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現代の眼 展覧会レビュー 芹沢銈介の〈実寸〉

大原大次郎 (グラフィックデザイナー)

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会場風景
撮影:大谷一郎

頭ではなく、手に残る記憶がある。十数年前に、芹沢銈介美術工芸館で行われた型絵染講習会に参加した。
下絵を描き、型紙を彫り、糊置きをして、刷毛で色をさしていく。その体験は技法の一端を学ぶことと同時に、モチーフや道具と向き合う姿勢や、刷毛の運びや圧によって変化する線の質感や色合いを味わう時間でもあった。……と、記憶を手繰りよせているが、実のところ頭に残っている記憶は曖昧なものだ。ところが、型紙に刃を入れる際の力加減やカーブのつっかかりや、ヘラで伸ばす糊の粘り具合や、刷毛の先が紙と触れる際の感触などの手に残っている記憶は、文字通り手に取るように不思議と思い出せる。

手に残る記憶は、たとえば自転車に乗れるようになるまでの過程がそうであるように、トライとエラーを繰り返しながらいつしか身体に定着していく。そのようにして幾度となく同じような作業をする際に手に残っている記憶が呼び起こされるものだが、たとえその行為が自分のものでなく、ほかの人の行為やつくられたもの(たとえば絵や文字など)を目にするだけでも、それらが再生装置となって身体記憶が発動することがある。

会場風景
撮影:大谷一郎

うちわ、のれん、着物、カレンダーや本など、芹沢銈介が文字や模様を息づかせるものたちは、どれもが日常的な生活の営為に根付いたものばかりだ。そこに生息する文字や模様たちは、仰ぐ、くぐる、着る、めくる……のような、それぞれの目的ごとの身近なアクションと結びつくことで生命力を輝かせながら、手や身体に残る記憶を呼び起こしていく。

図1 芹沢銈介《木綿地型絵染文字文のれん 天》
1965年 国立工芸館蔵
図2 芹沢銈介《文字文地白麻部屋着》1971年 国立工芸館蔵
金子量重コレクション
撮影:斎城卓

《木綿地型絵染文字文のれん 天》[図1]の「天」の文字を仰ぎ見る。宙をのびやかに舞う布がそのモーションの中で文字を象る。いや、象ろうとしている途中か、ほどけた様子と解釈しても良いかもしれない。同じく《木綿地型絵染のれん 寿》の雲状の字画や、《文字文地白麻部屋着》[図2]に敷き詰められた「日・月・木・雲・花・山・水・草・鳥」の文字群は、風景が意味と結ばれて文字となった歴史を揺り戻すように、文字が言葉の持つ意味から解放されて風景に還る姿のようにも感じ取れる。

なにかになろうとしている姿や、これから生まれようとするものが秘めたエネルギーや、緊張や呪縛から解放された(あるいは肩の力の抜けた)達人的な身のこなしは、完成された不動のかたちが持つ安定感や強度とはまた別の、動的で瑞々しい力や伸び代を感じさせる。その伸び代には、棟方志功が版画の表現が持つ力として挙げた〈他力〉のような力が入り込みやすいのかもしれない。その〈他力〉は、手作業による表現の偶然性にとどまらず、作者の手を離れてもなお、使用者(あるいは歴史をまたいだ鑑賞者)の生活の所作や身体記憶と結びつくことで、さらなる生命力と再生力を発動する。

今回のコレクションを拝見していて、ふと当たり前のことにあらためて気がついた。どれも〈実寸〉である、ということだ。作品はどれも作者が実物を実寸で仕上げているでしょ、と思われそうだが、文字だけに注目してみても、たとえばグラフィックデザインの制作過程においては、モニター上で拡大縮小しながら、レイアウトや出力を繰り返して最終的に複製物として構成されるものがほとんどだ。書き出されるものが紙ではなく画像やオンラインメディアなどの場合は、デバイス上での拡大縮小も可能だ。サイズの可変性が高まった時代においては、実寸で版下を手作業でつくり、実寸のまま仕上げるということ自体がレアケース/特徴となる。

図3 芹沢銈介《小型絵 三、四、五》1979年
国立工芸館蔵、金子量重コレクション
撮影:斎城卓

特に目を奪われたのが、「小型絵」[図3]のシリーズだ。小さくなるほど作者の手のひらサイズの実寸感覚が見えやすいのかもしれない。そのコントラストで、のれんのような大きなサイズに息づく文字もまた芹沢銈介の〈実寸〉なのだと気づく。〈実寸〉が意味するものは、サイズにとどまらずに〈等身大〉の息遣いやエネルギーを窺い知るということでもあるようだ。

領域を問わないが、ことさら工芸や建築やデザインなどにおける〈実寸〉の感覚は、とても大切なものだ。芹沢銈介が生きた時代(1895–1984)の〈実寸〉に思いを馳せてみる。尺貫法やメートル法などの尺度が混然とした時代感や、西洋のモダンデザインの波が押し寄せる時節とも重なってくる。実寸感覚と表現はどのような結びつきをしているのか。果たして、制作上でも閲覧上でもサイズの変化が容易な現在における〈実寸〉はどこにあるだろう。

『現代の眼』639号

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