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現代の眼 新しいコレクション 朴栖甫(パク・ソボ)《描法 No.2-74》

佐原しおり (美術課研究員)

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朴栖甫(パク・ソボ, 1931–2023)
《描法 No.2-74》
1974年
油彩、鉛筆・キャンバス
130.2×160.5 cm
2024(令和6)年度購入

画面を埋め尽くす、無数の鉛筆の線。一定の幅で刻まれたストロークの緻密な集積により、白磁のようなアイボリー色の矩形に、黒みを帯びた層が浮かび上がります。作者の朴栖甫(パク・ソボ)は、韓国の現代美術を代表するアーティストの一人です。本作は、日韓国交正常化60周年の節目にあたる2025年、新たに当館のコレクションに加わりました。

1960年代から1970年代にかけて、欧米のミニマル・アートや日本の「もの派」など、美術作品の枠組みや自律性を問い直す動きが世界で同時多発的に起こりました。韓国においても、抑制されたモノクロームの色面に反復的な行為の痕跡を残す抽象絵画が多く見られ、これらは「単色画(ダンセッファ)」と呼ばれるようになります。朴の「描法(Écriture)」シリーズは、その嚆矢ともいえる作品です。

朴は1950年代よりアンフォルメルに影響を受けた作品を制作していましたが、1960年代後半から「描法」シリーズに取り組みました。マチエールや色彩の豊かな絵画から、抑制された静謐なスタイルへと劇的な転換を遂げた背景には、ある契機があったといいます。朴は、ハングルの手習いをしていた幼い息子が、うまく書けずに癇癪を起こし、書いた文字を鉛筆で無造作に塗り消す様子を目にしました。朴は鉛筆で線を引くことと「消す」ことが一体となったその所作に触発され、表現としての線描ではなく、無我の境地に至るための行為として「描法」を編み出したのです。キャンバスに油絵具を塗り、乾ききらないうちに鉛筆で線を引いていくと、芯によって絵具が脇へと押しやられ、画面にわずかな凹凸が生じます。朴にとって、身体の抑制と高度な集中力が求められる「描法」の制作は、東洋における「書」や、道教の精神に基づく鍛錬のための行為でもありました。

「描法」シリーズを語るうえで欠かせないのが、朴と日本とのつながりです。朴は1968年、当館で開催された「韓国現代絵画展」の出品作家として選出され、初来日を果たしました。そして1973年、東京の村松画廊での個展において初めて「描法」シリーズが発表されます。特に「もの派」を主導した李禹煥(リ・ウファン)とは「韓国現代絵画展」での出会いを機に深い親交を結びました。展覧会直後に朴から李へと送られた手紙には、次のようにしたためられています。「これからは在日コリアンの作家たちと韓国国内の美術界が、より密に交流し、協働していくべきだと考えています。それは、双方にとって実りあるものになるはずです」1

《描法 No.2-74》は、朴が「描法」シリーズを確立させた時期の貴重な作例であり、1975年に韓国国立現代美術館(徳寿宮館)で開催された「エコール・ド・ソウル」の出品作でもあります。初期の重要作である本作が、日韓の美術と歴史を結ぶコレクションの新たな核として、多くの方に親しまれることを願っています。

1 Park Seo-Bo to Lee Ufan, September 7, 1968, “Artists’ Correspondence,” in The Making of Modern Korean Art: The Letters of Kim Tschang-Yeul, Kim Whanki, Lee Ufan, and Park Seo-Bo, 1961–1982, ed. Yeon Shim Chung and Doryun Chong (New York: Gregory R. Miller & Co., 2025), p. 202.(筆者訳)


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