《我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか》
1897-98年 油彩・キャンバス ボストン美術館 Tompkins Collection-Arthur Gordon Tompkins Fund, 36.270 Photograph © 2009 Museum of Fine Arts, Boston. All rights reserved. 会場
東京国立近代美術館 企画展ギャラリー 会期
2009年7月3日(金)~9月23日(水) 開館時間
10:00-17:00(金・土曜日は10:00-20:00) 休館日
月曜日[7月20日(月・祝)、8月17日(月)、8月24日(月)、9月21日(月・祝)は開館]、7月21日(火) 観覧料
一 般 1500(1100)円 アクセス
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作品保護の観点から会場内の温度を低く設定しております。上着をお持ちいただくなど、体温調節しやすい服装でのご来館をおすすめいたします。皆様のご理解とご協力をお願いいたします。 主催
東京国立近代美術館、NHK、NHKプロモーション 後援
外務省、文化庁 協賛
損保ジャパン、大日本印刷、トヨタ自動車、三菱商事 特別協力
ボストン美術館、名古屋ボストン美術館 協力
日本航空 【ゴーギャンの最高傑作 日本初公開】
19世紀末の爛熟した西欧文明に背を向け、南海の孤島タヒチにひとり向かった画家ポール・ゴーギャン(1848-1903)。その波乱に満ちた生涯は、芸術に身を捧げた孤独な放浪の画家の典型といえるでしょう。 1章 内なる「野性」の発見
株式仲買人として成功を収めたゴーギャンは、デンマーク人女性メット・ガッドと結婚して幸福な家庭生活を送っていました。しかし、ピサロをはじめとする印象派の画家達との交友が深まるなかで、徐々に絵画への情熱が抑えがたくたかまり、1883年に突然、芸術家として生きる決意を固めます。家庭は破綻し、そこから画家の孤独な放浪が始まりました。印象主義の影響が色濃く残る初期のスタイルからの離脱は、ケルトの伝説が息づくブルターニュ地方との出会いを待たねばなりません。そこで画家は、形態を単純化し、縁取りのある平坦な色面によって堅固かつ装飾的な画面を構成するスタイルを確立します。それは、ゴーギャンの内なる「野性」とブルターニュの濃密な風土が共振して生まれたものでした。
2章 熱帯の楽園、その神話と現実
3章 南海の
1893年にパリに戻ったゴーギャンを待っていたのは、タヒチ時代の作品に対する無理解でした。パリの美術界に幻滅した画家は、1895年、二度とヨーロッパに戻らない覚悟で再びタヒチを目指します。しかし、健康状態の悪化と財政の逼迫により制作もままならない日々が続きます。ゴーギャンをさらに深い悲しみに突き落としたのが、最愛の娘の死の知らせでした。自らの運命を呪いながら、ゴーギャンは遺言としての大作《我々はどこから来たのか》の制作に着手します。絶望の淵での創作とはいえ、そこには人間存在への哲学的な思想が静かに語られていました。未開の地を求め続けた画家は、1901年にマルキーズ諸島に移住して、最後の日々を送ります。晩年の作品に頻繁に登場する馬は、彼岸に向けての旅立ちを暗示しているのかもしれません。
年譜
ポール・ゴーギャン 1848-1903
1848年 パリに生まれる。父はオルレアン出身のジャーナリスト、母はペルーの貴族の血統を引く女性解放運動家フローラ・トリスタンの娘だった。幼少期をペルーで過ごす。1855年頃帰国。 こどもセルフガイド 「ゴーギャンの冒険」 教職員鑑賞プログラム 「ゴーギャン展」先生のための鑑賞講座 「ゴーギャン展 高校生無料観覧日」 レストラン「クイーン・アリス アクア」 |
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