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現代の眼 教育普及 「エンゲージメント」を通じて美術館の意義を示す
——「Adobe Convening 2025」への参加と「Family Day こどもまっと」  

端山聡子 (企画課特定研究員)

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2025年7月、ニューヨークでのAdobe Conveningという3日間の会合に筆者と松山沙樹(京都国立近代美術館学芸課研究員)が参加した。これはAdobe財団の支援を受けて「Adobe×Museums」の事業を行っている5ケ国の美術館担当者の会合で、今年で2年目となる。ニューヨーク近代美術館(Museum of Modern Art, New York、以下MoMA)とAdobeニューヨークのタイムズスクエア・オフィスが会場となった[図1、2]。参集したのはMoMAのほか、イギリスのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(Victoria and Albert Museum、以下V&A)、ブラジル・サンパウロにあるイメージ・アンド・サウンド博物館(Museum of Image and Sound)、そして日本の独立行政法人国立美術館(以下独法国立美術館)である。インド・ベンガルールにあるアート・アンド・フォトグラフィ美術館(Museum of Art and Photography)のみがオンライン参加となった。この集まりを主催したAdobe財団をはじめ、各美術館のラーニング・アンド・エンゲージメント部門および企業パートナーシップ部門、プログラム担当者、MoMAとV&Aのクリエイティブ・レジデンシー(いわゆるアーティスト・イン・レジデンス)のアーティスト等、延べ30人以上が集った。Adobe財団において本事業の主担当であるジュリア・ティエンは、3日間を総括する報告の中でAdobe Conveningについて「顔を突き合わせた関係性を作ることで美術館やアーティストとの連携を強化する。そして、芸術機関の未来、アーティストのキャリア、一般の人々の芸術へのアクセスを守る方策を模索するブレーントラスト(専門家グループ)として機能する」1と述べていた。 

本稿は、2024年からAdobe財団の支援を受けている東京国立近代美術館の「Family Day こどもまっと」の事業と、Adobe Conveningの中で取り上げられたMoMAのスクールプログラム事業について、「エンゲージメント」(関わり合うこと)というキーワードに着目して報告する。

図1 Adobe Convening(MoMAでの開催風景)|提供:Adobe財団
図2 Adobe Convening(Adobeニューヨークのタイムズスクエア・オフィスでの開催風景)

1 Adobe×Museums 

Adobe社の理念である「Creativity for All」(すべての人につくる力を)を推進するために、Adobe財団は「Adobe×Museums」として5ケ国の美術館を支援している。中でもMoMA、V&A、日本の独法国立美術館は規模も大きく、中心的な存在となっている。 

Adobe財団は各美術館への支援を通じて、これまで見過ごされてきた、あるいは十分に取り上げられてこなかった人々の声に耳を傾け、利用者との繋がりを深めることを支援する。そこでは、Adobe財団・美術館・地域社会の三者が連携することで、社会に向けて大きなインパクトを与えたいという意図がある。柱となるのは、長期的にアーティストを通じて地域や人々と関わりをもち、成果の展示を行うクリエイティブ・レジデンシー(いわゆるアーティスト・イン・レジデンス事業)だ。この事業ではアーティストと美術館が学び合う双方向性の関係の中、社会との関わりを拡大していくことに重きが置かれている。それ以外の事業においても、社会包摂的な課題へのアプローチとして、障がい者などの社会的な弱者やアクセスがしにくい人々に対する事業がある。いずれも美術館の担当者、対象とする人々や地域がそれぞれ協働し、相互に関わり合いをもつプロジェクトである。これらの事業の実施や組織編成にあたっては、相互に関わり合うことを意味する「エンゲージメント」の考え方が基底にあるという。そこには双方向性をもつ事業の立案や運営、対象者やコミュニティとの協働、事業担当や組織の横断的な協力、社会包摂的な課題への取り組み等が含意される。したがって各館のラーニング(教育普及)の事業は、エンゲージメントを志向した取り組みであるといえるだろう。 

2 Adobe Convening—5ケ国の美術館による会合 

Adobe Convening(2025年7月15–17日)の最初の2日間は討議が中心で、事業の戦略や課題についてのディスカッション、MoMAの企画展「Jack Whitten: The Messenger」の担当学芸員による展示解説、「ラーニング・スペシャリスト」というMoMAのスタッフによるスクールツアーへの参加体験、クリエイティブ・レジデンシーのアーティストによるプレゼンテーションなどがあった。事業戦略をめぐる討議においては、コンセプト評価、来館者の増加や提供する事業の成長戦略など、いくつかのフレームワークが取り上げられた。 

会合後に関係者に配布されたジュリア・ティエンの報告において、後述する独法国立美術館の「Connecting Children with Museums」の事業は、「これまでミュージアムを利用しにくかった人々の声を強調し、利用者のエンゲージメントを高めている」2と評された。Adobe Conveningを通じて「エンゲージメント」の考え方とその実際を知るにつれて、「エンゲージメント」は事業そのものだけでなく、それを実施する組織や担当者、対象者や外部組織との連携でもあり、美術館の事業が社会の中で大きなインパクトを生み出すためにも必要な関係性の概念であると理解した。 

3 東京国立近代美術館の「Family Day こどもまっと2024」 

2024年9月、2年目となる東京国立近代美術館の「Family Day こどもまっと」3が2日間にわたって開催された。この前年にトライアル的に実施したところ、1日で3,000人以上の来館があり、子どもと一緒に美術館を訪れたいと思っている来館者が多数いることが顕在化した。一般的に日本の美術館の展示室は、静寂の中での観覧が求められる傾向にあるため、じっとしていられない子どもとの来館にはそもそも心理的なハードルがある。したがってAdobe財団の支援金が活用できた2年目の「Family Day こどもまっと2024」は、規模を拡大し内容を充実させた。週末(土日)に2日間実施し、日時指定システムを導入し、授乳室、おむつ替えスペース、休憩スペース等も拡充して、子どもとその家族を迎えた。教育プログラムも開館後から夕方まで「MOMATまるごと探検隊」(展示室外)と、「MOMATコレクション発見隊」(展示室内)を多数回実施した[図3]4。「MOMATまるごと探検隊」は建物や什器、椅子などの一部分を写した写真カードを手に、子どもたちがそれを当館ガイドスタッフ(ボランティア)とチームになって「探す」ことで美術館の内外を巡る20分程度のプログラムで、「MOMATコレクション発見隊」はガイドスタッフと一緒に展示作品をみて、感じたことや考えたことを話す10分程度のプログラムである。これ以外にも所蔵作品展の作品・作家と関連した「美術館で絵本をひらこう!」という絵本の読み聞かせプログラム等も実施し、未就学児から小学校低学年までが対象の鑑賞ツール「みつけてビンゴ!」を配布した。 

図3 こどもまっと2024の「MOMATコレクション発見隊」の様子|撮影:haruharehinata 

2024年から独法国立美術館7館は「Connecting Children with Museums」5という共通テーマの下、子どもとその家族が美術館に行きやすい環境づくりや、子どもたちが参加できる多様なプログラムの開催などを各館が行っている。東京国立近代美術館の「Family Day こどもまっと」もそのひとつであり、これまで美術館にアクセスがしにくかった人々に対し「エンゲージメント」する事業であった。 

4 MoMAのスクールツアー拡大計画 

MoMAではAdobe財団等の支援により、学校と先生のプログラムに力を注ぎ、スクールツアー数増加の計画を実施中である。2028年までの5年間で受け入れる児童・生徒を50,000人に増やすという。この計画の実施に先立つ2023年8月に「スクールツアーのキャパシティ分析」を行い、コロナ禍以前には11,000人だった児童・生徒数を50,000人に増やすための戦略が立てられた。スクールツアーを担う「ラーニング・スペシャリスト」をフルタイムで10人雇用しているという。担当部署の責任者であるデイビット・リオス6は、2023年11月にMoMAに着任し、スクールツアー実施数の増加だけでなく、教員向けパンフレットの配布、学校教員に対するニュースレター等の取り組みも充実させている。 

スクールツアーに注力する理由のひとつには、MoMAの近隣地域からのリピーターを増やしたい目的がある。海外あるいは米国各地から多くの来館者があるものの、近隣地域から繰り返し来館する人々の指標となるのが、メンバーシップの会員数である。メンバーシップの会員数は現在、年に1%増という横ばいで推移しているので、これをより増やすために、主に公立学校のスクールツアーを拡大し、小学校、中学校、高校在籍中にスクールツアーを経験してもらい、その後メンバーシップ加入へと繋げるという未来像が語られた。近隣地域の方々に繰り返し来館してもらうことで、持続可能性のある財源の確保に繋がるという理由があげられていた。 

Adobe Conveningの2日目、3日目には、MoMAのスクールツアーに関して学校や先生とのエンゲージメントのための戦略や運営が語られ、ビジネスモデルを美術館のプログラムの企画や評価に用いた事例について討議された7。スクールツアーは教育普及事業の一環といえるが、その事業の分析、事業の戦略、枠組みなどがこのような考え方で捉えられ、未来の美術館運営や持続可能な収入にも繋げるべく財政的なことも含めた包括的な検討がなされていた。 

私たちも「ラーニング・スペシャリスト」による小学校4年生までを対象としたスクールツアーを実際に体験した[図4]。学校の夏休み期間であったためか、展示室は混雑を極め、来館者の話し声に満ちた騒々しい空間だった印象は否めない。スクールツアーが今後4倍以上に増えることによる、展示室のキャパシティとの兼ね合いも重点課題だとは話していたが、50,000人を達成したとき、一般来館者との共存はどのようになるのだろうか。

図4 MoMAのスクールツアー体験の様子|提供:Adobe財団

おわりに

Adobe Conveningの討議を通じて、Adobe×Museumsの事業で対象とする人々や地域、ともに仕事をするアーティスト、事業を行う職員も協働すること、社会包摂や社会課題への取り組みが重視されていること、それらを通じて社会へ向けて美術館の存在意義を示すというエンゲージメントの実践が浸透していることを理解した。 

Adobe財団のジュリアが、Adobe Conveningに集った5ケ国の美術館の担当者たちをひとつのコミュニティとして捉え、互いに影響を与え合いながらAdobe Conveningそれ自体を持続させ発展させたいと語っていたことも印象深い。

  1. 3日間の会合後にAdobe財団のジュリア・ティエンが関係者向けの報告(非公開)を作成した。 
    ジュリア・ティエン(Julia Tian)「Adobe × Museums convening NYC July 2025」 
  2. ジュリア・ティエン(Julia Tian)「Adobe × Museums convening NYC July 2025」
  3. 東京国立近代美術館のMOMAT(National Museum of Modern Art, Tokyo)にかけた名称。
  4. 東京国立近代美術館「Family Day こどもまっと」 
    https://www.momat.go.jp/learning/kids-family(2025年8月31日)
  5. 「子どもと一緒に美術館体験を! 国立美術館との取り組み「Connecting Children with Museums」をAdobe Foundationが支援」 https://blog.adobe.com/jp/publish/2024/09/04/corp-connecting-children-with-museums
    赤ちゃんも子どもも一緒にアートを楽しもう! アドビ×国立美術館が提案する美術館体験」 https://blog.adobe.com/jp/publish/2025/05/12/corp-connecting-children-with-museums-introducing-programs(2025年8月31日) 
  6. デイビット・リオス(David Rios)はYoung Learners and Engagement部門長である。
  7. ビジネスモデルとして、コンセプトの評価、戦略のカスケード、成長のマトリックスなどがあげられた。

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