展覧会

会期終了 企画展

デザイン特別展「マルセル・ブロイヤーの家具」

会期

会場

東京国立近代美術館本館ギャラリー4

展覧会について

たっぷりとしたクッションや大仰な布張りをすっかり取り除いて、それまでの重々しい椅子のイメージを一新した《クラブチェア B3》(ワシリーチェア)。戦後にパリのユネスコ本部やニューヨークの旧ホイットニー美術館(現・メトロポリタン美術館分館)を手がけ、建築家としても知られるデザイナーのマルセル・ブロイヤー(1902-81)が1925年、23歳で考案した椅子です。

《クラブチェア B3》を発表する以前からすでに、ブロイヤーは自身が取り組んでいるデザインの新しい方向をはっきりと見出していました。それは、過去の様式をつかさどっていた形や装飾の構成要素から脱却し、機能に基づいたデザインをすることでした。その考えは、当時彼が学んでいたドイツの造形学校バウハウスが提唱していた、産業と芸術を統合する取り組みにおいて最も重視されたデザインの原理であり、ブロイヤーはそれを実践し、牽引したのでした。そして彼が考えていた機能において、いつも中心にあったのが人間でした。ブロイヤーにとって、人間の「本能」に根ざしたものを生み出すことこそがモダンデザインであり、彼の思想や仕事の中に深く根ざしたデザイン哲学だったのです。ここには、彼の家具デザインが小さな改良を重ねながらも、進化し続けている理由を探る鍵も隠されています。

本展は、ブロイヤーの家具デザインに見られるいくつものバージョンの違いに注目しながら、国内外のコレクションによる家具約40点で構成します。家具を起点として、戦後は建築へと創造の幅を広げたブロイヤーですが、そのデザインの核心は、家具デザインに凝縮されています。本展が、モダンデザインという言葉に様々な解釈の可能性を示しているブロイヤーのデザインにあらためて触れ、21世紀に生きる私たちに送られた彼のメッセージを受け取る機会になれば幸いです。

各章の構成

一章:バウハウス ヴァイマール時代 ―木製の家具―

ブロイヤーは1920年にドイツの造形学校・バウハウスに入学し、初代校長ヴァルター・グロピウスの指導のもとに行われていた実験的な教育のなかで、デザイナーとしての才能を開花させました。1925-28年には自身も学んだ家具工房で主任を務め、デッサウ・バウハウス校舎のインテリアデザインを手がけるなど、彼の作風はバウハウスの進化と密接に結びついています。

《ネストテーブル B9-9c》1929年 東京国立近代美術館蔵

二章:バウハウス デッサウ時代 ―スティールパイプの家具―

スツールとテーブルの機能を兼ね備え、バウハウスの校舎でも使われた《ネストテーブル B9-9c》など、ブロイヤーはスティールパイプを使った初めての住居用家具を制作します。特に《クラブチェア B3》は従来の椅子の概念を覆す「空中に浮いたような」姿が人々の注目を集めました。その後のブロイヤーの素材や構造へのあくなき探究心を象徴する重要な作品である《クラブチェア B3》と、それに続くバリエーション豊かなスティールパイプ製の家具を中心にご紹介します。

三章:スイス・イギリス時代 ―アルミニウムとプライウッドの家具―

1928年にバウハウスを去った後、ブロイヤーはヨーロッパの主要な都市を巡りながら様々な建築や家具デザインのプロジェクトに携わります。スイス時代には、骨組みが一本につながったアルミニウムの平板で構成された《サイドチェア 301》、イギリス時代には、合板(プライウッド)を曲げたシルエットが独特の丸みを持つ《アイソコン・サイドチェア BC3》を制作するなど、新しい素材との出会いが、家具の構造やデザインにも新しい展開をもたらしました。

《サイドチェア 301》1932-34年 ミサワホーム株式会社蔵

《アイソコン・サイドチェア BC3》1936年 東京国立近代美術館蔵

四章:アメリカ時代 ―家具から建築へ

ハーバード大学に招へいされたグロピウスに呼ばれ、ブロイヤーは1937年にアメリカに渡ります。その後もイギリス時代の流れを思わせるプライウッドの家具などを制作しますが、徐々に活動の中心は建築へと移行します。本章ではアメリカ時代に手がけた家具2点と住宅建築8点を通じて、ブロイヤーが「居住空間の重要な要素」と位置づけた家具と、建築の関係性を考察します。

マルセル・ブロイヤー略歴

  • 1902 ハンガリーで生まれる
  • 1920ヴァルター・グロピウスが校長を務めるバウハウス(ヴァイマール)へ入学

バウハウス・ヴァイマール時代

  • 1921 バウハウス家具工房で、木工技術とデザイン感覚を養う
  • 1923 アム・ホルンのバウハウス実験住宅で「婦人の部屋」等を担当
  • 1924 バウハウスでマイスターの称号を取得・卒業。一旦バウハウスを去り、パリへ

バウハウス・デッサウ時代

  • 1925-27 再びバウハウス(デッサウ)に戻り、家具工房主任となり、一連のスティールパイプ家具や、テルテンの集合住宅の家具を考案。ピスカトール家アパートメント(ベルリン、ドイツ)のインテリアデザインをする
  • 1928-29 バウハウスを辞職、ベルリンに移り事務所を構える。アパートメントを中心にインテリアデザインの仕事を多数手がける

スイス・イギリス時代

  • 1930-31 装飾芸術家協会展「ドイツ部門」のモデルルーム(パリ、フランス)を担当。ベルリンの事務所を閉じ、ギリシャ、スペイン、北アフリカなど地中海地方を旅行
  • 1932 ハルニッシュマッヒャー邸(ヴィースバーデン、ドイツ)(ブロイヤーにとってはじめて実現した住宅建築)
  • 1933 ヴォーンベダルフ社のリデザイン(チューリヒとバーゼル、スイス)
  • 1935-36 ロンドンへ移住。アイソコン社のクリエイティブ・ディレクターに就任

アメリカ時代 (斜体は、本展に関する建築プロジェクトまたは、代表作)

  • 1937-38 グロピウスの依頼でハーバード大学で教職につくためアメリカに渡る。グロピウスと協同の事務所を設立(-41年まで)
  • 1945-46 教職を辞しニューヨークに建築事務所を移し、以後創作活動に専念
  • 1950-52 スティルマン邸I(リッチフィールド、 コネチカット、アメリカ)、ブロイヤー邸II(ニューケイナン、コネチカット、アメリカ)
  • 1953-55 芦原義信がブロイヤーの事務所に参加
    ピエール・ルイージ・ネルヴィ、ベルナール・ゼルフュスと協働でユネスコ本部の設計を行う(パリ、フランス、-58年)
  • 1956-62 建築事務所「マルセル・ブロイヤー・アンド・アソシエイツ」をニューヨークで設立。
    来日(61年)
    ガガーリン邸I(リッチフィールド、コネチカット、アメリカ)、前ニューヨーク大学、工学部棟I, 学生センター、ベグリッシュ・ホール、寄宿舎(ブロンクス、ニューヨーク、アメリカ)、 フレーヌ・スキー・リゾート・タウン(フレーヌ、フランス、phase1,-68年)他
  • 1963-66 ケルファー邸(モーシャ、テッサン、スイス)、 前ホイットニー美術館(ニューヨーク、アメリカ)、スティルマン邸Ⅱ(リッチフィールド、コネチカット、アメリカ)
  • 1967-72 来日(67年)
    ゲラー邸II(ローレンス、ロングアイランド、ニューヨーク、アメリカ)
    「メトロポリタン美術館でのマルセル・ブロイヤー」(メトロポリタン美術館、ニューヨーク、アメリカ)で回顧展開催
  • 1973-74 ガガーリン邸II(リッチフィールド、コネチカット、アメリカ)
  • 1976 ブロイヤーは建築から身を引く
  • 1981 ニューヨークにて逝去
    7月-9月にかけて、回顧展「マルセル・ブロイヤー:家具とインテリア」(ニューヨーク近代美術館、ニューヨーク、アメリカ)

イベント

ギャラリートーク

2017年4月15日(土)芦原太郎氏(建築家)
2017年4月22日(土)当館研究員

※各日とも午後3時から会場にて。
※申込不要・参加無料(要観覧券)

開催概要

会場

東京国立近代美術館 2F ギャラリー4

会期

2017年3月3日(金)~ 2017年5月7日(日)

開館時間

10:00-17:00(金曜・土曜は10:00-20:00)
春まつり期間中(3/25~4/9)の金曜・土曜 10:00-21:00
*入館は閉館30分前まで

休館日

月曜(3/20、27、4/3、5/1は開館)、3/21(火)

観覧料

一般430(220)円
大学生130(70)円

  • ( )内は20名以上の団体料金。いずれも消費税込。
  • 高校生以下および18歳未満、65歳以上、キャンパスメンバーズ、「MOMATパスポート」をお持ちの方、友の会・賛助会会員、MOMAT支援サークルパートナー企業(同伴者1名迄。シルバー会員は本人のみ)、障害者手帳をお持ちの方とその付添者(1名)は無料。
  • それぞれ入館の際、学生証、運転免許証等の年齢の分かるもの、会員証、障害者手帳等をご提示ください。
  • 本展の観覧料で、入館当日に限り、所蔵作品展「MOMATコレクション」(4-2F)もご観覧いただけます。
無料観覧日

3月5日(日)、4月2日(日)、5月7日(日)
*本展および所蔵作品展「MOMATコレクション」(4-2F)のみ

主催

東京国立近代美術館

巡回

まなびあテラス 東根市美術館(山形県):2017年7月15日~9月24日

Page Top