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現代の眼 展覧会レビュー 展覧会の再構成を超えて 「プレイバック「抽象と幻想」展(1953–1954)」から考えること

伊村靖子 (国立新美術館主任研究員)

所蔵作品展 MOMATコレクション|会場:7室、8室[3階]

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図1 会場風景 撮影:大谷一郎

美術館が自ら過去の展覧会を検証する企画として開催された「プレイバック「抽象と幻想」展(1953–1954)」。この展示の計画を聞いた際に筆者が思い出したのは、2011年にアムステルダム市立美術館で開催された展覧会「Recollections(回想)」であった。その第一弾は、実験的な作品の収集に着手したウィレム・サンドバーグが館長を務めていた時期(1945–1963年)の2つの展覧会「Bewogen Beweging」(1961年)、「Dylaby」(1962年)に焦点を当てた企画であり、アーカイブズ資料、カタログ、ポスター、エド・ファン・デア・エルスケンの写真や映像に加え、アレクサンダー・カルダー、ロバート・ラウシェンバーグ、ジャン・ティンゲリーらの作品によって検証した。近年では、展覧会に資料を出品する機会は以前に比べ増えているが、作品を特権的に位置づけるのではなく、ある時代特有のパラダイムの中で再検証しようという動きの1つとして解釈することができる。裏を返せば、現代美術を支えている「現代」という時代区分が決して地続きではなく、コレクションの形成を含め、多様な価値観の一断面であることを示そうという意図として読むこともできるだろう。「Recollections」の第二弾として、「Op Losse Schroeven: Situaties en Cryptostructuren(ゆるんだネジの上)」展(1969年)が選ばれたこともまた、展覧会の再構成がもつ新たな側面を提示しているように思う。すなわち、伝統的な美術作品の枠組と美術館の役割の両方を覆そうとした展覧会を積極的に考証しようという姿勢であり、写真や資料などの記録を通して批評的に読み解こうという方針が窺える。

こうした前例を踏まえ、今回の展覧会がMOMATコレクションの一角に組み込まれたことの意義について、考えてみたい。

1 なぜ「抽象と幻想」展を再構成するのか

「抽象と幻想」展は、国立近代美術館が開館して1周年を迎える時期に、同時代の美術の動向に目を向けた最初の企画として開催された展覧会であるという。『美術批評』誌の創刊号(1952年1月)の座談会「美術館問題」1が示すように、国立近代美術館の開館は、前年の鎌倉近代美術館(現・神奈川県立近代美術館)に続く国内2館目の近代美術館として注目を集めた。その中でも、同時代を扱う姿勢を明確に示したのが、「抽象と幻想」展だったと言えよう。その反響を伝えているのが、今回の展覧会でも展示されていた展覧会評の数々である。『美術批評』26号所収の座談会「「事」ではなく「物」を描くということ」2に見られるように、同時代の西洋的教養の影響からいかに逃れ、自立した表現を生み出すかという作家たちの発言がある一方で、『アサヒグラフ』1535号(1954年1月20日)の事例にあるように、グラフ誌の誌面での紹介の様子から、新しい芸術がどのように受け止められていたかがわかる展示になっている。

また、今回の見所の一つに、ガラス乾板からデジタル化した画像を元に再制作された「抽象と幻想(長谷川三郎構成)パネル」が挙げられるだろう。このパネルは展覧会に添えられた解説であり、再現の対象とするか判断の分かれる資料に違いないが、意匠の一部として取り入れられた抽象表現に着目することで、植村鷹千代の評にもあるように、抽象表現が工業製品のデザインや商業美術に及ぼしている影響に触れ、「生活の中に実現される美」としていかに注目されていたかを想像することができる3。つまり、本展はコレクション形成に関する自己言及的な営為にとどまらず、展覧会という枠組を相対化し、当時の日本画壇のシュルレアリスムと抽象表現に対する作家(作り手)、鑑賞者(受け手)双方の意識を反映させ、検証する機会となりうるのではないだろうか。

図2 抽象と幻想(長谷川三郎構成)パネル 1953年

2 資料を「展示する」ことによって示されるものとは何か(見ること/読むことの間)

これまで述べてきたように、本展では展示空間を「見る」モードから「読む」モードへと意識を切り替えるよう誘導される。その点で、MOMATコレクションの他の展示の中でも特異な位置づけの展示となっている。

美術史研究には、ある作家の名作を特定し、基準作として評価することが含まれており、展覧会において受け手は名作やそれらが制作された背景を読み取り、あるいはそうした文脈との距離を測りながら企画者の意図を読み、受容するという関係が成り立つ。しかし、展示空間では、作品が配置され響き合うことにより、作り手や企画者の意図を超えた様々なつながりを想起する余地があり、解読の手前にある経験を含めた「見る」行為の中に、芸術体験ならではの奥行きが生まれるのではないだろうか。資料もまた、「見る」対象として扱われて初めて気づかされることがある。

図3 会場風景 左から山下菊二《あけぼの村物語》(1953年)東京国立近代美術館蔵、ニッポン展委員会『ニッポン 課題をもった美術展』(1953年)国立新美術館所蔵

本展では7室と8室に分け、7室では主に資料考証とVRによる再現、8室では「抽象と幻想」展の出品作および関連作品を通して当時の現代美術を相対化しようという試みを想像することができた。とりわけ、山下菊二の《あけぼの村物語》(1953年)と謄写版(ガリ版)による刊行物『ニッポン 課題をもった美術展』(1953年)は、異色の存在感を放っていた。「抽象と幻想」展で「幻想」の括りで紹介された河原温の《浴室シリーズ》(1953年)は、「課題をもった美術展“ニッポン”  美術家の見た日本のすがた」展に出品された作品でもある。少部数の刊行物からマスメディアとしての印刷物までの幅の中で発せられた声を想像する時、「抽象と幻想」展の枠組だけからは見えない、同時代のルポルタージュ絵画の息づかいを読み取ることができるのだ。

3 資料を活用することの可能性

さて、改めて本展で初の試みとなったVRによる再現展示について考えてみたい。近年、「メタバース」の用語とともに注目されることの多い仮想現実空間であるが、オンラインプラットフォームの発達やVRヘッドセットの汎用化などに伴い、以前より参加のハードルが下がってきたことが背景にあると言えるだろう。最近では、山梨県立美術館がメタバースプロジェクトを掲げ、オンライン体験に特化した展覧会の開催が話題になったが4、それ以前に「エキソニモ UN-DEAD-LINK アン・デッド・リンク  インターネットアートへの再接続」展(東京都写真美術館、2020年)でもインターネット会場が設けられ、世界的なパンデミックによる分断に呼応して「アクセスできなくなったリンク先を再接続する」というメッセージが込められていた5。つまり、VR技術を使うこと自体が特別なのではなく、使い方の幅が見出せるようになってきたことにこそ、可能性があると考えられる。

図4 会場風景 撮影:大谷一郎

今回のVRによる再現展示は、オンラインプラットフォーム上で展開することもできるはずだが、そのような参加に重点を置いたものではない。むしろ、展覧会研究あるいは資料研究の手法の1つとして注目すべきものではないだろうか。VRの利点は空間体験の再現性にあり、現在は失われた展示空間に配置された作品の関係性や動線を考証、追体験することで、作品体験を多角的に問うことができる。作品を特定し、展示を再現するプロセスの中に、出品目録からだけでは確認することができない展覧会の全貌を明らかにするための様々なアプローチが含まれていることが推測できる。今回は1953年の展覧会を対象としたが、例えばインスタレーションのように空間との関係が問われ、保存や記録が難しい作品の研究において、VRによる再現は相性が良いと考えられる。比較対象となる展覧会の再現が実現すれば、「抽象と幻想」展の構成や展示デザインの特色がさらに明らかになっていくのではないだろうか。

開館70周年という節目を迎え、MOMATコレクションにおいて、日本の近現代美術を複数の視点から見せようという趣旨を読み取ることができた。その中で、資料に基づく展示が作品の裏づけにとどまらず、批評的な解釈を誘発する拠り所となりうるのか。今回の「プレイバック「抽象と幻想」展(1953–1954)」は、その可能性を感じさせる展覧会であった。

図5 展覧会再現VR「抽象と幻想」展

  1. 座談会「美術館問題 鎌倉近代美術館開館を契機に」(佐藤敬、船戸洪、宮本三郎、吉川逸治)『美術批評』創刊号(1952年1月)10–15頁。
  2. 座談会「「事」ではなく「物」を描くということ 国立近代美術館「抽象と幻想展」に際して」(小山田二郎、斎藤義重、杉全直、駒井哲郎、鶴岡政男)『美術批評』26号(1954年2月)13–24頁。
  3. 植村鷹千代「抽象芸術」今泉篤男、本間正義編『抽象と幻想』(近代美術叢書)、東都文化出版、1955年。
  4. 山梨県立美術館メタバースプロジェクト プレオープン「たかくらかずき『大 BUDDHA VERSE展』」2022年11月30日–2023年2月27日(https://www.art-museum.pref.yamanashi.jp/exhibition/2022/919.html)。STYLYをプラットフォームとした展覧会。
  5. 「エキソニモ UN-DEAD-LINK アン・デッド・リンク  インターネットアートへの再接続」展(東京都写真美術館、2020年8月18日–10月11日)インターネット会場のリンク先:https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-3817.html

『現代の眼』637号

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