展覧会

開催中 所蔵作品展

所蔵作品展 MOMATコレクション(2026.3.3–5.10)

会期

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会場

東京国立近代美術館所蔵品ギャラリー(4~2階)

2026年3月3日-5月10日の所蔵作品展のみどころ

初代宮川香山《鳩桜花図高浮彫花瓶》1871-82年頃、国立工芸館蔵
撮影:アローアートワークス ©2005

MOMATコレクションにようこそ! 

当館コレクション展の特徴をご紹介します。まずはその規模。1952年の開館以来の活動を通じて収集してきたおよそ14,000点の所蔵作品から、会期ごとに約200点を展示する国内最大級のコレクション展です。そして、それぞれ小さなテーマが立てられた全12室のつながりによって、19世紀末から今日に至る日本の近現代美術の流れをたどることができる国内随一の展示です。

今期の見所紹介です。4階2室は、当館と金沢の国立工芸館とのコラボレーション企画。鈴木長吉《十二の鷹》(重要文化財)や、新収蔵の金森宗七《花鳥文様象耳付大花瓶》など名品が目白押しです。

また毎年恒例の「美術館の春まつり」にちなみ、川合玉堂《行く春》、跡見玉枝《桜花図巻》など人気作品を惜しげもなくお見せします(3月3日―4月12日)。「春まつり」後(4月14日―5月10日)も豪華です。1階で開催の「下村観山展」(3月17日から)にちなみ、横山大観、菱田春草など観山をとりまく芸術家による素晴らしい作品群を集めました。

今期も盛りだくさんのMOMATコレクション、どうぞお楽しみください。

 今会期に展示される重要文化財指定作品

今会期に展示される重要文化財指定作品は以下の通りです。

  • 1室 川合玉堂《行く春》1916年
  • 2室 原田直次郎《騎龍観音》1890年、寄託作品、護国寺蔵
  • 2室 鈴木長吉《十二の鷹》より四、五、六 1893年
  • 3室 萬鉄五郎《裸体美人》1912年
  • 10室 菱田春草《賢首菩薩》1907年
  • ギャラリー4 新海竹太郎《ゆあみ》1907年

展覧会について

4階

1-5室 1880s-1940s 明治の中ごろから昭和のはじめまで

「眺めのよい部屋」

美術館の最上階に位置する休憩スペースには、椅子デザインの名品にかぞえられるベルトイア・チェアを設置しています。明るい窓辺で、ぜひゆったりとおくつろぎください。大きな窓からは、皇居の緑や丸の内のビル群のパノラマ・ビューをお楽しみいただけます。

「情報コーナー」

導入部にある情報コーナーには、MOMATの歴史を振り返る年表と関連資料を展示しています。関連資料も随時展示替えしておりますのでお見逃しなく。作品貸出中の他館の展覧会のお知らせや、所蔵作品検索システムも提供しています。

1室 ハイライト

ポール・セザンヌ《大きな花束》1892-95年

3000㎡に200点近くが並ぶ、所蔵作品展「MOMATコレクション」。「ハイライト」では近現代美術を代表する作品を揃え、当館のコレクションの魅力をぎゅっと凝縮してご紹介しています。

今期の日本画のコーナーは、前期(3月3日―4月12日)に川合玉堂の《行く春》(1916年、重要文化財)など花にまつわる作品を、後期(4月14日―5月10日)には樹々の新芽が美しい川端龍子《新樹の曲》(1932年)などを展示します。ケースの外では、この部屋だけで約100年のアートツアーができるよう、いちばん古いポール・セザンヌ《大きな花束》(1892–95年頃)から、いちばん新しい村上隆の2点(1996年)まで、制作年がおよそ10年刻みになるように人気の作品を選びました(一部には年代の重複もありますけれど)。約1年ぶりの登場となるアンリ・ルソーもこの機会にじっくりとご堪能ください。

2室 迷い、挑む。 明治の表現

横山大観《迷児》1902年

この部屋では東京国立近代美術館と国立工芸館の珠玉のコレクションを通じて、アジアの近代国家として歩みはじめた明治時代の日本の美術・工芸作品を紹介します。 当時はまだジャンルの枠組みが定まっていませんでしたが、絵画や彫刻の分野では、作家たちは西洋の写実的な技法を取り込みながら、自国の伝統を踏まえた新たな表現を打ち出そうと試行錯誤しました。他方、工芸の作家たちは伝統の技法をもとに、西洋に向けて精緻で華美な作品を制作していきました。新旧、和洋といった異質な要素を懸命に融合させた当時の表現は、今日の私たちの目にどのように映るでしょうか。

国立美術館が新たに収蔵した横山大観《迷児》(1902年)[前期展示(3月3日-4月12日)]、橋本雅邦《臨済一喝》(1897年)[後期展示(4月14日-5月10日)]、金森宗七《花鳥文様象耳付大花瓶》(1892年頃)[通期展示]などの名品も展示しています。どうぞお見逃しなく。

3室 花ひらく大正

高村光太郎《手》1918年頃
撮影:撮影:大谷一郎

彫刻家で詩人の高村光太郎は、評論「緑色の太陽」において芸術の絶対的な自由を訴え、同時代の芸術家たちに影響を与えました。ひとつ前の部屋に展示された《兎》と、この部屋にある《手》はどちらも彼の作品ですが、見比べてみると非常に対照的です。端正な木彫と、生命感に満ちたブロンズの量塊の対比は、明治から大正への時代の転換を感じさせます。

明治の名残をとどめる南薫造《六月の日》(1912年)にはじまり、萬鉄五郎の挑発的な筆触と色彩、そして浮世絵の伝統を受け継ぎつつ、新しい芸術性を生み出した新版画まで。多彩な展開をみせた大正期の美術の魅力をダイジェストでお届けします。

4室 能楽と歌舞伎

徳力富吉郎《壬生狂言》1933年

室町時代に観阿弥・世阿弥により大成された能楽(能・狂言)と、安土桃山時代に出雲阿国が創始したかぶき踊りから発展した歌舞伎。江戸時代に入ると能楽は武家社会に浸透し、歌舞伎は大衆に好まれました。明治維新後、能楽はパトロンを失い一時衰退しますが、やがて伝統回帰の波に乗り、公家や華族、新興の富裕層らに保護されて、より幅広い層へと広まります。他方、歌舞伎は政府の介入を受けつつも、新しいスタイルの新歌舞伎が生まれるなど、盛り上がりをみせます。このような気運の中、明治中期から大正にかけて、能楽を専門に描く能画家や、歌舞伎の役者絵で人気を博す画家たちが現れます。ここでは、彼らの次の世代に属する月岡玉瀞や鳥居忠雅が、それぞれ昭和初期に描いた能画や役者絵を紹介します。また、近代の日本画家たちも能楽や歌舞伎を主題とした作品を多く手掛けており、芝居好きで知られる鏑木清方の《女歌舞伎》の小下絵を合わせて展示します。

※この部屋の解説執筆にあたり、正原摂子氏(筑波大学大学院芸術学学位プログラム博士後期課程1年)に学術協力いただきました。

5室 戦間期のコントルポアン

イヴ・タンギー《聾者の耳》1938年

この部屋に展示した岡本太郎の作品タイトル「コントルポアン」は、音楽用語で「対位法」を意味します。複数の独立した旋律を重ねて響き合わせる方法です。戦間期、すなわち第一次世界大戦終結から第二次大戦勃発までの1920–30年代には、ヨーロッパを中心に、シュルレアリスムと抽象美術という二つの潮流が時代を動かしていました。それぞれ精神分析学と自然科学の最新動向を汲んで、シュルレアリスムは抑圧された無意識の世界を探求し、抽象美術は現実のより真なる表象の創出に挑みます。「非合理」と「合理」として対置されるこれらの潮流ですが、岡本がどちらにも属さない表現を模索していることが示すように、まさしく互いに響き合う動きが明確に意識されていたからこそ、美術界は新たな芸術が切り拓かれる予感に満ちていました。そして、これら二つの「旋律」は、台頭するファシズムに覆われつつある同時期の政治状況に対する抵抗の歌でもありました。

3階

6-8室 1940s-1960s 昭和のはじめから中ごろまで
9室  写真・映像
10室 日本画
建物を思う部屋(ソル・ルウィット《ウォールドローイング#769》

6室 1941–1945|戦争/美術

吉原治良《火山》1943年

1937(昭和12)年に日中戦争が始まり、翌38年に国家総動員法が施行されると、国民は戦争への協力を迫られていきます。美術家もまた例外でなく、多くの画家が戦地に派遣されて戦争記録画を制作します。また自由で前衛的な表現への弾圧も行われ、展覧会の禁止や美術団体の解散といった事態に至ります。

この部屋に並ぶ作品は、戦況が厳しさを増していく1941(昭和16)年(真珠湾攻撃)から45年(第二次世界大戦終結)の間に制作されたものです。戦争と美術の直接的な関係を分かりやすく伝えているように見えるのは戦争記録画です。また、それまでのスタイルを揺るぎなく継続させ、戦争の影響がほぼないかに見える作品、戦争への違和を間接的に示しているように見える作品もあります。この時代の表現を戦争か美術か、あるいは戦争協力か戦争反対かという二者択一の図式で整理するのはおそらく適当ではありません。どの作品にも戦争と美術とが含まれており、鑑賞において、その二つの要素を同時に見なければいけないという困難がここにはあります。

7室 今井壽惠と岡上淑子

今井壽惠《「オフェリアその後」より [1]》1960年 (printed 2024)

この部屋では、同時代に活動した今井壽惠(1931–2009)と岡上淑子(1928–)の作品世界を中心に紹介します。今井と岡上は、ともに1950年に文化学院へ入学し、今井は美術科、岡上はデザイン科で学びました。在学中に深い交流こそありませんでしたが、いずれも詩人・評論家の瀧口修造に制作の後押しを受けています。また、キャリア初期に当館で作品を発表した点も共通しています。岡上は「抽象と幻想」展(1953年)でコラージュ作品を、今井は「現代写真展 1960年」(1961年)において代表作「オフェリアその後」の連作を出品しました。制作手法こそ異なりますが、二人の作品には、女性の身体が異なる存在へと自由に変容し、入れ替わるといったモチーフに共通する想像力が見られます。その世界観は、戦後という時代の精神を映し出すものでもあります。あわせて本展では、文化学院で学んだ福島秀子、宮脇愛子、そして今井と同時期に写真表現で活躍した奈良原一高の作品を紹介し、同時代の美術の広がりを辿ります。

8室 ツヤツヤピカピカ

上田薫《スプーンに水あめ》1974年

この部屋の手前にある「建物を思う部屋」をご覧いただいたでしょうか。壁を覆う「ウォール・ドローイング」は、作品の発案と制作を分業してそれぞれ別の者が担う、いわゆる「発注芸術」です。特に1960年代、多くのアーティストが芸術の本質を見極めるべく、表現を切り詰める実践に乗り出します。手仕事は必要か? 構造のみを見せるべきでは? 視覚に(だけ)直接働きかけたい、形や物質を純粋化させたい……さまざまなトライアルの末に、工業製品のような素材や質感を持っていたり、光源を取り込んだりする作品が目立って生み出されることとなりました。なお、この部屋のテーマは、当館の屋外に設置してあるイサムノグチ《門》(1969年)、および多田美波《Chiaroscuro》(1979年)ともつながっています。いずれも見過ごされることが多い作品です。お帰りの際にぜひご覧ください。

9室 植田正治 砂丘劇場

植田正治《パパとママと子供たち》1949年  (printed 1993)

植田正治は、故郷である鳥取県境港を拠点に活動し、モダニズムに立脚した作風で国際的にも高い評価を受けた写真家です。1913(大正2)年生まれ、旧制中学時代にカメラを手にした植田は、カメラ店を営むかたわら、1930年代から2000年に亡くなるまで約70年にわたってさまざまな作品を発表しつづけました。

今回展示しているのは、植田の代名詞とも言うべき、自宅近くの砂浜や鳥取砂丘を舞台にした演出写真のシリーズです。その中心となっているのは、1948(昭和23)年から50年にかけての作品。山陰地方特有のやわらかい光と、広々とした砂丘の空間を背景に、独特の画面構成のセンスとユーモラスな感覚が発揮された作風は、「植田調」として知られています。 戦後間もない、社会的現実を見据えたリアリズム写真が隆盛していく時代にあって、戦争で中断された写真制作の再開を率直に喜ぶように、自由な感性で展開されたその作品世界は、当時の日本の写真界にたいして「山陰に植田あり」という新鮮な印象を与えるものでした。

10室(前期:3月13日–4月12日) 春まつり

跡見玉枝《桜花図巻》1934年

毎年恒例となった「美術館の春まつり」。今年は作品をすこし多くして、日本画はこの10室と4階の1室に分けて春にまつわる作品を紹介しています。10室では剣持勇のラタン・スツールや清家清の移動式畳に腰かけて、ゆっくりとお花見をしていただく趣向です。 春まつりの定番となっている菊池芳文の《小雨ふる吉野》はこの部屋で公開しています。画面をよくご覧ください。予想外に雨が本降りだったり、人がいたり、建物があったりと、実物を見て初めてわかる発見に驚かれることでしょう。また、跡見玉枝の《桜花図巻》には、40種類を超える希少な桜が全25図にわたって描かれています。このなかには、当館から千鳥ヶ淵まで歩く道に沿って、次から次へと開花時期を迎える桜たちが含まれているかもしれません。春の一日、絵のなかの桜と、館の外の桜の競演をお楽しみください。

10室(後期:4月14日―5月10日) 春の名残/「稀代の天才」たち

川合玉堂《二日月》1907年

手前のコーナーでは前期にひきつづき、春にまつわる作品を紹介しています。そして奥のガラスケースのコーナーでは、1階で開催中の「下村観山展」にちなみ、観山をとりまく芸術家たちを、いずれ劣らぬ「稀代の天才」(観山展の先行チラシのキャッチコピーより)たちとしてご紹介します。 明治時代の思想家である岡倉天心は、東京美術学校、次いで日本美術院を率いて、観山たちを伝統絵画の刷新へと向かわせました。平櫛田中の《鶴氅》は、岡倉を像主にその威容を表現しています。少年時代の観山に絵画を教えた橋本雅邦は、美校では絵画科主任として、院では先輩として観山の手本となりました。雅邦の《臨済一喝》は4階2室でご覧いただけます。その他、川合玉堂は同じ雅邦に入門した兄弟弟子でしたし、寺崎広業とは美校の教職を同時に辞めて同時に復職した間柄でした。横山大観と菱田春草は苦楽をともにした盟友として知られます。

2階

11–12室 1970s-2010s 昭和の終わりから今日まで

11室 描くことと見えるものの間(あわい)―1990年代以降の絵画表現

辰野登恵子《UNTITLED 94-6》1994年

とりわけ19世紀の写真の登場をもって、「眼前の世界を写実的に再現する」という、それまで揺るぎないものと思われた絵画の在り方、意味は危機に瀕します。そして20世紀後半以降、ポップ・アート、ミニマル・アート、コンセプチュアル・アートといった動向が台頭するたび、幾度となく絵画の衰退を示す「絵画の死」が語られてきました(そしてその直後には必ず「絵画の復権」「絵画への回帰」が語られてきました)。現在、絵画はその形式、その表現をさまざまに変えながらも、絶えることなく存在し続けています。近年、新たに収蔵した関根直子の作品を契機に、当館の豊富な絵画コレクションの中から、描くことと見える世界との間を行き来しながら、「絵画とは何なのか、描く意味とは何なのか」と、絵画を制作する意味を真摯に、愚直に問い続ける画家たちの作品を中心に紹介します。

12室 万物は流転する

大岩オスカール《ガーデニング(マンハッタン)》2002年

「万物は流転する」とは、古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスが提唱した概念です。この世のすべてのものは常に変化し、決して同じ状態にとどまることはないことを意味します。それは仏教の「諸行無常」とも響きあいます。あらゆるものが加速した現代では、ごく当たり前のことに感じられるかもしれませんが、一見すると同じように見えるものであっても、この世界に存在する限り、微細な変化にさらされています。

ここでは、本来は少しずつ動いているはずの天体や樹木、光や都市、海の姿を、芸術作品として結晶化させたような絵画や彫刻、写真を集めました。静止しているはずの作品をじっと眺めていると、わずかな動きが感じられないでしょうか。これらの作品は、静と動、日出と日没、光と闇、生と死といった終わることのないサイクルも思い起こさせるでしょう。さらに言えば、これらの作品そのものも、万物流転の法則と無縁ではありません。

開催概要

会場

東京国立近代美術館所蔵品ギャラリー(4~2階) 

会期

2026年3月3日(火)~2026年5月10日(日)

休館日

月曜日(ただし3月30日、5月4日は開館)

開館時間

10:00–17:00(金・土曜は10:00–20:00) 

  • 入館は閉館30分前まで
観覧料

一般 500円 (400円) 大学生 250円 (200円)

  • ( )内は20名以上の団体料金。いずれも消費税込み。

5時から割引(金・土曜) :一般 300円 大学生 150円

  • 高校生以下および18歳未満、65歳以上、「MOMATパスポート」をお持ちの方、障害者手帳をお持ちの方とその付添者(1名)は無料。入館の際に、学生証、運転免許証等の年齢の分かるもの、障害者手帳等をご提示ください。
  • キャンパスメンバーズ加入校の学生・教職員は学生証または教職員証の提示でご観覧いただけます。
  • 友の会MOMATサポーターズ」、「賛助会MOMATメンバーズ」会員の方は、会員証のご提示でご観覧いただけます。 
  • MOMAT支援サークル」のパートナー企業の皆様は、社員証のご提示でご観覧いただけます。(同伴者1名まで。シルバー会員は本人のみ) 
  • 本展の観覧料で入館当日に限り、コレクションによる小企画(ギャラリー4)もご覧いただけます。 
主催

東京国立近代美術館

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