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写真の祖、ジョセフ・ニセフォール・ニエプスが「ヘリオグラフィ」による像の定着に成功したのは、一説には1826年といわれている。それから200年が経った2026年。写真はついに「絶滅」する。本展は、現代美術作家・杉本博司の個展にして、生誕200周年の節目に執り行われる写真の「お葬式」である。ちなみに、1925年「ニエプス写真百年祭」を主催したのは朝日新聞社であったが、葬式場は毎日新聞社にほど近い東京国立近代美術館となった。

第1章では、杉本の代名詞的シリーズが並び、太古からの壮大な物語が展開される。〈ジオラマ〉が“生き生きと”人類史を語り、〈劇場〉がこの数百万年の物語を「圧縮」する視座を与える。瞬く間の人類史と対比されるのは〈海景〉が見せる悠久の自然史である。
物語といえば、世に写真家と目される人の中で、杉本ほどテキストパフォーマンスに秀でた作家もいない。本章において、物語は写真それ自体よりも、むしろ杉本の自作解説と“狂歌”に導かれて展開していく。これらを気の利いた「狂言回し」と読むか、うるさがるかは、鑑賞者によるのだろうが、筆者は前者として受け取った。キュレーター増田玲の章解説を「主音声」とすれば、杉本のテキストは「副音声」であり、二つの声は本展全編にわたって流れている。それぞれを聴けばこそ、作品の意味は揺れ、それゆえに躍動性をもっているように感じられた。
第2章「観念の形」で、杉本は近代文明を独自に読み替える。一般に近代文明は科学・工業・資本主義・国民国家を基盤とする社会を指す。しかし杉本は、その起源を産業革命や市民革命ではなく、数十万年前にまで遡らせる。そして近代とは、欲動から理性へ、身体(具体)から観念へと、人間社会が重心を移してきた歴史の帰結だと捉える。すると、なるほど近代建築や数理モデル、20世紀のファッションに共通する抽象形態は、身体性や具体性を削ぎ落とした「観念の形」に見える。
杉本はモダニズムの産物をあらためて写真に撮るが、それには意味があるように思われる。そもそも「撮ることによって世界を再発見する」という発想は、モダニズム写真を特徴づける理念の一つであった。杉本はまさにモダニズム写真の身振りを通じて、近代文明を「再発見」したのである。

第3章には「絶滅写真」の表題が付され、写真の歴史が“走馬灯”のように語られている。「失われるものの姿を残したい」という人の願いは写真以前に遡る。杉本は、その原-写真的欲望を化石をモチーフにした作品と代表シリーズ〈蝋人形〉によって示唆する。タルボットの紙ネガを使ったプリント制作は、さながら『ジュラシック・パーク』のような、過去の蘇生である。そのようにして記憶の再生装置としての写真に触れた後は、電光・単色光・炎光、光そのものを「像主」にした写真が並ぶ。総じて本章は「写真とは何か」という問いに対する、作家の答えだといえよう。葬式になぞらえるなら、本章は、去りゆく銀塩写真の生前を偲ぶ「弔辞」である。
展覧会の最後には、特別出品として伝寂蓮法師《地獄草紙詞書断簡》と《光学硝子五輪塔》が展示されている。絶滅という悲劇を象徴する地獄の炎。追善供養としての墓碑。写真の「お葬式」たる所以である。
写真は、今日もなお、形態や流通経路、享受方法を多様化させ続けている。銀塩写真は、その多様性の中において、絶滅を迎える「種」の一つである。銀塩写真の「絶滅」を意識すればこそ、この会場に並ぶような、豊かな階調を備えた大判プリントが今後新たに制作される可能性が、極めて低いことを思わざるを得ない。写真材料の流通量は減少し、生産コストを抑えるため品質も往時には及ばなくなっているからである。もちろん、作品の美しさは材料だけで決まるものではない。豊かな情報を宿した杉本の完璧なネガと、それを最大限に引き出す高度なプリント技術があって初めて実現する。しかし、そのような卓越した技術と良質な写真材料が同時に存在した時間は、決して長くはなかったのである。杉本作品は、その「幸福な時間」が生み出した写真表現の到達点である。固有の芸術的価値を備えることは言うまでもないが、今日では、銀塩写真が到達した技術的水準を伝える最高品質の「標本」として鑑賞することもできる。
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