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現代の眼 オンライン版 新しいコレクション 川之邊一朝《梨子地青貝唐草内蒔絵料紙箱・硯箱》

北村仁美 (工芸課主任研究員)

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川之邊一朝(1831–1910)
《梨子地青貝唐草内蒔絵料紙箱・硯箱》
明治時代
漆工 漆、蒔絵、螺鈿
高さ14.7、幅32.3、奥行41.5cm(料紙箱) 高さ6.5、幅21.0、奥行25.2cm(硯箱)
令和4年度購入
撮影:セキフォトス 田中俊司

蓋表を僅かに盛り上げ、角をとるなどして全体に丸みをもたせた箱の形に、唐草文様を全体に展開させた作品です。唐草文様には、花弁にあたる部分等に、文様の形に切った貝を貼ったり嵌め込んだりして装飾する螺鈿(らでん)技法が用いられています。貝の真珠層が光の角度によって異なる色を放ち、華やかでかつ清らかな印象をもたらします。蓋裏には、水辺にたつ苫屋の風景を、珊瑚等も用いて蒔絵で表しています。

幕末から明治時代にかけて活躍した本作の作者、川之邊一朝(幼名・源次郎、襲名・平右衛門)は、同時代のさまざまな図案家と組んで、彼らの図案を蒔絵で実現することのできた実力の持ち主で、その作品は多彩な展開を見せています。本作では、箱の表面全体に施されている螺鈿技法が注目されます。螺鈿を用いた一朝の代表作に《菊蒔絵螺鈿棚》(1903年、皇居三の丸尚蔵館)がありますが、一朝の作品全体を通してみると、写実的に表された植物や古典的な蒔絵表現を継承した風景図を中心にした絵画的な表現が多く見られ、本作や《菊蒔絵螺鈿棚》のように、ふんだんに貝を用い、文様を全体に反復させ展開する趣向の作品は、あまり見られず少数派のようです。

現存する一朝作品は、残念ながらそれほど多くはありませんが、なかでも比較的大作と思われるもので、螺鈿の使用が目立つ作品をあげてみると、《秋草流水蒔絵螺鈿棚》(1895年、皇居三の丸尚蔵館)、《大堰川図蒔絵螺鈿御書棚》(『建築工芸叢誌第2期(13)』掲載、1893年起案、1903年完成)、《源氏香短冊散蒔絵料紙硯箱》(1903年、東京国立博物館)といったところがあります。しかし、これらの作品も、一朝が得意とした絵画的な表現のなかで螺鈿が用いられており、本作や《菊蒔絵螺鈿棚》は、文様を全面に展開し平面的な表現に特化している点で異色です。

一方、本作《梨子地青貝唐草内蒔絵料紙箱・硯箱》も、蓋をあけると、蓋裏に遠景になだらかな山並みを望む苫屋の風景があり、さらに料紙箱のなかに据え付けられた懸子(かけご)には、梅や牡丹、水仙などの草花が写実的に蒔絵で描かれています[図1]。内部は一朝らしさがうかがわれる意匠となっています。

ところで、《菊蒔絵螺鈿棚》は、図案を六角紫水が、金具を海野勝珉が担当したことでも知られる名品で、図案化した菊花を全面に配置したものです。この棚では沖縄産の夜光貝が用いられたといわれ、繊細な金蒔絵と相まって卓越した作品となっています。

一朝がその名を知られるようになるのは、とりわけ海外で開催された万国博覧会への出品によるところが大きいといわれていますが、その先駆けとなった1873年のウィーン万国博覧会への出品以降、螺鈿が用いられている一朝の作品が登場するのは、上記に見てきたように、一朝の作歴のなかでも比較的後半(1890年代以降)に集中しているようです。それは、奇しくも一朝の幼名・源次郎(一説に「源治郎」とも表記)と同じ名前をもつ螺鈿師・片岡源次郎(1852–1905)の活躍時期と重なっています。片岡源次郎は、一朝工房の螺鈿師として知られ、《菊蒔絵螺鈿棚》の螺鈿も手がけたとされています。夜光貝が多用された本作《梨子地青貝唐草内蒔絵料紙箱・硯箱》でも片岡が関わっているものと推測されます。こうしたことから、本作の制作年をさらに限定するならば、片岡源次郎の活動時期を重ね合わせ、一朝の作歴のなかでも後半に位置づけられるのではないかと考えられます。

高い技術で蒔絵と一体化した螺鈿を手がけ、一朝の作域を広げたと思われる片岡源次郎ですが、20年ほど年長であった一朝よりも早くに亡くなってしまいます。その時、16歳だった片岡源次郎の子息・華江(1889–1977、本名・照三郎)は、当初「写真師」を志していましたが、姻戚であった一朝の門に入り、蒔絵技術を習得するとともに父祖の業であった螺鈿の修行に励み、若くして一家を成した、といいます。そして、1928年には、川ノ邊一門のメンバーとして昭和期の工芸の傑作といわれる《鳳凰菊文蒔絵飾棚》(図案:島田佳矣(よしなり))、皇居三の丸尚蔵館)の制作で螺鈿を担当し、技の継承を見事に果たしていくこととなります。

本作《梨子地青貝唐草内蒔絵料紙箱・硯箱》の年代特定は、さらにさまざまな視点から検討されるべきですが、ここでは一朝の題材と作風、螺鈿師・片岡源次郎の存在から推測を試みました。今後も、一朝の総合的な研究とともにさらに細部を明らかにしていく必要があります。

図1 川之邊一朝《梨子地青貝唐草内蒔絵料紙箱》(内部)
撮影:セキフォトス 田中俊司
図2 川之邊一朝《梨子地青貝唐草内蒔絵硯箱》(内部)
撮影:セキフォトス 田中俊司

(『現代の眼』638号)

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