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Mao’s Ecstasy
1970年
油彩・キャンバス
166.0×120.0 cm
2024(令和6)年度購入
撮影:木奥惠三
©Tiger Tateishi Courtesy of ANOMALY
中央に浮遊する大きな惑星は戯画化された毛沢東の顔。星座がMAOの文字を描き出し、上着から飛び出した拳がぶつかって散らす火花は中国の国旗を浮かび上がらせています。本作が制作された1970年の中国は、60年代後半から本格化した権力闘争、文化大革命の真只中。タイガー立石(立石紘一)は自身のトレードマークである虎の図と合わせて、虎を権力や威厳の象徴として神聖視する中国の指導者である毛沢東をよく描いていました。
それにしても、なんてどぎつい色彩でしょう!まるでスーパーマーケットの広告のようなハイコントラストの多色使い。そして、左右対称の構図で複数の枠に分割された画面は漫画を思わせます。じっさいに漫画家としても活躍していた立石は、「売れっ子になりそうな危機を感じて」11969年にイタリアに移住してからこの「コマ割り絵画」と呼ばれるスタイルの制作を始めました。展示室に本作を掛けてみると、他の作者の作品との違和感はじつに強烈です。表面的には色彩の激しさやコマ割りという特殊な構成に由来する感覚に違いありませんが、この違和感の正体についてもう少し考えてみましょう。そもそもこれは「絵画」なのでしょうか?
立石の作品は、それを成り立たせる理念が、古典的な「絵画」とは本質的に異なっています。ある統一された世界の眺望を画面というフレームの中に描き出すのが絵画であるとしたら、立石の画面は、決して統一されない断片的な「情報」(戦後になってから日本で学術的に広まり始めた言葉です)がどんどん投げ込まれる箱のようです。絵画空間というものの捉え方がまるきり別なのです。立石の作品は、漫画というより、1960年代──すなわち立石が青年期を過ごし、美術家を志したのと重なる時期──に全国の家庭に行き渡ったテレビに似ているかもしれません。同時期に欧米や日本で隆盛したポップ・アートを「テレビっ子美術」と称したのは美術批評家の東野芳明でしたが2、まさに立石は、世界が動向を注視する中国のような「ニュース」をねじ込んだ、テレビみたいな画面を作ったわけです。
おまけに、毛沢東を囲む虹や上着の間からのぞく虎の図、そして上段と下段に配された枠内の図のことごとくは、立石自身が60年代に発表した作品から採られています。いわば個人放送局のような絵なのです。本作の異質さ、もしくはゆかいさは、こうしたテレビ的な「大量生産・大量消費」の時代を反映した構造から生まれているのだといえるでしょう。
註
1 タイガー立石自筆年譜、『大・タイガー立石展』図録、千葉市美術館ほか、2021年、228頁
2 東野芳明「物体と幻想」座右宝刊行会編『現代の絵画』第4巻、小学館、1963年、75頁
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