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所蔵作品展 MOMATコレクション(2024.4.16–8.25)
2024年4月16日-8月25日の所蔵作品展のみどころ 山口勝弘《ヴィトリーヌ No.47(完全分析方法による風景画)》1955 年 MOMATコレクションにようこそ! 当館コレクション展の特徴をご紹介します。まずはその規模。1952年の開館以来の活動を通じて収集してきた13,000点超の所蔵作品から、会期ごとに約200点を展示する国内最大級のコレクション展です。そして、それぞれ小さなテーマが立てられた全12室のつながりによって、19世紀末から今日に至る日本の近現代美術の流れをたどることができる国内随一の展示です。今期のみどころ紹介です。5室「パリのサロン」、9室「『20 Photographs by Eugène Atget』」、10室「東西ペア/三都の日本画」は、企画展「TRIO パリ・東京・大阪 モダンアート・コレクション」(5月21日~)に関連した展示です。また3階7、8室「プレイバック「日米抽象美術展」(1955)」は、当館黎明期の重要展覧会を再現VRなどを駆使して振り返る企画第二弾です。そのほか前会期好評だった1室「ハイライト」の鑑賞プログラムの試み、12室「作者が語る」は作品を入れ替えて継続します。 今期も盛りだくさんのMOMATコレクション、どうぞお楽しみください。 今会期に展示される重要文化財指定作品 今会期に展示される重要文化財指定作品は以下の通りです。 原田直次郎《騎龍観音》1890年、護国寺蔵、寄託作品|1室 和田三造《南風》1907年|1室 岸田劉生《道路と土手と塀(切通之写生)》1915年|2室 中村彝《エロシェンコ氏の像》1920年|3室(展示期間:2024年6月16日まで) 原田直次郎《騎龍観音》1890年、護国寺蔵、寄託作品 和田三造《南風》1907年 岸田劉生 《道路と土手と塀(切通之写生)》1915年 中村彝《エロシェンコ氏の像》1920年 展覧会について 4階 1-5室 1880s-1940s 明治の中ごろから昭和のはじめまで 「眺めのよい部屋」美術館の最上階に位置する休憩スペースには、椅子デザインの名品にかぞえられるベルトイア・チェアを設置しています。明るい窓辺で、ぜひゆったりとおくつろぎください。大きな窓からは、皇居の緑や丸の内のビル群のパノラマ・ビューをお楽しみいただけます。 「情報コーナー」開館70周年を記念してMOMATの歴史を振り返る年表と関連資料の展示コーナーへとリニューアルしました。年表には美術館の発展に関わる出来事のほか、コレクションの所蔵品数や入場者数の推移を表したグラフも盛り込んでいます。併せて、所蔵作品検索システムもご利用いただけます。 1室 ハイライト パウル・クレー《花ひらく木をめぐる抽象》1925年 展示風景(クレー作品への問いかけシート)撮影:大谷一郎 3000㎡に200点近くが並ぶ、所蔵作品展「MOMATコレクション」。「ハイライト」では近現代美術を代表する作品を揃え、当館のコレクションの魅力をぎゅっと凝縮してご紹介しています。日本画のコーナーでは、前期(4月16日―6月16日)は加山又造の《千羽鶴》を、後期(6月18日―8月25日)は鏑木清方の《墨田河舟遊》を展示します。ガラスケースの中では、新収蔵品《渡船・雨宿芝山象嵌屏風》をはじめとする国立工芸館の名品も合わせてご覧いただけます。ケースの外には、重要文化財の原田直次郎《騎龍観音》、和田三造《南風》のほか、日本近代洋画の人気作品や日本の前衛美術に大きな影響をもたらした西洋の作家たちの作品を並べました。今回はいつもの作品解説のほかに、鑑賞のきっかけとなるような問いかけを示しました。これらの問いかけは、子どもから大人まで多くの方々が参加してきた当館の鑑賞プログラムでの実践をもとに選んでいます。MOMATコレクションと初めて出会う方も、すでに顔なじみの方も、さまざまな視点から作品をじっくり眺めて、肩の力を抜いて鑑賞をお楽しみください。 2室 1910年代―個への目覚めと多様性 関根正二《三星(さんせい)》1919年 ヨーロッパで学んだ美術家たちが相次いで帰国し、美術・文芸雑誌が次々と創刊されて、ヨーロッパの新しい美術や考えが盛んに紹介された明治時代の末、1910年頃。しかしこの時代は、海外からの刺激に共感しながらも、同時に自分自身のものの見方や考えに基づいた自己表現を追究した時代でもありました。 既成概念にとらわれず、芸術家が自己表現を追い求める自由をよしとした、高村光太郎の「人が『緑色の太陽』を画いても僕はこれを非なりと言わないつもりである」(1910年)は、そうした大正時代の個性主義の幕開けを象徴する言葉として知られています。日本画においても、伝統や様々な過去の作品のとらえ直しや研究の中から、画家個人の資質を活かした題材や表現の探究がみられます。こうして1910年代は、個への意識にうながされた多様な表現が生み出されることになりました。 3室 大戦とバブル 藤田嗣治《パリ風景》1918年 「戦争があるなんて、作り話ぢやないのかしらん」―小川未明の小説『戦争』(1918年)には、日本が戦争に参加し多くの死者が出ていることを信じたくない作者の心境と、海外で起きていることに無関心な市民の様子が描かれています。第一次世界大戦に直接関わる日本の美術作品もほとんどありません。むしろ日本は当時、軍需品の輸出によって好景気を迎え、「成金」と呼ばれる企業家が続々と登場していました。この部屋に並ぶ作品はおよそ10年のうちに作られた作品群ですが、歴史の諸相をよく伝えるでしょう。藤田嗣治が描く重く寂しいパリの風景と、同時期に外国貿易で栄えた門司港を描いた柳瀬正夢の絵はじつに対照的。大戦中に起こったロシア革命から逃れてきたニンツアは、同じ頃に新宿中村屋に身を寄せていました。村山知義、古賀春江、岡本唐貴らの作例に見るように、海外から影響を受けて日本で前衛傾向が高まるのもこの時代です。 4室 長谷川利行 東京放浪 長谷川利行《カフェ・パウリスタ》1928年 無頼、天衣無縫、放浪と飲酒のデカダンス。生き様も画風も同じく嵐のようであった長谷川利行が関西から上京してきたのは30歳を迎える1921年のこと。独学で始めた油絵は白を基調に鮮やかな色彩が走る激しい作風が特徴で、大きな画面もたった数時間で仕上げてしまう速筆が評判でした。彼のアトリエとなったのは関東大震災(1923年)後の東京の盛り場や下町です。《カフェ・パウリスタ》と《ノアノアの女》に描かれているのは当時流行の最先端であったカフェ。《タンク街道》《鉄工場の裏》《お化け煙突》はいずれも、労働者が集まっていた隅田川沿いの江東地域の風景です。ときに「肖像画の押し売り」をしながら街をうろつきまわっていた長谷川の絵は、スピードに満ちた迫力がある一方で、ナイーブで詩的な印象を覚えさせます。およそ100年前の東京を思い浮かべつつ、無造作になすりつけられたような筆が生み出す不思議な広がりをお楽しみください。 5室 パリのサロン 石井柏亭《サン・ミシェル橋》1923年 今日では美術館をはじめ作品を展示する場は多岐にわたりますが、およそ100年前の芸術家たちにとって、サロン(公募展)は重要な発表の舞台でした。フランスでは、1880年に国家主催のサロンが民営化されて以降、次々と新たなサロンが枝分かれし、20世紀に入ると、フォーヴィスムやキュビスムが生まれる土壌となります。とりわけ、サロン・デ・ザンデパンダン(1884年設立)、サロン・ドートンヌ(1903年設立)、サロン・デ・チュイルリー(1923年設立)には多くの芸術家が参加しました。こうしたサロンに出品したのはフランス人だけではありません。第一次世界大戦終結後の1920年代、世界中から芸術家たちがパリに集いました。好景気とシベリア鉄道の開通を背景に、日本からも大勢が訪れ、パリに暮らす日本人画家は一時300人を超えたと言います。彼らはこぞってパリのサロンに作品を送りました。ここでは、サロンの常連だった西洋の画家の作品とともに、サロンに挑んだ日本人画家たちの滞欧作を中心に展示します。 3階 6-8室 1940s-1960s 昭和のはじめから中ごろまで9室 写真・映像10室 日本画建物を思う部屋(ソル・ルウィット《ウォールドローイング#769》) 6室 興亜のまぼろし 和田三造《興亜曼荼羅》1940年 第二次世界大戦下の日本は、欧米列強の支配からアジアを解放するというビジョン―和田三造の《興亜曼荼羅》に示されるような、いわゆる「大東亜共栄圏」構想を掲げ、インドネシアやフィリピン、ビルマ(現在のミャンマー)など南方に進出しました。その背景には、石油や鉄鋼などの資源や航空基地の獲得といった戦争遂行上の目的がありました。占領地域では日本語教育などの皇民化政策がとられ、現地の人々は日本の戦時体制に組み込まれていきます。画家たちは「彩管報国」(絵筆で国に報いること)の理念のもと、戦争画を描きました。軍から委嘱された画家もいれば、自ら志願して現地に赴いた画家もいます。各地の戦闘場面や風俗を描いた絵画は、観衆の領土拡大への意欲を後押しし、戦意高揚に貢献しました。描かれた人々の表情には、画家たちのどのような眼差しが込められているのでしょうか。 7室 プレイバック「日米抽象美術展」(1955)① 「日米抽象美術展」(1955)展示風景 7・8室では、国立近代美術館(東京・京橋)で開催された「日米抽象美術展」(1955年4月29日―6月12日)を振り返ります。同展はアメリカ抽象美術家協会(AAA)が「第18回アメリカ抽象美術展」(1954年3月7日―28日、ニューヨーク、リヴァーサイド美術館)を開催するに際して、同協会から長谷川三郎(1906–1957)に日本の抽象作品の出品要請がなされたことをきっかけとしています。この展示のために長谷川は日本アブストラクト・アート・クラブを設立し、この要請に応えています。「日米抽象美術展」はそのお返しとしてAAAの抽象作品を招いて行われたのでした。この時期の日本では、さまざまな国際展が開かれてもいました。国立近代美術館の1階から3階にかけて行われた展示の会場構成を手掛けたのは、当時東京大学工学部の助教授であった建築家の丹下健三でした。1階では日本の彫刻作品、2階にはアメリカ側の作品、3階には日本側の作品が展示されました。7室では、残された資料や記録のほかに、それらを元に制作した展覧会再現VRを通して当時の様子をご覧いただけます。 8室 プレイバック「日米抽象美術展」(1955)② 篠田紅紅《風》1972年 8室では、所蔵品の中から「日米抽象美術展」の出品作家による作品を展示しています。同展で実際に展示された作品は、山口勝弘《ヴィトリーヌ No.47(完全分析方法による風景画)》(1955年)と、ハンス・リヒター《色のオーケストレーション》(1923年)の2点になります。「日米抽象美術展」は、日本とアメリカの抽象美術を並べて展示するのではなく、3階と2階のフロアにそれぞれ分けて展示することで、両国の抽象美術の今を対比的に検証する構成となっていました。また、日本側の一角には井上有一(1916–1985)や上田桑鳩(1899–1968)、篠田桃紅(1913–2021)、森田子龍(1912–1998)らによる前衛書(墨象)が展示されており、書と絵画が並ぶ初めての機会でもありました。1950年代は、世界的にも日本の書への関心が高まっていただけでなく、抽象美術と前衛書が最も接近していた時期でもありました。当時の新聞や雑誌に掲載された展覧会評には、両国いずれの作品が優れているかなどの議論が交わされています。資料も併せてご覧ください。 9室 『 20 Photographs by Eugène Atget』 ウジェーヌ・アジェ《『20 Photographs by Eugène Atget』より 紳士服店》1925年 (printed 1956) ベル・エポックに華やぎ、近代化と都市改造が進むパリとその郊外で、失われるかもしれない風景や街路、労働者、商店、室内装飾、庭園等を写真で記録し続けたのがウジェーヌ・アジェでした。今回展示しているのは、アジェのガラス乾板ネガから、写真家ベレニス・アボットによってプリントされた20点組ポートフォリオ作品です。1920年代にパリでマン・レイの助手を務め、自身のスタジオも持っていたアボットは、アジェの作品から強い影響を受けた写真家のひとりです。アボットは晩年のアジェの作業場を度々訪れては写真や撮影について対話し、交流を深めました。アジェは主題と調和する、当時すでに時代遅れだった撮影機材とプリント技法で写真制作をしていましたが、アボットはその諧調を損なわず、ネガに含まれた情報を最大限引き出せるよう、暗室で試行錯誤を重ねました。画像の保存性と耐久性を高めるため銀塩印画紙に金調色したプリントには、撮影から100年、プリントから60年以上経った今なお、アジェが後世に残したかったイメージと共に、アボットが大切にした写真の本質を見て取ることが出来ます。 10室 東西ペア/三都の日本画 フランシス・ベーコン《スフィンクス−ミュリエル・ベルチャーの肖像》1979年 手前のコーナーでは、洋の東西を越えて共通点を持つ国内・海外の作品をペアでご紹介します。当館が初めて海外作家の絵画を購入したのは、開館から四半世紀後となる1977年のことでした(アルベール・グレーズ《二人の裸婦の構成》)。MOMATコレクションは19世紀末から今日に至る日本の近現代美術の流れをたどることを柱としていますが、その流れの中に海外作品も織り込むことで、日本の近現代美術の地域性や、地域を超えた普遍性を捉えなおす機会が生まれます。それぞれのペアのつながりをぜひ探してみてください。奥のケースでは、1階で開催されるTRIO展(5月21日~)にあわせて、三都の日本画を紹介しています。三都と言っても、ここでは東京、京都、大阪の三都。出身地や居住地などでこの三つの都市と関わりの深かった日本画家の作品を選び、キャプションにそれぞれ区別できるシールを貼って示しています。描かれた主題や風俗、表現などに地域性が見いだせるか否かを考えながらご覧いただければと思います。 2階 11室 黙(らない)、認(めない) 山城知佳子《肉屋の女》2016年 山城知佳子《肉屋の女》には、沖縄の米軍基地内の「黙認耕作地」にある闇市が登場します。「黙認耕作地」とは、沖縄での地上戦後に米軍が強制接収した土地のうち、元の所有者による耕作が「黙認」された区域を指しています。無かったこと、知らなかったことにされている事実や記憶と、私たちはどのように向き合うことができるでしょうか。このコーナーでは、日本とアメリカという国家に抑圧される沖縄を起点に、暴力やジェンダーなどのテーマを扱う山城知佳子、自身が歴史や社会の中で構成されてきた「女」であることを引き受けながら、個々の生きる営みを眼差す石内都、戦後に日本国籍を失った在日韓国人として、日韓のはざまでアイデンティティを問い続ける郭徳俊の作品を紹介します。 彼らは「黙認」された人間や空間を具体化し、無闇に晒すのではなく、イメージの抑制や抽象化、異なる要素の並置といった表現手法を通じて、より開かれたかたちで、その複雑なありようを共有しようと試みています。 12室 作者が語る アーティスト・トーク第18回 辰野登恵子 作者だけが作品の意味や意義を知っているわけでは必ずしもなく、作品はいつも、私たちの解釈に開かれています。とはいうものの、やはり作者の言葉には強い説得力があります。当館では2005年から断続的にアーティスト・トークを開催し、その記録に取り組んできました。制作にまつわる考えを作者本人から聞くことができるのは、現代の美術ならではの大きな恩恵です。このほど、アートライブラリで公開していた過去のトークに英語字幕を付けて、ウェブサイトで公開いたしました(第一弾として21本を公開し、順次追加予定)。これにちなんで、菊畑茂久馬、辰野登恵子、堂本右美、中村宏の4作家のトーク映像とともに、作品を紹介します。小部屋で上映している加藤翼の映像作品には、作者インタビューのご案内を付しました。 作者が語る貴重な資料と合わせて、作品をあらためてじっくりご覧ください。また、ウェブサイトを通じて、ご家庭でもアーティストの言葉をお楽しみいただければ幸いです。 開催概要 東京国立近代美術館所蔵品ギャラリー(4F-2F) 2024年4月16日(火)~8月25日(日) 10:00–17:00(金曜・土曜は10:00–20:00) 入館は閉館30分前まで 月曜日(ただし4月29日、5月6日、7月15日、8月12日は開館)、4月30日、5月7日、7月16日、8月13日 一般 500円 (400円) 大学生 250円 (200円) ( )内は20名以上の団体料金。いずれも消費税込。 5時から割引(金曜・土曜) :一般 300円 大学生 150円 高校生以下および18歳未満、65歳以上、「MOMATパスポート」をお持ちの方、障害者手帳をお持ちの方とその付添者(1名)は無料。入館の際に、学生証、運転免許証等の年齢の分かるもの、障害者手帳等をご提示ください。 キャンパスメンバーズ加入校の学生・教職員は学生証または教職員証の提示でご観覧いただけます。 本展の観覧料で入館当日に限り、コレクションによる小企画「新収蔵&特別公開|ジェルメーヌ・リシエ《蟻》インターナショナル編」(2F ギャラリー4)もご覧いただけます。 5月18日(土)(国際博物館の日) 東京国立近代美術館
新収蔵&特別公開|ジェルメーヌ・リシエ《蟻》 インターナショナル編
フランスの彫刻家ジェルメーヌ・リシエの彫刻《蟻》(1953年)を初公開します。リシエ(1902–1959)は、第二次大戦後における女性彫刻家の先駆的存在の一人で、近年その再評価が急速に進んでいます。オーギュスト・ロダンの助手、エミール=アントワーヌ・ブールデルに学び、古典的彫塑の手法を守った点で近代彫刻の正当な継承者と言える一方、人体と自然界・動植物のイメージを有機的に結合させた独自の作風を確立して注目を浴びますが、キャリア全盛期に病に倒れました。 前会期では、リシエの《蟻》を起点に、時代的、テーマ的に関連づけられる日本人アーティストの作品を中心に展示を構成しました。今会期は「インターナショナル編」と題し、《蟻》はそのままに、フランス、イタリア、アメリカほか当館の海外作家の作品を中心にご紹介します。人脈的なつながり、形体的なつながり、多方向にその網を張りめぐらす、リシエの彫刻の豊かな表現をお楽しみください。 ジェルメーヌ・リシエ《蟻》1953年 撮影:大谷一郎 開催概要 東京国立近代美術館2Fギャラリー4 2024年4月16日(火)~8月25日(日) 10:00–17:00(金曜・土曜は10:00–20:00)入館は閉館30分前まで 月曜日(ただし4月29日、5月6日、7月15日、8月12日は開館)、4月30日、5月7日、7月16日、8月13日 一般 500円 (400円) 大学生 250円 (200円) ( )内は20名以上の団体料金。いずれも消費税込。 5時から割引(金曜・土曜) :一般 300円 大学生 150円 高校生以下および18歳未満、65歳以上、「MOMATパスポート」をお持ちの方、障害者手帳をお持ちの方とその付添者(1名)は無料。入館の際に、学生証、運転免許証等の年齢の分かるもの、障害者手帳等をご提示ください。 キャンパスメンバーズ加入校の学生・教職員は学生証または教職員証の提示でご観覧いただけます。 ※「友の会MOMATサポーターズ」、「賛助会MOMATメンバーズ」会員の方は、会員証のご提示でご観覧いただけます。 ※「MOMAT支援サークル」のパートナー企業の皆様は、社員証のご提示でご観覧いただけます。(同伴者1名迄。シルバー会員は本人のみ) 本展の観覧料で入館当日に限り、所蔵作品展「MOMATコレクション」(4-2F)もご覧いただけます。 5月18日(土)(国際博物館の日) 東京国立近代美術館
肉屋の女
資料紹介#6 | 初日カバー
初日カバー 美術館では展覧会のポスター、チラシ、チケット、会場で配布される出品リストやマップ等、多種多様な印刷物が日々生み出されていますが、開館や周年といった記念日には特別な印刷物が制作されます。本稿では、その中から初日カバーをご紹介します。初日カバーとは、封筒に新しく発行された記念切手を貼り、発行当日の消印を押して製作されたもので、切手が発行された初日に作られることがその名の由来です。初日カバーの封筒には切手にちなんだ図案(カシェ)が施され、例えば、版画家の川瀬巴水や名取春仙もカシェの作品を残しています。 東京国立近代美術館は、1969年に京橋から現在の竹橋に移転し、6月11日に開館式が開かれました。同日に開館記念の切手が発行され、美術館の外観がデザインされた消印も用意されましたが、それらの原画を手掛けたのは、当時郵政省の職員を務めていた大塚均1でした。初日カバーのカシェにも、大塚がデザインしたものが含まれています(No. 1、2、6)(詳細は図とリストをご確認ください)。アートライブラリでは、この初日カバーを16種類所蔵しています(当時、初日カバーが何種類作成されたかは不明)。カシェには美術館の外観を題材にしたものが多く見られますが、角度や構図、色使いは一点一点異なります。外観以外にも、展示風景や絵筆とパレット、花、城、牛等が描かれたものや、No.13 のように、なぜか東京国立博物館が所蔵する黒田清輝の素描《女の顔》(1889年)によく似た女性の肖像画が描かれたものなど、バラエティに富んでいます。 1969年の開館記念の初日カバーの他にも、2012年の開館60周年記念の初日カバーなどもあります。アートライブラリでは、このような印刷物も美術館の歴史を伝える資料として保存しています。 利用にあたっては、事前申請手続きが必要です2。詳しくはウェブサイトをご確認ください。 註 大塚均(1911–98年)山口県生まれ。1935年に東京高等工芸学校工芸図案科を卒業後、逓信省に入省し、切手デザインに従事。1945年に逓信省を退職し、島根県立益田農林高校等で美術教師を務める。1958年、再び郵政省に入省し、74年まで勤務。 1969年の開館記念の初日カバー14種類は当館4階の情報コーナーにて2024年4月16日から8月25日まで展示しています。展示後は、事前申請手続きの上、ライブラリで閲覧することが可能です。 東京国立近代美術館開館記念郵便切手 No. 記念切手、記念消印消印日付図案(カシェ)のデザイン [ ]は執筆者による捕捉 図案(カシェ)の原図作者 版元資料ID1東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日内部展示[彫刻、絵画]大塚均(株)松屋1900073212東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日展示風景[鑑賞者]大塚均(株)松屋1900073233東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日[美術館外観]1900073244東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日[美術館外観]銀座わたなべ1900073255東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日[美術館外観とイサム・ノグチ《門》]省三 1900073266東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日[美術館外観]大塚均 全日本郵便切手普及協会1900073277東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日[美術館外観]郵政弘済会1900073288東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日[美術館外観]郵政弘済会1900073299東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日[美術館外観とアヤメ]NCC19000733010東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日[美術館外観とバラ]日本郵趣協会19000733111東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日[美術館外観と江戸城]森正元宮崎19000733212東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日[パレットと絵筆]久野実BSB19000733313東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日 [女性の肖像画と鳥]NFC19000733414東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日[裸婦]T. Setoguchiカバースタジオ19000733515東京国立近代美術館開館記念 1969年6月14日[美術館外観]切手文化部19000733616東京国立近代美術館開館記念 1969年6月11日[牛]成瀬敏男FKK木版19000733717ふみの日小型印記念〈明治・大正・昭和の銘建築〉東京国立近代美術館工芸館2004年10月23日 [東京国立近代美術館工芸館の外観]細川武志19000734318東京国立近代美術館開館60周年京都国立近代美術館開館50周年2012年6月1日 [上村松園《母子》]19000734419東京国立近代美術館開館60周年京都国立近代美術館開館50周年2012年6月1日 [土田麦僊《湯女》]日本郵趣協会190006037 『現代の眼』639号
TRIO パリ・東京・大阪 モダンアート・コレクション|企画者クロストーク|TRIO展の舞台裏
パリ市立近代美術館、東京国立近代美術館、大阪中之島美術館のコレクションによるTRIO展は、3館のキュレーターの共同企画によって実現しました。なぜこの3館で展覧会を開催することになったのか、トリオという枠組みがどのように生まれたのか、そしてどのようにトリオを組んでいったのか。東京と大阪の企画者が、TRIO展というユニークな展覧会の舞台裏を語り尽くします。 2024年06月29日(土)14:00-15:00(開場は13:30) 横山由季子(本展企画者、東京国立近代美術館研究員)高柳有紀子(本展企画者、大阪中之島美術館主任学芸員) 東京国立近代美術館 地下1階講堂 140名(先着順) 事前予約不要 参加無料(観覧券不要) イベントの撮影・録画・録音はお断りしております。 イベント参加後の展覧会への再入場は可能です。 内容や日時は都合により変更となる可能性がございます。あらかじめご了承ください。 イベントのオンライン同時配信、アーカイブ配信はありません。
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中山正
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小林ドンゲ
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セラ、 リチャード
リシエが師ブールデルから学んだもの
図1 会場風景(左から2番目が柳原義達《犬の唄》|撮影:大谷一郎 ジェルメーヌ・リシエの《蟻》が新たに収蔵された。そのお披露目として企画された本展示には館蔵品の中から、「多方向にその網を張りめぐらす」1リシエに時代やテーマにおいて関連する作品29点が陳列された。正直なところ、この展示に雑多で脈絡を欠いている印象を受けた。またリシエが師と仰ぐアントワーヌ・ブールデルのテラコッタレリーフ4点は没後の複製で、国立西洋美術館の所蔵作品を展示できれば…と思わずにいられなかった。 それでも、彼女と同時期にブールデルに学んだ金子九平次と清水多嘉示、そしてリシエをよく理解してその影響を受けた柳原義達の作品が展示されたことの意味は大きい。金子の1925年滞仏作《C嬢の像》がブロンズ、清水の1926年滞仏作《アルプス遠望》は油彩だが、これらはリシエがブールデルのもとで学んでいた頃のものと言える。 図2 会場風景(右から2番目が金子九平次《C嬢の像》)|撮影:大谷一郎 南フランスのサロン・ド・プロバンスに近いグラン出身のリシエは、1926年にモンペリエのエコール・デ・ボザールを卒業するとパリに来て、ブールデルが亡くなる29年まで彼の個人アトリエの生徒となって助手を務めた。そこでは彼女の夫となるオットー・ボーニンガー、アルベルト・ジャコメッティ、エマヌエル・オリコスト、マルコ・セルボノヴィッチ等が仕事をしていた2。また彼女はブールデルが教えるアカデミー・ドゥ・ラ・グランド・ショミエールでも学んでおり、ここで撮られた幾つかの写真にリシエが居る。1920年代のグランド・ショミエールには金子や清水のほかに佐藤朝山、保田龍門、武井直也がいて、またジャコメッティもリシエの級友の一人だが、彼らの作品が展示に含まれていなかったのは残念である。[編集部註] グランド・ショミエールは入学試験がなく誰でも入れる「自由学校」で、出席点呼もなく、生徒たちはチケットを購入してデッサンと彫刻の授業を受けた。生徒は東欧、バルカン諸国、南北アメリカ、極東からの外国人が多数を占め、その半数以上が女性であった。ブールデルは毎週1日、木曜日か金曜日にここで教え、「「自分自身の歌を歌う」ことを[生徒たちに]学ばせた独自の教育」—生徒たちが「魂を生み出すよう産婆役を勤ママめます」—を実践した3。ブールデルは生徒に自身の様式を模倣することを求めず、それぞれの資質を尊重し、生徒の作品にほとんど手を入れることはなかったと伝えられる。ブールデルによる実習の様子、その教育をここで学んだ多くの彫刻家たちが書き残している。生徒たちの中から選ばれた者たちは、午前にグランド・ショミエールで勉強した後、午後にブールデルのアトリエで師の仕事を手伝うことができた。ブールデルのもとからは第二次大戦後に活躍する多くの重要な彫刻家そして画家が輩出した。 1927年にグランド・ショミエールで撮影されたブールデルを囲む生徒たちの写真[図3]が清水多嘉示アーカイブに残されている。手前右端が清水、リシエはその左後方の二人の女性の間から視線をカメラに向けずに顔をのぞかせる額にバンドを巻いた女性ではないかと思われる4。 図3 ブールデルを囲む生徒たち|提供:清水多嘉示アーカイブ(所蔵:八ヶ岳美術館 原村歴史民俗資料館) ブールデルのアトリエでリシエはアダム・ミツキェヴィチの記念碑、師の最後の作品となるモンソー・レ・ミーヌの戦争記念碑に協力した。「ブールデルの仕事をどう思うか」という問いに、リシエは「ブールデルは偉大な人物で立派な教師であるが、制作については何の影響も受けていない。彼から学んだことは真実をみるということだけだ」と語っている5。彫刻における「真実」について、清水はブールデルの言葉として「自然の構成コンストラクシヨン(建築的要素)に注意を拂はなければならない。/構成は實在で肉付は常に變るものだ」「表面のコツピイをしてはいけない」と記している6。リシエは「私は何を製作する場合でも幾何学的構成を何度も試みます」「真の抽象は事物の内部にある」と述べている7。 展示には清水の《裸婦》(1967年)が出品されていたが、リシエの《蟻》(1953年)[図4]と私が対照させたいのは《みどりのリズム》(1951年)[図5]である。二人が師から得た共通するもの—《弓をひくヘラクレス》(1909年)[図6]にあるような—を誰もが感じるだろう。 図4 ジェルメーヌ・リシエ《蟻》1953年東京国立近代美術館蔵|撮影:大谷一郎 図5 清水多嘉示《みどりのリズム》1951年、武蔵野美術大学美術館蔵|撮影:李政勲 図6 エミール=アントワーヌ・ブールデル《弓をひくヘラクレス》1909年国立西洋美術館蔵|撮影:(c) 上野則宏 1955年に清水はリシエを次のように評している。「彼女はフランス彫刻界の特異な存在である。何れかといふと具象形體に属する作品だが、非常に嚴しいアンテリュールつまり内部構造の追求を、彼女の作品は提示してゐる」「プロセスに於けるアンテリュール追求の度合だけがその作品の價値となつてゐる様に見える」8。 その実例として、私はリシエの《オラージュ》(1947–48年)を示そう[図7]。この作品が本展に出品された柳原義達の《犬の唄》に与えた影響は述べるまでもあるまい。 註 「『新収蔵&特別公開|ジェルメーヌ・リシエ《蟻》』 展覧会について」、東京国立近代美術館ウェブサイト https://www.momat.go.jp/exhibitions/r5-3-g4[2024年2月14日閲覧] 『Germaine Richier』(仏語版Centre Pompidou, 英語版Thames & Hudson, 2023, p.263)の年譜には、リシエがブールデルのアトリエに入ることを斡旋したのはウジェーヌ・ルディエ(アレクシス・ルディエ鋳造所の当主)であり、ブールデルは自分のアトリエに生徒をもはや受け入れていなかったと記されている。 グランド・ショミエールでのブールデルによる授業についてはアメリ・シミエ Amélie Simier(当時:パリ、ブールデル美術館館長、現在:パリ、ロダン美術館館長)「「教育の全ての型を破壊しなければなりません」 ブールデルの学校で。—ブールデルは生徒たちにどのような教育を行ったのか?」を参照。『国際カンファレンス記録集 東アジアにおけるブールデル・インパクト』(武蔵野美術大学彫刻学科研究室、2021年)に収録。 『Germaine Richier』p.263にもブールデル美術館が所蔵する同じ写真が掲載されており、リシエが含まれているとの解説がある。同書では撮影時期が1928年とされているが、清水多嘉示アーカイブに残る写真の裏には清水の直筆で「1927年」と記されている。 引用は主旨。矢内原伊作「ジェルメーヌ・リシエの世界」『みづゑ』632、1958年3月号、p.20 清水多嘉示「ブルデルの思ひ出 Emile Antoine Bourdell 1861–1929」『新美術』14、1942年9月号、p.7 矢内原伊作、前掲書p.19 清水多嘉示「素朴な彫刻家たち」『芸術新潮』第6巻、1955年5月号、p.169 編集部註 前会期から作品を大幅に入れ替えた「新収蔵&特別公開|ジェルメーヌ・リシエ《蟻》 インターナショナル編」(4月16日–8月25日)では佐藤玄々(朝山)、保田竜門、武井直也らの作品も展示されている。 『現代の眼』639号
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「TRIO展」萬鉄五郎《裸体美人》展示期間の変更について
「TRIO パリ・東京・大阪 モダンアート・コレクション」(5月21日~8月25日)に出品される萬鉄五郎《裸体美人》は通期展示の予定でしたが、作品保護のため展示を一時休止することとなりました。なお、展示休止期間中は萬鉄五郎《裸婦(ほお杖の人)》を展示いたします。 来場をご予定の際には、下記の展示期間を事前にご確認くださいますようお願い申し上げます。 展示期間 萬鉄五郎《裸体美人》(重要文化財)1912年 5月21日(火)~7月21日(日) 8月9日(金)~8月25日(日) 萬鉄五郎《裸婦(ほお杖の人)》1926年 7月23日(火)~8月8日(木) いずれも東京国立近代美術館蔵
