見る・聞く・読む

現代の眼 展覧会レビュー ネコロジカル・シティ

石川初 (慶應義塾大学環境情報学部教授)

隈研吾展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則|会場:企画展ギャラリー[1階]

戻る

隈研吾氏の個展である。大勢の人で賑わいそうな企画と会場だが、COVID-19感染対策のために入場が事前予約による定員制となっており、余裕のある会場空間でゆっくり見回ることができた。

展示は2つの会場に分かれている。第1会場には氏が手掛けた「公共性の高い」70件近くの建築プロジェクトが選ばれ、模型や映像など様々な方法で展示されている。それぞれのプロジェクトは「孔」「粒子」「やわらかい」「斜め」「時間」という、通常は建築の要素とは考えられていないだろう言葉が「新しい公共性をつくるための5原則」として掲げられ、これらに沿って会場が構成されている。これだけの数のプロジェクトが世界中に散在していることにまずは圧倒される。きっと「隈研吾氏の時代」として記憶されるようになるだろう。

図1 第1会場 会場風景|撮影:木奥惠三

私が特に楽しんだのは第2会場だった。こちらは「東京計画2020 ネコちゃん建築の5656原則」というタイトルが掲げられている。東京計画といいつつ展示内容は計画案ではなく、CGアニメーションやプロジェクションマッピングを用いて、ネコの視点から街を見直してみるというものだ。これが、街の隙間にいるネコの様子を巧みに捉えていて、じつによくできている。挙げられている「5656原則」は「テンテン」「ザラザラ」「シゲミ」「シルシ」「スキマ」「ミチ」というものだ。それぞれの「原則」について、猫の視点から映し出された街の様子が並んでいる。「テンテン」はネコに取り付けたGPS受信機の軌跡のマッピングである。「スキマ」はプロジェクションマッピングを使って再現されている、建物の裏を上り下りするネコの様子である。体の影や足あとだけで描かれた、飛び降りたり歩いたりするネコの動きはまるで本物のようで、ネコ好きの人なら声を上げるだろう。「ザラザラ」は、ツルツルな既存のコンクリート壁と、ザラザラの仕上げが施されてネコが上り下りできるようになった壁とが対比的に描かれているCG動画である。ネコに手がかり(というか足がかり)を与えるものとして木製ルーバーが使われていてちょっと笑ってしまったのだが、なるほど、隈建築はネコ・フレンドリーな表層をしているのだった。第1会場の建築模型には所々に添景としてネコが置かれていたのだが、その伏線がこのように第2会場で回収されるわけである。

図2 第2会場 《東京計画2020 ネコちゃん建築の5656原則》より「ザラザラ」

一度でも飼ったことがある人なら知っていることだが、ネコはじつに、私たちヒトの思惑から自立した生き物である。しつけや訓練でネコをヒトの生活に合わせることはできない。トイレも寝場所も、ヒトがネコに合わせて環境を整える必要がある。ネコは呼んでも来ないが、望むときはこちらの仕事を邪魔して注意を引こうとする。ネコと暮らすことはネコの生き方にヒトの生活や環境を合わせて調整していくことである。ネコとヒトの関わりは古く紀元前8000年頃まで遡るが、ネコはヒトに捕まって家畜化されたのではなく、ネコ自らがヒトと共生することを選んだらしい。野生のヤマネコとイエネコの遺伝子にはほとんど違いがないことが知られている。ネコは1万年にわたって、あくまでもネコの勝手でヒトのそばに暮らしているのである。

図3 我が家の好ましい他者|撮影:石川初

つまり、ネコは身近な他者である。ネコの振る舞いを通して眺める街の風景が私たちの見慣れた都市風景を揺さぶるのはそのためだ。だから、ネコにいいことはヒトに快適なことばかりではない。細い木製ルーバーで覆ったコンクリートには土埃が溜まり草が生え、虫も湧くような湿った壁になるだろう。それは私たちが街から排除してきたものであるし、今後も排除し続けるだろう。そして、建築はたとえネコ・フレンドリーな様子を帯びたとしても、その排除の役割を負い続けるだろう。

しかし、ネコの始末に負えない点は、見た目が可愛いということである。私たちはなぜか、ネコを愛しむ感性をもっている。私たちのネコへの接し方は、住居に勝手に住みついている他の生物、たとえばゴキブリなどへのそれとはずいぶん違う。ネコはままならない他者でありつつ、憎めない好ましい存在である。この点において、街を見直す補助線としてネコを選ぶのはなかなか巧妙である。ままならなさと好ましさを併せもつものとして、建築物に載せられる「植物」にも似ている。と、ネコを飼いながら園芸も嗜む私は思ってしまうのだ。

ともあれ、「他者の目で見る」のは街歩きの基本である。ぜひ、ネコロジカルな目を得に出向いてほしい。1点、残念だったのは第2会場を見終えたあと、再び第1会場に入ることができなかったことである。感染対策のためということで仕方がなかったのだが、第2会場で獲得した「ネコ目線」をもってもう一度建築プロジェクトを眺め、登りやすそうなファサードだニャ。などと呟いてみたかった。[編集部註]


編集部註
こうしたご指摘を受け、隈研吾展では、第1会場と第2会場との行き来ができるよう、館内の対応を改めました。ただし、会場が混雑している場合には、お待ちいただくことがございます。

『現代の眼』636号

公開日:

Page Top