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電柱選択の自由

古賀春江は明らかに迷っている。目の前にある電柱を電線をそのまま画面に描き込むべきか意識的に消すべきか。 2021年に「電線絵画展」(練馬区立美術館)を企画・開催した際に、この2点の《風景》を知っていたら、迷わず出品リストに入れていただろう。こんなに臨場感たっぷりに電柱の存在について真摯に逡巡する様子は他に例を見ないからだ。 上:古賀春江《風景》、下:《風景(街並)》、いずれも制作年不詳、東京国立近代美術館蔵 普段は目に入りすらしないのに、一旦意識をしだすと景観を汚す邪魔者として私たちは電柱を忌み嫌う。スナップ写真には写り込まないよう苦心したり、観光地ではせっせと地中に埋めたりと。デジタルの時代になり、邪魔者は思い通りに消し去ることができる。ただ、画家たちにとっては当初1から“電柱選択の自由”は自らの手の中にあった。意識的に描き込むか、消し去るか。無意識にそうするか否か。岸田劉生は意識的に電柱を描き込む、いや、描きたい衝動を抑えられない作家なのであろう。 この《道路と土手と塀》の赤土の斜面に黒々と貼りつく2本の影が間違いなく電柱であることは、岸田が同じ場所を繰り返し作品に登場させているので明らかだ。電柱越しに白い石塀、門をとらえた《門と草と道》(京都国立近代美術館)や、電柱を中心に据えてもっと広い範囲を写した《代々木附近》(豊田市美術館)。いずれの作品にもこの黒い影の電柱が主人公のように描かれている。 大正2(1913)年、新婚の岸田は東京府豊多摩郡代々木山谷(現在の参宮橋あたり)に移り住む。路面電車がすぐそこまで走り、明治神宮の創建計画が始まる代々木は、東京が規模を拡大し、開発計画が進む新興住宅地であった。銀座で生まれた岸田はこれまで日本橋や隅田川、《川べり、塔の見える》(東京国立近代美術館)のような誰もが知る東京風景を描いてきた。街の様相は変われどそれは江戸由来の名所絵にほかならない。鉄道、道路、電信、電気の延伸に伴い東京が増殖し、風景画は土地との有機的な繋がりが断たれていく。道路・土手・塀、あるいは門・草・道と物質の羅列をタイトルにすることを創案し、“名もなき風景”が誕生するのである。東京風景でも執拗に描いた電柱は、岸田にとって都心へと実線で繋がるためのシンボルであった。 その後転居した鵠沼(神奈川県藤沢市)でも岸田は屹立する電柱を画面の中心に据えた自宅前の風景作品を幾つも描いている。そのうちの1点、《晩夏午后》(ポーラ美術館)には見慣れた電柱の姿がない。作品の裏書きには、完成間近に関東大震災に見舞われ、制作途中ながら前日の日付とサインを入れて完成作としたとある。構図の中心を担っていると考えがちな電柱は実は最後に描いていたのだ。電柱は岸田にとっての画竜点睛だったのである。 会場風景(3室「岸田劉生「切通之写生」は何を切り通したか?」)|中央壁面:岸田劉生《道路と土手と塀(切通之写生)》1915年、東京国立近代美術館蔵、重要文化財|撮影:柳場大 展示室で《道路と土手と塀》と隣り合う椿貞雄の《冬枯の道》(東京国立近代美術館)には同じ場所を同じ構図、表現で描いた岸田の《冬枯れの道路》(新潟県立近代美術館・万代島美術館)があり、いかに椿が岸田に追随していたかがよくわかる。前述の岸田の《代々木附近》と同工の作品が椿にもあるが(《赤土の山》米沢市上杉博物館)、そこには岸田が堂々と中心に据えた例の電柱の姿はない。また、椿の中学校の同級生で同じく岸田に心酔し、草土社の同人となる横堀角次郎は《道路と土手と塀》と全く同じ作品《切通し》(個人蔵)を遺しているが、そこにも電柱の影は見当たらない。二人の信奉者が揃って意識的に電柱を省いたとは考えられない。彼らの出自によるものか、岸田にこびりつく電柱の意図までも二人は解せず、無意識に排除したと考えるべきであろう。 今回、期せずして2室(大正の個性派たち)に坂本繁二郎の《三月頃の牧場》(東京国立近代美術館)が出陳されている。フランス留学以前に評価の高かった牛をテーマにした作品で、雑司ヶ谷(東京都豊島区)の牧場を描いたという。3頭の牛ばかりに私たちは目を奪われがちだが、背景には高らかに電柱が林立し、電線までもしっかりと描かれている。空の広がりや奥行き感を描出するのに効果抜群で、作家はそうした画面構成を意識しているのだろう。というのも、坂本は習学期にも遠近感を描出する目的で電柱を活用している2。《道路と土手と塀》と同年の作品なのだが、岸田の電柱への想いとは異なっている。 ところで、同じ代々木山谷に明治41(1908)年、病気療養のため移り住んだのは菱田春草である。岸田の住まいとは直線距離で300mほどであった。翌年、快方に向かった春草が自宅近くの雑木林を描いたのが、《落葉》(永青文庫、重要文化財)である。小田内通敏『帝都と近郊』(大倉研究所、1918年)によると、明治35(1902)年から大正4(1915)年の13年間に代々木周辺では森林が35ha減り、代わって住宅地が51ha増えたという。代々木公園(54ha)がまるまる宅地造成されたことになる。片や乏しくなった東京の自然を求め、片や新興の東京の荒野を見つめる。現実には、《落葉》の向こうには電柱が立っていたはずである。二人の画家の間にある立場や視点の相違、様式美の探求とリアリズムの追求の違いはもちろんなのだが、いずれも急激な社会変化と東京の急速な変容が作品にかかわっていることは間違いない。 註 1 明治2(1869)年に電信用の電信柱が設置され、配電用の電柱は明治20(1887)年から。 2 『電線絵画』(求龍堂、2021年)20頁参照。

ガイドスタッフによる所蔵品ガイド

撮影:加藤健 ガイドスタッフによる所蔵品ガイド MOMATガイドスタッフ(ボランティア)が選んだ所蔵作品数点を、対話を交えて鑑賞します。ガイドスタッフ・作品は毎回変わります。その日出会った作品や参加者との対話をお楽しみください。  開館日の平日11時~(50分程度)※ 土日祝日の実施はありませんので、ご注意ください。 どなたでも なし 4階エレベーター前ホール(MOMATコレクション展示室内) 無料(要観覧券) ご参加にあたって: プログラムの特性上、ガイドスタッフやガイド作品の事前周知はしておりません。ご了承ください。 災害や会場の混雑状況等により、予告なく中止することがあります。 お問い合わせ 東京国立近代美術館 教育普及室メール: volunteer@momat.go.jp

所蔵作品展 MOMATコレクション(2025.7.15–10.26)

2025年7月15日-10月26日の所蔵作品展のみどころ ロバート・ラウシェンバーグ《ポテト・バッズ》1971年 MOMATコレクションにようこそ! 当館コレクション展の特徴をご紹介します。まずはその規模。1952年の開館以来の活動を通じて収集してきたおよそ14,000点の所蔵作品から、会期ごとに約200点を展示する国内最大級のコレクション展です。そして、それぞれ小さなテーマが立てられた全12室のつながりによって、19世紀末から今日に至る日本の近現代美術の流れをたどることができる国内随一の展示です。 今期の見所紹介です。所蔵する国指定の重要文化財18点のうち、油彩全5点が久しぶりに一堂に会します。3室ではそのうちの1点、岸田劉生《道路と土手と塀(切通之写生)》を掘り下げて紹介します。また6室「1940年」、9室「山村雅昭「ワシントンハイツの子供たち」」、10室「絵画と目的」などは、戦後80年という節目に関わる企画です。さらに今期は、新収蔵作品が多く展示されています。個々の作品と共に、女性アーティストの再評価、地域的多様性への配慮といった近年の収集方針にもご注目下さい。長く館を代表してきた顔ぶれにフレッシュな新星と、盛りだくさんのMOMATコレクションをお楽しみください。  今会期に展示される重要文化財指定作品 今会期に展示される重要文化財指定作品は以下の通りです。 1室 土田麦僊《湯女》1918年(展示期間:2025年7月15日~8月31日) 1室 原田直次郎《騎龍観音》1890年、寄託作品、護国寺蔵 1室 和田三造《南風》1907年  2室 萬鉄五郎《裸体美人》1912年 2室 中村彝《エロシェンコ氏の像》1920年 3室 岸田劉生《道路と土手と塀(切通之写生)》1915年 土田麦僊《湯女》1918年 原田直次郎《騎龍観音》1890年、寄託作品、護国寺蔵 和田三造《南風》1907年 萬鉄五郎《裸体美人》1912年 中村彝《エロシェンコ氏の像》1920年  岸田劉生《道路と土手と塀(切通之写生)》1915年 展覧会について 4階 1~5室 1880s-1940s 明治の中ごろから昭和のはじめまで 「眺めのよい部屋」 美術館の最上階に位置する休憩スペースには、椅子デザインの名品にかぞえられるベルトイア・チェアを設置しています。明るい窓辺で、ぜひゆったりとおくつろぎください。大きな窓からは、皇居の緑や丸の内のビル群のパノラマ・ビューをお楽しみいただけます。 「情報コーナー」 導入部にある情報コーナーには、MOMATの歴史を振り返る年表と関連資料を展示しています。関連資料も随時展示替えしていますのでお見逃しなく。作品貸出中の他館の展覧会のお知らせや、所蔵作品検索システムも提供しています。 1室 ハイライト 古賀春江《海》1929年 3000㎡に200点近くが並ぶ、所蔵作品展「MOMATコレクション」。「ハイライト」では近現代美術を代表する作品を揃え、当館のコレクションの魅力をぎゅっと凝縮してご紹介しています。 今期はとにかく豪華です! 日本画のコーナーでは、前期(7月15日-8月31日)は土田麦僊《湯女》(1918年・重要文化財)、速水御舟《京の家・奈良の家》(1927年)、後期(9月2日-10月26日)は小林古径《唐蜀黍》(1939年)など、時代を画する重要作品を展示します。ケースの外には、重要文化財の原田直次郎《騎龍観音》(1890年)、和田三造《南風》(1907年)のほか、人気作品で国内外への貸出も多い古賀春江《海》(1929年)が、約2年ぶりにMOMATコレクション展に帰ってきました(隣に並ぶマックス・エルンスト《砂漠の花(砂漠のバラ)》(1925年)との呼応にも要注目)。ポール・セザンヌ、ピエール・ボナール、アンリ・マティスなど、日本の前衛美術に大きな影響をもたらした西洋の作家たちの作品も、じっくりご堪能ください。 2室 大正の個性派たち 萬鉄五郎《裸体美人》1912年、重要文化財 1912年夏目漱石が「文展と芸術」と題して書いた展覧会評の、「芸術は自己の表現に始まって、自己の表現に終るものである」という言葉に象徴されるように、大正時代(1910-20年代)の日本美術は、自然や人物を眼に映るままに描くことから、個性を重視する自己表現の場へと大きな転換を迎えた時期にあたります。明治時代の末にヨーロッパで学んだ美術家たちがあいついで帰国したことや、次々と創刊される美術・文芸雑誌に、印象派以降の新しい西洋美術が紹介されたことなどが大きな刺激となりました。たとえば、あざやかな色彩と力強い筆触によって描かれた、萬鉄五郎《裸体美人》の身体をぎこちなく折り曲げた女性は、西洋の影響を大きく超え出るような、強烈な存在感で観る者を圧倒してきます。一方で、西洋の古典絵画を再発見した岸田劉生が、執拗なまでに細密描写をつきつめることで、写実のなかに高い精神性を宿す表現をめざすなど、多彩な個性が続々と生まれていきました。 3室 岸田劉生「切通之写生」は何を切り通したか? 岸田劉生《道路と土手と塀(切通之写生)》1915年、重要文化財 MOMATコレクションを代表する一点、岸田劉生《道路と土手と塀(切通之写生)》(重要文化財)。油絵具の質感を生かした、ねちねちとした執拗な写実描写、うねりながら消失点へ向かっていく「道路」と「土手」と「塀」、画面を横切る謎めいた細い影など、個性あふれる特徴で同時代の絵画の中でも抜きん出た傑作ですが、コレクション展において単体で見ると、そのインパクトに気づきづらいかもしれません。そこで、この作品を主役に据えて、この一点をより深く味わうために部屋を構成しました。坂道がまるで山水画の山のように立ち上がる構図の特異さのみならず、近代化する風景を表現するという課題(例えば電柱をいかに描き入れるか?)や、土という対象に劉生が神秘性を託していたことも見えてくるはずです。《道都と土手と塀》の前と後で、何が「切り通された」のか。名品の名品たる所以をじっくりご覧ください。  4室 山と渓谷 吉田博《高原の牧場》1920年 近代登山の黎明期とされる明治時代後半、日本アルプスをはじめとする山岳地域は限られた登山家だけに許された別天地でした。ところが大正、昭和を通じて交通手段や宿泊施設が整備されるにつれ、山岳地域は人々に開かれてゆきます。日本山岳会の機関誌『山岳』によれば、1932(昭和7)年の段階で登山団体は264にまで増えていたそうですし、九州の雲仙、信州の上高地に至っては、もはや “観光地”として、1927年に選出された日本新八景の一角を占めたりしています。国立公園の指定も1930年代です。それに従って、近代登山の黎明とともに生まれた山岳画の裾野も一気に広がりました。1930年代には、明治の昔から本格的な登山をこなしてきた古参の画家と、新参の画家との間で、山のリアリティを巡って波風が立ちもしましたが、一歩ひいて見れば、山岳地域を描いた多様な美術作品を享受できる時代が到来したのです。彼らの山と渓谷は今の私たちの眼にはどう映るでしょうか。当館コレクションから選んだ作品をお楽しみください。 5室 1930年代の絵画:現実の彼方へ、幻影の手前で 長谷川三郎《アブストラクション》1936年 主に1934年以降の作品を紹介します。1920年代より展開されたプロレタリア芸術(社会主義・共産主義の思想から生まれた左翼的運動)は、しばしば国から弾圧されてきましたが、1934年は運動へ大弾圧が行われた年です。これ以降、社会は閉塞感を深め、戦争へと向かっていくことになります。眼前の厳しく、苦しい現実に、芸術家はどのように反応し、表現として提示したのでしょうか。山口薫《古羅馬の旅》(1937年)に見られる古代への憧憬、北脇昇《空港》(1937年)や三岸好太郎《雲の上を飛ぶ蝶》(1934年)に見られる超現実的世界はいずれも、いま・こことは別の場を希求する意思の現れでしょう。一方、山下菊二《鮭と梟》(1939年)のこちらを鋭くまなざす魚と鳥や、福沢一郎《二重像》(1937年)のこちらに背を向けた人物の存在は、いま・ここの彼方ではなく、絵の手前に立つ鑑賞者自身を強烈に意識させるものです。あるいは、長谷川三郎《アブストラクション》(1936年)など、肉眼にうつる現実から距離を置き抽象へと向かう芸術家たちが、作品へ込めた抵抗にも注目ください。 3階 6~8室 1940s-1960s 昭和のはじめから中ごろまで9室  写真・映像10室 日本画建物を思う部屋(ソル・ルウィット《ウォールドローイング#769》) 6室 1940年 桂ゆき(ユキ子)《作品》1940年 日中戦争がはじまって3年。「ぜいたくは敵だ」というスローガンが流布するなど、当時の日本は総力戦体制下にありました。また1940年は初代天皇とされる神武天皇が即位してから2600年の節目の年にあたり、各地で建国記念の祝典行事が開かれました。美術の分野においても「紀元二千六百年奉祝美術展覧会」などの展覧会が開催され、多くの美術家が参加しています。この部屋には、1940年に制作、あるいは発表された作品だけを並べました。戦時下の表現としてこれらを見渡した時、どのような印象を受けるでしょうか。一見、戦争とは関係がなさそうな表現であっても、時局と密接に結びついた作品もあります。例えば、須田国太郎が描いた鷲は、当時の日本では戦闘機を象徴する戦勝祈願のモチーフであり、桂ゆきの《作品》は元々「賀象」という祝賀的なタイトルで発表されました。総力戦においては、人々の暮らしと同様、美術も戦争に資するものとして存在せざるを得ませんでした。 7室 戦後の女性画家たち 三岸節子《静物(金魚) 》1950年 明治期以降、芸術家を志すようになった女性たちの活動の場が大きく広がったのは、戦後の民主化の流れにおいてでした。教育の場では1945年より、東京美術学校(現・東京藝術大学)や京都絵画専門学校(現・京都市立芸術大学)が、それまで入学が認められていなかった女子学生を受け入れるようになります。また、戦後いち早く個展を開いた三岸節子らが中心となり、女性の画家たちの芸術的向上と新人の登竜門となることを目指して結成された女流画家協会は、実際に多くの女性の画家たちの発表の場となりました。さらに、官展をはじめ、二科会や独立美術協会、新制作協会、前衛美術会、光風会などの展覧会に出品したり、海外に出て活躍したりする女性たちも増えていきます。とはいえ、制作の環境や発表の機会、批評のあり方においてまだまだ男女平等とはほど遠い状況でもありました。ここでは、戦後まもない時期に、それぞれの困難と向き合いながら、たゆまず制作を続けた女性の画家たちの作品を紹介します。 8室 ジャンクとポップ 小島信明《ボクサー》1968年撮影:大谷一郎 大量生産・大量消費社会を迎えた1960年代、身の回りにあふれる既製品や廃棄物、がらくたを用いつつ、大衆文化のイメージを体現するような、ジャンクでポップな表現が数多く生まれました。アメリカでこの流れをけん引し、日本の美術界にも大きなインパクトを与えたのが、今年生誕100年を迎えるロバート・ラウシェンバーグ(1925-2008)です。平面と日用品や廃品とを組み合わせた「コンバイン・ペインティング」で知られるラウシェンバーグは、1964年と1980年代に複数回来日し、日本の芸術家や評論家たちと交流しました。他方、今年生誕90年を迎える菊畑茂久馬(1935-2020)は、1960年代の日本における「反芸術」の中心的な存在であり、とりわけ材木の支持体にルーレットの形を彫り、ときに廃品を組み合わせることで、絵画を大衆社会に接近させた「ルーレット」のシリーズで知られます。さらに、1980年代にデビューして、段ボールで身の回りにあるものを作品化した日比野克彦や、自然物や人工物などのファウンド・オブジェを組み合わせて制作する大竹伸朗も、この流れに位置づけられるでしょう。 9室 山村雅昭「ワシントンハイツの子供たち」 山村雅昭「ワシントンハイツの子供たち」[24] 1959-62年 ワシントンハイツとは、現在の代々木公園にあった在日米軍施設です。終戦後、日本陸軍の練兵場だったこの地を接収した占領軍は、そこに駐留軍人とその家族のための住宅地を建設します。アメリカ本国のような近代的な街並みは、戦後復興途上の東京において、周囲と隔絶した別世界のようだったといいます。山村雅昭は大学在学中の1959年から62年にかけてこの地に通い、そこに暮らす子供たちを撮影しました。ワシントンハイツは基本的に日本人の立ち入りが禁じられていましたが、まだ学生であった山村は比較的自由に施設内に入ることができたようです。山村の写真のなかのワシントンハイツは、まるで子供たちだけが暮らす世界のようにも見え、その別世界ぶりが際立ちます。そして子供たちが思い思いに扮装したハロウィンの光景は、さらなる異界へと、見るものを誘います。子供たちに注目することで、この作品は、戦後社会の一端を特異なかたちで記録しただけでなく、入れ子状の別世界というユニークな特質を獲得しています。 10室 アルプのアトリエ/絵画と目的 ジャン(ハンス)・アルプ《地中海群像》1941/65年撮影:大谷一郎 山口華楊《基地に於ける整備作業》1943年(展示期間:2025年7月15日~8月31日) 手前のコーナーでは、ジャン(ハンス)・アルプ(1886–1966)の彫刻制作過程でつくられた石膏複製をご紹介します。フランスのストラスブールに生まれ、20世紀初頭からパリやスイスで活動したアルプは、抽象と具象を往還する有機的なフォルムの彫刻で知られます。ここでは、アルプにとって新たな造形を発見するための重要な素材であった石膏を通して、彫刻のフォルムがどのように移り変わっていったのかをご紹介します。奥の部屋では、戦時中の日本画家の活動を振り返ります。当館が保管する戦争記録画は、総力戦体制下において画家たちが軍部から委嘱を受けて描いたものです。藤田嗣治などによる油彩の戦争記録画がよく知られていますが、全153点のうち22点は日本画の作品です。日本画家たちは、作品を売ってその収益を軍に献納することでも戦争に協力しました。戦地を描いたものや花鳥画など画題はさまざまですが、ここにある絵画はみな戦争と密接に結びついています。 2階 11~12室 1970s-2020s 昭和の終わりから今日まで 11室 揺れる境界 石川真生《「基地を取り巻く人々」より》1989年(展示期間:2025年7月15日~8月31日) 石川真生《「基地を取り巻く人々」より》1992年(展示期間:2025年9月2日~10月26日)  この部屋では、政治の動きや外部からの影響によって変化する人々の営みや景観に焦点を当てた、1990年代以降のコレクションを紹介します。当館は昨年度、石川真生による「基地を取り巻く人々」を新たに収蔵しました。石川の写真は、沖縄の米軍基地をめぐる長年の問題に向き合いながら、その影響に揺れ動く島民と、様々な出自を持つ米軍関係者を写しています。同じく、ある地域の変遷を主題とするのがシュシ・スライマンの絵画です。彼女は祖国マレーシアの複雑な歴史をたどりながら、その渦中にいた人々の存在を描き出します。田中功起の映像作品は、協働作業のなかで人々の意思がぶつかり合い、折り合っていく行方そのものを記録しています。照屋勇賢は、人間の経済活動によって変化する自然を示唆する彫刻によって、社会と環境の関係性を問いかけます。鈴木崇の写真は、2つの画面の狭間で生じる意味の揺らぎを通して、私たちが普段、目の前の景色をどのように理解しようとしているのかに意識を向けさせます。様々な変化がもたらす「その先」を見つめる、現代の多様な表現に目を向けてみてください。 12室 ヨコ軸・タテ軸 毛利武士郎《彼の/地球への/置手紙 その1》1998年 歴史の流れに沿って作品を紹介していくMOMATコレクションは、基本的に部屋ごとにある時代を断面として見せています。大きな近代美術史の振り返りが基底にあるものの、複数の研究員がそれぞれ工夫を凝らした各部屋のテーマがより際立って見えるかもしれません。また、断面としての各部屋は時代という横軸に基づいているため、時代をまたいで活動する作家の、縦軸としての作品展開を見せにくいという難点もあります。この部屋では、石内都、辰野登恵子、毛利武士郎、横尾忠則、李禹煥を取り上げ、それぞれ数十年単位の幅で新旧の作品を集めて構成しました。5つの小さな個展です。持続的に道を極めて行く作家、あるときを境に劇的な変化を見せる作家など各々の変遷は様々ですが、見比べながらその求道やチャレンジをご想像ください。一人の作家の時代ごとの作品を収集し、その変化を追うことも美術館の仕事です。 開催概要 東京国立近代美術館所蔵品ギャラリー(4~2階)  2025年7月15日(火)~10月26日(日) 月曜日(ただし7月21日、8月11日、9月15日、10月13日は開館)、7月22日、8月12日、9月16日、10月14日 10:00–17:00(金・土曜は10:00–20:00)  入館は閉館30分前まで 一般 500円 (400円) 大学生 250円 (200円) ( )内は20名以上の団体料金。いずれも消費税込み。 5時から割引(金・土曜) :一般 300円 大学生 150円 高校生以下および18歳未満、65歳以上、「MOMATパスポート」をお持ちの方、障害者手帳をお持ちの方とその付添者(1名)は無料。入館の際に、学生証、運転免許証等の年齢の分かるもの、障害者手帳等をご提示ください。 キャンパスメンバーズ加入校の学生・教職員は学生証または教職員証の提示でご観覧いただけます。 「友の会MOMATサポーターズ」、「賛助会MOMATメンバーズ」会員の方は、会員証のご提示でご観覧いただけます。  「MOMAT支援サークル」のパートナー企業の皆様は、社員証のご提示でご観覧いただけます。(同伴者1名まで。シルバー会員は本人のみ)  本展の観覧料で入館当日に限り、コレクションによる小企画(ギャラリー4)もご覧いただけます。  東京国立近代美術館

連載企画 「研究員の本棚#6|紡ぎ続けた、日本画をめぐる関心の糸」

このコーナーは、アートライブラリの担当者である東京国立近代美術館研究員の長名大地が聞き手となり、館内の研究員に、それぞれの専門領域に関する資料を紹介いただきながら、普段のお仕事など、あれこれ伺っていくインタビュー企画です。第6回目は、中村麗子研究員にお話を伺います。 聞き手・構成:長名大地(東京国立近代美術館主任研究員)-2025年8月12日(火)東京国立近代美術館アートライブラリ 研究員プロフィール中村麗子(なかむら・れいこ):東京国立近代美術館主任研究員。1976年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科(美術史学)博士課程中退。2003年より東京国立近代美術館に勤務。同館で「竹内栖鳳展:近代日本画の巨人」(2013年)、「生誕110年 片岡球子展」(2015年)、「あやしい絵展」(2021年)などを企画。共著に『もっと知りたい片岡球子:生涯と作品』(東京美術、2015年)、『もっと知りたい竹内栖鳳:生涯と作品』(東京美術、2013年)がある。 きっかけは「土田麦僊展」 長名:本日はお忙しい中、ありがとうございます。現在、中村さんは企画課第一企画展室の室長として、共催展の準備に関わる様々な仕事を担当されています。また、日本画の研究者として、「あやしい絵展」など数々の日本画に関する展覧会を手がけられていらっしゃいます。今回はこれまでのご研究や担当された展覧会に関するお話を中心に、資料を交えてお伺いできればと思っています。まず、どのようなきっかけで学芸員を目指すようになったのでしょうか。  中村:大学3年進級時に自分の所属する学科を決めるまで、教養科目を選択しながらあれこれ悩んだのですが…2年生の時に小林康夫先生の美術に関わる授業を受けて、ヴィジュアルなものを言葉でもって論理的に研究するということに興味を持ったのが始まりでした。  長名:そこから美術史の研究が視野に?  中村:そうですね。4年になり進路を考えた時、自分の学んだことを生かして社会に貢献する、学問分野と社会とを橋渡しすることに興味を持ち、学芸員を目指すことにしたんです。学芸員になるためには修士号が必須と聞き、大学院への進学を決意しました。  長名:最初から日本画の研究をされていたんですか?   中村:いいえ。美術史学科に進んだ学生はいきなり「旅行ゼミ」というものに参加させられるんですが、私たちの学年は行き先が台北の故宮博物院でした。その時に明の画家・沈周の《廬山高図》について発表をしました。まだディスクリプションの作法もわからず、手探りの発表で、同期とともにかなりしごかれました。その時のひよこの刷り込み現象ではないですが、このゼミで数日かけて故宮博物院の展示をじっくり見たことで、中国絵画への関心が高まりました。  長名:中国絵画からのスタートだったのですね。発表の際、どのような本を参照していたのですか?  中村:鈴木敬先生の『中國繪畫史』(吉川弘文館、2011年)や『中國繪畫總合圖録』(東京大学出版会、1982–2001年)を用いていました。ですが、1、2年の時に第二外国語として中国語を履修していたものの、そのまま中国絵画の研究を続けるには言語の壁がとても厚く…。ちょうど『幕末・明治初期の絵画(朝日美術館:テーマ編3)』(朝日新聞社、1997年)を読んで、古い表現と新しい洋画的な表現が混交した、独特な、奇妙な雰囲気を醸し出している時代に惹かれ、幕末の絵画や浮世絵を卒論のテーマにしたいと思うようになりました。  長名:でも卒論では近代を取り上げた?  中村:はい、土田麦僊ですね。実は、当館で開催された「土田麦僊展」(1997年9月13日–10月19日)で《舞妓林泉(ぶぎりんせん)》(1924年)を見て、非常に衝撃を受けて。麦僊の画風の変遷の中で不意に出てきた不思議な絵だと、この作品について調べたいと思い、日本近代をやることにしたんです。卒論はそのまま「《舞妓林泉》について」でした。4年生の夏、かつて当館では全館常陳というのをやっていたんですが、朝から夕方まで通い詰めて、単眼鏡を使って《舞妓林泉》をひたすら見ていました(笑)。2002年のリニューアル前だったので、お昼は4階のカフェコーナーでカレーを食べて、また作品を見て、と。ずっといて看視さんに怪しまれないかびくびくしながら(笑)。  長名:それはなんて熱心な(笑)。  中村:背景の点描のような部分など、細かいところが気になり出すと、とても1日では見切れなくて。たとえば、着物の皺も、本来であれば絵柄もよじれるはずなのに、そうなってなくて。じゃあ、他の作家の作品ではどうなっているのかと調べてからまた見て、気になり出すと終わりがなくて。  「土田麦僊展」(1997年9月13日–10月19日、東京国立近代美術館)の会場写真(撮影者:坂本明美)当館アートライブラリ所蔵  竹内栖鳳へ 長名:大学院進学後も麦僊の研究をされていたんですか?  中村:美術史研究室には日本近代美術史の専任の先生がいなかったため、当時学内の総合研究博物館にいらした木下直之先生が指導教員となってくださいました。麦僊の研究は続けたかったのですが、彼の内的独白のような文章と作品分析がなかなか結び付けられず、その後の研究に悩みました。そんな折、木下先生から麦僊を理解するなら師である竹内栖鳳の研究だと勧められ、研究対象を変更しました。栖鳳の著述の明瞭さ、客観的な作品・文献分析を基礎とした先行研究の存在に安堵したことを覚えています。  長名:その時は、まさか将来回顧展を担当することになるとは思っていなかったのでは?  中村:ありがたいことですよね。「東の大観、西の栖鳳」と評されるように、栖鳳は日本画を代表する作家の一人ですが、「横山大観遺作展」(1959年9月15日–10月18日)は過去に開催していても、栖鳳の回顧展はなかったので、展覧会ができたことはよかったと思っています。  長名:修士課程では栖鳳の研究が中心でしたか?  中村:当時美術史研究室では、日本美術史を研究するなら中国美術の研究も当然やるという風潮があって、中国美術のゼミにも入っていたんですが、それが大変で。ただ、そのおかげでディスクリプションの基礎や、作品同士を比較する基本を身につけることができました。また、大学内にあった東洋文化研究所で『中國繪畫總合圖録』に収録された情報をデータベース化するアルバイトもしていました。時折、先生方と海外の現地調査に同行もしましたね。  長名:基礎資料の編纂にも関わられていたんですね。  中村:修士2年の時、木下先生が文化資源学科の専任となった関係で、研究室の近世絵画史の佐藤康宏先生につくことになりました。夏前に修士論文を書き上げられないと悟り、留年を決心。ちょうど同じ頃、「日本美術史」が近代に作られたことで美術史業界が沸き始めていた時期でした。  長名:今回挙げていただいている北澤憲昭先生の『眼の神殿:「美術」受容史ノート』(美術出版社、1989年)や、佐藤道信先生の『〈日本美術〉誕生:近代日本の「ことば」と戦略』(講談社、1996年)を皮切りに、制度論の観点から日本美術の捉え直しが盛んに行われていた時期なんですね。『美術のゆくえ、美術史の現在:日本・近代・美術』(北澤憲昭ほか編、平凡社、1999年)(註1)や、『語る現在、語られる過去:日本の美術史学100年』(東京国立文化財研究所編、平凡社、1999年)(註2)も、この延長にあるシンポジウムの記録をまとめた本ですね。  中村:今振り返ると、熱い時代だったなと思います。私自身、重箱の隅をつつくような個別の作家論や作品論に違和感があり、一段俯瞰的な視点に立って、近代の美術システムや画家が別の時代、別の地域の美術をどう見ていたかという構造的な部分に関心が向くようになっていました。そして、なんとか3年かけて修士論文をまとめました。  長名:ふと、中村さんの学生時代、今の研究環境とも全然違ったんではないかと思いました。当館のライブラリも開室は2002年になってからなので、当時調査はどのようにされていましたか?  中村:ばりばりカード目録で調べていましたよ(笑)。今のようにインターネット上で蔵書検索ができる状況ではありませんでした。よく東京都現代美術館の図書室や、国会図書館に通っていました。 長名:出納や複写の制限など、大変じゃなかったですか? 中村:そうなんです。なので、卒論と修論の際、母と妹を連れだって3人で調査に行って、そのスピードを3倍にしていました(笑)。 長名:なんて素敵なご家族(笑)。修士論文はどのような内容だったのですか?  中村:中国絵画からの影響も視野に入れつつ、栖鳳の動物表現について書きました。修論は出せたのですが、就職がすぐに決まるわけでもなく。そのまま博士課程に進学しました。その頃、上野の東京文化財研究所で『大正期美術展覧会出品目録』(東京文化財研究所編、中央公論美術出版、2002年)の編纂に関わるアルバイトもしていました。  長名:当時の東文研にはどのような方がいらっしゃいましたか?  中村:田中淳さん、山梨絵美子さんがいらっしゃいました。故・青木茂先生(1932–2021)も時々いらして、お話をさせていただく機会もありました。ただ、なかなか学芸員の採用は決まらず…この年に佐藤先生の授業のレポートで書いた「伊藤若冲の近代における受容」を研究室の紀要に載せてもらったり、その他にも、中国絵画が近代の日本でどのように受容されたかをレポートとしてまとめたりして、地道に研究を続けていました。 長名:当時の学芸員採用はかなり狭き門だったと聞いています。  中村:1人の募集枠に100人応募というのはざらでした。私自身、たくさん受けました。全国各地で受験する中、これは車の免許がないとまずいと思って、東京に戻ってすぐに免許を取りました。当時は、今のようにウェブサイトに採用情報が掲示されるわけではなく、研究室に採用情報が届くので、募集があればどこでも受けるという姿勢を先生方に見せないと、その情報も得られず。とにかく受け続けていました。  東京国立近代美術館へ 長名:2003年の採用で当館に決まったということなんですね。  中村:はい、美術課絵画彫刻係に配属されました。尾崎正明さんが副館長の時代。先輩の古田亮さん(現・東京藝術大学教授)には、日本画をはじめ作品の扱い方を学びました。その他にも所蔵作品展の展示プランを作るなどしていましたね。日本画以外の画家や作品を覚えるのに必死で、『東京国立近代美術館ギャラリーガイド:近代日本美術のあゆみ』(東京国立近代美術館編、2002年)は何度も読み返しました。  長名:日本画が専門という点で、尾崎さんや古田さんとの関わりはどのようなものだったのでしょうか?  中村:所属は美術課でしたが、お二人の企画展にはよく関わっていました。当時、古田さんが準備されていた「琳派:Rimpa」展(2004年8月21日–10月3日)で、初めてサブ担当をしました。同展では、玉蟲敏子さんの『生きつづける光琳:イメージと言説をはこぶ《乗り物》とその軌跡』(吉川弘文館、2004年)の研究成果も踏まえていました。個人的にも、古美術が近代にどう評価されたかという興味にフィットしただけでなく、本阿弥光悦から俵屋宗達、尾形光琳、そして日本の近現代、さらに西洋のジャポニスムにまで照準を合わせた大胆な企画で、客観的な立証の積み重ねや、キーワードによって地域・時代を越えた作品同士を結び付けるキュレーションの仕方や、その企画の立て方を学びました。  「琳派:Rimpa」展のプレスリリースに掲載されていた琳派が様々なジャンルに波及する様子をまとめた図  長名:古田さんは『日本画とは何だったのか:近代日本画史論』(KADOKAWA、2018年)や、『近代日本画の歴史』(KADOKAWA、2024年)など、ここ数年、精力的に日本画に関するご著書も出されていますよね。  中村:古田さんは、個々の作家論にとどまらず、大きな美術史との関係の中で作家や作品を見ていらして、とても勉強になります。その後も、「小林古径展」(2005年6月7日–7月18日)や、「揺らぐ近代:日本画と洋画のはざまに」(2006年11月7日–12月24日)、「平山郁夫:祈りの旅路」(2007年9月4日–10月21日)、「生誕100年 東山魁夷展」(2008年3月29日–5月18日)など、毎年展覧会のサブ担当をしました。尾崎さんには出品交渉にも連れて行っていただき、私立の美術館やお寺などでのふるまいを学びました。ある作品の出品交渉に伺った際、お茶を出していただいて。作法を知らず、同行していた新聞社の文化事業部の方の動きを見よう見まねで乗り切ったんですが、これはまずいと、慌てて竹橋の毎日文化センターの茶道講座を受けました(笑)。  長名:なんて真面目な(笑)。 中村:展覧会の実務的な仕事、作品解説の執筆、資料整理など、かなりの部分の仕事を担っていきました。絵画彫刻室のルーティンも忙しく、次第に研究は展覧会に紐付いたものが中心になりました。幸い作品解説の執筆が毎回割り当てられていたので、そのための準備を通して作家と美術史にまつわる諸問題を考えることができました。  長名:美術課での仕事をこなしつつ、同時に企画展の仕方も学んでいくという状況だったのですね。美術課の仕事として記憶に残っていることはありますか?  中村:アーティスト・トークの準備で岡村桂三郎さんや、日高理恵子さんのアトリエにおじゃましたことでしょうか。岡村さんは“自分を日本画家と呼ばない”と仰っていたのですが、その言葉から日本画の行く末ってどこだろう、と考えるようになったのもこの時期です。ずっと古い時代を研究していたのですが、『「日本画」—内と外のあいだで:シンポジウム〈転位する「日本画」〉記録集』(「日本画」シンポジウム記録集編集委員会編、ブリュッケ、2004年)(註3)のように、そういった問題意識に支えられたシンポジウムなどが盛んに開催された時代でもありました。  長名:現代の日本画との関わり方ということですね。  中村:現代との接点でいうと、2006年に国際交流基金主催の「第1回アジア次世代キュレーター会議」に参加しました。麦僊や栖鳳が、それぞれある時期に中国絵画に関心を寄せていたことを知ってから、ずっと日本の近代美術と中国絵画との関係が頭の片隅にあり。当時はちょうど中国現代美術が世界的に注目を浴びるようになった時期でもあり。保坂健二朗さん(現・滋賀県立美術館ディレクター)と一緒に参加しました。現代美術を通したアジア地域の若手キュレーターの協働を目的としていたため、数回参加しただけでしたが、この時に同世代の近代中国美術史研究者と知り合えたのは非常に貴重なことでした。  長名:それが「エモーショナル・ドローイング:現代美術への視点 6」展(2008年8月26日–10月13日)につながっていくんですね。  中村:「アジア次世代キュレーター会議」の成果としても目論まれた企画展でした。保坂さんがメインコンセプトを作り、私は出品作家のリサーチに加わったのですが、現代美術、しかも現存作家の展示に関わるのは初で、貴重な経験でした。  日本画の展覧会 長名:そして満を持してメインとして担当されたのが「上村松園展」(2010年9月7日–10月17日)。  中村:出品依頼は尾崎さんが中心になって進めてくださっていたんですが、途中でバトンタッチという形で。初めて章構成や図録の総論執筆を担当しました。この展示では、一般的に愛でる対象と位置付けられがちだった「美人画」について、女性作家である松園が描くことの意味を考える機会にもなりました。展覧会の後にはなりますが、児島薫先生の『女性像が映す日本:合わせ鏡の中の自画像』(ブリュッケ、2019年)でも、そうした部分に触れられていて、いつかもう少し踏み込んだ研究ができるといいなと思っています。 長名:そこから立て続けに日本画の展示を担当されていますね。  中村:当時は今と比べて、年間で実施する企画展の数が多かったんです。「竹内栖鳳展:近代日本画の巨人」(2013年9月3日–10月14日)では、初めて出品交渉からすべて自分と巡回先の京都市美術館の担当者の方とで行いました。この時は、栖鳳研究者の廣田孝さんによる美術染織と京都の日本画の関係をめぐる研究に教示を得て、大英博物館から染織作品を借用しました。絵画のジャンルにとどまらない当時の作家の仕事について意識するようになり、以後こうしたジャンル越境の視点は常に持つようにしています。  長名:その2年後に「生誕110年 片岡球子展」(2015年4月7日–5月17日)を担当されていますね。  中村:戦後の作家を扱った、自分にとって初めての展覧会でした。とはいえ戦前に教育を受けていた方なので、戦前から戦後へと日本画が伝統から脱却していく様子を展覧会の準備を通して実感することができました。個性的なエピソードに富み、対象を自分の中で咀嚼する力がすさまじい作家で、これはまさに「画家の中にある描くことへの根源的な欲求」を表現した「エモーショナル・ドローイング」ではないかと、そういう視点から展覧会を組み立てました。今思えば、もう少し同時代の日本画以外の美術との関係性も扱えればよかったなと…。  長名:少しプライベートなお話になってしまいますが、その後2017年にご出産されていますよね。 中村:次の「生誕150年 横山大観展」(2018年4月13日–5月27日)は、ちょうど妊娠・出産と重なった展覧会でした。体調に気をつけながら飛行機で遠方へ出品交渉に行ったり、乳児の世話をしつつ、夜間寝ているわずかな隙を狙って、午前2時から5時とかに図録の原稿を執筆していました。4月頭に展覧会が開幕するので、半年で育休を切り上げて、展示作業に合わせて復帰しましたが、当時の展覧会チームのメンバーにはとても感謝しています。  長名:子育てをしながら展覧会の準備を進めるというのは、かなり大変だったと思います。そんな中、2021年に「あやしい絵展」(2021年3月23日–5月16日)を企画されていますね。  中村:初のテーマ展でした。元々は甲斐庄楠音の回顧展をしたかったんです。卒論を書いている時に甲斐庄の図版を研究室で見ていて、印象に残っていて。ぜひ『甲斐庄楠音画集:ロマンチック・エロチスト』(求龍堂、2009年)を見ていただきたいのですが、彼の描くリアルな女性の生々しい部分など、案外こういうグロテスクな作品が人間の本質をよく捉えているのではないかと思っていて。が、知名度が低くて来館者数が見込めないから個展はダメ、と言われた結果、テーマ展方式を思いつきました。  長名:そこで「あやしい」という言葉が出てきたんですね。  中村:「あやしい」をキーワードに作品を見ていくと、美術史のメインストリームにある作品とそうでないものが同じ土俵の上で結び付くだけでなく、それらが時代の思潮や社会の状況の変化と深く関係していることがわかるのではないかと思ったんです。「あやしい」を入口とした日本近代の表現史を編めそうだぞ、と。  長名:とても面白い展覧会でしたよね。ただ、コロナ禍真っただ中で、3密を避けるということで、延床面積当たりの人数も決められていて、事前予約制による入場制限などもされていましたよね。職員だからこそ、かえって展示室に行きづらくて。もう一度見たいと思った矢先、再びの緊急事態宣言。  「あやしい絵展」(2021年3月23日–5月16日、東京国立近代美術館)の会場写真(撮影者:木奥惠三)当館アートライブラリ所蔵  中村:後期に突入してからすぐに閉館、そのまま閉幕しちゃいました。消化不良でしたね。準備の佳境段階も外出自粛となっていて、出品交渉の最後の段階でとても苦労しました。先方の美術館に人がいるのかいないのかわからない中で、あの手この手でコンタクトを試みました。保育園が休園になって子どもの相手をしながらで、限られた時間の中での準備でした。  長名:今思えば、すごい社会状況での展覧会でした。  中村:ただ、普段美術館に来ることのない若い人が、会場で自分のお気に入りの画家を見つけてくれることは嬉しかったですね。巡回先の大阪歴史博物館では入場者数歴代10本の指に入ったということで報われた気がしました。この展覧会は、「あやしい」という語でカテゴライズされた作品が女性を取り上げたものばかりということで、賛否両論を呼びもしたのですが、そのことで、女性を描くこと、ジェンダー研究への関心も自分の中で高まっていきました。また、今の社会通念とは異なる時代の事象を展示することの難しさも実感しましたね。  長名:これまでのご経験から今関心を持たれていることを教えていただけますでしょうか。  中村:「あやしい絵展」以降、過去に取り上げた上村松園、片岡球子がいずれも“メジャー”に食い込んだ(ともに文化勲章受章、松園は作品が重文指定)マイナー的存在の女性画家であることに改めて関心を持つようになっています。美術界や社会の中でどう見られ、また作家自身どうふるまったのかに興味があり、できれば作品との関係性も考えてみたいと。また、だいぶ前のことになりますが、渋谷区立松濤美術館で開催された「大正の鬼才:河野通勢:新発見作品を中心に」展(2008年6月3日–7月21日)で見た初期の作品がどうしても気になってしまい…うごめくようなディテールの風景画なんですが、何かテーマ展につなげられないかと考えています。  日本画に親しむために 長名:日本画は、少し敷居の高いジャンルに思えてしまうところがあります。日本画に親しむための資料や視点がありましたら、教えていただけないでしょうか。  中村:以前の日本では床の間に日本画を飾るという習慣がありましたが、住環境も大きく変化し、たしかに身近な存在ではなくなってきているかもしれません。そんな今を生きる私たちが日本画に親しむなら…たとえば、それぞれの作家のことを知ると楽しめるかもしれません。河野沙也子さんの『日本画家小譚:マンガで読む巨匠たちの日常』(青幻舎、2024年)は、日本画家を漫画で紹介している良書です。また、尾崎さん監修の『すぐわかる画家別近代日本絵画の見かた』(東京美術、2003年)や、別冊太陽の『近代日本の画家たち:日本画・洋画 美の競演』(平凡社、2008年)は、近代の日本美術の中での日本画の位置を知ることができます。また、『院展100年の名画:天心ワールド:日本美術院』(草薙奈津子編、小学館、1998年)と、『近代京都日本画史』(植田彩芳子ほか、求龍堂、2020年)も豊富な図版とともに、東西の日本画壇について知ることができます。あと荒井経さんの『日本画と材料:近代に創られた伝統』(武蔵野美術大学出版局、2015年)は、材質や素材の面から日本画に迫った本で、材料という視点から近代の日本画の誕生と発展の歴史を知ることができます。日本画は具象的な表現が多いので、着物の絵柄や、髪飾り、小物、お菓子、生活描写など、身近なところを取っ掛かりに見ていくこともできると思います。様々な視点から日本画を楽しんでもらえたら。  長名:ありがとうございます。最後に、現在準備されている展覧会について教えていただけますか。  中村:来年になりますが、下村観山の展覧会の準備を進めています。観山は政治力を発揮した横山大観や、早逝の菱田春草の陰に埋もれてしまっている画家で、上手だけどそれだけという見方がなされてしまっていて、かつて扱った竹内栖鳳とも通じる部分があります。今回の展覧会では、今まで等閑視されてきた彼の活動にスポットを当てて再評価につなげたいと思っています。今回お話ししてきたような、自身が美術史の道に足を踏み入れた頃の関心を生かせたらとも思っています。  長名:とても楽しみにしています。本日は貴重なお話をありがとうございました。  註 1994年9月24日から1996年11月16日にかけて各所で行われた連続シンポジウム「美術(bi-jutsu)—その近代と現代をめぐる10の争点」(全10回)の報告や討議内容をまとめた書籍。 1997年12月3日から5日にかけて、東京国立近代美術館で開催された国際研究集会「今、日本の美術史学をふりかえる」(東京文化財研究所企画)の報告書。 2003年3月22日から23日にかけて神奈川県民ホールで開催されたシンポジウム「転移する「日本画」—美術館の時代がもたらしたもの」の記録集。 中村さんの本棚 鈴木敬『中國繪畫史』吉川弘文館、2011年  鈴木敬編『中國繪畫總合圖録』東京大学出版会、1982–2001年  『幕末・明治初期の絵画(朝日美術館:テーマ編3)』朝日新聞社、1997年  北澤憲昭『眼の神殿:「美術」受容史ノート』美術出版社、1989年  佐藤道信『〈日本美術〉生:近代日本の「ことば」と戦略』講談社、1996年  北澤憲昭ほか編『美術のゆくえ、美術史の現在:日本・近代・美術』平凡社、1999年  東京国立文化財研究所編『語る現在、語られる過去:日本の美術史学100年』平凡社、1999年  東京文化財研究所編『大正期美術展覧会出品目録』中央公論美術出版、2002年  東京国立近代美術館編『東京国立近代美術館ギャラリーガイド:近代日本美術のあゆみ』東京国立近代美術館、2002年  古田亮、中村麗子編『琳派:Rimpa』東京国立近代美術館、東京新聞、2004年  玉蟲敏子『生きつづける光琳:イメージと言説をはこぶ《乗り物》とその軌跡』吉川弘文館、2004年  古田亮『日本画とは何だったのか:近代日本画史論』KADOKAWA、2018年  古田亮『近代日本画の歴史』KADOKAWA、2024年  「日本画」シンポジウム記録集編集委員会編『「日本画」—内と外のあいだで:シンポジウム〈転位する「日本画」〉記録集』ブリュッケ、2004年  保坂健二朗ほか編『エモーショナル・ドローイング』東京国立近代美術館、2008年  『上村松園展』日本経済新聞社、2010年  児島薫『女性像が映す日本:合わせ鏡の中の自画像』ブリュッケ、2019年  『竹内栖鳳展:近代日本画の巨人』日本経済新聞社、NHK、NHKプロモーション、2013年  廣田孝『竹内栖鳳:近代日本画の源流』思文閣出版、2000年  廣田孝『竹内栖鳳と髙島屋:芸術と産業の接点』思文閣出版、2023年  『生誕110年 片岡球子展』日本経済新聞社、2015年  『あやしい絵展』毎日新聞社、2021年  甲斐庄楠音『甲斐庄楠音画集:ロマンチック・エロチスト』求龍堂、2009年  東京国立近代美術館編『土田麦僊展』日本経済新聞社、1997年  土方明司ほか編『大正の鬼才:河野通勢:新発見作品を中心に』美術館連絡協議会、2008年  河野沙也子『日本画家小譚:マンガで読む巨匠たちの日常』青幻舎、2024年  尾崎正明監修『すぐわかる画家別近代日本絵画の見かた』東京美術、2003年  『近代日本の画家たち:日本画・洋画 美の競演』平凡社、2008年  草薙奈津子編『院展100年の名画:天心ワールド:日本美術院』小学館、1998年  植田彩芳子ほか『近代京都日本画史』求龍堂、2020年  荒井経『日本画と材料:近代に創られた伝統』武蔵野美術大学出版局、2015年  『現代の眼』640号

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東京国立近代美術館企画課 研究補佐員(司書)公募(2025.11.20 17時締切)

詳細は採用情報のページをご覧ください。

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寝るひと・立つひと・もたれるひと

展覧会について 萬鉄五郎(よろず・てつごろう、1885-1927)作の重要文化財、《裸体美人》 は、不思議な作品です。草原に寝ているはずの裸婦が、視覚的なトリックにより、まるで立っているようにも見えるからです。人間が大地に立つ、あるいは横たわる。そんな私たちにとってごくふつうの感覚を、時に絵画はさまざまな方法で揺るがします。萬の代表作を手がかりに、今日の作品まで、当館のコレクションから19点をご紹介します。 ここが見どころ 《裸体美人》は草原に寝そべる裸婦を描いています。しかし萬は、裸婦を縦に置き、おまけに背後の草原を垂直に立ち上がるように描くことで、裸婦が「寝ている」のではなく、一瞬「立っている」と見えるよう、わざわざ工夫を凝らしています。絵画とは一枚の平らな面であって、裸婦が横になるような奥行きは実際には存在しません。ここで萬は、壁にかけられた絵の中で、裸婦は実際に私たちに面して「立っている」のだ、と主張しているのです。 熊谷守一の《畳の裸婦》。実は《裸体美人》とほとんど同じポーズです。しかし、裸婦が横方向に置かれているため、畳がやはり垂直に立ち上がるように描かれていても、《裸体美人》よりずっときちんと「寝て」見えます。ところで、今度はこの図版を縦にしてみましょう。すると、たちまち裸婦は立って踊っているように感じられます。このように、私たちが絵の中の人物を「寝ている」「立っている」と判断することは、きわめてあいまいな部分を持っているのです。 イケムラレイコの《横たわる少女》では、少女が横方向に置かれており、さらにその右半身が空間の奥へとめりこんでいるため、きちんと大地に横たわって見えます。 アメリカの女性写真家、ルース・バーンハートの作品はどうでしょう。裸婦は奥行きのある箱の中に寝そべっています。しかし、この箱がただの長方形に見えた瞬間、奥行きの感覚が失われ、裸婦がどこにどう寝そべっているのか、見る者は混乱してしまいます。まるでだまし絵のようですね。 イベント情報 キュレーター・トーク 蔵屋美香(本展企画者・当館美術課長) 2009年7月4日(土) 11:00-12:00 2F ギャラリー4 蔵屋美香(本展企画者・当館美術課長) 2009年8月7日(金) 18:00-19:00 2F ギャラリー4 カタログ情報 開催概要 東京国立近代美術館本館 ギャラリー4(2F) 2009年6月13日(土)~9月23日(水) 10:00-17:00 (金曜日は10:00-20:00)*7月3日(金)~9月23日(水・祝)は、金曜日に加えて土曜日も20時まで開館(入館は閉館30分前まで) 月曜日、ただし7月20日(月・祝)、8月17日(月)、8月24日(月)、9月21日(月・祝)は開館、7月21日(火)は休館 一般 420円(210円) 大学生130円(70円)*高校生以下および18歳未満、65歳以上および障害者手帳をお持ちの方とその付添者(1名)は無料。*それぞれ入館の際、学生証、運転免許証等の年齢の分かるもの、障害者手帳等をご提示ください。 ( )内は20名以上の団体料金。いずれも消費税込。 お得な観覧券「MOMATパスポート」でご観覧いただけます。 キャンパスメンバーズ加入校の学生・教職員は学生証または教職員証の提示でご観覧いただけます。 本展の観覧料で、当日に限り所蔵作品展「近代日本の美術」(所蔵品ギャラリー、4-2F)もご観覧いただけます。 7月5日(日)、8月2日(日)、9月6日(日) 東京国立近代美術館

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木に潜むもの

展覧会について 日本では、古くから木に霊が宿ると考えられてきました。それはやがて仏の信仰と結びつくようになり、木は仏像の素材として長い間親しまれてきました。ところが明治に入ると仏教彫刻の需要は減り、また西洋からの美術思潮の流入などによって、木彫は鑑賞、愛玩を目的としたものが中心となりました。 木は彫刻のための単なる素材に過ぎなくなってしまったのでしょうか?いいえ、そうではありません。明治以降も、木に何らかの性質を見出し、それを制作に結び付けようとする作家がたびたび現れました。まさに木に霊的なものが宿ると考えた橋本平八、水や火と同様に木に根源的な性質を見出した遠藤利克・・・彼らはそれぞれの関心に応じて、木からさまざまな性格を引き出しています。そして、そのようにして生まれた作品には、深みのある独自の表現がそなわっています。 この小企画展では橋本平八からはじまり現在活躍中の作家まで、こうした作品を、当館のコレクションを中心としたインスタレーションを含む約8点でご紹介します。 イベント情報 キュレーター・トーク 2009年4月19日(日)11:00-12:002009年5月15日(金)18:00-19:00 2F ギャラリー4 中村麗子(本展企画者・当館研究員) いずれも参加無料(要観覧券)、申込不要 アーティスト・トーク 本展出品作家である岡村桂三郎さんのアーティスト・トークを開催します。 4月10日(金) 18:30-19:30 2F 所蔵品ギャラリー カタログ情報 開催概要 東京国立近代美術館 ギャラリー4(2F) 2009年3月14日(土)~6月7日(日) 10:00-17:00 (金曜日は10:00-20:00)(入館は閉館30分前まで) 月曜日(5月4日は開館)、5月7日(木) 一般420(210)円大学生130(70)円 高校生以下および18歳未満、キャンパスメンバーズ、MOMATパスポートをお持ちの方、65歳以上および障害者手帳をお持ちの方(要提示)とその付添者(1名)は無料。( )内は20名以上の団体料金。いずれも消費税込*本展の観覧料で、当日に限り、所蔵作品展「近代日本の美術」ご観覧いただくことができます。 4月5日(日)、5月3日(日)、6月7日(日) 東京国立近代美術館

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ヴィデオを待ちながら:映像,60年代から今日へ

展覧会について この展覧会は、アメリカ、ヨーロッパ、日本のアーティストによる、60年代から今日までのフィルムとヴィデオ作品51点を集め、ご紹介するものです。 今日、どの現代美術展をのぞいても、映像作品を見かけないことはありません。しかし、この隆盛のよって来るところを知り、それらの作品を十全に理解するためには、実はそのスタート地点にあたる60-70年代の映像作品の理解を欠かすことはできないのです。この展覧会は、これらの作品をまとめて見る機会を、国内でほぼ初めて提供するものです。 さらにこの展覧会では、60-70年代の知る人ぞ知る名作と、60-70年代の可能性を今日に引き継ぐ現代の作品とが、ともに会場に並びます。ハイテクではなくローテクであること、大掛かりなスペクタクルではなくひそやかかつ過激であること、安易な結末を望むのではなく、いつまでも結末に行き着かない長い「プロセス」を重視すること、など、両者のあいだにいくつもの共通点が浮かび上がってくるでしょう。それはとりもなおさず、現在の作家たちが、60-70年代の映像作品のうちに、いまだ汲みつくされないたくさんの可能性を見ているということなのです。 現代美術が好きでもっと根っこから理解したい人。また、美術に限らずあの時代の文化を知り、その息吹に触れたい人。今日わたしたちを取り巻く膨大な映像の波におぼれないよう映像の文法をしっかり知りたい人、などなど。必見の展覧会です。たっぷり時間をとってお出かけください! 「YouTube」にて展覧会紹介映像を公開中! 展覧会の紹介映像を、動画共有サービス「YouTube」にて公開しています。展覧会場の様子なども視聴いただけます。これからご来館いただく予定の方も、すでにご来館いただいた方も、ぜひ一度ご覧ください。 ここが見どころ アメリカ、ヨーロッパ、日本の映像作品51点を一挙公開 今日の映像隆盛のスタート地点、60-70年代の作品を大規模に検証する、国内初の展覧会 アンディ・ウォーホルの伝説的作品《アウター・アンド・インナー・スペース》(1965年)、ブルース・ナウマンの歴史的インスタレーション《ヴィデオの回廊(ライブと録画)》(1970年)は、日本初公開! 加えて60-70年代の流れを汲む現代の作品をあわせて紹介 展覧会構成 1.鏡と反映 1960年代末、プロでなくても映像を撮ることのできる機器が登場します。これを機に、それまで絵画や彫刻を手がけていたアーティストたちが、いっせいに、フィルムや、新しいテクノロジーであるヴィデオを用いて作品を作り始めます。当時は、自分の姿が映像としてすぐさまモニターに映し出される、ということ自体が新鮮な経験でした。アーティストたちは、モニターに映る自分を見つめ、その自分がモニターの中から逆に自分を見つめ返すという、鏡にも似た映像機器の特性を活かして、作品を制作しました。 モニターの中心を約20分間指差し、そこに神経を集中し続ける。 2.芸術の非物質化 1970年代、絵画や彫刻は行き詰まりに来ていました。かわりに、絵画作品や彫刻作品といった具体的なモノを作らず、モノをともなわないアイデアや、アートとは何かを問う行為自体を作品とみなす、「コンセプチュアル・アート(概念芸術)」が登場します。手で触ることのできない光や電子でできた映像作品は、この流れの中で重要な位置を占めました。 「I am making art(芸術制作中)」とつぶやきながら、約20分間微妙にポーズを変え続けるだけ。ほとんどなにもしないことこそが「芸術の制作」なのだ。 3.身体/物体/媒体 3.オブジェと身体 アートからモノの存在を消し去ったコンセプチュアル・アート。しかしほぼ同時に、アーティストや観客の身体をモノとして扱う作品が登場します。ここでは身体は、断片化され、実験され、観察される対象として扱われます。 自作のスコアに基づき、60分間複雑なルールに従って歩く。感情を表すことなく動き続ける身体は、カメラが横に90度回転させられていることもあって、一瞬人間ではなく、不思議な機械のように見える。 4.フレームの拡張 絵画や彫刻と異なり、映像作品は、時間の流れの中で画面が変化し、動きが展開していきます。映像がしばしば時間芸術と呼ばれるゆえんです。アーティストたちは、スローモーションを用いたり、ものごとが繰り返すだけで先へと進まないシチュエーションを設定したり、ひとつの画面の中に別々のスピードで進む画面を複数合成したりして、作品のうちに日常のそれとは異なる時間の流れを作り出します。 いまや映像の第一人者であるヴィオラの、初期の代表作。池の外と、その反射像が映るはずの水面で、それぞれ異なる出来事が進行する。 ベルギーに生まれ、メキシコで活動するアリスは、世界の現代美術展でひっぱりだこの人気作家だ。この作品では、バックに楽団のリハーサルの音が流れる。音楽がスムーズに進めばフォルクスワーゲンは前に進み、つっかえて止まればバックして戻ってくる。行きつ戻りつするばかりで進まないメキシコの近代化を、アリスは、坂の頂上を越えられず、決して結末にたどり着けない車、という映像で表現している。 5.サイト サイトとは「場」のこと。70年代、やはり絵画、彫刻の行き詰まりを打破する方法として、美術館やギャラリーを飛び出し、広大な自然を用いて造形を行う、「アース・ワーク」または「ランド・アート」と呼ばれる一群の作品が登場しました。これらの作品の多くはへんぴな土地にあり、見る機会が限られるため、そのエッセンスをいかに写真や映像といった手段によって示すかが問われました。ここでは70年代のアース・ワークの映像作品から、アース・ワークに敬意と、そしてちょっぴりの揶揄を示す現代作家の作品までをご紹介します。 ユタ州グレイト・ソルト・レイクに築かれた巨大な螺旋型の突堤は、スミッソンの代表作であり、またアース・ワークの記念碑的作品だ。今回出品される映像は、この突堤の不可欠な半身とも言うべきもので、決して単なる記録映像ではない。ここでは螺旋・太陽・フィルムのリールに共通する円形や、突堤を築くパワーショベルとかつてこの地に繁栄した恐竜の姿など、いくつものイメージが層をなして重ねられている。 作家紹介 おもな出品作家(31人(組)、51点) アンディ・ウォーホル(アメリカ:1928-1987) 村岡三郎+河口龍夫+植松奎二(日本:1928- 、1940- 、1947- ) ジョン・バルデッサリ(アメリカ:1931- ) ジョアン・ジョナス(アメリカ:1936- ) デニス・オッペンハイム(アメリカ:1938- ) ロバート・スミッソン(アメリカ:1938-1973) リチャード・セラ(アメリカ:1939- ) ヴィト・アコンチ(アメリカ:1940- ) ヴァリー・エクスポート(オーストリア:1940- ) ブルース・ナウマン(アメリカ:1941- ) 野村 仁(日本:1945- ) ビル・ヴィオラ(アメリカ:1951- ) ペーター・フィシュリ&ダヴィッド・ヴァイス(スイス:1952- 、1946- ) フランシス・アリス(ベルギー:1959- ) タシタ・ディーン(イングランド:1965- ) ポール・ファイファー(アメリカ:1966- ) ダグラス・ゴードン(スコットランド:1966- ) 小林耕平(日本:1974- ) ジル・ミラー(アメリカ:1975- ) 泉 太郎(日本:1976- ) カタログ情報 カタログ好評発売中 出品作全点に詳細な解説 日本語で読め、入門書に最適 ロザリンド・クラウス「ヴィデオ:ナルシシズムの美学」ほか、最重要文献3本を初邦訳 森大志郎デザイン 300ページのボリュームで1400円(税込) イベント情報 緊急開催!泉太郎、小林耕平によるトーク・イベント 出品作家の泉太郎さん、小林耕平さんのトーク・イベントが決定しました。自作について、また会場に並ぶ歴史的名作について、等々、気鋭の二作家のお話が一度に聞けるまたとないチャンス!お誘い合わせの上、ぜひお出かけください。 2009年5月23日(土) 11:00-12:30 1階エントランス・ホール 泉太郎1976年奈良生まれ。2002年多摩美術大学大学院修了。主な展覧会に「夏への扉:マイクロポップの時代」(07年、水戸芸術館現代美術ギャラリー)、個展「山ができずに穴できた」(09年、ナディッフ)など。また5月23日から「ウィンター・ガーデン 日本現代美術におけるマイクロポップ的想像力の展開」(原美術館)にも参加。本展には新作《裏の手 手の裏》を出品。 小林耕平1974年東京生まれ。99年愛知県立芸術大学卒業。主な展覧会に「ベリー・ベリー・ヒューマン」(2005年、豊田市美術館)、「第3回 府中ビエンナーレ 美と価値 ポストバブル世代の7人」(05年、府中市美術館)、「ボルタンスキープレゼンツ La chaîne 日仏現代美術交流展」(07年、BankArt1929)、「六本木クロッシング2007 日本美術の新しい展望」(07年、森美術館)など。本展には《2-6-1》(07年)および新作《2-7-1》の2点を出品。 *聴講無料・申込不要 連続講演会 *今回の講演会では、試行的に事前予約制で手話通訳を導入いたします。手話通訳をご希望の方は、各講演会の2週間前までにpr@momat.go.jpまで、お申込ください。 林 道郎(上智大学教授)「方法としての『彫刻』―ポストミニマリズムと映像をめぐって」 2009年4月18日(土) 14:00-15:30 講堂(地下1階) *聴講無料、申込不要(先着150名) 門林岳史(関西大学文学部助教)「マクルーハンとヴィデオ・アートの接点を考える―その理論的・歴史的条件」 2009年4月25日(土) 14:00-15:30 講堂(地下1階) *聴講無料、申込不要(先着150名) 小沼純一(早稲田大学文学学術院教授)「60-70年代の音楽と美術」 2009年5月9日(土) 14:00-15:30 講堂(地下1階) *聴講無料、申込不要(先着150名) 西嶋憲生(多摩美術大学教授)「60-70年代の構造映画と美術」 2009年5月16日(土) 14:00-15:30 講堂(地下1階) *聴講無料、申込不要(先着150名) 木村 覚(日本女子大学専任講師)「ダンスとレディ・メイド―1960-70年代のダンスと美術」 2009年5月23日(土) 14:00-15:30 講堂(地下1階) *聴講無料、申込不要(先着150名) 担当学芸員によるギャラリートーク 2009年4月3日(金)18:00-19:002009年5月30日(土)14:00-15:00 企画展ギャラリー(1F) 三輪健仁+蔵屋美香(本展企画者) ※いずれも参加無料(要観覧券)、申込不要 トーク・セッション 「『それを見ていたほかの犬』―― 記録と表現について」 会期終了間近に、最後のイベント開催が決まりました。本展フロアプランの企画制作に関わった3名が、出品作や関連印刷物(カタログ、フロアプランなど)に見出される「記録 / 表現」という問題をめぐって、トーク・セッションを行います。ぜひご参加ください。 2009年6月6日(土) 12:00-13:00 企画展ギャラリー(1F) 上崎千|慶應義塾大学アート・センター(アーカイヴ担当)森大志郎|グラフィックデザイナー三輪健仁|本展企画者 本展がフィルムあるいはヴィデオ作品における「記録 / 表現」の界面、すなわち「 / 」の上で起こる“出来事”を扱う一方で、この「 / 」をさらに「記録 / 表現」し直す、本展の関連印刷物 ― printed matter の課題とはなにか。 *参加無料(要観覧券)、申込不要*観覧券をご用意の上、1Fエントランス・ホールにお集まりください。 開催概要 東京国立近代美術館 企画展ギャラリー (1F) 2009年3月31日(火)~6月7日(日) 10:00-17:00 (金曜日は10:00-20:00)(入館は閉館30分前まで) 月曜日(5月4日は開館)、5月7日(木) 一般 850(600)円/大学生 450(250)円*( )内は20名以上の団体料金。いずれも消費税込。 *高校生以下・18歳未満、障害者手帳をお持ちの方とその付添者1名は無料。それぞれ入館の際、学生証等の年齢の分かるもの、障害者手帳等をご提示ください。 *入館当日に限り、「木に潜むもの」展、所蔵作品展「近代日本の美術」もご観覧いただけます。

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沖縄・プリズム1872-2008

展覧会について 近代以降、様々な出自の表現者を創作へと駆り立ててきた沖縄沖縄と交差したそれぞれの想像力の軌跡を通して表現の源泉としての、この地の可能性を探ります 異質な要素がそこで出会い、沸き立ち、衝突し、創造の契機となる交差点としての場所。沖縄には、このような人と人、人と土地を結びつける不思議な磁場があります。だが、その磁場を生み出しているのは、豊かな自然や文化、そして沖縄の人々の魅力だけではないはずです。近代以降の沖縄が経験した受苦の歴史が織り成す深い陰影もまた、人々の感受性を震わせ、沖縄の過去と現在に対峙することを、さらには日本と沖縄の関係を見つめ直すことを求めてくるのではないでしょうか。こうした沖縄の光と影の強烈なコントラストは、数多くの画家、写真家、映像作家などの表現者を創作へと駆り立ててきました。「沖縄・プリズム 1872-2008」展は、これまでの「沖縄」展の多くが琉球王朝期の工芸を回顧するものであったのとは異なり、近代という時代のうねりの中で、この地から誕生した、そして現在生成しつつある造形芸術を検証する初めての試みです。表現する主体として、沖縄出身の作家と本土から沖縄に向かった作家を織り交ぜながら、「外からの視点」と「内側の視点」の違いを意識しつつ、個々の作家の想像力の軌跡を辿ります。絵画、版画、写真、映画、工芸等、様々なジャンルの作家34名それぞれの「沖縄」が乱反射する展示を通して、沖縄という場所の意味と潜在力を問い、この地から発信される未来の創造活動へと繋げていくことを目指します。 ここが見どころ 沖縄と東京の美術館二館による連動企画 沖縄と本土の対話 この展覧会は、昨秋オープンした沖縄県立美術館の開館記念展「沖縄文化の軌跡 1872-2007」(2007年11月-2008年2月)に連動するものと位置づけられています。同じ時代を扱いながらも、沖縄と本土それぞれの視点で構成された二つの展覧会の内容は、当然のごとく異なります。いわば展覧会を通した両者の対話の試みといえるでしょう。 沖縄の「現在」に向き合う 沖縄を主題にした展覧会は数多く開催されてきましたが、そのほとんどが琉球王朝期の美術工芸を扱ったものでした。なぜ沖縄の「過去」ではなく「現在」に注目しないのでしょうか。この展覧会では、沖縄が経験した近・現代の苛酷な現実と、それを映し出す表現との関係を検証します。 沖縄イメージの変遷とその更新 主として本土のマス・メディアや観光的な視線によって作り上げられた「青い海」「癒しの島」などステレオタイプな沖縄のイメージ。この展覧会で扱われる絵画や映像は、こうしたイメージの生産に関与しているのか、それとも抵抗を試みているのか。その可能性と限界を見きわめながら、既存の沖縄像を突き崩し、新たな視角から沖縄の複雑な現実に切り込むことを目指します。 展覧会構成 第1章 異国趣味(エキゾティシズム)と郷愁(ノスタルジア) 1872-1945 琉球藩設置(1872年)、廃藩置県(1879年)によって、日本の版図に編入された沖縄は、言葉や風俗、文化を含めた本土への同化を余儀なくされる一方で、異質な文化を有する他者として認識されていました。しかし、1920年代から30年代になると、本土と沖縄の知識人(芸術家)の交流が盛んになり、その文化の特殊性が称揚されたばかりか、既に失われた日本古来の姿を沖縄に見る言説も登場し、沖縄への関心が一気に高まります。 第1章では、この時代に沖縄がどのように表現されたのかを絵画、写真等を通じて検証することで、日本との不均衡な関係の中で沖縄に付加された意味、すなわち空間的な距離に依拠するエキゾティシズムと、時間的な隔たりが生み出すノスタルジアが綯い交ぜになっていく過程が明らかになるでしょう。国土を視野に収めようとする為政者の眼差しを反映した山本芳翠の風景画、ゴーギャンの影響が見られる菊池契月の《南波照間》、そして異文化としての「沖縄」の記号を散りばめた藤田嗣治《孫》などを取り上げます。 山本芳翠、冨田溪仙、菊池契月、鳥海青児、藤田嗣治、前田藤四郎、木村伊兵衛、柳宗悦 第2章 「同化」と「異化」のはざま 1945-1975 沖縄戦によって壊滅的な被害を受けた沖縄は、1952年の対日平和条約と日米安保条約の発効によって米軍政下に置かれ、まもなく「極東の要石」としての軍事基地化を強いられます。こうした米統治に対する辛抱強い抵抗の積み重ねは、やがて60年代になると「復帰運動」の大きなうねりを生み出し、72年5月15日の施政権返還に結実します。しかし、日本への「復帰」は、期待されていた基地問題を解決するものではなく、75年の沖縄国際海洋博覧会開催に象徴されるような本土資本の流入をもたらし、新たな「日本化」の波を引き寄せることになりました。第2章では、安谷屋正義をはじめとする戦後の沖縄の作家が、自己の立脚点から、沖縄の困難な現実に対峙していったことが明らかになります。また、「復帰運動」の盛り上がりとともに本土ジャーナリズムの注目が集まった60年代後半以降は、メディアに流布する沖縄イメージに抗うかのように、沖縄出身の作家と本土出身の作家が、緊張感あふれる相互交渉の末に優れた映像表現を生み出した時期でした。外部の目として挑発者の役割を果たした岡本太郎、東松照明、そして沖縄の比嘉康雄、平良孝七、高嶺剛など。これらの映像群に共通する視点は、日本復帰という再度の「同化」が叫ばれた時代において、沖縄を「異質性」のもとに捉え直し、その思想的可能性を深化させていったことにあるでしょう。 安次嶺金正、安谷屋正義、安次富長昭、儀間比呂志、岡本太郎、東松照明、平良孝七、森口豁、高嶺剛 第3章 「沖縄」の喚起力 第1章、第2章が、その時代において登場した沖縄の表現を、歴史的、社会的な文脈の中で理解しようとしたのに対して、第3章では「沖縄」という場所の意味と可能性を、時間・空間的な枠組みを取り払って、より開放的な視点から探っていきます。絵画、映像、工芸といったジャンルを超えて、「象徴としての身体」「超越的なものへの通路」「暴力の記憶とその分有」「移民」などの主題のもとに緩やかに作品は関係づけられます。作家の選択に関しても、その出自のみならず、沖縄在住か否か、あるいは復帰運動を経験した世代か復帰後世代かなど、多様な視点を織り交ぜることにしました。それぞれの作家の想像力が切り出した複数の「沖縄」に向き合うことで、この場所から広がる豊かな創造の水脈が見えてくるはずです。 國吉清尚、石川真生、平敷兼七、知花均、宮城明、粟国久直、圓井義典、阪田清子、伊志嶺隆、波多野哲朗、掛川源一郎、比嘉康雄、比嘉豊光、上原美智子、与那覇大智、山城知佳子、照屋勇賢 イベント情報 ギャラリー・トーク 1. 新作を発表した若手3人(阪田清子、照屋勇賢、山城知佳子)のリレートーク 2008年10月31日(金) 18:30-19:30 企画展ギャラリー *参加無料(要観覧券)、申込不要 2. 比嘉豊光氏が自作を、そして比嘉康雄氏との思い出を語ります。 2008年11月1日(土) 14:00-15:00 企画展ギャラリー *参加無料(要観覧券)、申込不要 3. 担当学芸員による解説 鈴木勝雄(当館主任研究員) 2008年11月21日(金)18:30-19:302008年12月5日(金)18:30-19:302008年11月29日(土)14:00-15:00 企画展ギャラリー *参加無料(要観覧券)、申込不要 上映・上演 琉球放送ドキュメンタリー傑作選(提供:琉球放送) 2008年11月16日(日)2008年12月6日(土) 10:30~「復帰10年BC通り」(1983年)13:00~「それぞれの15年」(1987年)14:00~「還らざる島 伊江島・20年の検証」(1992年)15:30~「サンゴは救えるか」(1988年) 講堂(地下1階) *聴講無料、申込不要(先着150名) 映画上映 2008年11月15日(土)2008年11月30日(日) 10:30~ 波多野哲朗監督「サルサとチャンプルー Cuba/Okinawa」(2007年)14:00~ 高嶺剛監督「ウンタマギルー」(1989年) 講堂(地下1階) *聴講無料、申込不要(先着150名) 演劇集団「創造」による「人類館」上演 1978年に岸田戯曲賞を受賞した戦後沖縄を代表する戯曲「人類館」。沖縄の演劇集団「創造」による30年ぶりの東京上演が、一夜一幕限りで実現します。 東京国立近代美術館、早稲田大学 早稲田大学琉球・沖縄研究所 2008年12月16日(火)18:30開演 早稲田大学大隈講堂大講堂 *先着800名、入場無料、申込不要*入場に際しては整理券をプリントアウトしてご持参ください 沖縄関連のイベント この展覧会と同時期に、沖縄映画を特集したイベントが都内で開催されます。こちらもお見逃しなく。 ドキュメンタリー・ドリーム・ショー ― 山形in東京2008特別企画「オキナワ、イメージの縁(エッジ) 映画篇」 ポレポレ東中野 カタログ情報 開催概要 東京国立近代美術館 企画展ギャラリー 2008年10月31日(金)~12月21日(日) 10:00-17:00 (金曜日は10:00-20:00)(入館は閉館30分前まで) 月曜日(11月3日と24日は開館し、11月4日と25日休館) 一般 850(600)円/大学生 450(250)円*( )内は20名以上の団体料金。いずれも消費税込。高校生および18歳未満、障害者手帳をお持ちの方とその付添者1名は無料。 入館当日に限り、「小松誠」展と所蔵作品展「近代日本の美術」もご観覧いただけます。 11月3日(月・文化の日) 沖縄県立博物館・美術館 ザ・テラスホテルズ株式会社、オリオンビール株式会社 日本航空

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エモーショナル・ドローイング:現代美術への視点 6

展覧会について 東京国立近代美術館は、国際交流基金と京都国立近代美術館との共催により、「現代美術への視点6 エモーショナル・ドローイング」展を開催します。この展覧会は、アジア、中東出身の作家16組の作品により、今日のアートにおけるドローイング的表現の現状や可能性を検証しようとするものです。 そこには、30代前半の若手から、すでにアジアの、あるいは今日のアート界を代表するようになっているアーティストまでが含まれています。 出品作品が用いている技法はさまざまです。紙の上に線を中心にした形象を描く狭義のドローイングはもちろんのこと、水彩、アニメーション、インスタレーションなどが展示されます。 内容も多岐にわたっています。顔をモティーフにしたもの、幼少期の記憶に基づいたもの、日記的な表現、深層心理を引き出そうとしているもの、子どもの落書きに触発されたもの、イメージが生み出す連想を楽しむもの、花や鳥を描いたもの、日々生まれてくる着想を描きとめたものなどなど。 もちろん、そこには共通点があります。それは、彼らの作品が、ドローイング特有の脆弱(ぜいじゃく)さ、未完成であることを許すおおらかさ、あるいはどんな表現ジャンルにおいてもつくられるという意味での根源的な在り方に寄り添うことで、自らの感情や情動を引き出そうとしているところです。 彼らが目指しているもの、それは、よりよく完成・完結している点で評価されるアートではなく、感情・情動を引き出し、それをなまなましく定着させる点において評価されるアートです。そのような、理性よりも感性をより重視する作品が、今日、とりわけアジア、中東の世界においていかなる位置を占め、またどんな意義を持っているか、それを検証するべく、あるいはご紹介するべく、この展覧会は生まれました。 なお本展は、東京国立近代美術館が1984年より開催しているシリーズ「現代美術への視点」の第6回目にあたります。 作家紹介 Leiko Ikemura レイコイケムラ 1951年三重県生まれ。セビリア美術大学卒業。ベルリンとケルンに在住。現在ベルリン美術大学教授。豊田市美術館、リヒテンシュタイン美術館、レックリングハウゼン美術館、ウルム美術館、ヴァンジ彫刻庭園美術館など個展多数。今年は、8月末から、シャフハウゼンのMuseum zu Allerheiligenで個展を開催する。本展では、「波 風 存在」(2004)、「樹の愛」(2007)、「顔」(2008)の三つのシリーズを出品する(各12点、16点、30点を展示)。彼女が持つ想像力の多様性をじっくりと味わえる空間となるだろう。 Amal Kenawy アマル・ケナウィ 1974年 エジプト・カイロ生まれ、カイロ在住。カイロの芸術アカデミーでファッションデザインを、シネマ・インスティトゥートで映画を、ヘルワン大学で絵画を学ぶ。2006年には第1回カナリア建築・アート・ランドスケープ・ビエンナーレ(スペイン)と第1回シンガポール・ビエンナーレ、2007年にはアラブ首長国連邦のシャルハ・ビエンナーレ8と第2回モスクワ・ビエンナーレといったように、近年立て続けに国際展に参加している。シャルハ・ビエンナーレでは最高賞を受賞した。森美術館に巡回した「アフリカ・リミックス」では共同名義で出品していたのも記憶に新しい。今回、単独名義では日本初となる。本展では、アニメーションを用いた新作の映像作品《Empty Skies - Wake Up》(約7分)を発表する。 Avish Khebrehzadeh アヴィシュ・ケブレザデ 1969年テヘラン(イラン)生まれ、ワシントンDC在住。アサッド大学(テヘラン)で数学を、ローマ美術アカデミーで絵画を、コーコラン美術学校で写真を、コロンビア特別区大学で哲学を学ぶ。イスタンブール・ビエンナーレ、ヴェネツィア・ビエンナーレ、フリーズなどグループ展、国際展への出品多数。2008年、ローマ現代美術館(MACRO)などでの個展が注目を集めた。出品作の《中庭》は、ドローイング+アニメーションの多層構造を持つヴィデオ・インスタレーション。イランを代表するコレクション、ホナート美術館(Honart Museum)の所蔵である。日本初紹介。 Kim Jungwook キム・ジュンウク 1970年ソウル生まれ。ソウル在住。1994年徳成女子大学美術学部絵画専攻東洋画科卒業。2006年ソウルのギャラリー・スケイプ(Gallery Skape)で個展。2007年ソウル市立美術館の「韓国の絵画 1953-2007」展に選ばれるなど、韓国注目のアーティストのひとりである。今回は、韓紙に墨で顔を描いた2000年から2008年までの作品を、6点出品(うち3点は新作)。日本初紹介となる。 Jose Legaspi ホセ・レガスピ 1959年マニラ生まれ。マニラ在住。サント・トマス大学で動物学を、また同大学院で生物化学を学んだ後、フィリピン大学美術学部で学ぶ。第4回アジア・パシフィック・トリエンナーレ(2002)、シンガポール・ビエンナーレ(2006)など国際展、グループ展への参加多数。日本での紹介は、「アンダー・コンストラクション」展(2002、国際交流基金フォーラムほか)以来、久しぶりである。今回は、作家自ら選んだドローイング485点を、インスタレーション的に展示する。 Nalini Malani ナリニ・マラニ 1946年カラチ(現パキスタン)生まれ。ムンバイ在住。ニュー・ミュージアム(2002-03、ニューヨーク)、ピーボディ・エセックス博物館(2005-06、マサチューセッツ州セーラム)、アイルランド近代美術館(2007、ダブリン)で個展を開催するなど、名実ともに、インド、あるいはアジアを代表するアーティストである。今回は、《記憶:記録/消去》(1996年)と《染み》(2000年)とこれまでの代表的なアニメーション作品を発表する。なお《染み》は福岡アジア美術館でレジデンスを行った際の制作作品である。 Nara Yoshitomo 奈良美智 1959年弘前市生まれ。栃木県在住。愛知県立芸術大学大学院修了後、デュッセルドルフ芸術アカデミーにて学び、A.R.ペンクのクラスでマイスターシューラーを取得する。ここ数年の個展をあげても、吉井酒造煉瓦倉庫(2006)、金沢21世紀美術館(2006)、マラガ現代美術館(2007)、デンハーグ現代美術館(2007)、バルティック(2008、ニューカッスル)などと数多い。本展では、1987年以降2008年までのドローイング131点と、新作の小屋《My Drawing Room 2008, bedroom included》(grafとの共同制作)を発表する。 Julião & Manuel Ocampoジュリアオ&マニュエル・オカンポ マニュエルは1965年ケソン・シティ(フィリピン)生まれ。マニラ在住(国籍はアメリカ)。ジュリアオはその息子。ドクメンタ(1992)、リヨン(2000)、ヴェネツィア(2001)、ベルリン(2001)、セビリア(2004)などのビエンナーレ、国際展に数多く参加。アメリカにおけるアジア系アーティストとして、世田谷美術館など、日本でも紹介されている。今回は、これまでのバロック的とも称された作風をがらりと変えて、息子ジュリアオと現地制作したインスタレーションを発表する。 S. Teddy D. S. テディ D. 1970パダン(インドネシア)生まれ。ジョグジャカルタ在住。スラカルタとジョグジャカルタのインドネシア芸術大学で学ぶ。インドネシアを中心に、絵画、インスタレーションのほか、パフォーマンスを制作、発表。「AWAS!インドネシアの新しい現代美術」(2000)や「アンダー・コンストラクション」(2002)を通して日本でも紹介されている。今回はこれまで描きためてきたドローイングから43点を出品。 Sakagami Chiyuki 坂上チユキ 本展では、1970年代から新作までのドローイングを、12点出品。 Pinaree Sanpitak ピナリー・サンピタック 1961年バンコク生まれ。筑波大学芸術専門学群デザイン専攻視覚伝達コース卒業。女性の乳房や胴体をモティーフにした作品で知られる。第3回アジア・パシフィック・トリエンナーレ(1999)など国際展への参加多数。「東南アジア来るべき美術のために」展(1997)や「第2回福岡アジア美術トリエンナーレ」(2002)など、日本での紹介も数多い。今回は、1990年から2008年まで描いたドローイング多数を、壁にかけるのではなくて、テーブルに載せる形で出品する。 Mithu Sen ミトゥ・セン 1971年ブルドワン(インド)生まれ。デリー在住。ヴィスヴァバーラティ大学大学院(シャーンティニケターン)で絵画を学んだ後、グラスゴー美術学校に留学。1998年AIFACS(国際美術家連盟アジア太平洋地域会議)絵画部門賞を受賞。インドを中心に作品を発表してきたが、2006年、2007年とニューヨークのボセ・パシアで個展を開催して好評を博す。今回は、国際交流基金のJENESYSプログラムにより徳島県の阿波紙ファクトリーに滞在し、そこで制作した大きな和紙をベースにした、新作のインスタレーション、《翻訳で失われるものはなにもない》を発表する。 Aditi Singh アディティ・シン 1976年グワハティ(インド)生まれ。ムンバイ在住。インターナショナル・スクール・オブ・アート(イタリア・モンテカルロ)、ペンシルバニア美術アカデミー修士課程(フィラデルフィア州ペンシルバニア)、ニューヨーク・スタジオ・スクールで学ぶ。今回は、花を描いた静謐なドローイング4点と、鳥の群れを描いた40点組のインスタレーション的なドローイングを出品する。 Shooshie Sulaiman シュシ・スライマン 1973年ムアール(マレーシア)生まれ。クアラルンプール在住。マラ工科大学を卒業後、現在同地でアーティスト・ランのオルタナティヴ・スペースを運営する。2007年のドクメンタに参加。今回は、そのドクメンタでも出品された日記的なドローイング(彼女はどこかへ出かけるとき、いつもそれをケースに入れて持ち歩く)を16点出品するほか、短期滞在型のパフォーマンスを行う。  Tsuji Naoyuki 辻直之 1972年静岡県生まれ。東京造形大学美術学科Ⅱ類 (彫塑コース)卒業。神奈川県横浜市在住。2004年には「カンヌ国際映画祭」監督週間に《闇を見つめる羽根》が招待上映された。また2007年には、愛知県芸術文化センター・オリジナル映像作品として制作された《影の子供》が、アナーバー映画祭で奨励賞を受賞。2007年のパラソル・ユニット(ロンドン)でのグループ展、横浜美術館での上映会(「動く絵」の冒険)、2008年のアート・バーゼルにおけるコルヴィ=モーラ(Corvi-Mora)のブースでの紹介など、アートの領域における評価も急速に高まりつつある。今回は、木炭ドローイングによるアニメーションを二点発表。ひとつは《影の子供》(約18分)、もうひとつは新作《エンゼル》(約6分)で、後者は日本初公開となる。 Ugo Untoro ウゴ・ウントロ 1970年プルバリンガ(インドネシア)生まれ。ジョグジャカルタ在住。インドネシア芸術大学(ジョグジャカルタ)で学ぶ。インスタレーションや絵画を中心に発表する一方で、詩も描き、詩画集も出している。全身に刺青をしているが、自らのアトリエを若手アーティストに開放するなど、当地では兄貴分的な存在である。今回は、描きためていたドローイング34点を出品。 イベント情報 アーティスト・トーク マニュエル・オカンポ+ピナリー・サンピタック+ミトゥ・セン 2008年8月26日(火) 14:00-16:00 企画展ギャラリー *参加無料(要観覧券)、申込不要 スクリーニング&トーク 辻直之 2008年9月13日(土) 14:00-16:00 講堂(地下1階) *聴講無料、申込不要(先着150名) シンポジウム 「ドローイング再考  テクネーとアートのはざまで」 2008年9月27日(土) 13:00-16:00 講堂(地下1階) *聴講無料、申込不要(先着150名) 東京国立近代美術館、国際交流基金 金井直(信州大学人文学部准教授)斎藤環(精神科医、爽風会佐々木病院精神科診療部長)ヤン・ジョンム(韓国芸術綜合学校美術院美術理論科准教授)中林和雄(当館企画課長)保坂健二朗(当館研究員、本展キュレーター)*モデレーター ギャラリー・トーク 保坂健二朗+中村麗子(当館研究員、本展キュレーター) 2008年9月5日(金)2008年9月19日(金)2008年10月3日(金) 18:00-19:00 企画展ギャラリー *参加無料(要観覧券)、申込不要 カタログ情報 開催概要 東京国立近代美術館 企画展ギャラリー 2008年8月26日(火)~10月13日(月) 10:00-17:00 (金曜日は10:00-20:00)(入館は閉館30分前まで) 月曜日(9月15日と10月13日は開館、9月16日休館) 一般 850(600)円/大学生 450(250)円*( )内は20名以上の団体料金。いずれも消費税込。高校生および18歳未満、障害者手帳をお持ちの方とその付添者1名は無料。 入館当日に限り、「壁と大地の際で」と所蔵作品展「近代日本の美術」もご観覧いただけます。 東京国立近代美術館、京都国立近代美術館、国際交流基金 日本航空 京都国立近代美術館:2008年11月18日(火)~12月21日(日)

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