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展覧会の再構成を超えて 「プレイバック「抽象と幻想」展(1953–1954)」から考えること

図1 会場風景 撮影:大谷一郎 美術館が自ら過去の展覧会を検証する企画として開催された「プレイバック「抽象と幻想」展(1953–1954)」。この展示の計画を聞いた際に筆者が思い出したのは、2011年にアムステルダム市立美術館で開催された展覧会「Recollections(回想)」であった。その第一弾は、実験的な作品の収集に着手したウィレム・サンドバーグが館長を務めていた時期(1945–1963年)の2つの展覧会「Bewogen Beweging」(1961年)、「Dylaby」(1962年)に焦点を当てた企画であり、アーカイブズ資料、カタログ、ポスター、エド・ファン・デア・エルスケンの写真や映像に加え、アレクサンダー・カルダー、ロバート・ラウシェンバーグ、ジャン・ティンゲリーらの作品によって検証した。近年では、展覧会に資料を出品する機会は以前に比べ増えているが、作品を特権的に位置づけるのではなく、ある時代特有のパラダイムの中で再検証しようという動きの1つとして解釈することができる。裏を返せば、現代美術を支えている「現代」という時代区分が決して地続きではなく、コレクションの形成を含め、多様な価値観の一断面であることを示そうという意図として読むこともできるだろう。「Recollections」の第二弾として、「Op Losse Schroeven: Situaties en Cryptostructuren(ゆるんだネジの上)」展(1969年)が選ばれたこともまた、展覧会の再構成がもつ新たな側面を提示しているように思う。すなわち、伝統的な美術作品の枠組と美術館の役割の両方を覆そうとした展覧会を積極的に考証しようという姿勢であり、写真や資料などの記録を通して批評的に読み解こうという方針が窺える。 こうした前例を踏まえ、今回の展覧会がMOMATコレクションの一角に組み込まれたことの意義について、考えてみたい。 1 なぜ「抽象と幻想」展を再構成するのか 「抽象と幻想」展は、国立近代美術館が開館して1周年を迎える時期に、同時代の美術の動向に目を向けた最初の企画として開催された展覧会であるという。『美術批評』誌の創刊号(1952年1月)の座談会「美術館問題」1が示すように、国立近代美術館の開館は、前年の鎌倉近代美術館(現・神奈川県立近代美術館)に続く国内2館目の近代美術館として注目を集めた。その中でも、同時代を扱う姿勢を明確に示したのが、「抽象と幻想」展だったと言えよう。その反響を伝えているのが、今回の展覧会でも展示されていた展覧会評の数々である。『美術批評』26号所収の座談会「「事」ではなく「物」を描くということ」2に見られるように、同時代の西洋的教養の影響からいかに逃れ、自立した表現を生み出すかという作家たちの発言がある一方で、『アサヒグラフ』1535号(1954年1月20日)の事例にあるように、グラフ誌の誌面での紹介の様子から、新しい芸術がどのように受け止められていたかがわかる展示になっている。 また、今回の見所の一つに、ガラス乾板からデジタル化した画像を元に再制作された「抽象と幻想(長谷川三郎構成)パネル」が挙げられるだろう。このパネルは展覧会に添えられた解説であり、再現の対象とするか判断の分かれる資料に違いないが、意匠の一部として取り入れられた抽象表現に着目することで、植村鷹千代の評にもあるように、抽象表現が工業製品のデザインや商業美術に及ぼしている影響に触れ、「生活の中に実現される美」としていかに注目されていたかを想像することができる3。つまり、本展はコレクション形成に関する自己言及的な営為にとどまらず、展覧会という枠組を相対化し、当時の日本画壇のシュルレアリスムと抽象表現に対する作家(作り手)、鑑賞者(受け手)双方の意識を反映させ、検証する機会となりうるのではないだろうか。 図2 抽象と幻想(長谷川三郎構成)パネル 1953年 2 資料を「展示する」ことによって示されるものとは何か(見ること/読むことの間) これまで述べてきたように、本展では展示空間を「見る」モードから「読む」モードへと意識を切り替えるよう誘導される。その点で、MOMATコレクションの他の展示の中でも特異な位置づけの展示となっている。 美術史研究には、ある作家の名作を特定し、基準作として評価することが含まれており、展覧会において受け手は名作やそれらが制作された背景を読み取り、あるいはそうした文脈との距離を測りながら企画者の意図を読み、受容するという関係が成り立つ。しかし、展示空間では、作品が配置され響き合うことにより、作り手や企画者の意図を超えた様々なつながりを想起する余地があり、解読の手前にある経験を含めた「見る」行為の中に、芸術体験ならではの奥行きが生まれるのではないだろうか。資料もまた、「見る」対象として扱われて初めて気づかされることがある。 図3 会場風景 左から山下菊二《あけぼの村物語》(1953年)東京国立近代美術館蔵、ニッポン展委員会『ニッポン 課題をもった美術展』(1953年)国立新美術館所蔵 本展では7室と8室に分け、7室では主に資料考証とVRによる再現、8室では「抽象と幻想」展の出品作および関連作品を通して当時の現代美術を相対化しようという試みを想像することができた。とりわけ、山下菊二の《あけぼの村物語》(1953年)と謄写版(ガリ版)による刊行物『ニッポン 課題をもった美術展』(1953年)は、異色の存在感を放っていた。「抽象と幻想」展で「幻想」の括りで紹介された河原温の《浴室シリーズ》(1953年)は、「課題をもった美術展“ニッポン”  美術家の見た日本のすがた」展に出品された作品でもある。少部数の刊行物からマスメディアとしての印刷物までの幅の中で発せられた声を想像する時、「抽象と幻想」展の枠組だけからは見えない、同時代のルポルタージュ絵画の息づかいを読み取ることができるのだ。 3 資料を活用することの可能性 さて、改めて本展で初の試みとなったVRによる再現展示について考えてみたい。近年、「メタバース」の用語とともに注目されることの多い仮想現実空間であるが、オンラインプラットフォームの発達やVRヘッドセットの汎用化などに伴い、以前より参加のハードルが下がってきたことが背景にあると言えるだろう。最近では、山梨県立美術館がメタバースプロジェクトを掲げ、オンライン体験に特化した展覧会の開催が話題になったが4、それ以前に「エキソニモ UN-DEAD-LINK アン・デッド・リンク  インターネットアートへの再接続」展(東京都写真美術館、2020年)でもインターネット会場が設けられ、世界的なパンデミックによる分断に呼応して「アクセスできなくなったリンク先を再接続する」というメッセージが込められていた5。つまり、VR技術を使うこと自体が特別なのではなく、使い方の幅が見出せるようになってきたことにこそ、可能性があると考えられる。 図4 会場風景 撮影:大谷一郎 今回のVRによる再現展示は、オンラインプラットフォーム上で展開することもできるはずだが、そのような参加に重点を置いたものではない。むしろ、展覧会研究あるいは資料研究の手法の1つとして注目すべきものではないだろうか。VRの利点は空間体験の再現性にあり、現在は失われた展示空間に配置された作品の関係性や動線を考証、追体験することで、作品体験を多角的に問うことができる。作品を特定し、展示を再現するプロセスの中に、出品目録からだけでは確認することができない展覧会の全貌を明らかにするための様々なアプローチが含まれていることが推測できる。今回は1953年の展覧会を対象としたが、例えばインスタレーションのように空間との関係が問われ、保存や記録が難しい作品の研究において、VRによる再現は相性が良いと考えられる。比較対象となる展覧会の再現が実現すれば、「抽象と幻想」展の構成や展示デザインの特色がさらに明らかになっていくのではないだろうか。 開館70周年という節目を迎え、MOMATコレクションにおいて、日本の近現代美術を複数の視点から見せようという趣旨を読み取ることができた。その中で、資料に基づく展示が作品の裏づけにとどまらず、批評的な解釈を誘発する拠り所となりうるのか。今回の「プレイバック「抽象と幻想」展(1953–1954)」は、その可能性を感じさせる展覧会であった。 図5 展覧会再現VR「抽象と幻想」展 註 座談会「美術館問題 鎌倉近代美術館開館を契機に」(佐藤敬、船戸洪、宮本三郎、吉川逸治)『美術批評』創刊号(1952年1月)10–15頁。 座談会「「事」ではなく「物」を描くということ 国立近代美術館「抽象と幻想展」に際して」(小山田二郎、斎藤義重、杉全直、駒井哲郎、鶴岡政男)『美術批評』26号(1954年2月)13–24頁。 植村鷹千代「抽象芸術」今泉篤男、本間正義編『抽象と幻想』(近代美術叢書)、東都文化出版、1955年。 山梨県立美術館メタバースプロジェクト プレオープン「たかくらかずき『大 BUDDHA VERSE展』」2022年11月30日–2023年2月27日(https://www.art-museum.pref.yamanashi.jp/exhibition/2022/919.html)。STYLYをプラットフォームとした展覧会。 「エキソニモ UN-DEAD-LINK アン・デッド・リンク  インターネットアートへの再接続」展(東京都写真美術館、2020年8月18日–10月11日)インターネット会場のリンク先:https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-3817.html。 『現代の眼』637号

川俣正《TETRAHOUSE PROJECT PLAN 6》1983年

川俣正(1953–)《TETRAHOUSE PROJECT PLAN 6》/1983年/木、鉛筆、アクリリック・合板/45.0×50.0×3.0 cm/令和元年度購入/撮影:大谷一郎 壁にかかった合板にアクリル絵具で描かれた風景。中央の建物以外は板がほぼむき出しで、空の部分の水色もなんだか素っ気ない塗り方です。制作途中の絵画でしょうか? 少し近づいてみると、割りばしのような細い木が、建物に寄生するように貼り付けられていることに気づきます。ということは合板も含めて、三次元の彫刻でしょうか? 川俣正は1980年代より、既存の建造物に木材などによる仮設構築物をまとわせ、日常空間を変容させる仕事を続けてきたアーティストです。このように壁にかけられたレリーフ状の制作物を、作家は「マケット(模型、雛型)」と呼びます。本マケットは、1983年に川俣が北海道で取り組んだ「テトラハウス・プロジェクト」に関わるものです。プロジェクトでは、札幌市中央区にある実際の住宅を借り受けてインスタレーションが制作されました。ということは、このマケットは、インスタレーションのための「模型」ということになるでしょうか? この問いは、川俣の作品の範囲はどこからどこまでか、という論点につながっていきます。札幌でのインスタレーションは、公開が終わると貫板が撤去され、再び元の住宅へと戻りました。建物でのインスタレーションが作品の外延ということなら、現在、作品そのものは残っていないことになります。そしてマケットは、作品周辺に残され、作品を(おそらくは不完全に)指し示す代理表象ということになります。建築における実際の建築物と模型の関係のように。けれど、そういった残りものが作品ではない、とはどうやら簡単には言えなさそうです。「テトラハウス・プロジェクト」においては、家主や周辺住民との交渉、資材調達、制作、ドローイング展、写真やビデオによるドキュメント展、シンポジウム、記録印刷物の発行などが展開され、実に多くの人が関わりました。「人と人、人と出来事の出会いの熱い状況がまわりを巻き込みながら波動のように盛りあげられ、つくりあげられた。いわば、(川俣を体験した)これら40日間の総和が、札幌でのプロジェクトだった」1というわけです。 「模型」は、現実を観念化し、観念を現実化する、中間的な存在なのである。そこには、曰く言いがたい曖昧さがつきまとっている。現実を可能な限り再現しようとすると同時に現実を否定する2。 (40日間の総和の一部である)このマケットが持つ「中間的」で、「曖昧」な特性は、物というより出来事としてあるような作品を事後的にどうとらえることが可能か、という難しくも創造的な問題に近づくための入口になるような気がします。 註 「編集後記」『TETRA-HOUSE 326 PROJECT』No.2、テトラハウス出版局、1984年 多木浩二「思考としての模型」『視線とテクスト』青土社、2013年、p.217 『現代の眼』637号

大竹伸朗展:スクラップブックから《モンシェリー》まで

図1 会場風景 撮影:木奥惠三 僕は全く0の地点、何もないところから何かをつくり出すことに昔から興味がなかった。[…]何に衝動的に興味を持つのか、あえて言葉に置きかえるなら、「既にそこにあるもの」との共同作業ということに近く、その結果が自分にとっての作品らしい。大竹伸朗1 人間は、全能の神が行うように創造することはできない。人間は、無から有を生み出すことはできず、決まった既存の事物、決まった素材から、何ものかをつくり出すことができるだけだ。人間による創造とは、既存のものからの造形にすぎない。クルト・シュヴィッタース2 大竹伸朗は、9歳の頃に初めてコラージュ《「黒い」「紫電改」》を制作して以来、「既にそこにあるもの」との共同作業を、多様な地域・領域にわたって展開してきた稀有なアーティストである。東京国立近代美術館で開催されている大竹伸朗展は、16年ぶりの大回顧展であり、初期から最新作までおよそ500点もの膨大な作品が、視覚的にも聴覚的にも美術館の空間を埋め尽くしている。 本展は、年代順ではなく、「自/他」「記憶」「時間」「移行」「夢/網膜」「層」「音」という、7つのテーマに基づいて構成されているのが特徴である。各々のテーマは相互に関連しているため、展覧会場の構成も、一方向の順路が定められているのではなく、各テーマに対応するセクションは他のセクションにも開かれている。鑑賞者は自分自身で、大竹のイメージと音の奔流を泳いでいくのだ。 また、ノイズから《音痕》という素描に至るまで、大竹作品の「音響性」(成相肇)に重きが置かれているのも本展の特徴で、視覚と聴覚の総合を体感できる貴重な機会となっている。 今回の展覧会で明確に浮かび上がってきたのが、大竹が1977年のロンドン滞在時以降たゆまず制作している「スクラップブック」が大竹の芸術活動の基盤であり、大竹は究極「本の芸術家」であるということだ。本展でも、スクラップブックが71点出品されており[図1]、他の絵本等も合わせると、これほど本が展示されている現代美術家の展覧会も珍しい。イメージの収集癖自体は、コラージュ作家に共通して見られるものだが、大竹の場合、とりわけそれがスクラップブックという形を取っており、そこには古今東西のありとあらゆるイメージがびっしりと貼り込まれている。そのアーカイヴ/「地図」3としてのイメージの集積ゆえに、大竹のスクラップブックは、アビ・ヴァールブルクの図像アトラス《ムネモシュネ》(1927–29年)やハンナ・ヘーヒの《アルバム》(1933–34年)、ゲルハルト・リヒターの《アトラス》(1962–68年)といったアーカイヴ型のコラージュ/モンタージュの系譜に位置づけることができよう。それのみならず、大竹のスクラップブックは、作り込まれたページの「層」が、厚みとたわみを生み出している。こうした点において(意外かもしれないが)、冊子本[ルビ:コデックス]の原点ともいえる中世の写本(手で制作した書物)さえ想起させるところがあり、聖母マリアのイメージが貼り付けられたスクラップブック(スクラップブック#64)[図2]もあるのだ。 図2 大竹伸朗《スクラップブック #64/宇和島》2003–05年 図3 大竹伸朗《モンシェリー:スクラップ小屋としての自画像》2012年 図4 《モンシェリー:スクラップ小屋としての自画像》内部のスクラップブック 本展のハイライトの一つ、2012年のドクメンタに出品された《モンシェリー:スクラップ小屋としての自画像》[図3]も、スクラップブックの延長線上にある。このインスタレーションは、「大きな本」4を作ろうという大竹の考えから始まった。「モンシェリー」とは、大竹が暮らす宇和島の潰れたスナックの名前であり、その看板が作品に用いられている。内外にイメージやオブジェなどが貼り付けられたスクラップ小屋の中には、巨大なスクラップブックが設置され[図4]、その背に(自動演奏を行う)エレキギターが取り付けられている。怪しげな照明が照らすスクラップ小屋は、場末のスナックであり、《ダブ平&ニューシャネル》のようなライブハウスの雰囲気も醸し出している。重要なのは、このスクラップ小屋が「自画像としての家」——いわゆる自画像とは全く異なる、「内側外側の区別もない境界線を行ったり来たり出入りを繰り返す「意識体」を眺めているような、動的、空間的、立体的な印象」5——だということだ。 《モンシェリー》は建築的なアッサンブラージュであり、その点でクルト・シュヴィッタースの《メルツバウ》と比較するのも興味深いだろう。《メルツバウ》も、シュヴィッタースが集めた廃物を含むガラス張りの相当数の「洞窟」を含み、照明が備え付けられ、シュヴィッタース自身がその中で音声詩「原ソナタ」を朗読したという。しかしながら、《メルツバウ》が《モンシェリー》と大きく異なるのは、《メルツバウ》は建物の外部には手を触れておらず、「大きな本」が核になっているわけでもないことである。このように、《モンシェリー》は、スクラップブックが建築的な次元を獲得し、大竹にとっての内と外の境界線の出入りを繰り返す「記憶空間」6となった点で特異といえよう。 本展は、こうした「自分の外側であれ内側であれ「既にそこにあるもの」との共同作業」7を信じて、60年間疾走し続けてきた大竹の世界を体験する最良の機会である。展覧会カタログも、それ自体ある種のコラージュのような作品となっているので、ぜひ手に取ってもらいたい。 註 大竹伸朗『既にそこにあるもの』筑摩書房、2005年、429頁。 Kurt Schwitters, “Merzbuch 1 — Die Kunst der Gegenwart ist die Zukunft der Kunst" [1926], in Kurt Schwitters: Das literarische Werk, Hrsg. Friedhelm Lach, Band 5 Manifeste und kritische Prosa, Köln, DuMont, 1981, S. 248. 大竹伸朗「地図のにおい」『見えない音、聴こえない絵』筑摩書房、2022年、273–277頁。大竹は、スクラップブックのことを「日記」というよりずっと「地図」に近いと述べている。 大竹伸朗「小屋と自画像1」『ビ』新潮社、2013年、47頁。 同書、49頁。 「臨界量」(聞き手:マッシミリアーノ・ジオーニ)、成相肇ほか編『大竹伸朗展』展覧会カタログ(テキスト+資料)、東京国立近代美術館、2022年、42頁。 大竹伸朗『既にそこにあるもの』前掲書、431頁。 『現代の眼』637号

英語によるプログラム「Let’s Talk Art!」:会話によるオンライン美術鑑賞プログラムで世界とつながるとは

図1 プログラム中に「ナビゲーター」というテーマで三作品を語り合っている様子左から和田三造《南風》(1907年、重要文化財)、上村松園《新螢》(1944年)、北脇昇《クォ・ヴァディス》(1949年)、いずれも東京国立近代美術館蔵 東京国立近代美術館が来館者の国際化に対応して2019年3月に開始した月4回の英語による所蔵品展鑑賞プログラム「Let’s Talk Art!」は、翌年2月中旬以降、コロナ禍により館内で実施できなくなった1。そこで2022年2月にオンライン(Zoom)で開始し、翌年3月までに定例では48回を数える。2017年度以来プログラム設計・監修及び2018年3月に公募により選ばれたファシリテーターの研修等の業務を担う貴重な機会を頂いた。総括として、会話形式の本鑑賞プログラムのオンライン実施の意味について述べたい。 「Let’s Talk Art!」オンラインの制約と可能性 1時間の本プログラムは、各ファシリテーターが設定したテーマに沿って会期中の所蔵品展から選んだ三作品を上限6名の参加者が探究して語り合い[図1]、その過程を通して近代日本美術・文化及び参加者間異文化交流を楽しむことをねらいとする。 オンラインならではの制約には、多発する通信環境不備による参加者間交流の難しさがある。パソコンモニター上の作品とファシリテーターを含む全参加者の画像が要だが、とりわけ発展途上国からの参加者の画像や音声に不具合が生じがちだ。こうした問題は多様なため、技術サポート・スタッフを配し、各回の開始前に通信環境設営をするとともに、問題と対策を共有してきた。また、参加者は日常空間に居ながらにして日本の美術館の作品と世界からの他者と出会う。便利な反面、終了直後に多忙な日常に引き戻されてしまい、プログラムの余韻にひたる機会をつくることが難しい。そこで、三作品の展示期間をファシリテーターが伝え、後に来館する人もいる。また、対面プログラムでも実施していた終了直後の簡易なアンケートへの回答を通して個人での短い振り返りの機会を設けるとともに、追ってスタッフが鑑賞作品リストを参加者に送信している。 一方、オンラインで拡張した可能性もある。画像拡大により「美術館では気づけなかったであろう作品の細部や特徴、作品自体に気づくことができた」という声をよく聞く。三作品を画面上で並置して比較し、様式の共通点・相違点や作家の努力、近代日本美術の多様性に気づいたり、一座が経験を振り返り再統合するチャンスも高まった。注意力散漫化もまねく館内移動なしに、くつろげる日常空間の中で目前のモニターに集中することも可能だろう。そして、参加者もファシリテーターも異口同音に述べてきたことは、世界の色々な参加者が一堂に会したこと、多様な他者の話を聴くことが面白かったという率直な感想である。オンライン上のこの「場」は、実際の美術館より高次元の門戸開放を正に実現した。 違いを知ることから では、「Let’s Talk Art!」オンラインという「集いの場」による門戸開放は何をもたらすだろう。それは、日本の美術館が世界に所蔵品・文化を紹介するという面と、世界の状況(知識、課題等)が日本の美術館に門戸を開くという面の相互作用で織り成される。従って、ファシリテーターは、世界で起こっていることに注意を払ってきた。その最たるものはプログラム開始直後に勃発したロシアによるウクライナ軍事侵攻である。ロシア人とウクライナ人が同時に参加することだってあり得る。本プログラムは全ての「個人」にとって「安全な解放区」でなければならない。実際、ウクライナやアフガニスタン、ミャンマー等からの参加者も他者と語り合い共に楽しんできた「場」として、稀有なプログラムといえよう。 図2 萬鉄五郎《裸体美人》1912年、東京国立近代美術館蔵、重要文化財 世界の美術館の課題であるジェンダー不平等の是正も勘案し、女性作家の展示作品を採用することも心がけてきた。萬鉄五郎の《裸体美人》[図2]では、バングラデシュ等のイスラム圏の女性たちは、描かれた女性が「リラックスしている、自信に満ち、自由を謳歌している」と、こぞって語る一方、非イスラム圏の参加者は「妙に体をひねり、居心地が悪そう」と指摘したりする。各人が生きる文化・社会におけるジェンダーを始めとする様々な状況が、作品解釈に作用する。国際博物館会議は、2022年の博物館の新定義で「博物館は、公衆に開かれ、誰もが利用できかつ包摂的であり、多様性を醸成し持続可能性を促進する(大髙訳)」という一文を加えた。多様性の醸成は、考えが違う他者の存在を知り、尊敬することから始まる。民主的な会話を楽しむオンライン美術鑑賞プログラムは、作家や参加者を含む他者尊敬・自己肯定感を培う「場」として、貢献の可能性が大きい。 註 1 本プログラムの趣旨については、大髙幸「会話による美術鑑賞プログラムへの視座」『現代の眼』(634号、2020年、10–11頁)を参照。http://id.nii.ac.jp/1659/00000367/ 『現代の眼』637号

シンロのロンシ

図1 会場風景|撮影:木奥惠三 中央手前は《時憶/フィードバック》2015年 作品の表面を見ているつもりが、いつのまにか地層を追いかけて奥のほうにある過去の素材を凝視していた、そしてまた表面に戻ってくる……そんな繰り返しをしていたら、今この時から自分の記憶までが巻き込まれて、頭がラリってきた。 展示室の先からうっすらとノイズ音が聴こえてくる。音に導かれるように進むと、中央にたたずむ《モンシェリー:スクラップ小屋としての自画像》が現れた。演歌や歌謡曲の音、タイ(?)の音楽の音、アナウンサーの声の音、ギターをかき鳴らす音、それらが静かにループしながら会場でミックスされ、モヤっと湿度を帯びた音像をつくっている。小屋の窓を覗くと、巨大なスクラップブックの背表紙にギターが貼り付けられていて、モーターで動くピックがたまにかき鳴らす音には渋いディストーションが効かせてある。小さな画面に映るのはどこか秘境のドキュメンタリー番組か、外にあるスピーカーからチャルメラのような音質の音が聴こえる。トレーラーハウスには、ゆらゆら誘惑するランプとぐねぐねとぐろを巻いた自転車のチューブ。ドイツで拾ったものだろうか。2012年、私はドイツ・カッセルで《モンシェリー》を観た。芸術祭「ドクメンタ」最終日。トレーラーハウスはある日、髪の長い大きな男がどこかで拾い、ひとり手で引きずりながら公園にもってきた、と大竹さんは言った。男はドクメンタの名物インストーラーらしい。また、最終日だから《モンシェリー》にはいつもより余計に煙を上げておいた、とも。ボートは小屋だけでなく、高い木々のあちこちにひっくり返って突き刺さっていた—— 作品を目で追いつつ、意識はいつのまにか10年前に飛び、耳には展示室の音像のループがマントラのように響く。《モンシェリー》は合計6時間のループ再生らしい。 大竹作品の魅力を伝えるのは難しい。10年ほど前、先輩アーティストとの酒の席で、なぜ私が大竹伸朗を好きなのか説明したくても、出てくる言葉が「作品の量がハンパない」「音がかっこいい」「コラージュの層が厚い」と、てんで安っぽい感想になってしまい「それじゃわからない」とケンカになった。 本展にしても同じだ。このエッセイを書くために言葉を見つけようと目で何かを摑もうとすると、突然煙に巻かれたように消え、別の像が現れる。オブジェや痕跡が幾層にもなって目移りが終わらず、円環はいつまでも閉じられない。 そう、大竹作品では円環はいつまでも閉じられることがない。 例えば、今回は横一面に展示された《ゴミ男》。床に無造作に置かれたオープンリールとパネルの間を、短いテープが回って音を流しつづける。あるいは《時憶/フィードバック》[図1]。紙きれや糸が絡み合った雲のような部分から針金でできた人型がぶら下げられ、回転するターンテーブルの上で永遠に踊らされている。おみやげコーナーで再発されたばかりの「JUKE/19」のLPでは、始まりも終わりもない音群がギターやボイスと重なっていく。私にとって大竹伸朗との出会いは高校生の時分、絵画ではなく、山塚アイとのバンド「パズルパンクス」のCDだった。夢中になり、99年に「時代の体温」展(世田谷美術館)でライブを観たのが私のほぼ初めての現代アートだったので、美術館はライブハウスのようなものだと勘違いした。タイトルが回文となっているセカンドアルバム『BUDUB【最後のBは鏡文字】』のジャケットには、赤と黄色のサイケなスパイラルが描かれている[図2]。 図2 大竹伸朗《BUDUB【最後のBは鏡文字】 Ⅰ》1996年 円環はループだが、ループは閉じられた円環だけを意味するわけではない。永遠に終わらないスパイラル運動は、閉じられることのないループだ。あるいは、作品の表面がいつのまにか地層に裏返ったり、フィードバックしたり、一つの像を追っていくと別の像が現れるフラクタル図形のような縮小や拡大も、閉じられないループだと言える。ループとは無限のことだ。つまり、一所ひとところにとどまらず運動しつづける何かのことだ。 本展の最初期作《「黒い」「紫電改」》以降、大竹の活動を時系列に並べると、さまざまなメディウムを介して何重ものスパイラルを描いてきたように見えてくる。この運動はいつまでも閉じられることなく、大竹の活動とともに——レコード盤とは真逆の回転で——広がっていく。長い人生の円周軌道の中では、それぞれ別々だった作品がたまに近づき、似た相貌を帯びることもあるだろう。今回、7つのテーマに腑分けされたことで、このスパイラル運動は幾分見えづらかったかもしれない。 だが、大竹の活動の全体を俯瞰(することなど到底できないのは承知のうえで)したとすると、また別の像が浮かんでくる。大竹の膨大な作品群はそれぞれを一つの小さな歯車のようにして、自身の無窮な小宇宙を動かしている——われわれ鑑賞者の目にはほとんど止まっているように見えるほどにゆっくりと。それは、私がとある渓流で気づいた、どう見ても一所にとどまり・・・・・・・静止している苔むした岩が、何百年もかけて今も目に見えないほどゆっくりと転がりつづけている状態であるのと似ているかもしれない。大竹の場合、その場を《宇和島駅》と冠した瞬間から、美術館は、その作品群を歯車として永久運動を始めるのだった。 『現代の眼』637号

資料紹介 #3|山田正亮関係資料

「制作ノート」(1949年~1959年) 当館で「endless 山田正亮の絵画」展(2016年12月6日–2017年2月12日)を担当した中林和雄元副館長を介し、2022年3月に「一般社団法人 山田正亮の会」より、山田正亮(1929~2010年)が残した「制作ノート」(全63冊)を中心とする資料群をご寄贈いただきました。「制作ノート」には、「絵を描き続けたまえ 絵画との契約である」(「制作ノート」1952-1)といった有名な記述などが見られ、作家研究をする上で非常に重要な資料です。 本資料群には、「制作ノート」の他、山田が「制作ノート」を元に自ら編集し直した「YAMADA Note」(全7巻)や、芳名帳、スケッチブック、原稿、メモ・ノート類などが含まれています。「整理魔」として知られた作家の実像を表すかのような資料群は106点を数えます。 山田は、1980 年から90 年代にかけて高い評価を受けた東京出身の画家で、ストライプの絵画で知られています。長き画業の中で、「Still Life」シリーズ(1948–1955年)や、「Work」シリーズ(1956–1995年)、「Color」シリーズ(1997–2001年)といったように3つの年代区分がありますが、この資料群は全ての年代をカバーしています。なお、アートライブラリでは本資料群の他に、「山田正亮旧蔵書」も所蔵しています。 資料の利用にあたっては、事前申請手続きが必要です。詳しくはこちらをご確認ください。 「制作ノート」1952-1(表紙)(資料ID:190007702) 「制作ノート」1952-1_11(資料ID:190007702) 資料名資料ID資料名資料ID制作ノート1949-51190007701制作ノート1968-3190007754制作ノート1952-1190007702制作ノート1968-8190007755制作ノート1953-1190007703制作ノート1969-1190007756制作ノート1953-2190007704制作ノート1969-6190007757制作ノート1953-3190007705制作ノート1969-12190007758制作ノート1953-4190007706制作ノート1970-4190007759制作ノート1953-5190007707制作ノート1970-9190007760制作ノート1953-6190007708制作ノート1971-3190007761制作ノート1954-1190007709制作ノート1971-9190007762制作ノート1954-2190007710制作ノート1972-3190007763制作ノート1954-3190007711YAMADA Note 1190007764制作ノート1954-8190007712YAMADA Note 2190007765制作ノート1955-4190007713YAMADA Note 3190007766制作ノート1955-Aout190007714YAMADA Note 4190007767制作ノート1955-Dec190007715YAMADA Note 5190007768制作ノート1956-1190007716YAMADA Note 6190007769制作ノート1956-5190007717YAMADA Note 7190007770制作ノート1956-6190007718芳名帳(1958 教文館画廊)190007771制作ノート1956-7190007719芳名帳(1962 養清堂画廊)190007772制作ノート1957-4190007720芳名帳(1963 養清堂画廊)190007773制作ノート1957-8190007721芳名帳(1964 南天子画廊)190007774制作ノート1957-Oct190007722芳名帳(1965 椿代画廊 -1)190007775制作ノート1958-2190007723芳名帳(1965 椿代画廊 -2)190007776制作ノート1958-3190007724芳名帳(1968 画廊クリスタル)190007777制作ノート1958-8190007725Sketch 1953190007791制作ノート1958-10190007726Sketch 1948-51190007795制作ノート1959-1190007727Sketch 1950-54190007796制作ノート1959-MEMO190007728黒デスクトレー_NOTE-1190007797制作ノート1960190007729黒デスクトレー_スケッチブック-1190007798制作ノート1960-61190007730黒デスクトレー_素描等190007799制作ノート1961-61900077311950’s-Memo190007778制作ノート19621900077321996.12 厄介な眼 原稿190007789制作ノート1962-63-A1900077331997.11.1 草稿190007790制作ノート1963-B190007734展覧会案内状等190007800制作ノート1963-Oct1900077351989-2000190007792制作ノート1963-64-C190007736作品・画材 Memo190007794制作ノート1964-D1900077371997-2003-Memo190007785制作ノート1964-65-E1900077381999-2008-Memo190007786制作ノート1965-F1900077391970-Memo190007779制作ノート1965-66-G1900077401970-Note190007780制作ノート1964-11900077411971-Memo190007781制作ノート1964-71900077421979 KOH etc190007782制作ノート1965-11900077431979-80190007783制作ノート1965-51900077441981-82190007784制作ノート1965-8190007745黒ファイルA4190007793制作ノート1967-A190007746資料1950-1970190007805制作ノート1967-B190007747スクラップブック190007806制作ノート1967-C1900077482007 リハビリセンター190007787制作ノート1966-31900077492010 多摩医療センター190007788制作ノート1966-8190007750Yamada ADDRESS BOOK190007801制作ノート1967-1190007751パスポート-1190007802制作ノート1967-5190007752パスポート-2190007803制作ノート1967-10190007753パスポート-3190007804  『現代の眼』637号

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6月25日(日)ガウディ展ご来館の皆様へ

6月25日(日)は整理券による入場制限を行います。「ガウディとサグラダ・ファミリア展」を鑑賞される方は、整理券配布状況をご確認のうえご来館ください。 ガウディ・ウィーク最終日で混雑が見込まれるため、6月25日(日)は整理券による入場制限を行います。入場整理券の配布が終了した場合、チケットをお持ちの方も入場いただけない可能性があります。 整理券配布状況はガウディとサグラダ・ファミリア展公式Twitterアカウントでご確認ください。なお、ハローダイヤル(050-5541-8600)でも混雑状況をご確認いただけます。 整理券の配布方法 当日9時30分頃より、当館前庭にて整理券を配布します。 配布枚数はお一人につき1枚まで。グループでのお客様はお揃いの場合に配布します。 当日券をお求めの方は、当日券ご購入後に配布します。 整理券が必要な方 前庭にて整理券を配布します。 美術館の窓口で当日券ご購入後、前庭にて整理券を配布します。 キャンパスメンバーズ、ぐるっとパス等割引対象となる方は、割引対象物をお持ちのうえ美術館窓口で該当のチケットをご購入ください。該当のチケット購入後、前庭にて整理券を配布します。 前庭にて整理券を配布します。 整理券が不要な方 係員にお声がけください。

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杉浦邦恵

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野見山暁治

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ガウディとサグラダ・ファミリア展「ガウディ・ウィーク」開催(期間:6月20日(火)~25日(日))

6月25日はガウディの誕生日です。 「ガウディとサグラダ・ファミリア」展では、6月20日から25日を「ガウディ・ウィーク」として、来場された方にポストカードをプレゼントします!ガウディ自身のことばがあしらわれた非売品のポストカードです。本展に関してSNSで投稿してくださった方には、追加でもう一枚プレゼント。 さらに、ガウディの誕生日にあたる6月25日には、図録をご購入の方に展覧会ポスター(非売品)をプレゼント! みなさまのご来場をお待ちしています。 詳細は「ガウディ・ウィーク」イベントページをご覧ください。

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