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教育普及 現代の眼 オンライン版 「水のいろ、水のかたち展」こどもセルフガイドの作り方
戻る国立工芸館では、夏季開催の展覧会にあわせて、子ども向けセルフガイドを作成しています。移転前の東京国立近代美術館工芸館時代から数えて、工芸館のオリジナルこどもセルフガイドは、今夏の「水のいろ、水のかたち展」で21種目となりました。
当館のこどもセルフガイドの大半は折本で、次に多いのはカード形式です。無償配布なので予算の都合…というのもありますが、完全に綴じた冊子体とは異なる構造も、鑑賞を促す仕掛けのひとつとなります。まず紙をどう折るか。作品図版との出合いのリズムやタイミングを計ります。全部伸ばし切ったときのサイズ感。子どもがタテに持っても引きずりにくく、ヨコに広げて一覧する視線の動きも想定します。そしてオモテとウラとの関係性。石川移転後の工芸館は、会場が1階(展示室1)と2階(展示室2・3)とに分かれたので、今回はフロアを表裏に分けてレイアウトしました。畳んだときの外側には1階の作品2点。表紙と奥付要素は作品数が少ないこちらの面にまとめ、「2階へつづく」矢印で、鑑賞者の館内でのアクションと連動させます[図1上]。紙を返した中面には、階段を上がり、2部屋に分かれた展示品をずらりと並べました。着物は会期半ばで展示替するので、延べ5点を掲載[図1下]。図版サイズを小さくしたくなるところですが、写真に切り取った視覚情報を目の前の展示品と比較し、発見を促すためにどんとアップで迫った印象とするのが工芸館風。文字は図版に沿わせて、視界に収めやすい2ページ(2折)単位で基本レイアウトを考えます。文字を読むときには写真がチラ、写真を眺めるときにも見出しがスッと忍んで来る、そんな風にしたいのです。
ここまで、セルフガイドの枠組み——形式やサイズと作品の割付などの話にずいぶん文字数を費やしてしまいました。とはいえ実際の制作でも、私たちにとってはここが一番の思案のしどころです。掲載作品の選定はこの時点までに、印刷物の設計と同時に進めています。展覧会のテーマをより効果的に伝えるために、印刷物のなかでもうひとつの展示空間を開く感覚です。ここまできたら、あとは必要な作業に集中するだけです。作品を通して伝えたい事柄を一旦写真に抽出し、そこにキャプションを添えていきます。
青い大きな文字は平仮名だったら読める小さなお子さん用。「読める」というのは文字を覚えた子どもたちにとっては誇りであり、新たな文字群は挑戦状です。まだ黙読は難しいと思いますので、会場ではぜひ声に出して読み、自らの声が耳に届き、頭蓋をそっと震えさせる体験とともに作品を味わいましょう。ただし「優しい声」で。どんな声が「優しい声」なのかは、案外子どもたち自身が工夫を凝らしてくれます。
さて、青い文字で書いたのは、作品を見るうえで提案したいキーワードです。まずは「ざぶーん」「うるうる」のような五感を起点とするオノマトペのグループ。「みぎへ ひだりへ」「つかってみたい」「ごーじゃす!」などの語句には、子どもたちの日常や経験を作品へのアプローチに重ねました。反対に「どとう(怒濤)」と「あぼし(網干)」は難解です。前者は荒々しい大波を指し、後者は漁網を干す情景から生まれた日本の伝統文様の名前ですが、きっと大人でもすぐに説明できなかったり、ご存じない方もいらっしゃるでしょう。タイトルや主題であっても触れずにおくのが一般的かもしれません。が、子どもたちと一緒に鑑賞していると、こうした難しい言葉は「大人っぽく」て「カッコイイ」らしく、呪文のように嬉しそうに唱える子も多いのです。まずは未知の語感を楽しみ、そこに含まれる日本の美的感性に瞬時触れる機会となればと思います。
青い文字の下、少し小さな文字で書いたテキストは大きなお子さん用です。キーワードに収れんさせた造形の力やそれを支える素材・技法をほんの少しずつ紹介しました。うっかりするとレシピブックのようになりがちな工芸の解説ですが、このセルフガイドでは、展覧会の趣旨に従い、「水」という普遍的な主題との距離感に焦点を置きました。
配布対象は「小学生以下」で、未就学児にも(ベビーにも!)お渡ししています。発達段階や個人差で受け止められる範囲や質は異なりますが、それも今年の夏だけの輝きです。一緒にお渡しする「ジロメガネ」(紙製の単眼鏡)とあわせ、ご家族のコミュニケーションツールとしてご活用いただけたらと願っております。
(『現代の眼』638号)
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