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展覧会レビュー MOMATコレクション 明治の工芸と美術の距離を再び縮める
戻る東京国立近代美術館の所蔵品ギャラリー2室を使った企画展示「迷い、挑む。明治の表現」。総展示件数11件と決して多くはないものの、企画の趣旨に沿って、新収蔵品が加わった同館と国立工芸館のコレクションの中から出品作品が選ばれた。明治という同じ時代に制作された美術と工芸、二館のコレクションを通じて見えてくる「明治の表現」、その特質にふれてみたい。

展示室に入りすぐに目に留まる初代宮川香山《鳩桜花図高浮彫花瓶》は、器表に不釣り合いなほど大きな桜と鳩の彫刻を貼り付けた花瓶。明治初期に横浜から世界へ向けて輸出を行った、香山の奇想天外な創意に溢れた作風である。立体である器物に、さらに立体の彫刻を組み合わせる。この過剰とも言える相乗効果が明治工芸を特色づけている。装飾過多な傾向は、隣の金森宗七《花鳥文様象耳付大花瓶》にも見てとれる。金森が活動した高岡銅器も明治期に輸出が盛んであった。銅素地の器に四分一や赤銅など色味の異なる金属を高肉象嵌することで、立体的かつ色彩感のある装飾をほどこした。一方、駒井音次郎《鉄地金銀象嵌人物図大飾皿》は、鍔などの刀装具を飾るものであった象嵌技法を主役へと飛躍させた作品である。駒井も輸出向けの作品を手掛けた金工家だが、細密な刀装具の世界から洋式邸宅を飾る大皿へと、作風転換の大きな振り幅がやはり明治という時代を象徴している。

写実を追求した迫真的な表現も「明治らしさ」の一つであるかもしれない。明治26年(1893)のシカゴ万博に出品された鈴木長吉《十二の鷹》を筆頭に、香川勝廣《銀製置物 蓑亀之彫刻》、五姓田芳柳《静舞》には、羽毛や装束の質感や細部へのこだわりとともに、金属や絹本といった素材に捕らわれない生々しさがある。それらは精緻な出来栄えを示すだけでなく、類まれなる技巧を身につけた名工たちの息吹を伝える。作品に対峙する私たちは、明治の作り手たちのモノづくりに対する妥協を許さぬ姿勢に圧倒され、視線はその作品細部へと吸い込まれていく。だが、それら目を見張るような装飾技術や迫真的な表現に絶対の信を置いた世代とは異なる、「迷い」のなかで作品を生み出した世代もあった。
横山大観《迷児》はそのタイトル通り、釈迦、孔子、老子、キリストに囲まれ不安げな幼児の姿を、裏箔をほどこした絹本に洋画のデッサンで用いる木炭によって描き出した。その他にも原田直次郎《騎龍観音》、橋本雅邦《臨済一喝》、中沢弘光《おもいで》と、いずれも宗教的な主題を扱った絵画作品が選ばれている。近世以前の在来の仏画とは異なる手法で、宗教的な観念や崇高さをどのように表しえるのか、それぞれの画家が凝らした工夫と格闘の跡が見られる。展示室の中でポツンと佇む高村光太郎《兎》は、父親である高村光雲《老猿》(東京国立博物館所蔵)の堂々たる量塊と比べると、か弱く繊細な表現が特徴だ。兎の姿には、外界に向けて鋭敏に神経を張り巡らせた、作者の意識のあり様を重ね合わせることもできるだろう。
出品作品のうち、最も古い制作時期が推定されているのは明治4年(1871)頃の初代宮川香山《鳩桜花図高浮彫花瓶》で、最も新しい作品は明治42年(1909)中沢弘光《おもいで》である。本企画には約40年間の「明治の表現」が凝縮されていると言えるが、もちろんこれだけで語り尽くせるものではない。たとえば、明治前期の工芸は輸出振興のため、絵画を応用することが政府によって推奨された。その国策を受けて、単に絵画的な図様を取り入れるだけではなく、金工、漆工、木工、染織、陶磁、七宝など様々な素材の工芸技法による額装形式の作品が生み出された。また、西洋の彫刻は伝統的な木彫以外にも少なからぬ影響を与えた。根付や床の間の置物を作っていた牙彫や金工では、作品の大型化が進み、人物モチーフが制作されるようになった。
輸出ものから官展出品作まで、世代の移り変わりとともに「明治の表現」の幅はじつに広い。同時代の文脈に置き直すことによって、絵画、彫刻、工芸が渾混然一体となった造形の世界が再び立ち現われる。本企画がまた新たな視点から編み直されることを期待したい。
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