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現代の眼 展覧会レビュー 「もの」と「こと」のバランス

山崎亮 (コミュニティデザイナー)

柳宗悦没後60年記念展 民藝の100年|会場:企画展ギャラリー[1階]

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5年ほど前に、世界で一番美しい美術館といわれる「ルイジアナ近代美術館」を訪れたことがある。公共建築のデザインに携わる人間として、その空間を一度は体験しておきたいと思ったからだ。もちろん美しい空間だったが、いま思い出しても衝撃的だったのは、別館の片隅に置いてあるガラスケースのなかに展示されていた動物の土偶との出合いだった。

体長10cm程度。素焼きで作られた短足な動物の土偶。ひと目で恋をした。可愛さのあまり持ち帰りたい衝動に駆られたが、展示物だからそれは叶わない。解説もタイトルもないので、検索キーワードもわからない。撮影可能な場所だったので、とりあえず全方向から写真を撮り、係員を見つけて何のコレクションなのか質問した。それは13世紀頃に南米で作られたリャマという動物の土偶だという。

図1 ルイジアナ近代美術館で観た土偶を手本にして作っているリャマの陶芸|撮影:山崎亮

帰国後、リャマの土偶について調べたり、撮影した写真を参考にしながら自分でも素焼きの動物を作ったりしてみた。いまでは100体以上の「自作のリャマ」が自宅に飾られている。また、東京のギャラリーで本物のリャマの土偶を見つけ、1体だけ購入することができた。

そんな経験があるため、「ものを直接観よ」という民藝の教えはよくわかる。「有名な人が作ったものだから」とか「高度な技巧を凝らしたものだから」とか「貴重な材料を使ったものだから」などという「こと」を知ったうえで「もの」を観ると、本当に自分が好きなものが見つけられなくなってしまう。

一方で、民藝の巨人たちは「なぜ自分はこれに惹かれたのか」を事後的に言語化している。形態、材料、技巧、値段、働き方、使われ方など、魅力の原因を多方面から分析し、文章にして発表してきた。そのおかげで、我々は「なるほど、そういう理由があるからこれは魅力的なんだな」と理解することができる。

「直接観よ」という民藝の教えがあるからだろうか、民藝に関する展覧会の多くは展示物についての解説文が少ない。「まずは観よ」、そして「気に入ったものがあったら後日調べよ」ということなのだろう。ところが、我慢できずその場でスマホを取り出して調べる人もいる。それなら展示物の近くに解説文を示してくれればいいのに。そう思うことが多い。

図2 会場風景|撮影:木奥惠三

「民藝の100年」展を観て、ありがたいと感じたのは展示物に丁寧な解説文が添えてあることだ。そして気づいたのは、解説文があるとしてもまずは展示物から観ているということだ。「もの」が目の前にあるのだ。解説文を読んでから「もの」を観るのではなく、まずは直接「もの」を観る。それが気に入ったとしても、何がいいのかわからなかったとしても、次に解説文を読んでみる。そのうえで「なるほどね」と納得する。この繰り返しである。

もう少し正直に心内を明かそう。まずは「もの」を観る。そのうえで「かわいい」と感じたものについては、自分ならそれをどう使うのかを想像する。「仕事場にペンが散乱しているけど、この蓋付きの容器に入れればすっきりするかな」、「大量に印刷した名刺の在庫を入れておくために使えそうな木箱だな」などといった想像だ。そう考えると、目の前にある「もの」が、いつ、誰によって、何のために作られたのかが気になる。そのとき解説文が役立つ。「なるほど、これは茶道で使う水指なのか」ということがわかると、ペンを入れようとしていた容器についての物語を得ることができる。そして「今度、こんな水指を見つけたら購入しよう」と心に「もの」の形を焼き付ける。

丁寧に思い出してみれば、ルイジアナ近代美術館でリャマに恋をしたときも同じだった。まずは「かわいい」と思い、次に「これを何に使おうかな」と考えた。そのうえで「これは何のために作られたものか」を調べ、豊作祈願のための土偶だということを知った。そこから「お世話になった人への贈り物にしよう」と思いつき、毎月のようにリャマを作るようになった。これまでに50体ほどが人の手に渡った。

図3 会場風景|撮影:木奥惠三

そんなことを思い起こしながら展覧会を観ていると、あちこちから「かわいいー!」という声が聞こえてくる。そのあとに「これ、舟に入ってきた水を出すための道具なんだって」という話になる。そう、その順番でいいのだ。忙しそうにスマホで情報を検索する人も少ない。心地よい展示空間である。


なお、展覧会の図録もまた秀逸である。「民藝について知りたいな」、「でも展覧会場までは行けないな」という方は、ぜひ図録を取り寄せてじっくり眺めて欲しい。豊富なカラー図版に加え、民藝に関する活動や書籍、年表などが丁寧にまとめられているのがありがたい。


『現代の眼』636号

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