見る・聞く・読む
現代の眼 オンライン版 新しいコレクション 小川待子《Li₂O・NaO・CaO・Al₂O₃・SiO₂ 呼吸する気泡》
戻る
《Li₂O・NaO・CaO・Al₂O₃・SiO₂ 呼吸する気泡》
2002(平成14)年
陶磁
高さ16.8、幅50.5、奥行50.5 cm
2025(令和7)年度寄贈
撮影:品野塁
50.5センチ四方とやや大型の陶板の上には、快晴の空を映したかのような涼やかなガラス釉がたっぷりと施されています。釉薬に内包された無数の気泡と全面に広がる貫入は、浅い水底に揺らぐ穏やかな光の波紋のようにも見えます。その上に据えられた陶片は、緩やかに湾曲する一方で、断面は叩き割られたように鋭く歪み、不規則に裂けた縁が、静かな表面とは対照的な緊張感を生み出します。シンプルな構成でありながら、まるで古代の建造物の一部が剥がれ落ち、永い時間を経て透明な浅瀬にたどり着いたかのような、どこか壮大な気配を漂わせています。
小川は1946年に北海道に生まれ、東京藝術大学工芸科陶芸専攻を卒業。後に渡欧しパリ工芸学校(École nationale supérieure des arts appliqués et des métiers d’art)で研修生として学び、パリ滞在中に鉱物博物館で見た鉱物の美しさに魅了され、強い影響を受けました。また、人類学者である川田順造との結婚後は、川田の研究のため、共に西アフリカに滞在しました。その際、ブルキナファソやコートジボワール、ガーナなどで土器づくりに由来する制作技法「叩き伸ばし」を学び、その経験は今も小川の作品の根幹を支えています。
本作において小川は、鉱物と、鉱物を含んだ土を育む大地との関係に目を向けています。タイトルに並ぶ「Li₂O・NaO・CaO・Al₂O₃・SiO₂ 」という元素記号は、陶土や釉薬の成分を示すものであり、かたちを鉱物のレベルへと還元することで、かたちが地中の鉱物につながっていく感覚を示唆しています。
「内側と外側のあるかたち」、すなわち何かを内包する存在が〈うつわ〉であると小川は定義します。本作品に関しても、一見抽象的な形状に思えますが、単なるオブジェではなく、あくまで器としての構造に基づいています。
2011年、豊田市美術館で開催された「小川待子—生まれたての〈うつわ〉」展に際し、小川はインタビューで「水でも花でも食べ物、人の想いでも、他者と一体になって何かが成り立つということのすばらしさ、〈うつわ〉というのはそういう可能性を持っているんです。うつわというのはやはり人間を表現できる。遺跡もそうですよね。人間の痕跡、生きた時間。割れたうつわも失われた時間を」と語っています。
私たちが思い描く器の姿とは大きくかけ離れていますが、それでもなお、本作は確かに器なのです。
あらためて本作品を見つめるとき、湾曲した陶土の内側に、かすかな風の流れや気配のようなものが感じられるでしょうか。その内側に何かが満ち、あるいは通り抜けていくように思えるならば、本作品はやはり、まぎれもなく〈うつわ〉であると言えるでしょう。
(『現代の眼』641号)
公開日:
