開催中の展覧会

  • 2022.5.17 - 10.2
  • 企画展

新収蔵&特別公開|ピエール・ボナール《プロヴァンス風景》

コレクションによる小企画

New Acquisition & Special Display: Pierre Bonnard, Landscape in Provence

Primarily from the Museum Collection

展覧会について

ピエール ・ボナール《プロヴァンス風景》1932年

 昨年度収蔵されたピエール・ボナールの絵画作品《プロヴァンス風景》(1932年)を、初めてお披露目します。
 ボナール(1867–1947)は、19世紀末から20世紀半ばにかけて活躍したフランスの画家です。60年近くに及ぶ長いキャリアの中でボナールは何度か作風を変化させますが、とりわけ1920年代以降の豊麗な色彩や抽象度の高い表現を特徴とする作品は、「視神経の冒険」(ボナール本人の言葉)、「絵画の中の絵画」といった形容で語られてきました。20世紀を代表する画家の一人アンリ・マティスは、「ボナールが今日でも、そして確実に未来まで偉大な画家であることを私が証明する」と、ボナールの作品の革新性について予言的な言葉を残しています。
 この部屋では、なによりまず、《プロヴァンス風景》の魅力をじっくりと心ゆくまでご堪能ください。そして《プロヴァンス風景》と日本人アーティストによる作品との共演が、日本の近現代美術を新しい視点から鑑賞いただくきっかけとなれば幸いです。

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レビュー

ボナール《プロヴァンス風景》(1932)を見始める(前編) 平倉圭[横浜国立大学准教授]

ピエール ・ボナール《プロヴァンス風景》1932年、東京国立近代美術館蔵

「????」というのが絵を見たときの最初の印象だ。何を描いているのかがわからない。1時間、2時間、見続ける。それでもわからない。
 風景が描かれていることは分かる。豊かな木々がある。細胞状に仕切られて輝く空は、――あえて解釈すれば背後から月に照らされたうろこ雲のようだ。左下には人物のように見える色斑がある(大人が2人、子供が2人、3人……)。それでも、絵が「何を」描こうとしているかがわからない。――モチーフが分からないということではない。つかみどころがない。これは文字通り、つかむためのフレームが絵の中にないということだ。
 おそらく。
 そう考えながら、同じ部屋のピカソ《ラ・ガループの海水浴場》(1955年)に目を向ける。それはとてもはっきりしている。ボナールと同じように、空間の浅さと混色されない絵具のなまっぽさがある南仏の光景だが、ピカソにはつかみどころ=事物と事物、空間と空間を仕切るフレームがある。フレームは、黒い線で描かれている。

会場風景|撮影:大谷一郎
右:パブロ・ピカソ《ラ・ガループの海水浴場》1955年 展示期間:2022年7月24日まで

図1 ボナール《プロヴァンス風景》(部分)

図2 ボナール《プロヴァンス風景》(部分)

 ボナールに振り返る。黒絵具の扱いを見てみよう。――特集の資料展示に置かれた記事の中で、画家の岡鹿之助は「ボナールは[……]部厚く絵具を重ねるが、画面が仕上げに近づくにつれて、カサカサと非常にかたねりの絵具をこすり・・・付ける様においてゆく」と書いていた1。画家の言葉は具体的で面白い。画布に目を近づけると、たしかに、局所的に現れる厚塗りのテクスチャーの上をかするように、黒絵具が擦りつけられている。影というには生っぽすぎるが、つかむためには煙のようでありすぎる黒が、空の上[図1]や、壁の隙間、木の中にある。
 対比されて、ぬめっと白っぽく混色した平らな領域があちこちに広がる。中央の大きな木の幹――それはしかし幹なのだろうか?[図2] 幹らしき灰白色の筋は半透明で、それゆえうまくつかめない。事物の表面は絵具化した世界の中で置き換えられている。事物は展性をもち、よく延ばすと透ける。世界はいたるところで乳化している。
 右下の黄色い木々や、左端手前で見切れた紫陽花あじさいのようなかたちの中には、画家の手の動きと一致した物質感の強い筆致がある。筆致は画面の領域ごとに変えられている。不統一な筆致の混成こそが目指されているようだ。
 少し離れてみる。絵に目が慣れてくると、色はばらばらに踊りだすように感じられる。どうしてこんなに生っぽい色が使われているのだろう? 中央の木に飛び交うビリジアン。画面のへそをなす位置に唐突に塗られたカーマイン(これも幹だろうか?)。黄とオレンジも強い。生っぽい色は周囲になじまない代わりに――なじむことで絵画の中に描写的な奥行きを作らない代わりに――、かえって離れた場所にある色と響き合い、空間を作る。その響き合いの感覚は、画面の局所に位置づけられないという意味で非視覚的で、むしろ空間を満たす「音」に近い。
 特集展示の説明文によると、ピカソはボナールの絵を「極度にオーケストラのような表面 an extremely orchestrated surface」と呼んだらしい2。空の青をふたたび見る。音楽の喩を用いたピカソの真意はわからないが、この空の描写は、私にとってたしかに耳に「くる」。実際には何も聞こえないのに、画面全体を満たす反響に鼓膜がされているように感じられる。そこをくぐるように、ふたたび画面の中に入る。
 左右で見切れる画面は、比較的小さいながらも環境 environmentであり、私を取り囲む。見る私はそこで、かすられ、延ばされる、絵具でできた世界の響きに着水する。
 夜は明るく暗い。そう言葉で書くことができるように、絵具で夜を描くことができ、それは現実の夜とも、現実の夜の視覚的感覚とも関わりなく、絵具的現実の中で変形し延展される。光は色になり、昼と夜は区別されず、空はかすられ、木々は透けて乳化し、人はいくつかの着色された液体の偶然的布置に変わる。それらが響く。――つかむための手指はもはやなく、物に溶けた目と色に開かれた耳が画布の上でふるえる。
 もう少し見ないと。

 

 

1 岡鹿之助「ボナアルの色」『アトリヱ』249号、1947年6月、13頁。傍点原文。旧字・旧表記は現代表記に改めた。

2 以下で伝えられる言葉。Françoise Gilot and Carlton Lake, Life with Picasso, Virago, 1990, p. 255.

ボナール《プロヴァンス風景》(1932)を見始める(後編) 平倉圭(横浜国立大学准教授)

ピエール・ボナール《プロヴァンス風景》1932年、東京国立近代美術館蔵

 これはいつなのだろう? 夜なのか昼なのか。違和感を覚えつつも、直感的には夜だと感じられる。画面全体のコントラストの低さ、青味がかった色調がそう感じさせるようだ。
 謎めいた中央の木。画面の下1/4あたりから空に向けて持ち上がり、途中で右方へと斜めに広がる。奇妙な形は一つの木ではなく奥行方向に複数の木が重なっているのであろう。同じ青味がかったビリジアンと灰白色のストロークが使われているため、ひとつながりの塊に見える。
 目を画面右に向ける。遠近効果を無視して、同じような形・大きさの木が三つ縦に並んでいる[図1]。――ここでは木々の色は全く違う。手前は黄味の強い明るい緑。真ん中は灰色がかった青味の強い緑。その奥に、赤味がかった焦茶色のかすれて透ける木が描かれている。

図1 ボナール《プロヴァンス風景》(部分)

 三つの木の色は区別されている。例えば真ん中の木に用いた青緑を、手前や奥の木を塗る筆に混ぜていない。これは特別な抵抗を必要とする行為だと感じられる。同じ「木」という類である、同じ葉緑素を持つ似た形であるという、類同性の半ば自動的な認知から、描く手の動きを切り離しているということだ。
 つい・・周りの木にも同じ色のタッチを混ぜてしまいそうだ。そうすることで生まれたはずの木々の結びつきを、ボナールは意図的に回避している。遠近法の欠如――三本の木が見かけ上収縮しないということ以上に、木々を共通の「類」に結びつけるはずの色のつながりの欠如が、描かれた世界の統一性を失わせている。
 再び画布中央の木に目を向ける。灰とビリジアンのストロークの群れから上方に目を移していくと、異なる色調のゾーンが現れる[図2]。空を裂くように――黄色がかった濃緑の上にかすれた黒絵具を重ねた木々を包む三角のゾーンがあり、そこでは全体的色調が下の空間と共有されていない。色はゾーニングされている・・・・・・・・・・

図2 ボナール《プロヴァンス風景》(部分)

 木の色だけではない。同じ光に包まれていない。空気を満たす散乱光が同じでなく、画面中央の木では空気は淡く青味がかるように見えるが、上方の木(仮に松としておく)の周りでは黄味がかっている。中央の木の左側で幹は透けるような灰白色だが、上方の松の幹は影をなす黒だ。空の一部が幕のように裂けて、違う色、違う光のゾーンが現れている。そこだけ午後の陽光に包まれているようだ。
 空気は時によって色が違う。例えば晴れた夏の朝に外を歩く。雨上がりの秋の夕方に。曇った冬の午後に。世界の中の種々の事物はそれじたいの固有色とは別に、その時々の空気全体を満たす特徴的な散乱光の色合いを帯びている。19世紀末にボナールの上の世代にあたる印象派の画家たちが描こうとしたのはこの光だった。特定の時刻、特定の地域、特定の天候において全ての事物を包む一つの光の色合いがあり、それは異なる事物を横断して用いられる同色のタッチによって生み出される。
 ボナールの画面が欠いているのは、この統合する光だ。画面全体に注意を散乱させ、曖昧な筆遣いで事物の輪郭を局所的に溶かしながらも、諸事物を全体的に・・・・統合する一つの光の色合いを作らないこと。中央の灰緑色の木々のゾーンとその上の濃緑の松のゾーンは、夜と昼に、別の時刻に、あるいは別の日付に分裂している。
 分裂していく種々の緑は、画面中央の太い幹に強い真紅が置かれることで、それとの対比関係で距離化されている(真紅の幹は文字通り、この絵の「へそ」として機能している)。この真紅を取り除けば、画面全域が黄と青緑の対比関係に支配され、種々の緑は空に差し込む明るい黄と画面右下方の橙に引っ張られながら焦点を失い、混乱の中で拡散するだろう。世界には秘密があり、それが全面的拡散から風景を守っている。中央の真紅の幹――それに結ばれるようにして、異なる時間が画面に生えてくる。幹を臍として、異なる時間に分裂する風景が生えてくる。
 ここには非決定性がある――。画家が、というより世界じたいが、自身がどうあるかを決めかねているようだ。見続けるほどに景色は分裂を深め、見る私をもほどいていく。

開催概要


会場:
東京国立近代美術館2階 ギャラリー4
会期:
2022年5月17日(火)~10月2日(日)
開館時間:
10:00-17:00(金・土曜は10:00-20:00)
9月25日(日)~10月1日(土)は10:00-20:00で開館します
*入館は閉館30分前まで
休室日:
月曜日[2022 年7月18 日、9月19日、9月26日は開館]、7月19日(火)、9月20日(火)9月27日(火)
チケット:
会場では当日券を販売しています。
会場の混雑状況によって、当日券ご購入の列にお並びいただいたり、入場をお待ちいただく場合がありますので、オンラインでの事前のご予約・ご購入をお薦めいたします。


「MOMATコレクション」のご予約で「新収蔵&特別公開|ピエール・ボナール《プロヴァンス風景》」がご覧いただけます。
こちらから来館日時をご予約いただけます。

※お電話でのご予約はお受けしておりません。
※障害者手帳をお持ちの方は係員までお声がけください(予約不要)
※観覧無料対象の方(65歳以上、高校生以下、無料観覧券をお持ちの方等)についても、上記より来館日時をご予約いただけます。
観覧料:
一般 500円 (400円)
大学生 250円 (200円)
5時から割引(金曜・土曜):
一般 300円
大学生 150円
※( )内は20名以上の団体料金。いずれも消費税込。
※高校生以下および18歳未満、65歳以上、障害者手帳をお持ちの方とその付添者1名は無料。 入館の際に、学生証、運転免許証等の年齢の分かるもの、障害者手帳等をご提示ください。
※お得な観覧券「MOMATパスポート」でご観覧いただけます。
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主催:
東京国立近代美術館


 

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