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プロジェクト・フォー・サバイバル/1970年以降の現代美術再訪

1996年12月3日(火)-1997年1月12日(日)
月曜休館、ただし12月23日(月)は開館、翌24日(火)は休館; 年末年始の休館日:12月28日(土)-1月6日(月)


私たちの周辺から明確な指標が失われたと言われ始めて約20年が過ぎまし た。確かに、政治イデオロギーはかつての吸引力を失い、人類のユートピアを 希求したはずのモダニズムのプロジェクト(投企)もその信頼を失いました。共 通の理念や統合的な「大きな物語」を喪失した人々は、口々に個別的な「小さ な物語」を語り始めています。しかし一方で、人々はかつてない規模で世界中 を移動し、「消費の論理」を唯一の共通言語として他者や異文化との出会いを 続けているのです。今や私たちは、外部世界との関係を回復し他者と語り合う ためのコミュニケーションの前提、その出発点を個人的レヴェルで構築する必 要に迫られていると言えます。

明確な指標への信頼、そして「精神」や「個人のアイデンティティ」への信頼を 断念したかに見える1990年代の現代美術は、ある意味で文化ペシミズムの 状況であると言えるかもしれません。この断念によって、今まで「人間的」とさ れてきた総てのものが私たちの周辺から失われようとしています。しかし私た ちは、こうした状況を文化的な破局としてではなく、新たなパラダイムへの起点 として捉え直す態度が必要なのかもしれません。私たちは状況への従属的な 立場ではなく、より意志的で投企的(プロジェクティブ)な実践に注目すべきで はないでしょううか。

今回の展覧会では、1970年から今日まで、現代美術の批評的転換期に大き な刺激と規範を与えながら、わが国に紹介される機会の少なかった7つのプロ ジェクトに注目しました。彼らの実践は、今日的な関心−−すなわち相対主義 、第三世界や性差(ジェンダー)、少数者(マイノリティ)の問題に収斂するので はなく、より根源的な位相において、現代に生きる個人や良識ある機関が、ど のように世界と関わり、その状況を直視し、外部世界や他者との関係を構築す るかという点に向けられています。そして彼らは、私たちが直面する切実な問 題−−巧妙に隠蔽されながらも強固に私たちを規制する制度/権威と飽和点 を過ぎた消費社会の中で、いかにして個人や機関が生き残れるか、という問 題にも真摯に取り組んでいます。

本展の目的は決して過去を懐古するものではなく、むろん、総合的に現代美 術の歴史を再構成するものでもありません。むしろ、激しく変動した1970年 以降の現代美術の動向や批評潮流の変遷の過程で、私たちが見落としてし まった側面−−作家たちの毅然とした意志と歴史認識に裏付けられた確固と した投企(プロジェクト)を再評価し、彼らの実践の中に新しいパラダイム構築 の可能性を探ろうとするものです。


出品作家および作品
ローター・バウムガルテン(Lothar Baumgarten)
「文化―自然」 1968072 (写真25点)
マルセル・ブルータース(Marcel Broodthaers)
「セクション・パブリシテ、近代美術館、鷲の部」 1972 (1972年のドクメンタ5の出品作の再構成)
ダン・グラハム(Dan Graham)
「チルドレンズ・パビリオン」 1991 (ジェフ・ウォールとのコラボレーション・プロジェクト)
アンゼルム・キーファー(Anselm Kiefer)
「革命の女たち」 1992
宮島達男(Tatsuo Miyazima)
「カウンター・ヴォイス――那智の滝より」 1996 (ヴィデオ・インスタレーション)
クシュトフ・ウディチコ(Krzystof Wodiczko)
「ポリスカー」 1991
フランクフルト近代美術館(Museum fur Modern Kunst Frankfurt am Main)
「ベネトン・ルーム(サッコとヴァンゼッティの読書室の再解釈)」 1992/96