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MOMATコレクション ジャン(ハンス)・アルプ《地中海群像》の保存修復—ゲルを用いたクリーニングの一例—

宮城加奈子 (保存修復家/東京国立博物館 保存科学グループ アソシエイトフェロー)

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図1 ジャン(ハンス)・アルプ《地中海群像》1941/65年、東京国立近代美術館蔵 | 撮影:大谷一郎

ミュージアムには、作品を展示・活用し広く社会と共有しながら、次の世代へ継承していくという使命がある。そのため、日常的な点検や保存環境の管理に加え、応急的な処置からより積極的な処置まで、コレクション・ケアのさまざまな取り組みが行われている。作品を構成する素材に過度な負担を与えることなく、作品がもつ表現を尊重し、保存と活用の双方を見据えて処置の方法を選択していくことも、保存修復における重要な意思決定の一つだ。今回は、立体作品における保存修復の一例として、ジャン(ハンス)・アルプ(1886–1966)による大理石彫刻《地中海群像》(1941/65年)[図1]のクリーニングを紹介したい。 

本作では、長年の展示・保管環境のなかで作品表面全体に埃や汚れが堆積し、本来の大理石表面にみられる透明感や滑らかな質感が十分に感じられにくい状態となっていた。また、貸出や展示の機会も多く、活用に伴う移動や取り扱いの機会も多い作品である。こうした状況を踏まえ、2024年秋、貸出に先立ちクリーニングを行うこととなった。

一般的に、展示や保管時には、水平面に比べて垂直面には埃が堆積しにくい傾向がある。しかし本作では、表面全体が一層薄暗くくすんでいたほか、とりわけ底部や側面には薄黒い汚れが固着している状態が確認された。これらの汚れは長期間にわたる埃の堆積とそれによる汚れの固着・変質に加え、ハンドリングによる付着物の影響も考えられた。こうした表層の変化は鑑賞時の印象に影響するだけでなく、経年に伴って固着すると除去が困難となり、大理石表面への負担がより大きな処置を必要とする可能性がある。そこで、大理石表面への影響をできるだけ抑えながら、蓄積した汚れを可能な範囲で除去する方針とした。

立体作品のクリーニングでは、曲面や凹凸など三次元的な形状によって、汚れの堆積状況や処置方法が異なる場合がある。表面の状態を確認しながら、除去方法や処置の条件を調整して作業を進めていく。

今回の処置では、まず表面に堆積した埃を除去した後、寒天を原料としたゲル(以下、寒天ゲル)を用いてクリーニングを行った。寒天ゲルは、寒天分子が形成する三次元的な網目構造のなかに水分を保持するため、液体を直接用いる場合に比べて水分の広がりを抑えやすく、必要な範囲に限定して適用することが可能となる。また、膨潤した汚れをゲル側に吸収しながら除去できる点も特徴である。こうした性質から、寒天ゲルは保存修復の分野においてさまざまな素材のクリーニングに利用されている。

まず、寒天溶液を加熱して溶解させ、人肌程度まで冷ましたのち、流動性を保った状態で作品表面に薄く塗布し、一定時間静置した。その後、寒天ゲルをはがし、表面に残った汚れをラテックスラバー製のスポンジなどで取り除き、処置の効果を確認しながらクリーニングを進めていった[図2、3]。

図2 大理石表面に塗布した寒天ゲル
図3 クリーニング前(画面中央左)と寒天ゲルを使用したクリーニング後(画面中央右)の様子

一方で、寒天ゲルによるクリーニングだけでは十分に除去できない汚れも残り、特に、取り扱いの際に手が触れやすい箇所や手を添えやすい箇所では、薄黒色の強固な汚れが認められた。こうした汚れは、手脂やグローブの素材など、作品の移動や取り扱い時に付着した成分が長期間を経て固着した可能性が考えられたため、寒天ゲルとは異なる一歩踏み込んだ洗浄条件についても検討することとした。

そこで、保存修復分野で用いられている Modular Cleaning Program(以下、MCP)に基づいて洗浄条件を選定した。MCPは、Getty Conservation Instituteにおけるゲルを用いた洗浄の研究などを背景に、作品の状態や汚れの性質に応じて洗浄条件を体系的に検討するために開発された手法である。保存修復においては、汚れの除去効果だけでなく、素材への影響を慎重に評価することも重要となる。そのため、水系あるいは溶剤系といった洗浄システムについて、成分や濃度、pHなどの条件を段階的に検討しながら、対象となる作品表面に適した洗浄条件を選定していく。

まず、MCPに基づいて複数の洗浄溶液を選定し、事前にいくつかのテストを行った。その結果、キレート剤と緩衝液を組み合わせた水系洗浄液を採用することとした。さらに、この洗浄液を寒天ゲルよりも作品表面の形状への追従性に優れたシート状のゲルに含浸させ、接触時間を調整しながら適用した。静置後はラテックスラバー製スポンジや綿棒を用いて汚れを除去し、洗浄液と同じpHに調整した緩衝溶液を含ませた綿棒で表面を洗浄することで、洗浄液成分が表面に残留するのを防いだ[図4、5]。

図4 MCP溶液を含侵したゲルシートを静置している様子
図5 クリーニング前(上部)とMCP溶液を含侵したゲルシートを使用したクリーニング後(下部)の様子

今回の修復処置では、異なるクリーニング方法を組み合わせながら、それぞれの効果と大理石表面への影響を確認し、処置条件を定めた。立体作品の保存修復では、素材や状態だけでなく、曲面や凹凸の具合といった形状の特徴も、具体的な処置方法に大きく関わる。作品ごとの状態を丁寧に見極めながら、適切な方法と処置の範囲を探っていくことが重要となる。今回のクリーニングも、その過程のなかで行われた取り組みの一例といえるだろう。

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