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現代の眼 新しいコレクション 畠山直哉《「Untitled (tsunami trees)」より 2019年10月6日 岩手県陸前高田市》(2019年)

増田玲 (美術課主任研究員)

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畠山直哉(1958–)《「Untitled (tsunami trees)」より 2019年10月6日岩手県陸前高田市》/2019年/発色現像方式印画/108.0×126.6cm/令和2年度購入

画面の中央に立つ一本の木は、半分が枯死し、半分は葉を茂らせています。どうしてこのようになっているのか。表題にある日付と地名、そして「tsunami trees」という言葉は、それが東日本大震災の際の津波によるものであることを示唆しています。

「Untitled(tsunami trees)」の連作は、この陸前高田の木と同様に、津波に見舞われた樹木を被災地各地で撮影したものです。2020年の初頭に国立新美術館で開催された「DOMANI・明日 2020 傷ついた風景の向こうに」展で発表され、そこから3点を当館の新しいコレクションとして収蔵しました。

作者である畠山直哉は、初期、石灰鉱山をめぐる連作や、その産物であるコンクリートで形作られた都市のあり方を主題とする作品で注目された写真家です。その後も自然と人間の関わりをさまざまな視点から考察する仕事にとりくみ、その理知的な姿勢と写真作品としての審美的な完成度とを両立させた作品は、国内外で高く評価されてきました。

震災はその活動に転機をもたらしました。陸前高田出身の畠山は、このとき津波で母親を亡くし、実家を流されるという経験をします。以降、畠山は陸前高田に通い、震災後の風景を撮影し続けてきました。それらの写真はいくつかの展覧会や写真集などで発表されますが、そこには、震災前の故郷での私的なスナップ写真のような、以前は発表されることのなかった写真も含まれていました。写真を撮ることを通じてこの世界のあり方を探究してきた写真家としての活動の基盤が深いところでゆらぎ、そのゆらいでいること自体を、また考察の対象としている。活動の変化には、そうした事態が反映されていたように思います。

「Untitled(tsunami trees)」の連作は、そのような時期を経て、2017年に、ここに紹介している作品に写されている一本のオニグルミの木に出会ったことから着手されました。「昨日までの時間と、生きている「いま」の時間が、同時に2つ見える」1と、この木について畠山は記しています。

当館では震災をめぐる作品を継続的に収集しています。震災が私たちの社会にとってどのようなできごとであったのか、その経験の深層にあるものを、作品を通じて考え、次代に受け継いでいくことが、美術館の果たすべき役割だと考えているからです。震災後10年という時間の経過の中で、その経験と記憶にどのように向き合い、伝えていくかがあらためて問われている今日、この「tsunami trees」の連作は多くのことを示唆する作品だと考えます。

  1. 畠山直哉「気仙川のオニグルミ」、『日本経済新聞』2020年3月8日

『現代の眼』636号

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