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  • 2022.3.18 - 5.8
  • 企画展

新収蔵&特別公開|ピエール・ボナール《プロヴァンス風景》

コレクションによる小企画

New Acquisition & Special Display: Pierre Bonnard, Landscape in Provence

Primarily from the Museum Collection

展覧会について

ピエール ・ボナール《プロヴァンス風景》1932年

 昨年度収蔵されたピエール・ボナールの絵画作品《プロヴァンス風景》(1932年)を、初めてお披露目します。
 ボナール(1867–1947)は、19世紀末から20世紀半ばにかけて活躍したフランスの画家です。60年近くに及ぶ長いキャリアの中でボナールは何度か作風を変化させますが、とりわけ1920年代以降の豊麗な色彩や抽象度の高い表現を特徴とする作品は、「視神経の冒険」(ボナール本人の言葉)、「絵画の中の絵画」といった形容で語られてきました。20世紀を代表する画家の一人アンリ・マティスは、「ボナールが今日でも、そして確実に未来まで偉大な画家であることを私が証明する」と、ボナールの作品の革新性について予言的な言葉を残しています。
 この部屋では、なによりまず、《プロヴァンス風景》の魅力をじっくりと心ゆくまでご堪能ください。そして《プロヴァンス風景》と日本人アーティストによる作品との共演が、日本の近現代美術を新しい視点から鑑賞いただくきっかけとなれば幸いです。

  ■出品作品リストはこちら(PDF)

 

レビュー

ボナール《プロヴァンス風景》(1932)を見始める 平倉圭[横浜国立大学准教授]

ピエール ・ボナール《プロヴァンス風景》1932年、東京国立近代美術館蔵

「????」というのが絵を見たときの最初の印象だ。何を描いているのかがわからない。1時間、2時間、見続ける。それでもわからない。
 風景が描かれていることは分かる。豊かな木々がある。細胞状に仕切られて輝く空は、――あえて解釈すれば背後から月に照らされたうろこ雲のようだ。左下には人物のように見える色斑がある(大人が2人、子供が2人、3人……)。それでも、絵が「何を」描こうとしているかがわからない。――モチーフが分からないということではない。つかみどころがない。これは文字通り、つかむためのフレームが絵の中にないということだ。
 おそらく。
 そう考えながら、同じ部屋のピカソ《ラ・ガループの海水浴場》(1955年)に目を向ける。それはとてもはっきりしている。ボナールと同じように、空間の浅さと混色されない絵具のなまっぽさがある南仏の光景だが、ピカソにはつかみどころ=事物と事物、空間と空間を仕切るフレームがある。フレームは、黒い線で描かれている。

会場風景|撮影:大谷一郎

図1 ボナール《プロヴァンス風景》(部分)

図2 ボナール《プロヴァンス風景》(部分)

 ボナールに振り返る。黒絵具の扱いを見てみよう。――特集の資料展示に置かれた記事の中で、画家の岡鹿之助は「ボナールは[……]部厚く絵具を重ねるが、画面が仕上げに近づくにつれて、カサカサと非常にかたねりの絵具をこすり・・・付ける様においてゆく」と書いていた1。画家の言葉は具体的で面白い。画布に目を近づけると、たしかに、局所的に現れる厚塗りのテクスチャーの上をかするように、黒絵具が擦りつけられている。影というには生っぽすぎるが、つかむためには煙のようでありすぎる黒が、空の上[図1]や、壁の隙間、木の中にある。
 対比されて、ぬめっと白っぽく混色した平らな領域があちこちに広がる。中央の大きな木の幹――それはしかし幹なのだろうか?[図2] 幹らしき灰白色の筋は半透明で、それゆえうまくつかめない。事物の表面は絵具化した世界の中で置き換えられている。事物は展性をもち、よく延ばすと透ける。世界はいたるところで乳化している。
 右下の黄色い木々や、左端手前で見切れた紫陽花あじさいのようなかたちの中には、画家の手の動きと一致した物質感の強い筆致がある。筆致は画面の領域ごとに変えられている。不統一な筆致の混成こそが目指されているようだ。
 少し離れてみる。絵に目が慣れてくると、色はばらばらに踊りだすように感じられる。どうしてこんなに生っぽい色が使われているのだろう? 中央の木に飛び交うビリジアン。画面のへそをなす位置に唐突に塗られたカーマイン(これも幹だろうか?)。黄とオレンジも強い。生っぽい色は周囲になじまない代わりに――なじむことで絵画の中に描写的な奥行きを作らない代わりに――、かえって離れた場所にある色と響き合い、空間を作る。その響き合いの感覚は、画面の局所に位置づけられないという意味で非視覚的で、むしろ空間を満たす「音」に近い。
 特集展示の説明文によると、ピカソはボナールの絵を「極度にオーケストラのような表面 an extremely orchestrated surface」と呼んだらしい2。空の青をふたたび見る。音楽の喩を用いたピカソの真意はわからないが、この空の描写は、私にとってたしかに耳に「くる」。実際には何も聞こえないのに、画面全体を満たす反響に鼓膜がされているように感じられる。そこをくぐるように、ふたたび画面の中に入る。
 左右で見切れる画面は、比較的小さいながらも環境 environmentであり、私を取り囲む。見る私はそこで、かすられ、延ばされる、絵具でできた世界の響きに着水する。
 夜は明るく暗い。そう言葉で書くことができるように、絵具で夜を描くことができ、それは現実の夜とも、現実の夜の視覚的感覚とも関わりなく、絵具的現実の中で変形し延展される。光は色になり、昼と夜は区別されず、空はかすられ、木々は透けて乳化し、人はいくつかの着色された液体の偶然的布置に変わる。それらが響く。――つかむための手指はもはやなく、物に溶けた目と色に開かれた耳が画布の上でふるえる。
 もう少し見ないと。

 

 

1 岡鹿之助「ボナアルの色」『アトリヱ』249号、1947年6月、13頁。傍点原文。旧字・旧表記は現代表記に改めた。

2 以下で伝えられる言葉。Françoise Gilot and Carlton Lake, Life with Picasso, Virago, 1990, p. 255.

 

開催概要


会場:
東京国立近代美術館2階 ギャラリー4
会期:
2022年3月18日(金)~5月8日(日)
開館時間:
10:00-17:00(金・土曜は10:00-20:00)
4/29(金・祝)~5/8(日)は20:00まで開館いたします
*入館は閉館30分前まで
休室日:
月曜日[ただし3月21日、28日、5月2日は開館]、3月22日(火)
チケット:
会場では当日券を販売しています。
会場の混雑状況によって、当日券ご購入の列にお並びいただいたり、入場をお待ちいただく場合がありますので、オンラインでの事前のご予約・ご購入をお薦めいたします。


「MOMATコレクション」のご予約で「新収蔵&特別公開|ピエール・ボナール《プロヴァンス風景》」がご覧いただけます。
こちらから来館日時をご予約いただけます。

※お電話でのご予約はお受けしておりません。
※障害者手帳をお持ちの方は係員までお声がけください(予約不要)
※観覧無料対象の方(65歳以上、高校生以下、無料観覧券をお持ちの方等)についても、上記より来館日時をご予約いただけます。
観覧料:
一般 500円 (400円)
大学生 250円 (200円)
5時から割引(金曜・土曜):
一般 300円
大学生 150円
※( )内は20名以上の団体料金。いずれも消費税込。
※高校生以下および18歳未満、65歳以上、障害者手帳をお持ちの方とその付添者1名は無料。 入館の際に、学生証、運転免許証等の年齢の分かるもの、障害者手帳等をご提示ください。
※お得な観覧券「MOMATパスポート」でご観覧いただけます。
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主催:
東京国立近代美術館


 

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