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現代の眼 教育普及 英語によるプログラム「Let’s Talk Art!」:会話によるオンライン美術鑑賞プログラムで世界とつながるとは

大髙幸 (放送大学客員准教授)

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図1 プログラム中に「ナビゲーター」というテーマで三作品を語り合っている様子
左から和田三造《南風》(1907年、重要文化財)、上村松園《新螢》(1944年)、北脇昇《クォ・ヴァディス》(1949年)、いずれも東京国立近代美術館蔵

東京国立近代美術館が来館者の国際化に対応して2019年3月に開始した月4回の英語による所蔵品展鑑賞プログラム「Let’s Talk Art!」は、翌年2月中旬以降、コロナ禍により館内で実施できなくなった1。そこで2022年2月にオンライン(Zoom)で開始し、翌年3月までに定例では48回を数える。2017年度以来プログラム設計・監修及び2018年3月に公募により選ばれたファシリテーターの研修等の業務を担う貴重な機会を頂いた。総括として、会話形式の本鑑賞プログラムのオンライン実施の意味について述べたい。

「Let’s Talk Art!」オンラインの制約と可能性

1時間の本プログラムは、各ファシリテーターが設定したテーマに沿って会期中の所蔵品展から選んだ三作品を上限6名の参加者が探究して語り合い[図1]、その過程を通して近代日本美術・文化及び参加者間異文化交流を楽しむことをねらいとする。

オンラインならではの制約には、多発する通信環境不備による参加者間交流の難しさがある。パソコンモニター上の作品とファシリテーターを含む全参加者の画像が要だが、とりわけ発展途上国からの参加者の画像や音声に不具合が生じがちだ。こうした問題は多様なため、技術サポート・スタッフを配し、各回の開始前に通信環境設営をするとともに、問題と対策を共有してきた。また、参加者は日常空間に居ながらにして日本の美術館の作品と世界からの他者と出会う。便利な反面、終了直後に多忙な日常に引き戻されてしまい、プログラムの余韻にひたる機会をつくることが難しい。そこで、三作品の展示期間をファシリテーターが伝え、後に来館する人もいる。また、対面プログラムでも実施していた終了直後の簡易なアンケートへの回答を通して個人での短い振り返りの機会を設けるとともに、追ってスタッフが鑑賞作品リストを参加者に送信している。

一方、オンラインで拡張した可能性もある。画像拡大により「美術館では気づけなかったであろう作品の細部や特徴、作品自体に気づくことができた」という声をよく聞く。三作品を画面上で並置して比較し、様式の共通点・相違点や作家の努力、近代日本美術の多様性に気づいたり、一座が経験を振り返り再統合するチャンスも高まった。注意力散漫化もまねく館内移動なしに、くつろげる日常空間の中で目前のモニターに集中することも可能だろう。そして、参加者もファシリテーターも異口同音に述べてきたことは、世界の色々な参加者が一堂に会したこと、多様な他者の話を聴くことが面白かったという率直な感想である。オンライン上のこの「場」は、実際の美術館より高次元の門戸開放を正に実現した。

違いを知ることから

では、「Let’s Talk Art!」オンラインという「集いの場」による門戸開放は何をもたらすだろう。それは、日本の美術館が世界に所蔵品・文化を紹介するという面と、世界の状況(知識、課題等)が日本の美術館に門戸を開くという面の相互作用で織り成される。従って、ファシリテーターは、世界で起こっていることに注意を払ってきた。その最たるものはプログラム開始直後に勃発したロシアによるウクライナ軍事侵攻である。ロシア人とウクライナ人が同時に参加することだってあり得る。本プログラムは全ての「個人」にとって「安全な解放区」でなければならない。実際、ウクライナやアフガニスタン、ミャンマー等からの参加者も他者と語り合い共に楽しんできた「場」として、稀有なプログラムといえよう。

図2 萬鉄五郎《裸体美人》1912年、東京国立近代美術館蔵、重要文化財

世界の美術館の課題であるジェンダー不平等の是正も勘案し、女性作家の展示作品を採用することも心がけてきた。萬鉄五郎の《裸体美人》[図2]では、バングラデシュ等のイスラム圏の女性たちは、描かれた女性が「リラックスしている、自信に満ち、自由を謳歌している」と、こぞって語る一方、非イスラム圏の参加者は「妙に体をひねり、居心地が悪そう」と指摘したりする。各人が生きる文化・社会におけるジェンダーを始めとする様々な状況が、作品解釈に作用する。国際博物館会議は、2022年の博物館の新定義で「博物館は、公衆に開かれ、誰もが利用できかつ包摂的であり、多様性を醸成し持続可能性を促進する(大髙訳)」という一文を加えた。多様性の醸成は、考えが違う他者の存在を知り、尊敬することから始まる。民主的な会話を楽しむオンライン美術鑑賞プログラムは、作家や参加者を含む他者尊敬・自己肯定感を培う「場」として、貢献の可能性が大きい。

1 本プログラムの趣旨については、大髙幸「会話による美術鑑賞プログラムへの視座」『現代の眼』(634号、2020年、10–11頁)を参照。http://id.nii.ac.jp/1659/00000367/


『現代の眼』637号

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