見る・聞く・読む

現代の眼 展覧会レビュー 「日⇆韓」で語りなおす

趙純恵 (チョウ・スネ 森美術館アソシエイト・キュレーター)

戻る

1965年、「日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約(日韓基本条約)」の批准書が両国間で交わされ、日韓の国交が正常化した。今年はその60周年にあたる。

当時の日韓は、時代の転換点ともいえる社会状況であった。日本は、安保闘争を皮切りにした学生運動が盛り上がりをみせつつも、高度経済成長の最盛期を迎えていた。いっぽう韓国では、軍事クーデターによって樹立した朴正煕(パク・チョンヒ)政権によって民主化の機運は完全に抑えられ、開発独裁というかたちで経済成長を遂げていた。日韓国交正常化は、それぞれのかたちで戦後や近代を引きずりながら、揺れ動く社会のなかで進められた。

「新収蔵&特別公開|コレクションにみる日韓」は、国交正常化60周年を契機とする小企画展だ。本展の展覧会レビューの執筆依頼をいただいた当初、日韓展にありがちな「平和や友好」といった陳腐な言葉が羅列された内容かもしれないと身構えたが、杞憂に終わった。展覧会場の入口に掲示された解説文では、1910年の日韓併合から現代までの歴史を、韓国側の視点で振り返り、さらに「在日コリアン」の存在にも明確に触れ、複雑な歴史に対する言葉を濁さない企画者の意思を感じた。東京国立近代美術館といえば、1968年に日本の国立美術館として初めて韓国美術を紹介した「韓国現代絵画展」を開催したことで知られる。以降、韓国美術を中心的に取り上げたグループ展としては、1996年の企画展1に次いで3回目となる。

図1 曹良奎《密閉せる倉庫》1957年、東京国立近代美術館蔵

本展の構成は、前半で戦前の朝鮮を旅しながら、植民地支配的な視線を内包する「ローカルカラー(郷土色)」を意識して描かれた、藤島武二やエリザベス・キースなどの油彩画や木版画に始まり、山田新一による朝鮮を舞台にした戦争画など、「朝鮮への一方的な近代的視線」が提示されていた。しかし、戦後日本に密航した曹良奎(チョ・ヤンギュ)の《密閉せる倉庫》(1957年)[図1]を境目とし、以降は1980年代まで、スタイルの類似点が指摘される日韓双方の同時代の作家の作品を混在させながら展示していた。全体としては、日韓併合から民主化までのおおよそ70年間の近現代美術の動きをダイジェスト的に鑑賞できる仕組みとなっていた。また本展は、韓国抽象表現の「単色画」動向を牽引した朴栖甫(パク・ソボ)と、初期のコンセプチュアル・アートを代表する成能慶(ソン・ヌンギョン)の新収蔵品のお披露目も兼ねていた[図2]。アジアの美術市場が高騰しているなか、韓国現代美術のなかでも特に重要な作品を新収蔵した東京国立近代美術館の収集力には感嘆せざるをえない。さらに、朴栖甫は先述した「韓国現代絵画展」で初来日し、日本で初発表を行ったことで知られ、その時に出会った李禹煥(イ・ウーファン)と長く親交を結び友情関係を築いていた2。このような人間ドラマも、展覧会場で隣同士に展示されている2人の作品から垣間見ることができるだろう[図3]。

図2 会場風景|ソン・ヌンギョン〈現場〉シリーズ、1985年、東京国立近代美術館蔵|撮影:柳場大

特筆すべき点は、曹良奎、李禹煥、郭徳俊(クァク・ドッチュン)、文承根(ムン・スングン)などの在日コリアン作家の存在感である。彼らは、日韓両国の狭間で翻弄されながら、自らのアイデンティティに立脚した独自性溢れる表現で作家人生を切り開いてきた。そのような作家の作品が展示されることにより、「日本と韓国」という並置ではなく、「日本⇆韓国」といった交差的な関係性が生まれるのである。在日コリアン作家は日韓美術史に新たな視点を提供する重要な存在であることを再認識させられた。

図3 会場風景|(右から)朴栖甫《描法 No.2-74》1974年、李禹煥《線より》1977年、いずれも東京国立近代美術館蔵|撮影:柳場大

日本ではなく韓国からの視点で歴史を振り返り、在日コリアン作家の作品を可能な限り多く展示する。一見地味でニッチな工夫かもしれないが、美術における対等性や植民地主義への問いに立ち戻ることが意識された本展は、小規模ながらも日本の国立美術館の展覧会として重要な意味を持つ。本展を企画した佐原しおり研究員は「これからも韓国近現代の美術作品に注目し、積極的に展示をしていきたい」と語ってくれた。支配/被支配の関係で植民地主義を経験した「隣国」としての日韓。両国とその狭間で生きた作家の作品は、過去をみつめ未来を想像する私たちに、これからも多くのことを教えてくれるだろう。

註 

1 「90年代の韓国美術から:等身大の物語」、1996年9月25日–11月17日、東京国立近代美術館、12月5日–1997年1月26日、国立国際美術館

2 黒田雷児「パク・ソボ 韓国独自の抽象絵画——手作業と素材が融合した至福の空間」、アジア美術資料室、https://asianart-gateway.jp/majorartists/9108/(2025年8月25日)

公開日:

Page Top