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現代の眼 オンライン版 展覧会レビュー ルネ・ラリックの複雑な魅力の伝え方
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人気作家の回顧展は繰り返し行われる。工芸の世界で言えば、ルネ・ラリックは、エミール・ガレと並んで、展覧会の開催が多い作家だろう。回数を重ねるほど、展覧会のテーマや切り口も多彩になるが、ジュエリーから出発しガラス作品へと転じたラリックの場合、活動時期や作品の素材を限定したものも多い。一方、初期から晩年まで取り上げる構成では、「アール・ヌーヴォーのジュエリーから、アール・デコのガラス作品へ」という筋書きが定番である。アール・ヌーヴォーとアール・デコの二つの流行期をまたいで活躍したデザイナーや工芸家は少なくないが、ラリックのように、両方のスタイルで代表作を残した作家はさほど多くない。しかも、ジュエリーデザイナーとして人気の絶頂期に、ガラス工芸の世界へと転身を図ったことも目を引くだろう。したがってそれは、ラリック独自の創作活動を紹介するのに相応しい構成だと言える。
ラリックの全体像を見渡そうとする本展覧会も、この定石を踏まえている。ところが、これまでの展覧会では、時代の流れに乗って素材やジャンル、そして作風も変化させたラリックの柔軟さが強調されてきたのに対して、本展からはむしろ逆のイメージを抱いた。つまり、ジュエリーもガラスも貫くひとつのスタイルが強く印象づけられ、その独特の造形に自然と目が向いたのである。それは本展の構成によるところが大きいだろう。
展覧会は「第1章 ガレとドーム兄弟 情景を描く」、「第2章 ラリック ジュエリーからガラスへ」、「第3章 時代とともに ラリックとアール・デコ」という全3章から成る。まず第1章で、草花や自然の情景をモチーフとした、ガレやドームのアール・ヌーヴォー様式のガラス器をたっぷりと見た後に、第2章の会場となる2階の展示室へと移動して、いよいよラリック作品と対面する演出である。そこにはジュエリーとガラス作品がほとんど区別されることなく展示されていた。そのため、どちらも草花や昆虫、人体の有機的な曲線が造形の基となっていることが実感され、さらにまた、ガレやドームとの違いにも自ずと意識が向いた。すなわち、第1章で見たガレらが、時にグロテスクなほど自然の形を生々しく写したり、自然景をそのまま表すのに対して、ラリックがイメージをより抽象化していることに気づくのである。例えば《ブローチ 翼のある風の精》[図1]では、人から蝶へと変容するような姿の妖精が流れるような曲線で表され、単に自然の外形を写すのではなく、昆虫が変態するエネルギーを造形しているように思えた。

第3章の中心となるのは、アール・デコ期に活躍したラリック以外の工芸家やデザイナーの作品である。ジャン・デュナンの漆器、ルネ・ビュトーの陶器、さらにはピエール・シャローの家具までが並び、分野を超えて時代の造形感覚を伝える展示室となっている。だが、そこに加えられたラリック作品は異彩を放っていた。例えば《花瓶 オラン》[図2]は、ラリックの代名詞である乳白色のオパルセント・ガラスを用いたもので、アール・デコ期のガラス工芸を代表する作品としても知られる。たしかに、正円に成形されたダリアの花、規則的なモチーフの配置、アルジェリアの都市オランを冠した作品名から生まれる異国情緒など、当時の流行を汲んでいる。とはいえ、他の作家たちの生み出す幾何学的な造形や明快なエキゾティシズムに比べれば、実に穏やかである。さらに《花瓶 オラン》の陰影に富んだ表面からは、他の作品にある近代性を賛美する楽観的な姿勢とは異なる、内省的な雰囲気が漂っている。むしろそれは、《ブローチ 翼のある風の精》と同様、自然そのものに神秘を見出す精神から生まれたもののように感じられた。

ところで、2000年代頃から、アール・ヌーヴォーやアール・デコという時代様式を複合的な視点から眺めようとする展覧会が盛んになった。特に「アール・デコ博覧会」とも呼ばれる1925年のパリ万国博覧会から100年目となった昨年は、パリの装飾美術館をはじめ各地でアール・デコをテーマにした展覧会が開催された。本展は、そうした最新の成果も踏まえつつも、ごくシンプルな構成によって、ラリックの複雑な魅力を浮かび上がらせようとしている。会場内の解説をあえて抑えたのも、一義的な見方を押し付けない工夫に見えた。それは「作品の力」を引き出すことに徹した展覧会だと言えるかもしれない。
(『現代の眼』641号)
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