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現代の眼 展覧会レビュー うたい、描き、貼りつけ、詩作して……

大崎清夏 (詩人)

所蔵作品展 MOMATコレクション|会場:3-5室[4階]

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図1 会場風景(左から中村彝《エロシェンコ氏の像》、恩地孝四郎作品、奥にハンス・リヒター《色のオーケストレーション》)撮影:大谷一郎

1914年、世界大戦の虐殺にいや気がさして、わたしたちはチューリッヒで芸術に身をささげた。遠くでは大砲の轟音がひびきわたっているとき、わたしたちは体力にまかせてうたい、描き、貼りつけ、詩作していた。わたしたちは時代の狂気から人間を救いだす基本的な芸術、天国と地獄のあいだに均衡を回復する新しい秩序を求めたのだ。

――ハンス・アルプ 

新しい戦争の轟音が遠くでひびきわたっているいま、この言葉は胸にもたれるように重く響く。「基本的な芸術」を、私たちは改めて定義し直さなければならないだろう。頭でっかちに、理論を駆使してそうするのではなく、あくまでも、力のかぎり、うたい、描き、貼りつけ、詩作することによって。

「ぽえむの言い分」は、主に1920年代から第二次大戦前までの、詩にまつわる所蔵作品を扱う展示だ。始めに中村彝《エロシェンコ氏の像》がある[図1]。盲目の詩人ヴァシリー・エロシェンコは、エスペランティストとして世界各地を旅し、その普及に貢献した人だ。スイスのチューリッヒでキャバレー・ヴォルテールが構想され、ダダイストたちが戦争を、時代のあらゆる法則を拒否して新しい「基本的な芸術」を打ち立てようとしたのと同じ頃、彼は初来日した。

1880年代にザメンホフがエスペラント語を考案した背景には、彼の暮らすロシア領の街で当時、公共空間でのポーランド語の使用が禁じられていた事実がある。ふだん平和な顔で生きている言葉も、ある日突然に殺されることがある。戦争の世紀の始まりを生きた詩人たちが言葉のユートピアをもとめてエスペラント語を学んだのは、一言語をまるごと巻きこんでしまう憎しみの連鎖に対する抵抗の意思表示だった。

図2 会場風景(左奥のケースに『ゲエ・ギムギガム・プルルル・ギムゲム』)撮影:大谷一郎

展示室を進んでいくと、萩原朔太郎の代表作『月に吠える』の装画を手がけた恩地孝四郎の鮮やかな木版画に目が留まる。その先には、チューリッヒ・ダダに参加したハンス・リヒターの《色のオーケストレーション》があり、続いて北園克衛が橋本健吉の名で寄稿した実験文芸誌『ゲエ・ギムギガム・プルルル・ギムゲム』がダダの展開を受け継いでいる[図2]。

「ポエム」という言葉が揶揄の文脈で使われるたびに、私はその根本にある人間の気分を考えてみる。それはしばしばトートロジカルな発言や夢見がちな台詞に対して使われる――それは意味をなさない言葉や役に立たない言葉への揶揄だ。ここで「ポエム」のかわりに、意味をなさず役に立たない芸術を究めようとしたダダの運動を考えてみると、政治を愛し国益を愛する人たちにとって、なるほどそれは揶揄に値するだろう(プーチンどころかゼレンスキー大統領にだって一蹴されるはずだ)。もしも私たちが自らの表現において、芸術に回帰する芸術を、ダダ的なポエジーを目指すなら、「ポエム」の揶揄はむしろ褒め言葉に反転する可能性を秘めているかもしれない――なぜなら本来その一語こそ、言葉のユートピアを精確に指し示しているはずなのだから。

図3 北脇昇《想・行・識》1940年、東京国立近代美術館蔵

目的を持たず、利用価値のある情報や写実的な美を内包するわけでもなく、リズムや音や色や造形を純粋に・・・礼讃し交感=照応させようとした運動と、それに続く駒井哲郎による一連の詩画――自由に戯れる文字と色とかたち――、ロベール・ドローネーやパウル・クレーの描いた色や線による詩の世界。それらを楽しんだ後に見る児玉希望《花下吟詠》と上村松園《新螢》は、私たちの目に異様に映る。さまざまな符号と情報によって、それはどうしても民族的な美の精神の鼓舞に資する・・・ための芸術に見えてしまうからだ。展示室を出るとき、私の心に最も深く居座ったのは北脇昇《想・行・識》[図3]だった。繊細な筆致で写実的に描かれ、時の止まったような静寂を思わせる画面に浮かぶ雲や水の流れは、矛盾する世界の精密な縮図に見えた。

階段を降りて入った次の展示室に佇む《詩人(大伴家持試作)》の立像(辻晋堂)に、心が少し軽くなる。中性的なファッションモデルのようななよやかな立ち姿、鷹を素手にとまらせた古代ギリシャ人のようなその半裸の姿は、万葉集編纂という「国事」に紐付けられたその人でなく、言葉のユートピアに遊び、学び、うたい、詩作する、ひとりの詩人の原型を彫りだしていた。

ハンス・リヒター著、針生一郎訳『ダダ――芸術と反芸術』美術出版社、1987年、p.46


『現代の眼』637号

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