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現代の眼 展覧会レビュー 開かれた絵画空間

横山由季子 (金沢21世紀美術館 学芸員)

ピーター・ドイグ展|会場:企画展ギャラリー[1階]

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第1章 会場風景│ 撮影:木奥惠三

 絵画作品を分析する際にしばしば使われる「絵画空間」という言葉は、現実の空間とは異なる、カンヴァス上に描かれた空間を意味する。西洋絵画の歴史において、画面の奥に消失点を設ける遠近法は、現実とは切り離された、内部で完結した絵画空間を生み出してきた。しかし近代以降、絵画は奥行きと表面の戯れを通じて、絵画の前に立つ私たちの知覚に直接訴えかける、開かれた空間へと変貌する。そして絵画の近代化は、「絵画」という表現形式が西洋、とりわけフランスから世界各地に伝播していくタイミングとほぼ時を同じくしていた。もともと西洋における絵画の近代化も、非西欧圏の視覚文化を取り込むことで成し遂げられたものであり、絵画は近代以降、世界のあちこちに元来存在していた視覚のモードや新たな視覚表現と融合しながら、多様な展開を続けている、と見ることもできよう。

 1959年にスコットランドで生まれ、トリニダード・トバゴ、カナダ、ロンドンといった様々な文化圏で視覚経験を養い、やがて絵画を志すようになったピーター・ドイグは、近代以降の絵画の可能性を探求している画家の一人である。とりわけドイグの絵画に見られるモティーフと筆触のあいだの揺らぎ、並置された面による平面性/奥行きの暗示、脱中心化された構図、そして人物の足が描かれないといった要素は、絵画空間がこちら側に向かって開かれているという印象を見る者に与える。また、ドイグの絵画作品における絵具のにじみや垂れ、残された複数の線、同じモティーフの反復は、描かれた時間へと私たちを誘う。そのように空間と時間が緊密に織り込まれた絵画作品を、現実の空間に配置すること、それは画家にとって制作に次ぐ創造的な行為であるはずだ。実際に、本展の展示プランも、企画者の桝田倫広研究員と、ドイグ本人によって綿密に練られたものであるという。

第2 章 会場風景│ 撮影:木奥惠三

 本展の会場は、大画面のスケールを体感できるよう、非常にゆったりとした展示構成になっていた。部屋は大きく分けて4つ。1部屋目と2部屋目の前半が第1章「森の奥へ」。2部屋目の後半と3部屋目が第2章「海辺で」、そして最後の細長い部屋が第3章「スタジオのなかで──コミュニティとしてのスタジオフィルムクラブ」という非常にシンプルな構成である。「森」と「海辺」という主題は、それぞれカナダとロンドン(1986–2002年)、トリニダード・トバゴ(2002年–)を拠点とした制作時期にも対応している。通常であれば章ごとに部屋を区切ることが多いが、章解説の設置された壁を境に、各章が緩やかにつながることで、主題や制作時期を超えたドイグの探求の一貫性と変遷が可視化されていたように思う。そして各壁面に掛けられた絵画は、制作年順ではなく、隣同士、あるいは向かいあう作品の主題や色彩、構図が響きあうように配置されていた。

 第1章の手前の壁に展示された、雪をモティーフにした2点の作品《ブロッター》と《スキージャケット》では、雪であり絵具でもある白が印象的だが、空間を撹乱するようなこの白は、同じ部屋の壁を覆う、カヌーをモティーフにした一連の作品にも現れている。続く部屋では、《若い豆農家》《ロードハウス》《コンクリート・キャビンⅡ》といった、手前に遮蔽物を置くことで近さと遠さを往還するような作品が並ぶ。それ以降は、比較的薄塗りで、絵具のにじみやかすれ、垂れといった偶発的な要素が残る作品が増えてゆく。

 第2章に入ると、それまでの夢幻的な色彩から、島国を舞台にした鮮やかな色彩へと様変わりする。第2章の冒頭に置かれた《ラペイルーズの壁》や《赤いボート(想像の少年たち)》、《ペリカン(スタッグ)》に描かれた人物たちはどこか所在無さげで、現実と非現実の境をたゆたっているかのようだ。そして《ピンポン》で人物と背景のあいだに現れたグリッド構造は、続く部屋の《馬と騎手》や《花の家(そこで会いましょう)》でも繰り返されるが、矩形の位置がややずらされ、その隙間から背景がのぞくことで、画面の前後関係が反転するような、より複雑な空間となっている。

 最後の細長い部屋は第3章に捧げられており、ドイグが友人と始めた映画の上映会のためのポスターがずらりと並ぶ。それぞれの映画のワンシーンが切り取られているものがほとんどで、絵画制作にあたってドイグが時に映画を参照していたことを考えると、ラフな筆致で描かれたこれらのポスターからも、ドイグがものを見る視点が浮かび上がってきた。

第3 章 会場風景│ 撮影:木奥惠三

 絵画作品32点とポスター40点という出品点数は決して多いとは言えないが、ドイグの画業の変遷を示す厳選された作品群と、考え抜かれた作品の配置によって、ドイグの絵画空間を十全に体感することのできる個展が実現していた。そして新型コロナウイルスの感染拡大防止のため延期を余儀なくされた本展のウェブサイトでは、展覧会場の3DVRも公開された。それはもちろん自身の身体で会場を歩き、作品の前に立つ経験とは異なる。しかし、床や天井を含めて360度見渡せるヴァーチャル空間のなかで、絵画に近づき、その筆触が見えるほどに拡大することができるこのメディアは、記録としてはすでに十分な情報を含んでいる。そして今後VR体験のためのデバイスが普及し、VR空間と私たちの身体感覚がリンクするようになれば、それは様々な事情で展覧会場に足を運べない人々にとって、鑑賞の新たな手段となる可能性を秘めているだろう。


『現代の眼』635号

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