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現代の眼 展覧会レビュー 協働とクラック

木下知威 (手話マップ)

所蔵作品展 MOMATコレクション|会場:11室[2階]

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会場風景|撮影:大谷一郎

2021年10月から2022年2月まで開催されている東京国立近代美術館のMOMATコレクション展では、11室に「協働する」のテーマが与えられた。その展示作品のひとつが田中功起《ひとつの陶器を五人の陶芸家が作る(沈黙による試み)》「手話とバリアフリー字幕版」(2013/2021年)である。

この制作に手話マップとして制作・監修にかかわった。手話マップは、美術館のアクセシビリティを向上するための後方支援を行うべく、情報保障(手話通訳・文字通訳など)のあるイベントをろう者や難聴者など耳の聞こえない方に提供するためのプラットフォームとして設立された1。東京国立近代美術館のYouTubeチャンネルでは昨年度のキュレータートークの日本語字幕版の監修を行っているほか、最近は対話型鑑賞プログラム「シュワー・シュワー・アワーズ」の開発・実施をしている2

《ひとつの陶器を五人の陶芸家が作る(沈黙による試み)》「手話とバリアフリー字幕版」の展示方法は次のようなものだ。広い壁にかけられたディスプレイに映像作品が上映されており、その前方に椅子が3脚、左右に出演者たちによる陶芸作品4点が配置されている。右側には、手話ナビゲーターが手話について解説する映像がある。陶芸家たちの映像作品を包むように、作家の田中、美術館、映像制作会社、手話ナビゲーター、手話通訳、手話マップといった各々の意見の相違とそれによる討議の結果が表現されている。背後には同じく田中の《一つのプロジェクト、七つの箱と行為、美術館にて》(2012年)のために積まれたダンボールやソファがある。

会場風景|撮影:大谷一郎

作品を中心に関係するものが集合している11室の展示は、セルゲイ・エイゼンシュテインの映画『イワン雷帝』(1944–46年)で皇帝と貴族・民衆たちが集っているパノラミックな風景を思わせた。手話とバリアフリー字幕版の制作における仔細は東京国立近代美術館の研究紀要26号に載る小川綾子との共著にゆずるが、わたしが言いたいのは、この制作を表象する言葉として選ばれた「協働」は手を取り合って円滑に物事を進めることでは決してないということだ。『イワン雷帝』で、皇帝と配下たちの国の統治をめぐる協働が一筋縄にはいかないように。

じっさい、制作の過程において関係者の異なる専門性は、基本的な作り方や画面上でのレイアウト、撮影の方法までの全体で意見の相違にあらわれていた。それをクラック(ひび割れ)と呼ぶならば、それを引き起こさないよう調和に努めることは協働のあり方とは思えない。むしろ、積極的にクラックを誘発し、引き受ける必要があった。

まず、全国の美術館・博物館などにおいて障害のある人の参加を促すためのラーニング・プログラムがまったく十分ではないという調査結果がある3。また、ろう教育においても協働による学習の必要性が指摘されている4。一方で、アーティストが構想するプロジェクトの「参加者にとってのダイナミックな経験の生産=創造」への注目がある5。こうした状況から、手話とバリアフリー字幕版の制作を目的と設定するのではなく、今後の美術館におけるアクセシビリティやろう者の参加可能性を拡充する契機にしたいと考えた。つまり、「他者の参加を促すためのプラットフォームやネットワーク形成に重点が置かれ、それによってプロジェクトの効果が一過性のプレゼンテーションを超えて長期間続くことをめざしている」と考えられている、ソーシャリー・エンゲイジド・アートを目指したということだ6

ここで意識したのは、反復である。関係者のあいだで頻繁に交わされるメールを読み返しつつ応答することから、手話ナビゲーターの表現の確認を繰り返すことまでの反復だ。また、わたしはスタジオで撮影されたカットを何度も再生しながら自分の知覚にしみこませたうえで、疑問が出てきたら周りに問いかけたが、それは他者の知覚による新しいクラックを見いだすためだったと思い出している。つまり、わたしにとって協働とは反復によって意見の相違を重ねる—クラックを発見する過程のさなかで判断を行うことだった。作品を覆い包むものに無数のクラックが入り、それがやがて音を立てて崩れ落ちた瞬間に、次なる道を探索するための経験が待っている。そういう機会を作ろうとした。

  1. 手話マップのウェブサイトは以下。https://www.facebook.com/shuwamap
  2. シュワー・シュワー・アワーズは展覧会の作品について手話と日本語で話し合うワークショップで、2021年10月に横浜市民ギャラリーの企画展「新・今日の作家展2021 日常の輪郭」にあわせて開催された。https://shuwamap.tumblr.com
  3. 『障害者による文化芸術活動の推進に向けた全国の美術館等における実態調査』(株式会社 文化科学研究所、2020年)では、調査の結果「全体として障害者対応のノウハウが不足しており、前提としての法の認知も進んでいない」(142頁)と結論づけられている。https://www.bunka.go.jp/seisaku/geijutsubunka/shogaisha_bunkageijutsu/pdf/92531001_01.pdf(2021年12月1日確認)
  4. 佐々木倫子「ろう教育の現場が直面する課題」『混乱・模索するろう教育の現場:教育政策・言語政策のはざまで』慶應義塾大学湘南藤沢学会、2008年、15–16頁。
  5. クレア・ビショップ『人工地獄:現代アートと観客の政治学』フィルムアート社、2016年、374頁。
  6. パブロ・エルゲラ『ソーシャリー・エンゲイジド・アート入門』フィルムアート社、2015年、46頁。

『現代の眼』636号

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