の検索結果

の検索結果

肉屋の女

資料紹介#6 | 初日カバー

初日カバー  美術館では展覧会のポスター、チラシ、チケット、会場で配布される出品リストやマップ等、多種多様な印刷物が日々生み出されていますが、開館や周年といった記念日には特別な印刷物が制作されます。本稿では、その中から初日カバーをご紹介します。初日カバーとは、封筒に新しく発行された記念切手を貼り、発行当日の消印を押して製作されたもので、切手が発行された初日に作られることがその名の由来です。初日カバーの封筒には切手にちなんだ図案(カシェ)が施され、例えば、版画家の川瀬巴水や名取春仙もカシェの作品を残しています。  東京国立近代美術館は、1969年に京橋から現在の竹橋に移転し、6月11日に開館式が開かれました。同日に開館記念の切手が発行され、美術館の外観がデザインされた消印も用意されましたが、それらの原画を手掛けたのは、当時郵政省の職員を務めていた大塚均1でした。初日カバーのカシェにも、大塚がデザインしたものが含まれています(No. 1、2、6)(詳細は図とリストをご確認ください)。アートライブラリでは、この初日カバーを16種類所蔵しています(当時、初日カバーが何種類作成されたかは不明)。カシェには美術館の外観を題材にしたものが多く見られますが、角度や構図、色使いは一点一点異なります。外観以外にも、展示風景や絵筆とパレット、花、城、牛等が描かれたものや、No.13 のように、なぜか東京国立博物館が所蔵する黒田清輝の素描《女の顔》(1889年)によく似た女性の肖像画が描かれたものなど、バラエティに富んでいます。  1969年の開館記念の初日カバーの他にも、2012年の開館60周年記念の初日カバーなどもあります。アートライブラリでは、このような印刷物も美術館の歴史を伝える資料として保存しています。  利用にあたっては、事前申請手続きが必要です2。詳しくはウェブサイトをご確認ください。  註 大塚均(1911–98年)山口県生まれ。1935年に東京高等工芸学校工芸図案科を卒業後、逓信省に入省し、切手デザインに従事。1945年に逓信省を退職し、島根県立益田農林高校等で美術教師を務める。1958年、再び郵政省に入省し、74年まで勤務。 1969年の開館記念の初日カバー14種類は当館4階の情報コーナーにて2024年4月16日から8月25日まで展示しています。展示後は、事前申請手続きの上、ライブラリで閲覧することが可能です。 東京国立近代美術館開館記念郵便切手 No. 記念切手、記念消印消印日付図案(カシェ)のデザイン [ ]は執筆者による捕捉 図案(カシェ)の原図作者 版元資料ID1東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日内部展示[彫刻、絵画]大塚均(株)松屋1900073212東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日展示風景[鑑賞者]大塚均(株)松屋1900073233東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日[美術館外観]1900073244東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日[美術館外観]銀座わたなべ1900073255東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日[美術館外観とイサム・ノグチ《門》]省三 1900073266東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日[美術館外観]大塚均 全日本郵便切手普及協会1900073277東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日[美術館外観]郵政弘済会1900073288東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日[美術館外観]郵政弘済会1900073299東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日[美術館外観とアヤメ]NCC19000733010東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日[美術館外観とバラ]日本郵趣協会19000733111東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日[美術館外観と江戸城]森正元宮崎19000733212東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日[パレットと絵筆]久野実BSB19000733313東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日 [女性の肖像画と鳥]NFC19000733414東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日[裸婦]T. Setoguchiカバースタジオ19000733515東京国立近代美術館開館記念 1969年6月14日[美術館外観]切手文化部19000733616東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日[牛]成瀬敏男FKK木版19000733717ふみの日小型印記念〈明治・大正・昭和の銘建築〉東京国立近代美術館工芸館2004年10月23日 [東京国立近代美術館工芸館の外観]細川武志19000734318東京国立近代美術館開館60周年京都国立近代美術館開館50周年2012年6月1日 [上村松園《母子》]19000734419東京国立近代美術館開館60周年京都国立近代美術館開館50周年2012年6月1日 [土田麦僊《湯女》]日本郵趣協会190006037 『現代の眼』639号

TRIO パリ・東京・大阪 モダンアート・コレクション|企画者クロストーク|TRIO展の舞台裏

パリ市立近代美術館、東京国立近代美術館、大阪中之島美術館のコレクションによるTRIO展は、3館のキュレーターの共同企画によって実現しました。なぜこの3館で展覧会を開催することになったのか、トリオという枠組みがどのように生まれたのか、そしてどのようにトリオを組んでいったのか。東京と大阪の企画者が、TRIO展というユニークな展覧会の舞台裏を語り尽くします。 2024年06月29日(土)14:00-15:00(開場は13:30) 横山由季子(本展企画者、東京国立近代美術館研究員)高柳有紀子(本展企画者、大阪中之島美術館主任学芸員) 東京国立近代美術館 地下1階講堂 140名(先着順) 事前予約不要 参加無料(観覧券不要) イベントの撮影・録画・録音はお断りしております。 イベント参加後の展覧会への再入場は可能です。 内容や日時は都合により変更となる可能性がございます。あらかじめご了承ください。 イベントのオンライン同時配信、アーカイブ配信はありません。

No image

中山正

No image

小林ドンゲ

No image

セラ、 リチャード

リシエが師ブールデルから学んだもの

図1 会場風景(左から2番目が柳原義達《犬の唄》|撮影:大谷一郎 ジェルメーヌ・リシエの《蟻》が新たに収蔵された。そのお披露目として企画された本展示には館蔵品の中から、「多方向にその網を張りめぐらす」1リシエに時代やテーマにおいて関連する作品29点が陳列された。正直なところ、この展示に雑多で脈絡を欠いている印象を受けた。またリシエが師と仰ぐアントワーヌ・ブールデルのテラコッタレリーフ4点は没後の複製で、国立西洋美術館の所蔵作品を展示できれば…と思わずにいられなかった。  それでも、彼女と同時期にブールデルに学んだ金子九平次と清水多嘉示、そしてリシエをよく理解してその影響を受けた柳原義達の作品が展示されたことの意味は大きい。金子の1925年滞仏作《C嬢の像》がブロンズ、清水の1926年滞仏作《アルプス遠望》は油彩だが、これらはリシエがブールデルのもとで学んでいた頃のものと言える。  図2 会場風景(右から2番目が金子九平次《C嬢の像》)|撮影:大谷一郎 南フランスのサロン・ド・プロバンスに近いグラン出身のリシエは、1926年にモンペリエのエコール・デ・ボザールを卒業するとパリに来て、ブールデルが亡くなる29年まで彼の個人アトリエの生徒となって助手を務めた。そこでは彼女の夫となるオットー・ボーニンガー、アルベルト・ジャコメッティ、エマヌエル・オリコスト、マルコ・セルボノヴィッチ等が仕事をしていた2。また彼女はブールデルが教えるアカデミー・ドゥ・ラ・グランド・ショミエールでも学んでおり、ここで撮られた幾つかの写真にリシエが居る。1920年代のグランド・ショミエールには金子や清水のほかに佐藤朝山、保田龍門、武井直也がいて、またジャコメッティもリシエの級友の一人だが、彼らの作品が展示に含まれていなかったのは残念である。[編集部註]  グランド・ショミエールは入学試験がなく誰でも入れる「自由学校」で、出席点呼もなく、生徒たちはチケットを購入してデッサンと彫刻の授業を受けた。生徒は東欧、バルカン諸国、南北アメリカ、極東からの外国人が多数を占め、その半数以上が女性であった。ブールデルは毎週1日、木曜日か金曜日にここで教え、「「自分自身の歌を歌う」ことを[生徒たちに]学ばせた独自の教育」—生徒たちが「魂を生み出すよう産婆役を勤ママめます」—を実践した3。ブールデルは生徒に自身の様式を模倣することを求めず、それぞれの資質を尊重し、生徒の作品にほとんど手を入れることはなかったと伝えられる。ブールデルによる実習の様子、その教育をここで学んだ多くの彫刻家たちが書き残している。生徒たちの中から選ばれた者たちは、午前にグランド・ショミエールで勉強した後、午後にブールデルのアトリエで師の仕事を手伝うことができた。ブールデルのもとからは第二次大戦後に活躍する多くの重要な彫刻家そして画家が輩出した。 1927年にグランド・ショミエールで撮影されたブールデルを囲む生徒たちの写真[図3]が清水多嘉示アーカイブに残されている。手前右端が清水、リシエはその左後方の二人の女性の間から視線をカメラに向けずに顔をのぞかせる額にバンドを巻いた女性ではないかと思われる4。 図3 ブールデルを囲む生徒たち|提供:清水多嘉示アーカイブ(所蔵:八ヶ岳美術館 原村歴史民俗資料館)  ブールデルのアトリエでリシエはアダム・ミツキェヴィチの記念碑、師の最後の作品となるモンソー・レ・ミーヌの戦争記念碑に協力した。「ブールデルの仕事をどう思うか」という問いに、リシエは「ブールデルは偉大な人物で立派な教師であるが、制作については何の影響も受けていない。彼から学んだことは真実をみるということだけだ」と語っている5。彫刻における「真実」について、清水はブールデルの言葉として「自然の構成コンストラクシヨン(建築的要素)に注意を拂はなければならない。/構成は實在で肉付は常に變るものだ」「表面のコツピイをしてはいけない」と記している6。リシエは「私は何を製作する場合でも幾何学的構成を何度も試みます」「真の抽象は事物の内部にある」と述べている7。 展示には清水の《裸婦》(1967年)が出品されていたが、リシエの《蟻》(1953年)[図4]と私が対照させたいのは《みどりのリズム》(1951年)[図5]である。二人が師から得た共通するもの—《弓をひくヘラクレス》(1909年)[図6]にあるような—を誰もが感じるだろう。 図4 ジェルメーヌ・リシエ《蟻》1953年東京国立近代美術館蔵|撮影:大谷一郎  図5 清水多嘉示《みどりのリズム》1951年、武蔵野美術大学美術館蔵|撮影:李政勲 図6 エミール=アントワーヌ・ブールデル《弓をひくヘラクレス》1909年国立西洋美術館蔵|撮影:(c) 上野則宏 1955年に清水はリシエを次のように評している。「彼女はフランス彫刻界の特異な存在である。何れかといふと具象形體に属する作品だが、非常に嚴しいアンテリュールつまり内部構造の追求を、彼女の作品は提示してゐる」「プロセスに於けるアンテリュール追求の度合だけがその作品の價値となつてゐる様に見える」8。 その実例として、私はリシエの《オラージュ》(1947–48年)を示そう[図7]。この作品が本展に出品された柳原義達の《犬の唄》に与えた影響は述べるまでもあるまい。 註 「『新収蔵&特別公開|ジェルメーヌ・リシエ《蟻》』 展覧会について」、東京国立近代美術館ウェブサイト https://www.momat.go.jp/exhibitions/r5-3-g4[2024年2月14日閲覧]  『Germaine Richier』(仏語版Centre Pompidou, 英語版Thames & Hudson, 2023, p.263)の年譜には、リシエがブールデルのアトリエに入ることを斡旋したのはウジェーヌ・ルディエ(アレクシス・ルディエ鋳造所の当主)であり、ブールデルは自分のアトリエに生徒をもはや受け入れていなかったと記されている。 グランド・ショミエールでのブールデルによる授業についてはアメリ・シミエ Amélie Simier(当時:パリ、ブールデル美術館館長、現在:パリ、ロダン美術館館長)「「教育の全ての型を破壊しなければなりません」 ブールデルの学校で。—ブールデルは生徒たちにどのような教育を行ったのか?」を参照。『国際カンファレンス記録集 東アジアにおけるブールデル・インパクト』(武蔵野美術大学彫刻学科研究室、2021年)に収録。 『Germaine Richier』p.263にもブールデル美術館が所蔵する同じ写真が掲載されており、リシエが含まれているとの解説がある。同書では撮影時期が1928年とされているが、清水多嘉示アーカイブに残る写真の裏には清水の直筆で「1927年」と記されている。 引用は主旨。矢内原伊作「ジェルメーヌ・リシエの世界」『みづゑ』632、1958年3月号、p.20 清水多嘉示「ブルデルの思ひ出 Emile Antoine Bourdell 1861–1929」『新美術』14、1942年9月号、p.7 矢内原伊作、前掲書p.19 清水多嘉示「素朴な彫刻家たち」『芸術新潮』第6巻、1955年5月号、p.169 編集部註 前会期から作品を大幅に入れ替えた「新収蔵&特別公開|ジェルメーヌ・リシエ《蟻》 インターナショナル編」(4月16日–8月25日)では佐藤玄々(朝山)、保田竜門、武井直也らの作品も展示されている。 『現代の眼』639号

No image

「TRIO展」萬鉄五郎《裸体美人》展示期間の変更について

「TRIO パリ・東京・大阪 モダンアート・コレクション」(5月21日~8月25日)に出品される萬鉄五郎《裸体美人》は通期展示の予定でしたが、作品保護のため展示を一時休止することとなりました。なお、展示休止期間中は萬鉄五郎《裸婦(ほお杖の人)》を展示いたします。 来場をご予定の際には、下記の展示期間を事前にご確認くださいますようお願い申し上げます。 展示期間 萬鉄五郎《裸体美人》(重要文化財)1912年 5月21日(火)~7月21日(日) 8月9日(金)~8月25日(日) 萬鉄五郎《裸婦(ほお杖の人)》1926年 7月23日(火)~8月8日(木) いずれも東京国立近代美術館蔵

No image

眠り

永井荷風著『濹東綺譚』挿絵26

Page Top