見る・聞く・読む

現代の眼 新しいコレクション 石川真生「基地を取り巻く人々」より

小林紗由里 (美術課研究員)

戻る
石川真生(1953–)
「基地を取り巻く人々」より
1989年(1996年頃プリント) 
ゼラチン・シルバー・プリント
45.7×56.0cm
2024(令和6)年度購入

画面の中央で腕を組んだ二人の男性が、カメラに向かって得意げに入れ墨を見せています。それぞれの腕に彫られているのは“USMC”の文字。米海兵隊(United States Marine Corps)の略称であり、彼らが浜辺で休日を過ごす米兵であることがわかります。この写真は、沖縄県金武(きん)町にある米軍訓練場、ブルービーチで撮影されました。沖縄には島民の立ち入りが制限されているこのような軍事施設が多数存在するという現実も、この写真は伝えています。
 沖縄で生まれ育った石川真生は、1970年代から写真を始めて以降、この島で生きる人々の姿を見つめてきました。「基地を取り巻く人々」の連作は、石川が1989年頃から15年以上にわたって撮影を続けてきた、沖縄の米軍基地に関わる人々を捉えたものです。本作の英題は“Fences, Okinawa”。そのタイトルが示すように、沖縄では米軍施設と島民の暮らしのあいだに、数多くのフェンスが立ち並んでいます。なぜ自分の故郷にこれほど多くの米軍基地が存在するのか。戦後繰り返されてきた米兵による犯罪や基地被害を通じて浮かび上がるこの問いこそ、石川が「日常」の風景を見つめ直す原点となったのです。
 今回収蔵した20点の写真には、大きく分けて三つの被写体が登場します。まずは、基地の内外で出会った米兵たち。ときに肩書きを離れた彼らの素顔が写し出されています。次に、基地の中で働き生計を立てる人々や、基地撤去を求めるデモに参加する人々など、沖縄の島民たちです。石川はどちらの立場も等しくカメラにおさめることで、基地が地域社会にもたらす複雑な現実を浮き彫りにします。そして三つめが、米兵との結婚を選び、新しい生活を築いた女性たちとその家族です。石川はこれまでも、黒人兵向けのバーで働く女性たちや、ダンサーとして暮らすフィリピン人女性たちなど、沖縄で生きる多様な女性たちに寄り添う視点で高く評価されてきました。本シリーズでも、そのまなざしは一貫しています。
 「時間をかけ、仲良くなり、ゆっくり撮る。それが私のスタイルだ」1と語るように、石川の写真は、どんな相手であっても、まず関係を築くことから始まります。自分の眼で見て、自分の距離感で向き合いながら被写体を知っていく。そうした時間の積み重ねが、作品の土台となっているのです。一方で、石川は怒りを内に秘めながら対象と向き合うこともあります。たとえば、米軍のヘリが住宅地に墜落した直後、付近の民間通路が突然封鎖された現場の写真などは、そうした視点を象徴しています。親密な視点と不条理を見据える視点。その両極を行き来する特徴を持ちながら、本作は人々の営みを重層的に捉えています。

1 石川真生『石川真生写真集 FENCES, OKINAWA(沖縄写真家シリーズ[琉球烈像]第5巻)』未來社、2010年、3頁。


『現代の眼』640号

公開日:

Page Top