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現代の眼 オンライン版 新しいコレクション 桑田卓郎《白金彩梅華皮志野茶垸》
戻るメタリックな釉が茶碗の物質性を強調し、極めて造形的である——本作を端的に言い表すならば、このように形容できることでしょう。桑田卓郎の作り出す茶碗は、いずれも従来の茶碗のイメージを覆すような鮮烈さをはらんでいます。桑田の創造性は茶碗のみにとどまらず、壺や大型の立体作品の制作にまで及んでおり、作品は現代アートの分野でも評価されてきました。国内外で精力的に展覧会を開催し注目を集める桑田ですが、その奥底には陶芸の歴史への敬意と技術への飽くなき探求心が秘められています。
それは桑田の茶碗の題が、工芸の伝統的な命名方法を踏襲していることからもうかがい知れます。本作の題《白金彩梅華皮志野茶垸》を単語ごとに分解して考えれば、いかに桑田が伝統を意識しているかがわかります。
「白金彩」はプラチナの釉薬を用いているという意味です。桑田は白金のほかにも、金やこれまで茶碗に使われてこなかったピンクといったビビッドな釉薬や顔料を好んで用います。それは、16世紀の茶人たちが高麗茶碗や歪な造形に新しい美を発見したように、桑田も茶碗の中に現代の新しい美を見出しているからです1。
「梅華皮」は陶芸の技法の一つです。焼成が不十分で釉薬が溶け切らず、表面が鮫肌状に縮れた状態を指します。もともとは失敗から生まれた梅華皮ですが、茶道では井戸茶碗の高台の景色としてとらえることで、賛美の対象になりました。そんな梅華皮を桑田は作品の意匠として大胆に取り入れます。過剰なまでに隆起した肌は一般的な茶碗のイメージとかけ離れているようにも思えますが、桑田は「茶碗」であることにこだわります。茶陶研究の第一人者であった故・林屋晴三と交流を持ち、桑田は林屋より茶碗の格調高さや個性の出し方など、多くのことを学んだと発言しています2。長い年月をかけて培われてきた茶碗の文脈の中に桑田は自身を位置付け、茶碗の形式や機能美を解しつつ、その限界点を模索する挑戦的な作品を発表しています。
「志野」は釉薬を表す語ですが、それが転じてやきものの種類を示す言葉としても使われています。桑田が本作のような梅華皮の茶碗を作るようになったのは、荒川豊蔵の作品との出会いがきっかけでした。桃山時代の陶芸、特に志野の再興に尽力した荒川の作品に見られる梅華皮の「ぺろっと剥がれた」表現に惹かれたのだと桑田は述べています3。そこから伝統的な技法を研究し、現在の作風が形づくられていきました。「垸」という漢字も、荒川の茶碗の題に用いられていることから桑田も使用しており、荒川への尊敬の念を感じます。
本作は伝統を大切にしながらも当世にふさわしい作品を生み出したいという桑田の精神が見事に結晶化しており、工芸や現代アートといった区分を超えた、新しい時代の陶芸の可能性を予感させます。
[工芸課特定研究員 石川嵩紘]
註
1 清水穣「『レディメイド』としての茶碗」『桑田卓郎 I’m Home, Tea Bowl』KOSAKU KANECHIKA、2017年、pp.152–155
2 「陶芸アーティストのアトリエを訪ねて」『GQ JAPAN』2024年5月号、p.53
3 同上、p.54
(『現代の眼』639号)
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