展覧会

会期終了 所蔵作品展

所蔵作品展 MOMATコレクション 

会期

会場

東京国立近代美術館本館所蔵品ギャラリー

2022年3月18日-5月8日の所蔵作品展のみどころ

MOMATコレクションにようこそ!今年も、千鳥ヶ淵の桜が美しい季節を迎えます。これにあわせて、3階10室では重要文化財の川合玉堂《行く春》をはじめ、桜を描いた名作が、みなさんをお迎えします。
 そのほか、3階7室と8室では、「白い漫画、黒い漫画」と題して、1950年代から60年代にかけての絵画と漫画との関係に焦点をあてます。ときに社会を風刺し、ときに大衆文化を表すために、画家たちがみせた漫画へのさまざまなアプローチをご紹介します。
 2階のギャラリー4では、コレクションによる小企画「新収蔵&特別公開|ピエール・ボナール《プロヴァンス風景》」を開催します。当館では昨年、ボナールの《プロヴァンス風景》(1932年)を新たに収蔵しました。輝かしい色彩に満ちたこの作品を日本で初めて公開するとともに、ボナールと日本の近現代美術との関係をいくつかの切り口から紹介します。
 今期も盛りだくさんのMOMATコレクション。どうぞごゆっくりお楽しみください。

池田龍雄《怒りの海》1953年

今会期に展示される重要文化財指定作品

■今会期に展示される重要文化財指定作品は以下の通りです。

  • 原田直次郎《騎龍観音》1890年 寄託作品|1室ハイライト
  • 和田三造《南風》1907年|2室
  • 川合玉堂《行く春》1916年|10室
  • 中村彝《エロシェンコ氏の像》1920年|3室

これらの重要文化財(1点は寄託作品)についての解説は、名品選をご覧ください。

展覧会構成

4F

1室 ハイライト
2-5室 1900s-1940s 明治の終わりから昭和のはじめまで

「眺めのよい部屋」

美術館の最上階に位置する休憩スペースには、椅子デザインの名品にかぞえられるベルトイア・チェアを設置しています。明るい窓辺で、ぜひゆったりとおくつろぎください。大きな窓からは、皇居の緑や丸の内のビル群のパノラマ・ビューをお楽しみいただけます。

「情報コーナー」

※MOMATの刊行物や所蔵作品検索システムは、現在ご利用いただけません。

1室 ハイライト 初年度購入作品を中心に

土田麦僊 《舞妓林泉》1924年

 ふだんは重要文化財を中心に、当館を代表するような作品を展示している「ハイライト」ですが、今回はやや趣向を変えてみました。当館は今年の12月に開館70周年を迎えますので、年度初めの今回は、開館当初を振り返り、開館初年度に収蔵した作品を中心にご紹介いたします。もちろんこの中にも、日本画では土田麦僊の《舞妓林泉》(1924年)、洋画では安井曽太郎の《金蓉》(1934年)などの傑作が含まれています。
 その他、おなじみの原田直次郎《騎龍観音》(1890年、護国寺より寄託、重要文化財)、10室で開催されている「春まつり」に関連して、さまざまな花が開く中に女性を配した川崎小虎の屏風《萌出づる春》(1925年)、1階で開催の鏑木清方展に関連して、清方の弟子にあたる伊東深水と山川秀峰の作品もご紹介します。伊東深水《清方先生寿像》(1951年)は、当館が開館する前の年に描かれたものです。

2室 1907年、前と後

黒田清輝 《落葉》1891年

 国立の近代美術館なのに、なぜ「日本近代洋画の父」とも言われる作家(黒田清輝や浅井忠)の作品が常に展示されていないのか?このような疑問を持たれる方もいるかもしれません。これは、日本初の国主催の展覧会(官展)であるところの文部省美術展覧会(文展)が創始された1907年を、日本美術の時代的な区切りとみなし、東京国立博物館との間で作品の管理換え(すみ分け)を行ったことによります。東京国立博物館は原則として1907年以前、東京国立近代美術館は1907年以後の作品を扱うこととしたわけです。国の機関として、この基準はもっともらしいようにも思えますが、「日本近代美術のはじまりを1907年ときっぱり決めてよいのか」「前近代とも近代とも区別しがたい、過渡期の作品も比較、検証することなしに近代美術史を編集し、更新することはできないのではないか」、こうした問題意識から、現在では収集の方針を見直しています。

3室 自分を見つめる/ 他人を見つめる

椿 貞雄 《腕鎮を持てる自画像 》1917年

 昨年度、当館では新たに椿貞雄の《腕鎮を持てる自画像》(1917年)を収蔵しました。彼は、岸田劉生を中心として1916(大正5)年に結成された草土社に参加し、ものの存在の核心に迫ろうと細密描写を進めました。この自画像にも、その特徴がよく表れています。
 この時期は椿だけでなく、多くの画家が自画像を描きました。この部屋では岸田劉生や木村荘八ら草土社の画家、その周辺にいた大沢鉦一郎や宮脇晴、フランスでルノワールに学んだ梅原龍三郎、また日本にとどまりながら、ルノワールやレンブラントに憧れた中村彝らの自画像も、あわせて紹介します。梅原龍三郎の描く《ナルシス》に象徴的に見られるように、自画像という形式は画家たちに「自我」を発見することを促したように思われます。そしてひとたび「自我」を強く意識した画家たちは、自己と他者との関係をも、厳しく捉え直そうとしたのではないでしょうか。劉生は自らの娘を、一種の聖性をおびた存在のように描き、関根正二は彼自身と、姉と、恋人とを並べ、それをオリオン座の三星になぞらえました。

4室 マックス・ペヒシュタイン 版画集『われらの父』(1921年)

マックス・ペヒシュタイン 《版画集「われらの父」より
4.御国がきますように。みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように》1921年

 ペヒシュタインは、ドイツ表現主義の重要な一翼「ブリュッケ(橋派)」(1905年結成)に関わりの深い画家です。『われらの父』は、祈りの模範としてイエスが弟子に教えたとされる「主の祈り(主祷文)」(マタイによる福音書6:9–13、ルカによる福音書11:2–4)を一葉ごとに配分し、言葉とイメージを組み合わせた木版画集です。神に祈るひたむきな心と威厳にあふれる力強い神の存在が象徴的に表現され、装飾的才能に長けていたペヒシュタインの画風をよく示しています。1914(大正3)年に西太平洋を旅し、幻想的な雰囲気の漂う原始林や鮮やかな色彩、荒削りな素朴さに刺激を受けたことが、堅固な構成力と強い表現力につながっています。
 こうした宗教的な題材を扱った版画の制作には、第一次世界大戦や1917年のロシア革命後の時代背景が深く関わっています。大戦前の危機意識を反映した不安や苦悩に満ちたそれとは異なる、戦後の荒廃の経験後に見出した簡潔かつ力強い表現。伝統的な宗教画の枠を借用しながらも、新たな表現へと変貌を遂げています。

5室 「こども」の発見

古賀春江《月花》1926年

 近代美術史は、ある面において、芸術家たちが様々な「異文化」を取り入れながら新たな表現を模索してきた歴史でもあります。芸術家にとって最も身近な「異文化」として、「こども」の存在が挙げられるでしょう。「こども」には、無邪気さ、社会の規則や制約から自由な存在といったイメージがしばしば投影されます。たとえばシュルレアリスムにおいては、従来の芸術における約束事から自由になろうと、「こども」の絵に加え、夢や無意識、壁の落書き、はては幻覚まで、様々な手段やモチーフが参照されました。こうした動きは、精神科医が患者のドローイングなどを「作品」として収集、記録したり、フランスの芸術家ジャン・デュビュッフェ(1901–85)が『文化的芸術よりも好ましいアール・ブリュット』(1945年)の中で「アール・ブリュット」(生の芸術)という概念を提唱したりといった動きとも並行しています。

3F

6-8室 1940年代-1960年代 昭和のはじめから中ごろまで
9室 写真・映像
10室 日本画
建物を思う部屋(ソル・ルウィット《ウォールドローイング#769》

6室 日本画と戦争

川端龍子《輸送船団海南島出発》1944年頃

 日中戦争から太平洋戦争にかけて、画家たちはさまざまなかたちで戦時体制への協力を求められました。陸海軍の委嘱による作戦記録画の制作が代表的なものですが、陰影による立体感や奥行きの表現に適した油彩画と比べて、平面的かつ装飾的な表現を持ち味とする日本画は、戦闘場面の迫真的描写には不向きでした。その中で、吉岡堅二や福田豊四郎ら、比較的若手で、戦前から日本画の新しい表現に取り組んでいた画家たちは、日本画の画材による戦争の表現を模索しました。
 日本画家たちはまた、作品を売ってその収益を軍に献納することでも戦争に協力しました。当館には、1942年に開かれた軍用機献納作品展の出品作品184点が収蔵されており、今回はその中から5点をご紹介します。作戦記録画を描いた吉岡、福田、そして山口蓬春らは、こちらでは伝統的な花鳥画を描いています。なお1階の鏑木清方展で展示されている《初東風》(3/18-4/10までの展示)も、同じ献納展の出品作です。一見したところ戦争とは無関係のようですが、時代背景に思いを馳せると、作品はまた別の表情をもって見えてくるでしょう。

7室 白い漫画、黒い漫画(1)

間所紗織《女(B)》1955年

 この章の題は、美術評論家の瀧口修造が新聞に発表した文章の題から拝借しました。瀧口は、戦後出版ブームの波に乗ったジャーナリズムにおける漫画を「大量需要の気晴らしに乗っている」と評し、「白い漫画」と名付けます。すなわち、風刺の力が弱いのだと。対して、彼が「黒い漫画」と命名したのが同時代の絵画でした。じっさい当時の画壇では社会や人間という主題が浮上し、ダークで戯画的な表現が台頭していました。瀧口は、「風刺画」という一つのジャンルが形成されて主流の美術史から切り離された経緯を念頭に、芸術が本来備えている社会批評の力が戦後美術の動向の中に現れ出ていることに期待を寄せたのです。風刺に着目して「絵画の大きな運命を考え」よ、と述べた瀧口の視点を導きにして、この部屋では主に1950年代の風刺的な作品を見て行きます。

8室 白い漫画、黒い漫画(2)

 河原温は、自由と普遍を求める抽象絵画と、時事問題を説明的に描き出す「テーマ絵画」という1950年代に盛り上がった二つの潮流を対比させ、その双方を打破する道を説いています(「抽象絵画とテーマ絵画の限界で」『アトリエ』1956年2月号)。そのうえで、社会に参加しつつ、人間の意識を開放するために河原が見出したのが、大量印刷という方法と空想的な図像の組み合わせでした。河原をはじめこの時代の多くの作家がモノクロームによる戯画的表現を試み、絵画と漫画は急速に接近します。しかし60年代に入り、コマ漫画を中心とする子供向けの週刊漫画誌が大流行すると、両者は袂を分かつことになりました。表現上の要請から自ずと絵画と漫画の形式が類似した50年代とは異なり、60年代には独自に発展した漫画を、大衆文化の象徴として絵画が借用する作例が多く見られるようになります。「漫画っぽさ」の理由が、変わったのです。

9室 郷津雅夫 「ハリーズ・バー」

 「ハリーズ・バー」はニューヨーク、マンハッタン南部のバワリー通りにある一軒のバーを撮影した連作です。
 ある夏の晩、撮影の仕事の帰り路、通りに面したバーの窓辺に一人の客がぽつんと座る様子に目を留めた郷津は、その光景にカメラを向けました。その後、彼は折に触れて、このバーの窓辺の光景を記録していきます。窓辺の同じ席に、さまざまな男たちが入れ替わり現れ、それぞれに物思いにふけるように静かにたたずんでいる。約5年にわたって撮影された20点の連作は、まるで一軒のバーを舞台にした群像劇のようです。
 郷津雅夫は1971(昭和46)年に渡米し、今日までニューヨークを拠点に活動しているアーティストです。渡米後間もないころ、チャイナタウンで窓辺にたたずむ住民の姿を撮影したことをきっかけに、窓辺の人々を撮影した「窓」の連作が生まれます。「ハリーズ・バー」もまた窓辺を舞台とする作品。窓というモティーフは後に、解体される建物の窓そのものをとりはずし、別の場所で組み立て直す立体作品へと展開します。

10室 春まつり

菊池芳文 《小雨ふる吉野 》1914年(左隻)

 毎年恒例の「美術館の春まつり」。奥のスペースでは、川合玉堂《行く春》(重要文化財)、跡見玉枝《桜花図巻》、菊池芳文《小雨ふる吉野》などが一堂に会します。《行く春》には長瀞の春の光景が描かれていますが、水辺の桜が散りいそぐ風情は、美術館からほど近い千鳥ヶ淵とも通じ合います。跡見玉枝の《桜花図巻》に描かれるのはさまざまな種類の桜たち。全25図に40種類を超える希少な桜が描かれています。このなかには、しだれ桜、うこん桜、おおしま桜といった、当館から千鳥ヶ淵方面に向かう紀伊国坂に沿って、次々に開花時期を迎える桜たちも含まれています。さらに陶磁器、漆工、竹工、染織とバラエティに富んだ工芸作品も今回の見どころの一つです。剣持勇のラタン・スツールや清家清の移動式畳に腰かけて、作品のなかに広がる春をゆったりとお楽しみください。
 手前のスペースでは、日本画の画材を用いて制作する画家による1990年代以降の作品を展示します。特に梅や桜をモチーフに選びながら、自身と自然との関係性を追求した作品などをご紹介します。

2F

11–12室 1970s-2010s 昭和の終わりから今日まで

*ギャラリー4(13室)

コレクションによる小企画「新収蔵&特別公開|ピエール・ボナール《プロヴァンス風景》」

11室 いのちのかたち

 ここに集められたのは、植物、水(海)、人間たちとその活動、そしてそれらの間で取り交わされるいろいろな対話の断片を、様々な媒体によって形として定着しようとする美術家たちの豊かな試みの成果です。これらの作品はみな人間とその周りを取り囲む世界との関係のあり方を掘り下げようとしているのでしょう。植物や水は、その関係の導き手のようにしてしばしばそこに現れてきます。なんということもない人間像、ただの街角、ただの草地なのですが、作家と素材との周到な協働の結果、みる者は知らず知らずのうちにどこか別の地点へといざなわれていきます。
 作品が作家の私的な表現を超え出して、多くの人に訴える力を持つことができるようになるのはなぜでしょう。人物や情景を描き出して見せながら、それに加えて、ちょっと大げさに言えば、いのちのおおもとに潜む大きななにかを垣間見せるような力を帯びた作品に、人は魅了されるのではないでしょうか。そこにこそ、長く続いてきた美術という営みの真価があり、今日においてもそれは変わることがありません。

12室 いのちのかたち

 ただ人間や植物や風景が描かれていると読み取られるだけでは、そこになにかを感じることはできません。作品の強い力は、そのイメージがなんらかの物質的基盤によってしっかりと支えられているからこそ生じるのです。絵画が描かれるキャンバスや紙は植物繊維からなり、油彩画は動物質の膠で亜麻布を目止めし、地塗りもした上に、植物種子由来の油で溶かれた顔料で描かれます。樹木を彫り込む、金属を型に流し込などが彫刻の方法であり、写真は、動物由来のゼラチンと感光性物質の組み合わせによりイメージを物質として定着させます。素材にはみな独自の特性、持ち味があり、それを熟知し最大限に引き出そうとする作家の労働こそが、作品世界の奥行きを生み出すのです。生物と無生物に由来するあれこれのものたちをシャッフルし結び合わせるなかから、いわば天地の再創造のようにして作品はかろうじて出来上がります。素材の微妙な組み立てが首尾よく運んだ時、その時にだけ、素材の息吹が作品の強さを支え、充実した存在感とともに、いのちのかたちは出現するのです。

開催概要

会場

東京国立近代美術館本館所蔵品ギャラリー(4F-2F)

会期

2022年3月18日(金)-2022年5月8日(日)

開館時間

10:00-17:00(金・土曜は10:00-20:00)
4/29(金・祝)~5/8(日)は20:00まで開館いたします
*入館は閉館30分前まで *「没後50年 鏑木清方展」は9:30開場

休室日

月曜日[2022 年3月21 日、28日、5月2日は開館]、3月22日[火]

チケット

会場では当日券を販売しています。
会場の混雑状況によって、当日券ご購入の列にお並びいただいたり、入場をお待ちいただく場合がありますので、オンラインでの事前のご予約・ご購入をお薦めいたします。
こちらから来館日時をご予約いただけます。
※お電話でのご予約はお受けしておりません。
※障害者手帳をお持ちの方は係員までお声がけください。(予約不要)
※観覧無料対象の方(65歳以上、高校生以下、無料観覧券をお持ちの方等)についても、上記より来館日時をご予約いただけます。

観覧料

一般 500円 (400円)
大学生 250円 (200円)
※( )内は20名以上の団体料金。いずれも消費税込。

5時から割引(金曜・土曜)

一般 300円 
大学生150円
※高校生以下および18歳未満、65歳以上、「MOMATパスポート」をお持ちの方、障害者手帳をお持ちの方とその付添者(1名)は無料。入館の際に、学生証、運転免許証等の年齢の分かるもの、障害者手帳等をご提示ください。
キャンパスメンバーズ加入校の学生・教職員は学生証または教職員証の提示でご観覧いただけます。
「友の会MOMATサポーターズ」「賛助会MOMATメンバーズ」会員の方は、会員証のご提示でご観覧いただけます。
※「MOMAT支援サークル」のパートナー企業の皆様は、社員証のご提示でご観覧いただけます。(同伴者1名迄。シルバー会員は本人のみ)

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