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鏑木清方展

Kaburaki Kiyokata

回想の江戸・明治  郷愁のロマン

1999(平成11)年3月27日(土)−5月9日(日)
東京国立近代美術館

ごあいさつ

このたび東京国立近代美術館と読売新聞社は、1999(平成11)年の3月27日 から5月9日にかけて「鏑木清方展」を開催する運びとなりました。 鏑木清方(かぶらき・きよかた)は、1878(明治11)年、 戯作者で「やまと新聞」の創始者でもあった條野採菊を父に生まれ、 長じて挿絵画家としても名のあった水野年方に師事しました。 後に、新聞に挿絵を描きはじめ、泉鏡花、尾崎紅葉、 島崎藤村など多くの著名作家たちと交わり、その口絵や挿絵を描いて活躍し、 名声を得ました。

挿絵画家として身を立てる一方で、本格的な日本画に取り組み、 当時の画壇の最高峰とされた文展や帝展に出品し、数々の賞を受賞しました。 「ためさるゝ日」、「築地明石町」、 「三遊亭円朝像」など近代美術史に残る幾多の傑作を残し、 1954(昭和29)年には文化功労者に選ばれ、同年文化勲章を受章しました。

鏑木清方は「西の(上村)松園、東の清方」と称され、 その美人画においても名を知られていますが、 その一方で江戸の風情を残す東京・下町の人々の日常生活を好んで描き、 深い文学的素養を基に、細やかな眼差しと情感あふれる清らかな作風によって、 凛とした厳しさと高い気品をもった作品を多く描きました。

1972(昭和47)年に93歳で没した清方は、文明開化、大震災、 戦火など明治から昭和への大きな時代の変革を経験しましたが、 遠く過ぎ去った江戸や明治という時代に生きた人々やその生活への深い共感は、 清方の作品の根底に一貫して流れています。

今回の展覧会では、清方の初期から晩年にいたる代表作約百点を集め、 その芸術の軌跡をたどりながら、 それが近代日本画の流れの中で果たした役割と意味を改めて探ろうとするものです。 美人画から風俗画、肖像画そして清方自身「卓上芸術」と呼んだ挿絵や画帖まで、 鏑木清方の世界の全貌をうかがうことのできる絶好の機会といえましょう。

東京国立近代美術館
読売新聞社


開催要項

(1998年12月1日現在)
【会期・会場】
会期: 1999(平成11)年3月27日(土)〜5月9日(日)
月曜日休館<ただし5月3日(月)は開館、6日(木)は休館>
会場: 東京国立近代美術館
東京都千代田区北の丸公園3-1
地下鉄・東西線「竹橋」駅下車 1b出口より徒歩3分
【開館時間】 午前10時〜午後5時(入館は午後4時30分まで)
夜間開館=毎週金曜日は午後8時まで開館(入場は午後7時30分まで)
【観覧料】
当日 前売 団体
一般 1,250円 1,100円 900円
高校・大学生900円750円500円
小・中学生400円300円200円
(団体は20人以上)
前売券はチケットぴあ、チケットセゾンなど主要プレイガイドで発売予定。
【主 催】 東京国立近代美術館  読 売 新 聞 社
【協 力】 鎌倉市鏑木清方記念美術館

鏑木清方展によせて

くらしの美学−日々に篤く

目まぐるしく移り変る世の中、テンポの速い現代の生活の中で、 ともすれば私たちは、生活の細部を見失いがちであります。 生活の細部にこそ、しみじみとした発見があり、 その発見の喜びこそ生きていることの手応えであると知りながら、 時間に追われる日常の何処かに、細やかな眼差しを置き忘れてしまってはいないでしょうか。 しかし、そんな現実であればこそ、時に一幅の絵の前で、 生活の滋味へとあらためて目を開かれることもあるのです。 「生活のかけらを拾いながら人生を詩う」(芝木好子)画家と評される鏑木清方、 彼こそ絵画を「読む」楽しさを通して、 生活の細部への眼を開かせてくれる画家と言えましょう。 20世紀、近代絵画は純粋な絵画をめざして、 絵画から非造形的な部分を削ぎおとしてきましたが、 その一方で、清方の作品が今なお多くの人々を魅了しているのも事実です。 それは、絵画の非造形的な部分を愛し、守り通したその画生活が、 見る者を人生の詩情へと誘うからに他なりません。 清方の作品には、細やかな詩情が、時にそこはかとなく、 時には熱い情念を抑えこんで漂っています。 そのロマンチシズムをもって良き時代を思い描くのは早計です。 19世紀末から戦後に及ぶ93年の生涯は、近代化の大変動と重なっています。 江戸からご一新の東京、そして文明開化、あるいは大震災そして戦火の東京と、 世の中が大きく姿を変えては、多くの物が失われていった時代でありました。 生活の細部に注がれる清方の情感こもる眼差しは、 むしろ、失われていく物の多さ、変化の大波が育んだものだったと言えましょう。 その観察眼は、世の中が移り変っても変わらぬものへと注がれていたのです。 清方のロマンチシズムは、篤実なリアリストの眼によって見出された不変のものをその核としています。 終世、市井の人々の日々の生活に篤い眼差しを注いだのは、 変転の中でも変らぬ何ものかをそこに見ていたからに他なりません。

語 る 絵

鏑木清方は明治11(1878)年、戯作者として知られた條野採菊を父に、 東京は神田に生れました。江戸っ子の両親のもと、 下町の人情と江戸文化の残り香の中で育った彼は、 浮世絵師月岡芳年の門人水野年方に絵の手ほどきを受け、 17歳で父の経営する『やまと新聞』の挿絵画家として世に出ました。 小説家を志すほどに文学癖の強かった清方は、自分の嗜好に忠実に、 文学的情調と密着した挿絵画家として身を立てることを決意し、 泉鏡花、尾崎紅葉らと画文で競作しています。 同時代人として、24歳の若さで世を去った樋口一葉への共感追慕の念を託した 《一葉女史の墓》は、20代の清方のロマンチシズムの典型的作例ですが、 この時代は、文学趣味の昂じた小説家的浪慢主義の時代と言えましょう。 挿絵画家として身を立てながら、 アマチュア同好会的な烏合会への出品を通じて本格的な絵画制作にも習熟していった彼は、 第1回文展に《曲亭馬琴》を出品しますが落選、その結果を、 「語るところ多きに過ぎた」のが原因であろうが、 「むしろ語り終った満足さえ味わえる」と受け止め、脱皮成長していきます。

回想の江戸、明治

30代には、浮世絵の伝統に学ぶことで、小説的な語りを抑え、 余情豊かな洗練された詩趣を獲得していきました。 《墨田川舟遊》や《ためさるゝ日》などを文展、帝展に出品、挿絵家業に終止符を打ち、 大正8年には帝展審査員となって、画壇的地位を確立しました。 関東大震災により東京は一変し、復興後は下町の人情風俗も当世風に変ると、 清方の作品にも変化が現れます。失われた下町風俗を掘り起こし、 明治の東京を回想する作品が中心になっていきます。 昭和2年、帝国美術院賞を受賞した《築地明石町》はその代表的作例と言えましょう。 また《三遊亭円朝像》や《一葉》などの肖像画は、 時代感情を分かちあった人たちに懐旧の念をこめた作品と言えましょう。 そうした心情は、この時期もうひとつの形をとって現れました。 「会場芸術と床の間芸術との他に一つの分野として」、 清方みずから「卓上芸術」と名づけた、画家と鑑賞者の親密な共感に成り立つ世界は、 追憶のうちに美化された、昔日の庶民生活の風物誌でありますが、 彼の愛した語り絵の世界と、生活の細部への眼差しとがひとつになった、 清方ならではの、その画生活の理想的な具体化であったのかもしれません。


<鏑木清方/略年譜>

明治11年 (1878) 東京神田に生まれる。本名健一。父は戯作者條野採菊。
24年 (1891) 水野年方に入門。
26年 (1893) 年方より「清方」の雅号を授かる。
30年 (1897) 第2回日本絵画協会共進会に《ひなた》を出品。「紫紅会」を結成。
33年 (1900) 第8回日本絵画協会・第3回日本美術院連合絵画共進会に《暮れゆく沼》を出品。
34年 (1901) 梶田半古の研究会に出席し、前田青邨、小林古径を知る。「烏合会」を結成。
35年 (1902) 第5回烏合会展に《一葉女史の墓》を出品。
36年 (1903) 都築照と結婚。木挽町の自宅を「紫陽花舎」と名づける。
42年 (1909) 第3回文展に《鏡》を出品、初入選で褒状を受賞。
43年 (1910) 日英博覧会に《酒中花》を出品、銅賞受賞。
大正3年 (1914) 第8回文展に《墨田河舟遊》を出品、二等賞受賞。
4年 (1915) 第9回文展に《霽れゆく村雨》を出品、二等賞首席となる。
5年 (1916) 吉川霊華らと金鈴社を結成。
6年 (1917) 第11回文展に《黒髪》を出品、特選第一席となる。
15年 (1926) 牛込矢来町に転居。
昭和2年 (1927) 第8回帝展に《築地明石町》を出品、帝国美術院賞を受賞。
7年 (1932) 聖徳記念絵画館の壁画《初雁の御歌》を制作。
10年 (1935) 日本橋三越で個展「明治風俗」を開催。
12年 (1937) 帝国芸術院会員となる。
15年 (1940) 紀元二千六百年奉祝展に《一葉》を出品。
16年 (1941) 『こしかたの記』『四季しのぶ草』『風俗画技法』を刊行。
19年 (1944) 帝室技芸員に任命される。
20年 (1945) 矢来町の自宅、戦火により焼失。
23年 (1948) 第4回日展に《朝夕安居》を出品。
29年 (1954) 文化勲章を受章。鎌倉雪ノ下に移転。
47年 (1972) 自宅で逝去(享年93)。谷中霊園に葬られる。

主要出品作品

I
・暮れゆく沼 絹本彩色 軸装 明治33年 第8回日本絵画協会・第3回日本美術院連合絵画共進会 鏑木清方記念美術館
・一葉女史の墓 絹本彩色 軸装 明治35年 第5回烏合会展 鏑木清方記念美術館
・秋宵 絹本彩色 軸装 明治36年 第15回日本絵画協会・第10回日本美術院連合絵画共進会 鏑木清方記念美術館
・嫁ぐ人 絹本彩色 軸装 明治40年 東京勧業博覧会 鏑木清方記念美術館
・曲亭馬琴 絹本彩色 額装 明治40年 鏑木清方記念美術館
II
・墨田河舟遊 絹本彩色 屏風6曲1双 大正3年 第8回文展 東京国立近代美術館
・露の干ぬ間 絹本彩色 屏風6曲1双 大正5年 個人蔵
・黒髪 絹本彩色 屏風4曲1双 大正6年 第11回文展 個人蔵
・ためさるる日 絹本彩色 軸装 大正7年 第12回文展 個人蔵
・妖魚 絹本彩色 屏風6曲1隻 大正9年 第2回帝展 福富太郎コレクション
・雨月物語 絹本彩色 額装 大正10年 第6回金鈴社展 霊友会妙一記念館
III
・朝涼 絹本彩色 軸装 大正14年 第6回帝展 鏑木清方記念美術館
・三遊亭円朝像 絹本彩色 額装 昭和5年 東京国立近代美術館
・一葉 絹本彩色 軸装 昭和2年 紀元二千六百年奉祝展 東京芸術大学大学美術館
IV
・鰯 絹本彩色 軸装 昭和12年 東京国立近代美術館
・朝夕安居 紙本彩色 画巻 昭和23年 第4回日展 鏑木清方記念美術館
・小説家と挿絵画家 絹本彩色 軸装 昭和26年 個人蔵