真は参加者間で共有するとともに、美術館が広報で利用いたします。あらかじめご了承ください。  秋のお泊り会については、詳細が決定次第、当館ウェブサイトでお知らせいたします。  「ぬいぐるみお泊り会」は、子ども達が芸術に触れる機会の拡大を目指す国立美術館全体の取り組みである「Connecting Children with Museums」のひとつで、Adobe Foundationのご支援のもと実施されています。  「Connecting Children with Museums」のその他の取り組みについては、こちらからご覧いただけます。  Connecting Children with Museums initiative is supported by the Adobe Foundation

ガイドスタッフによる所蔵品ガイド

撮影:加藤健 ガイドスタッフによる所蔵品ガイド MOMATガイドスタッフ(ボランティア)が選んだ所蔵作品数点を、対話を交えて鑑賞します。ガイドスタッフ・作品は毎回変わります。その日出会った作品や参加者との対話をお楽しみください。  開館日の平日11時~(50分程度)※ 土日祝日の実施はありませんので、ご注意ください。 どなたでも なし 4階エレベーター前ホール(MOMATコレクション展示室内) 無料(要観覧券) ご参加にあたって: プログラムの特性上、ガイドスタッフやガイド作品の事前周知はしておりません。ご了承ください。 災害や会場の混雑状況等により、予告なく中止することがあります。 お問い合わせ 東京国立近代美術館 教育普及室メール: volunteer@momat.go.jp

石川真生「基地を取り巻く人々」より

石川真生(1953–)「基地を取り巻く人々」より1989年(1996年頃プリント) ゼラチン・シルバー・プリント45.7×56.0cm2024(令和6)年度購入 画面の中央で腕を組んだ二人の男性が、カメラに向かって得意げに入れ墨を見せています。それぞれの腕に彫られているのは“USMC”の文字。米海兵隊(United States Marine Corps)の略称であり、彼らが浜辺で休日を過ごす米兵であることがわかります。この写真は、沖縄県金武(きん)町にある米軍訓練場、ブルービーチで撮影されました。沖縄には島民の立ち入りが制限されているこのような軍事施設が多数存在するという現実も、この写真は伝えています。 沖縄で生まれ育った石川真生は、1970年代から写真を始めて以降、この島で生きる人々の姿を見つめてきました。「基地を取り巻く人々」の連作は、石川が1989年頃から15年以上にわたって撮影を続けてきた、沖縄の米軍基地に関わる人々を捉えたものです。本作の英題は“Fences, Okinawa”。そのタイトルが示すように、沖縄では米軍施設と島民の暮らしのあいだに、数多くのフェンスが立ち並んでいます。なぜ自分の故郷にこれほど多くの米軍基地が存在するのか。戦後繰り返されてきた米兵による犯罪や基地被害を通じて浮かび上がるこの問いこそ、石川が「日常」の風景を見つめ直す原点となったのです。 今回収蔵した20点の写真には、大きく分けて三つの被写体が登場します。まずは、基地の内外で出会った米兵たち。ときに肩書きを離れた彼らの素顔が写し出されています。次に、基地の中で働き生計を立てる人々や、基地撤去を求めるデモに参加する人々など、沖縄の島民たちです。石川はどちらの立場も等しくカメラにおさめることで、基地が地域社会にもたらす複雑な現実を浮き彫りにします。そして三つめが、米兵との結婚を選び、新しい生活を築いた女性たちとその家族です。石川はこれまでも、黒人兵向けのバーで働く女性たちや、ダンサーとして暮らすフィリピン人女性たちなど、沖縄で生きる多様な女性たちに寄り添う視点で高く評価されてきました。本シリーズでも、そのまなざしは一貫しています。 「時間をかけ、仲良くなり、ゆっくり撮る。それが私のスタイルだ」1と語るように、石川の写真は、どんな相手であっても、まず関係を築くことから始まります。自分の眼で見て、自分の距離感で向き合いながら被写体を知っていく。そうした時間の積み重ねが、作品の土台となっているのです。一方で、石川は怒りを内に秘めながら対象と向き合うこともあります。たとえば、米軍のヘリが住宅地に墜落した直後、付近の民間通路が突然封鎖された現場の写真などは、そうした視点を象徴しています。親密な視点と不条理を見据える視点。その両極を行き来する特徴を持ちながら、本作は人々の営みを重層的に捉えています。 註 1 石川真生『石川真生写真集 FENCES, OKINAWA(沖縄写真家シリーズ[琉球烈像]第5巻)』未來社、2010年、3頁。 『現代の眼』640号

やっぱり、凄い時代だった 

ヒルマ・アフ・クリント展は、とても楽しみにしていた展覧会である。というのは、アフ・クリント(1862–1944)の活動時期が、私の興味のあるスウェーデン児童文学の第一黄金期と重なるからだ。 図1 会場風景|撮影:三吉史高 19世紀末から20世紀初頭にかけて、スウェーデンの子どもの本の文化は大きく花開いた。のちにスウェーデンの国民的絵本作家となるエルサ・ベスコフ(1874–1953)が絵本を世に送りはじめたのも、セルマ・ラーゲルレーヴ(1858–1940)によって名作『ニルスのふしぎな旅』(初版1906–07)が書かれたのも、まさにこの時代なのだ。アフ・クリント自身、王立芸術アカデミーで学んだあと、児童書の挿画に関わっていた時期があったという。 19世紀後半、スウェーデンでは産業革命が遅ればせながら進み、社会構造が大きく変わりつつあった。工業化に伴い地方の人口が都市部に流れ、中産階級が台頭。印刷技術が進歩したおかげで、それまで上流階級の人しか手にできなかった「本」というものが大衆にも普及する。子ども向けの出版物も盛んに刊行されるようになり、その結果、女性の働く場がまだまだ限られていた時代に、才気ある女性芸術家たちは物語の書き手、挿画の描き手として新たな活躍の場を得たのだった。 図2 左:アンナ・マリア・ロース スウェーデン初等教育用読本1『家庭と故郷 セール屋敷』復刻版1986年(初版1912年) 右:オッティラ・アーデルボリ『王子たちの花アルファベット』1968年(初版1892年)  教育への関心も高まった。エレン・ケイ(1849–1926)が、スウェーデンのみならず世界の教育観に大きな影響を与えることになる『児童の世紀』を発表したのは、1900年。社会構造の変化が進むなか、教育関係者の間では、急速に失われつつあるスウェーデンらしさを見直し、かつ、新しい時代にも目を向けた教育改革の必要性が説かれ、「子どもたちに自国について楽しく学べる教科書を」という教師たちの熱い思いが、『ニルスのふしぎな旅』を生むきっかけとなった。 一方、当時のヨーロッパでは神智学の思想が広まっていた。スウェーデンも例外ではなく、知識人や芸術家たちに少なからざる影響を与え、わけても深く傾倒していったひとりがアフ・クリントだった。アフ・クリントがスピリチュアルな世界に興味を持ちはじめたのは、芸術アカデミーに入学する以前、17歳前後といわれている。やがて彼女は、見たものをそのまま描くことがよしとされていた芸術アカデミーの教えからも、当時の子どもの本の挿画の主流だったアール・ヌーボー様式からも離れ、独自の世界を築いていく。たとえ、それが啓示によるものだったとしても、信じた道を突き進むことができたのは、画家としての才能と努力があってのことだろう。 本展では、アフ・クリントが精神世界を探求しつづけ、抽象表現をきわめていく過程がわかりやすく展示されている。その変遷をたどりながら歩を進めていくのは、実にスリリングな体験であった。初めのうちは彼女の生い立ちや時代背景を頭の隅に置いて作品と向きあっていた私だったが、つぎつぎと繰りだされる、いい意味で予測のつかない表現方法に圧倒され、いつのまにかどっぷりとその世界に浸っていたのだ。 なかでも今回のハイライトといえる〈10の最大物、グループIV〉の周回式の展示室では、作品に描かれたループに導かれるが如く何度も部屋をまわった。ブルーを背景とした幼年期、パステルカラーの中に現れる黒が印象的な青年期と成人期、最も明るいトーンの老年期、そして老年期から再び幼年期へ——まさに輪廻転生である。初めて見る絵なのにどこか懐かしく、さまざまな花のモチーフが浮かんでは消え、あるいは形を変えていく作品たちを見ていると、まるで母親の胎内を漂っているかのような気さえしてきたのが、とても不思議でならなかった。 図3 会場風景|撮影:三吉史高 アフ・クリントと当時の文化人たちとの関わりがわかるコーナーでは、スウェーデン児童文学史ではお馴染みの画家オッティリア・アーデルボリ(1855–1936)と作家アンナ・マリア・ロース(1862–1938)の名前が目に付いた。このふたりはアフ・クリントと親交があり、とくに神智学にも精通していたロースとアフ・クリントが互いに影響を与えあったことは想像に難くない。当時の才媛が集結していた児童文学界隈の人的交流を思うと、本当に凄い時代だったのだと深い感動を覚える。それぞれの分野の先駆者となり、スウェーデンにおける女性の地位向上にも貢献した彼女たちの功績に、改めて敬意を表したい。

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