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現代の眼 オンライン版 新しいコレクション 釜我敏子《型絵染着物「秋草文」》
戻る画面いっぱいに広がる野原に、爽やかな秋風が吹き抜けているようです。曲線で表されたススキがしなり、風に揺れて触れ合う音が聞こえてきそうです。ふんわりしたボリューム感のある花はオミナエシ。漢字で書くと女郎花、楚々としたたたずまいが女性の立ち姿にも似ていることから名づけられました。寒色の色合いの中にグラデーションを効かせた暖色を使うことでオミナエシが浮かびあがり、空間に奥行きが生まれています。
釜我敏子は福岡県に生まれ、自然豊かな野原を遊び場として育ちました。この頃から抱いてきた草花を愛でるきもちが、後に作家としての強みとなります。高等学校を卒業した後、鈴田照次の作品と出合ったことをきっかけに、型絵染の道を歩み始めました。
型絵染とは染色技法の一種で、型紙を使って生地に模様を染め出す技法のことです。創作性の高い型染を得意としていた芹沢銈介が、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された際、従来の型染とは一線を画すために、型「絵」染と命名されました。制作工程を分業化することで発展してきた型染に対し、型絵染はデザインから彩色などの工程を一貫して仕上げることに特徴があります。釜我もまた、型絵染の伝統を汲み取り、全ての工程を自らの手で仕上げています。その制作のモットーは、最小限の型紙で最大限の表現を生み出すことです。
本作の広大な景色を作り出したのは、たった一枚の型紙です。生地一反はおよそ長さ12m、幅35cm。この上を、縦27cm、横38cmほどの型紙を繰り返すことで埋め尽くします。ススキとオミナエシは互いに交差し合い、左右に揺れるような動きを感じさせます。それでも雑然としている様相に見えないのは、型紙の繰り返しによる規則的な心地よさの成せる技です。
本来、オミナエシは黄色の花ですが、本作では濃い黄色、淡い黄色、赤紫色の3色で表されています。釜我はモチーフの色をそのまま取り入れるのではなく、着物全体のバランスを気にかけながら、一つの景色になるように配色しました。その根底にあるのは、幼い頃から変わらない、野に咲く草花へのまなざしです。草花が風に揺れ、光を浴び、時には影となる。こうした自然の中の移ろいを丁寧につかみ取り、模様や色彩に落とし込みます。これまで型絵染におけるリズムとは、型の繰り返しから生まれる反復性の味わいが主な要素でした。しかし、釜我は型の繰り返しに想像力豊かな色彩を掛け合わせることで、風や光、草花の躍動感までもリズムとして奏でています。たった一枚の型紙で制作されたとは思えないほどに、どこまでも続く秋野原が立ち現れている作品です。
(『現代の眼』639号)
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